39.教会
翌日、カイは許可を得て王都へと出ていた。護衛をつけると言われたが、一般人なので狙われる心配はないからと固辞した。魔術師のローブを身にまとい、使用人出入り口を教えてもらってそちらから出る。正門からひとりで出かけるのは目立ちすぎるからだ。今日はやっておきたいことがたくさんあった。
まずは約束を果たすことからだ。教えてもらった住所を頼りに、フェリクスの家を訪ねて手紙を届ける。対応してくれたのは彼の母親で、手紙にとても喜び、運んできたカイにいたく感謝してくれた。
何かお礼を、と言う彼女に丁重に断りを入れ、かわりに王都のどこに何があるかを簡単に教えてもらう。
その情報をもとに、郵便屋へと向かった。叔父叔母と花道楽に宛てて今朝書いた手紙を出すためだ。
マトリカリアからモンステラへ。長距離便となる。しかも花道楽は今どこにいるかわからないため、いったんモンステラ王都の連絡所のようなところに送り、そこから現在の場所を特定して花道楽に届けられるのだ。いつ到着するかわからないし、けっこうお金もかかる。まあ、そこはマルティーネからもらった金貨がまだ残っているので大丈夫だが。
しかし金貨。金貨である。物価が規格外の魔術学園ならともかく、普通の街中では大きいお金はあまり使い勝手が良くない。手紙を出し終えたカイは、両替商に寄っていくつかの金貨を銀貨や銅貨に替えてもらった。荷物は重くなってしまうが我慢である。
それにしても、まだそこそこの大金が残っているのでこうして持ち歩くのは落ち着かない。
この世界にも金を預かる銀行のようなものがないわけではないが、国をまたいだシステムは構築されていないので旅をしたいカイには向かないのだ。
なにか対策を考えないとなあ、と思いつつカイは王都の中央へと向かった。
そこにはこの国一番の大きな教会がそびえ立っている。周囲の街並みと同じく砂色のレンガ一色で築かれた教会は、ヨーロッパ風のいかにもなモンステラ王国の教会と全然違う雰囲気なので不思議な気持ちになる。これだけ違うのに、祀っているのは同じ女神様だ。
規模が大きいだけあって、教会には複数の入り口が設けられていた。一番大きいのは治癒術を受ける人のための入り口だ。その少し離れた隣の入り口に礼拝の受付がある。幸い今日は平日ということもあり、人が少ないためすぐに礼拝堂へと入れた。
日差しのきつい外が明るすぎるためか、中は少し薄暗く感じた。しかし涼しくて気持ちいい。広い礼拝堂の正面には、大きな女神像が飾られている。
ずらりと並べられているチャーチチェアのひとつに座り、カイは静かに祈りを捧げた。足元でシロが機嫌良さそうに尻尾を絡ませてくれているのが感触でわかる。
祈り終え、目を開けたカイはふと近づいてくる人の気配を感じて振り向いた。
「こんにちは。初めて見る方ですね」
白いローブを纏った、背の高い40代くらいの男である。この教会の治癒術師だろう。ローブの胸元にエンブレムが縫いこまれている。偉い人なのかもしれない。
「初めまして、カイと申します。この国の教会に来るのは初めてで……立派な礼拝堂ですね」
「ありがとうございます。実はここ、マトリカリアで一番古い教会なんですよ。何度も改修はされていますが、美しいでしょう?」
「はい、圧倒されました」
歴史の重みは感じるが、外観も内側も古臭さは感じられず洗練されていた。厳かではあるが、決して居心地悪くない。愛され親しまれている教会なのが伝わってくる。
「あ、申し遅れました。私はマウロと申します。あなたは魔術師とお見受けしますが、もしや治癒術をお使いに?」
「ええ、そうです。……まだまだヒヨッコですが」
「やはりそうでしたか。魔術師の方で礼拝にいらっしゃるのは治癒術が使える方ばかりなので、思わず声をかけてしまいました」
マウロが笑うと柔和な雰囲気になり、思わずカイもつられて笑みを浮かべてしまった。
「先程この国の教会は初めてと仰っていましたが、旅行にいらっしゃったんですか?」
「あ、いえ、ちょっと成り行きで。でもこの国での用事を終えたら、旅の治癒術師になろうと思ってるんです」
ほほう、とマウロは感心したような声を出すと、カイの隣に座った。
「それは奇遇ですね。実は私も、昔は旅の治癒術師をしていたんですよ」
「え、そうなんですか!?」
なんと先駆者がいた。
詳しく聞いてみると、昔は治癒術でお金をもらいながら、過疎地を中心に旅をする人がけっこういたそうだ。しかし今は殆どいない。なぜなら。
「人さらいに狙われるようになってしまいましたからねえ。旅の治癒術師になるなら、カイさんも気をつけてくださいね」
そう、治癒術を使える人間を捕まえればいくらでも金になる。金持ちに売ってもいいし、閉じ込めて脅して客を治癒させ、金を巻き上げることもできる。だから現在は教会お抱えの治癒術師ばかりになったのだ。
「い、一応おれは風の魔術が使えるので……そう簡単には捕まらないと思いますけど、気をつけます……」
うんうんと頷いたマウロは、旅の治癒術師時代の苦労話をいくつか教えてくれた。水の確保が大変なこと、攫われかけたこと、騙されたこと。普通の旅の苦労から治癒術師ならではの災難までいろいろだ。
「ありがとうございます、マウロさん。参考にさせていただきます」
「いえいえ。ああそれと、これは老婆心ながらですが……」
少し言い淀んでから、マウロは続けた。
「教会の治癒術師は、指示された通りに治癒してそれで終わりです。でも旅の治癒術師は違う。自分の選択で人を助けることになります。……親切で助けた相手が極悪人で、あとから人を殺した、なんてこともあるのです。だからきちんと、覚悟を持って治癒に臨んでください」
どこか顔色は暗く、しかし真剣な眼差しだった。きっと彼自身、そういう経験をしたことがあるのだろう。
「……そうですね。肝に命じます」
神妙に頷くしかなかった。考えてみればそうだ。治癒術師は時に生殺与奪の権を握る存在になるのである。相手が犯罪者だった場合、カイならどうするだろう。実際にその場面にならなければわからないけれど、心の片隅に意識しておきたい事柄だ。
カイは女神像を静かに見上げる。光の、女神様。
ふいに抱いていた疑問を思い出す。
「……あの、マウロさん。これはもしかしたら不敬な質問かもしれないんですが、どうして女神様を祀っているんでしょう?」
「ええっと……?」
「疑問に思ったことがあるんです。お伽話で活躍しているのは竜なのに、どうして女神様の方を祀っているのかなって」
ああ、とマウロは得心したようで頷いた。
「そのお話は有名ですもんね。ですがそもそも女神レーシーン様は、命を司る神様なのです」
「え、そうだったんですか?」
「はい。教会に所属すると最初に教えられるのですが、思えば当たり前のことすぎて人々に伝えていこうとはわざわざ考えていませんでしたね。いやはや、これは少し対策したほうが良いかもしれません」
お互いに目から鱗状態である。
たしかに、命の神様ならこうして大きく祀られているのも納得だった。……では、闇の女神とはなんだろう?
「……帝国では闇の女神様を祀っていると聞いたことがあるんです。マウロさん、ご存知ですか?」
「ああ……闇の女神様、ですか。そちらも同じだと言われていますよ」
「同じ?」
「ええ。光の女神様も闇の女神様も、同じレーシーン様だと言われています。命とはつまり、生と死を司るということで、それぞれの側面を持つと考えられているのですよ」
光は生、闇は死。
神の二面性という考え方は、カイにも理解できた。というか、前世の日本の神様にもそういう考えはあったはずだ。荒御魂と和御魂だったかな。
つまり、帝国も祀っている神様は他の国と同じということだったのだ。
「……なぜ帝国はわざわざ恐ろしい側面の方を祀っているのでしょうか」
「詳しくはわかっていませんが、あの国は冬が厳しい北の国ですし、竜も棲むと言われていますからね。竜と神は敵対関係であったと伝えられています。そのあたりに何かヒントがあるのかもしれません」
さすが本職なだけあってマウロは詳しい。
ちょうど話が途切れたタイミングで、女の子の「あ!」という大きな声がした。見れば、まだ若い治癒術師がマウロを指差している。
「司教様! やっと見つけた! またサボってましたね!?」
「おやおや、見つかってしまいましたか」
どうやらサボりだったらしい。
というか、司教様ってことはやっぱり偉い人だったじゃないか。
「それではカイさん、機会があればまたお会いしましょう」
「はい。今日は貴重なお話をありがとうございました」
挨拶を済ますと、マウロは怒る少女の元へ、のほほんと笑いながら向かっていった。それを見送ってからカイも教会をあとにする。
興味深い話がたくさん聞けて有意義な時間だった。滞在中はこの教会に通うだろうし、また会えたらいいなと思いながら、カイは日差しの強い街中へと戻っていくのだった。




