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死神の右腕 -転生治癒術師と竜剣の罪人-  作者: 玄野アキ
第3章 マトリカリア編
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40.デルカの店


 教会で話し込んでいたせいで、昼食には遅い時間になっていた。

 おなかを空かせたカイはいい匂いにつられて大衆食堂に入る。半端な時間だったが、店主がサービスしてくれたのでたっぷりと香草の香りが効いた肉を食べることができた。おかげで満腹である。


 もう帰ってしまってもいいが、まだ陽は高い。せっかくなので少し街中を散策することにした。

 砂色の街並みが新鮮でどこを歩いても楽しい。意外なことに、あちこちに人力車が走っていた。退役した兵士がやっているらしく、年嵩だが筋肉はがっちりした人々が元気に走り回っている。さすがマトリカリアだ。

 広場や商店街をひやかしているうちに、いつのまにかカイは小さな路地に迷い込んでいた。


「参った……けっこう入り組んでるなぁ。……ん?」


 いかにも民家といった普通の建物に、ブドウ……ではなく、デルカの実の絵が掘られているのを見つける。これはもしかして、もしかしなくても、門番の言っていた魔術師専門の店ではないか。

 玄関にチャイムはない。カイは恐る恐る扉のノブを回す。すると鍵はかかっておらず、あっさりと中に入ることができた。


「お邪魔します……」


 返事はない。しかし、ここが店なのは間違いなかった。商品棚に所狭しと見慣れない品々が並んでいる。薬草っぽいもの、魔石、ローブ。壁に吊るされた干しデルカの実に、シロと三つ目の目線が集中していた。売り物だから勝手に食べちゃダメだぞ。

 用途がわからないものもたくさんある。インクがない変な構造のペンを見つけて、カイは首をかしげた。


「どう使うんだろう、これ」

「そいつは魔力をインクにできるのサ」

「うわっ!?」


 背後から突然嗄れた声がして驚いて飛び上がった。

 見れば、いかにも魔女といったイメージの老婆がニヤニヤしながらカイを見ていた。店のマークと同じデルカの実のバッジをローブの胸につけている。


「ようこそ、デルカの店へ。なりたて魔術師サン」


 どうしてなりたての魔術師だとわかったんだろう。一瞬疑問に思ったが、そういえばカイは魔術学園のローブをそのまま着ている。しかも、まだあまり汚したりしていないから綺麗だろう。少し考えれば一目でわかることだった。


「ど、どうも。この店の方ですか?」

「そうだよ。初々しくて可愛いネェ。そのペンは魔力を込めて書くと、魔術師にしか読めない文字が書けるのサ」

「魔術師にしか読めない?」

「ああ。書いた文字はすぐ消える。読もうと思ったら、魔力を通さないと読めないんだよ」


 なるほど、秘密の手紙が書けるらしい。魔術師のスパイとかがいたら使ってそうだな。

 老婆に頼んで、他にもいくつか商品の解説をしてもらった。風の魔石を使った音響機や火の魔石を使ったコンロなど、便利そうなものがけっこうある。特に水が自動で溜まる水筒は旅立ちの際には絶対買っておきたい。

 ただ、当然魔石を使った商品は高かった。手持ちの金貨はけっこう残っているのに、それでも少し足りない。


「うーん……治癒術で少し儲けるか……」


 どうせマトリカリア中あちこち行くことは決定しているのである。予行演習も兼ねて、旅の治癒術師をさせてもらってもいいだろう。


「あんた光の精霊と契約してるのかい? 治癒術師として活動するなら、これを買っていきなヨ」


 老婆がその手に広げたのは、治癒術師の証である白いローブだった。確かにこれを着ていれば一目で治癒術師だとわかるし、変に警戒されることもないだろう。


「これ、魔術師のお店でも買えるんですね」

「ヒッヒ、一応これも魔術の領分だからネェ。金貨6枚だ、どうする?」


 ローブは破れにくい素材で作られており、白いぶん汚れにくいように特殊な加工もされている。なかなかいい値段だ。


「……買います」


 少し迷ったが、必要経費だ。


「まいどあり。じゃあちょっとこの石を持っとくれ。決まりなんでね」

「?」


 透明な石だ。手のひらに乗せると、白色に光り、次いで緑色に光る。それを繰り返した。


「これって……」

「契約精霊の確認サ。治癒術師のローブを売る相手が、確実に治癒術を使えることを確認しないといけないんだ」


 たしかに、治癒術を使えないのにこのローブを着ている者がいたらトラブルになるし、詐欺にも使えてしまう。


「この透明な石ってなんなんですか?」

(から)の魔石さね。力を使い切った魔石は透明になるんだが、どういうわけか契約している精霊に反応するのサ」

「へぇ……」


 そういえば、魔力測定の時も水晶みたいな透明な石が使われていた。かなり大きかったけれど、あれも空の魔石だったんだろうか。

 お金を支払いローブを受け取った。ちなみにワンサイズ上にしてみた。きっとたぶんまだ背は伸びるはずだから。


「それじゃあ、失礼します」

「おお、またいつでもおいで」


 そのまま普通に店を後にしたら、なんと精霊たちのご機嫌を損ねてしまった。三つ目は悲しそうにキィキィ鳴くし、白猫は額のツノをぐりぐりとカイの足に押し付けてくる。けっこう痛い。……干したデルカの実、次に来た時は買ってあげなければ。




 ナイフ投げの練習をしたり、出発の準備を整えたりしながら数日。情報が集まったからとアマンダに呼び出された。

 広い会議室に通され、カイは固まる。そこにアマンダたちだけでなく、国王陛下や第一王子、それからなんだか偉そうな大臣っぽい人たちまで揃っていたからである。後ろには火炎の守護神オレクも控えていた。……そういえばアマンダの護衛なんだっけ。


「そなたがカイか。娘が世話になったようだな」

「い、いえ、こちらこそアマンダ王女殿下にはお世話になっております」


 国王からの言葉に、なんとか返事をした。

 2メートルはあろうかという長身にムキムキの筋肉。訓練場でも圧倒されたが、近くで見るとなお迫力がある。ラスボスかな? と錯覚するほどの存在感だった。


「此度も迷惑をかける。お転婆な娘ですまんな」

「あら、家出の件はお父様が悪くってよ」

「まったくです。次アマンダ様を売り渡すようなことをしたら今度こそ殺しますからね、この筋肉ダルマ」


 ララさん!? ちょっと待ってララさん!? 国王相手でもその態度なの!?

 ララの過激な発言に、プリーニオ陛下も隣のミケーレ第一王子も苦笑しただけだった。周りも止める様子がないのでいつものことなのだろうか。


「……ところで、そなたは魔術師という話ではなかったか?」


 白いローブを着ていたからだろう。プリーニオの疑問の声に「治癒術も使えるんです」とカイは答える。


「こちらのほうが訪ねた先でも警戒されにくいだろうと思いまして」

「ふむ、たしかにな」


 納得する国王の横からアマンダが口を挟んだ。


「カイ、あなたいつの間に治癒術師のローブを手に入れましたの?」

「このまえ出かけた時に例の店を見つけて、そこで」

「なっ……抜け駆けしましたね」


 抜け駆けって。


「例の店ってなんだい?」


 ミケーレ王子の疑問に、アマンダはふふふ、といたずらっぽく笑った。


「魔術師だけの秘密です。カイ、あとで場所を教えなさい」

「アマンダ王女殿下、それでしたら我々も知っておりますので落ち着いたらお連れいたします。だから城から抜け出さないでください、お願いします」


 そう言ったのはずいぶん上等な魔術師のローブを着た男だ。相当身分が高いのだろう。しかし、顔色は悪いし目の下に濃いクマが浮かんでいる。苦労人っぽい。

 うしろからオレクがアマンダに「一緒に行きましょうね」と声をかけている。王女様は少し頬を染めて頷いた。デートじゃん。良かったな。


「さて、本題に入ろう。地図を」


 ミケーレ王子の合図に従い、カイの前に地図が広げられる。マトリカリア連邦の地図だ。このペンタス王国王都と、それ以外の地にいくつかバツ印がついている。

 こほん、とアマンダが気を取り直すように咳払いした。


「わたくしの名前で募集した、口元にほくろがある者の所在地域情報です。気球を出しますので、神の骸の調査員と護衛を一緒に連れていってください。申し訳ありませんが、あなたが目的のお相手かどうか確認した後も、調査が終わるまでしばらく周辺に滞在していただくことになります」

「わかりました。余った時間はおれ……私も治癒をしながら、現地の人に話を聞いてみます」

「助かるわ」


 各地を回る順番をざっくり教えてもらう。王都にいるほくろを持つ人の顔の確認は最後にまわし、先に地方をめぐるようだ。出発は今日この後との話だった。かなり慌ただしい。


「ああ……本当に我が国に火の神の骸なるものがあるのでしょうか……見つからなければ一方的に蹂躙されるだけです……あんな大きな魔石……敵うわけがない……」


 よろよろと顔色の悪い魔術師が呟く。口ぶりからして帝国に派遣され、神の骸の実物を見たひとりなのだろう。完全に滅入っている。


「お前は少し休め。ではアマンダ、そちらは頼んだぞ」

「はい陛下。カイ、ついてきて」


 そのまま地図を渡され、アマンダとララに連れられて会議室をあとにする。他の面々はまだ色々と話し合うことがあるのだろう。

 それにしても緊張した。


「……国王陛下がいらっしゃるなら先に教えておいてくれよ」

「あらごめんなさい。時間が惜しくて」

「緊張せずとも多少の不敬は大丈夫ですよ。ララが保証します」

「………」


 多少どころではない不敬を働いたララに言われると何も言えなくなってしまう。

 お世話係リンダに荷物を取ってきてもらい、カイは気球が準備されているという中庭に向かったのだった。


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