41.ニコロとヴァレリオ
中庭にはマトリカリア連邦ペンタス王国の国章が描かれた気球、2つが並んでいた。カイとその護衛が乗るものと、もう片方は調査団が乗るものだ。どれだけ帝国のスパイが入り込んでいるかわからないため、少数精鋭である。
「カイ、こちらニコロとヴァレリオ。あなたの護衛になります」
「よろしく~」
「よろしくお願い致します」
アマンダから紹介されたふたりの若い男は、どこか対照的だった。
ニコロは明るいオレンジ髪の兵士で、笑顔も口調も親しみやすい。一方のヴァレリオは紫の髪をした魔術師で、長い前髪で左目を隠していた。言葉遣いが丁寧で、少し神経質そうである。
「ふたりともまだ18ですけれど、とても優秀なの。実力に関しては頼りにしてくれて大丈夫よ」
「カイです。これから暫くお世話になります」
握手を交わし、さっそく3人で気球に乗り込んだ。気球の操縦はヴァレリオが風の魔術を使ってやるらしい。
「それじゃあカイ、ごめんなさいね。あとはよろしくお願いします」
「頑張ってください、カイさん」
うん?
なんだか見送りにしてはちょっと含みのある挨拶である。
疑問に思いながらも、カイは手を振ってアマンダとララに別れを告げた。ヴァレリオの呪文で、気球が宙に浮く。
マトリカリアを巡る短い旅が始まった。
「なあ、カイってどこから来たんだ? アマンダ殿下とはいつ知り合ったか、聞いていい?」
ペンタス城を後にしてしばらく経ったころ、ニコロが気さくな様子で尋ねてきた。
「おれはモンステラ王国の出身です。王女殿下とは魔術学園でお会いして、いろいろあって人探しに協力いただけることになったんです」
「へえ。殿下の恩人って話だったもんな。しかしほくろを持った奴とか、変わった人探しだよなぁ。なぁヴァレリオ」
「うるさい。無駄口を叩くな」
「……でも暫く暇じゃん。これから一緒にいるんだし、友好を深めときたいだろ。お前とも、昔みたいに……──」
「黙れ」
「…………」
ぴしゃりとヴァレリオは言い放ち、ニコロも気まずそうに押し黙ってしまった。
おいおい、ちょっと待ってくれ。このふたり、仲が悪いのか?
別れ際のアマンダとララのセリフは、もしやこういうことだったのか。しかし仲が悪いとわかっているなら、なぜわざわざふたりを揃えてカイの護衛につけたんだ。
「えっと、おふたりは昔からの知り合いなんですか?」
「おう! 家が近所でさ、幼馴染なんだ。昔はよく一緒に遊んだんだぜ」
「過去のことです。カイ様、お気遣いは不要です」
ニコロは困ったような顔でヴァレリオを見る。そんな彼をヴァレリオは見向きもしない。
若き魔術師は事務的ではあるがあくまでカイには丁寧で、幼馴染であるはずの兵士にだけ厳しいようだ。というか、突き放している。ニコロの方は歩み寄ろうとしているのに。
……これ、絶対過去になんかあって拗れてるんだろう。
沈黙が気まずい。
「……ん?」
かさり、とズボンのポケットに何か入っているのに気づいた。小さなメモの切れ端だ。
広げてみると、整った綺麗な文字でメッセージが書かれていた。
『細やかな気配りができるあなたなら、きっとふたりを仲直りさせられると信じています。このお礼はまた後日』
署名は書かれていないが、誰からの手紙かは明白だった。
グシャリと手の中の紙を握りつぶす。ニコロが驚いてカイを見た。
「ど、どうしたんだカイ」
「……いえいえ。王女殿下は本当に素晴らしいお方だな~と思いまして」
かなり目つきが悪くなっている自覚はある。
不穏な笑みを浮かべるカイに、ニコロもヴァレリオもそれ以上の追求をすることはなかった。
あンの王女様、本当にいい性格してるぜ。
小一時間で最初の村に着く。探し人についての連絡はしっかり届いているようで、カイたちは村長だという白髪混じりの男に迎え入れられた。ちなみに調査班はここから別行動である。近くに神の骸がありそうな遺跡などがないか調べるそうだ。
すぐにカイ、ニコロ、ヴァレリオは、案内された部屋で待機していた探し人候補と面会した。30代くらいの女性と年老いた男のふたりである。
しかし、たしかに右の口元にほくろはあったが、灯里と同じものではなかった。
「……すみません、探している人物とは違うようです」
「そうですか」
カイが告げると、なぜか村長はずいぶんと落ち込んだ様子だった。
「もし探し人だったら、金貨100枚がいただけたのに……残念です」
……王女殿下はえらい副賞をおつけになっていたようである。乾いた笑いしか出ない。
「かわりと言ってはなんですが、出張で治癒を行います。数日滞在いたしますので、いつでもお声がけください。少しお安くしますので」
「おお、そうですか! この村からだと教会が少し遠くてねぇ。足の悪い者も多いので助かります」
思いの外喜んでもらえた。治癒術師のローブを買っておいたのは正解だろう。
「……ところで、この村に古い言い伝えとか、歌みたいなものはありませんか?」
「はて。どうしてそのようなことを?」
「いえ、知り合いが劇作家でして。いろんな古い言い伝えを集めているんです。それで私にも聞いてこいと言われてまして」
「ほほう、劇作家ですか。ずいぶんお若いようなのに、すごい知り合いがいらっしゃいますなあ」
いかん、怪しまれたか。
「実は、幼い頃モンステラ王国で、短い間ですが『花道楽』という旅芸人一座にお世話になったのです」
「花道楽!? あの有名な!?」
なんと花道楽の名前は遠く離れたこの地にも響き渡っていたらしい。カイにとっても驚きだ。
「はい。今でも手紙で交流があるので、話収集のお手伝いをしているんですよ」
嘘をつくときは真実を一部織り交ぜるのが一番だ。ないと思うが、万一花道楽に問い合わせがあってもカイがお世話になっていたのは事実なのでまったく問題ない。話も合わせてくれるだろう。
「それはすごい。いやあ、光栄なことです。昔話なんかに関しては村の奥に詳しい者がおりますので、そちらに聞くのがいいでしょう。年寄りで少し耳は遠いですが、いろいろ話してくれると思いますよ」
その人の家の場所を教えてもらい、村長と別れる。
舗装されているわけではないが踏みならされた道を、護衛の2人と共に歩く。マトリカリアは乾燥地帯とはいえ、別に緑がないわけじゃない。草も生えるし畑だってある。水に関しては地下水もあるが、この世界には魔術があるのだ。水の魔術師により、水路が管理されているのだった。
長閑な畑の風景を眺めながら進んでいると、ニコロが面白そうにカイに話しかけてきた。
「カイは口が達者だな。あんなにスラスラ嘘つくなんて。もとから考えてたのか?」
「いや、全部最初から考えてたわけじゃないです……花道楽にいたこと自体は本当だし」
「え、マジ!? 俺子供の頃、花道楽が来たとき見たことあんだよ! 10年ちょっと前かな」
カイが花道楽にお世話になる前だ。マトリカリアまで出張したことがあったらしい。どうりで村長が知っていたわけである。
「そうだったんですね」
「すっげぇキレーな人がいてさぁ……初恋だよ初恋」
エヴァンジェリンのことだろうか。今でも可愛らしく美しいけれど、10年前ともなるとさぞかし輝いていたことだろう。
「でも劇の内容自体は子供の頃すぎてちょっと難しかったな。なんか悲しい話だった気がするんだけど……なあヴァレリオ、お前も一緒に観たよな。覚えてねえ?」
「……さあ。忘れた」
相変わらず魔術師はそっけない。
花道楽の公演で悲劇はいくつかある。どれだろうと考えているうちに、目的の家へとたどり着いてしまった。




