38.火炎の守護神
広いペンタス城内を、カイが入っていい場所、いけない場所を教えてもらいながら案内してもらった。まあ、大半は立ち入る必要のない部屋ばかりなので、迷わないようざっくりと部屋の位置を把握することに努めたのだが。
その最後に世話係リンダに連れてこられたのは、連邦軍兵士の訓練場である。
「す、すごいね……」
「でしょう?」
広大な敷地に、筋骨隆々とした男たちが走ったり剣を交えたり拳を交えたりしている。暑いからか半裸になっている者も多い。人数が多いので、かなりインパクトのある光景だ。……正直、あまり目に楽しくはない。
「あの上腕二頭筋……大胸筋……腹斜筋……ああなんて素晴らしい眺めなのでしょう……我が国の兵士たちは最高です」
リンダさん??
なるほど、この人は筋肉フェチだったのか。どうりでやたらと訓練見学を勧めてくるわけである。
「ああカイ様、ちなみにあの大きい人がプリーニオ国王陛下です」
「うえ!?」
岩だと思っていたら人だった。でかい。筋肉の塊のような男である。練習用の剣を手に、20歳くらいのこれまた鍛え上げられた美青年と打ち合っている。
「お相手は第一王子のミケーレ殿下ですね。相変わらず素敵な三角筋です」
「王族の方々も一般の兵士と一緒に訓練されるんですね」
「ええ、気分転換によくいらっしゃいますよ。ここはマトリカリアですから。筋肉は正義なのです」
少し気が遠くなった。なんかとんでもない国に来ちゃったな。
現在第一王女は同じマトリカリア内の隣国に輿入れしていて、この国にいる王族の子供はふたりの王子とアマンダだけらしい。シスコン王子ことディーノ殿下はまだ体が出来上がっていないため、本格的に訓練に参加するのは数年後からだそうだ。
ちなみにアマンダも少し剣の腕に覚えがあるのだという。ここからは見えないが、訓練場の区切られた壁の向こうでは女性兵士達も訓練に勤しんでいて、そちらに顔を出すことがあるそう。
「あちらの壁の向こうが魔術軍……魔術師たちの訓練場です。覗いていきませんか?」
「そうですね、ぜひ」
熟練の魔術師の練習風景なんて、そうそう見られるものではない。期待しながらそちらに向かうと、なにやら人だかりができていた。黄色い声まで聞こえてくる。
「ああ、オレク様がいらっしゃるようですね」
火炎の守護神オレク。英雄である彼が訓練に来ているのなら、この人だかりも納得だった。魔術師や兵士はもちろん、使用人の一部も覗きに来ている。
カイ達もそんなギャラリーに混ざりながら、魔術師たちの訓練場を見た。オレクからかなり離れた場所に、小さな的と人型の人形がある。
「カエルオ・ケリン、エ・ラリ・ウヌ(火の精霊ケリンよ、我に力を貸し与えたまえ)」
瞬間、複数の火の玉が一斉に小さな的を、寸分違わず貫いた。速すぎて、炎の通った光の跡しか見えなかった。同時に火柱が上がる。人形の周りが火に包まれた。オレクが人形との距離を一気に詰める。直線ではなく、まるで舞うように不規則な足取りで、しかし一瞬で。
どさりと音がした。人形の上半身が倒れている。
いつの間にかオレクの手の先で、白刃が煌めいていた。背後に回り、炎の中にある人形をその剣で一閃したのだ。
「すごい……」
明らかに実践を想定した動き。その魔術と剣、どちらも一流だ。カイは興奮で肌が粟立つのを止められなかった。
遠距離も近接もこなし、瞬きの間に敵を無力化する。この人に勝てる想像が、まったくつかない。
まわりは歓声と拍手でいっぱいになっていた。
「オレク様ステキー!!」
「最強! 我らが英雄は最強!!」
「結婚してオレクさまぁぁ!」
「抱いてくれえええ!!」
ちょっと待て、なんだ最後の野太い声のセクハラは。
そんなギャラリーにオレクは笑顔で手を振っている。さっきからどさくさに紛れて告白したり求婚したりと、男女問わず黄色い声が大きい。カイはそっとリンダに尋ねた。
「オレクさんって結婚してないんですか?」
「ええ、あの方は……──」
彼女の言葉は、オレクが口を開いたことによって止まった。
「ありがとう。しかしこの身この心、すべてこの国に捧げている。命続く限り、愛する国を、君たちを、全霊をもって私が守ろう」
うおおおおおお!と大歓声が上がる。リンダが苦笑いしながら言った。
「ああいうお方ですので」
なるほど、かっこよすぎるな。あまりにも英雄すぎる英雄である。老若男女問わずモテモテなわけだ。
それにしても、剣と魔術の組み合わせか。
「おれも魔術だけじゃなくて、何か武器とか使えるようになったほうがいいかなぁ」
強そうだし。何よりかっこいいし。
少なからずカイもオレクにあてられてしまったようである。
「カイさんはどんな魔術が使えるんですか?」
「とりあえず風かな……」
光の魔術は治癒術として浸透しているので、リンダの質問にそれだけ答える。
「でしたら、剣よりも弓矢とか飛び道具の方が相性がいいかもしれませんね」
「たしかに」
ただ、カイの体格からすると大きな弓は厳しいだろうし、飛び道具は基本消耗品だ。でも、もしものときの自衛用にはいいだろう。ナイフ投げを練習するのはアリかもしれない。
そう言うと、リンダは思いがけない提案をしてきた。
「でしたら、ララ様に教わるといいかもしれません。あの方はなんとあの国王陛下を暗殺しようと送り込まれて捕まった猛者なのですが、アマンダ様がその気概を買われて処刑前に配下に加えられたのです。暗器に関しては正真正銘のプロですよ」
「……ララが元暗殺者って本当だったんだ……」
国王のあの岩のような筋肉を思い出す。たしかにアレを、しかもあんな小柄な少女が襲おうと考える時点すごい。でもその後の対応はもっとすごい。というか、訳がわからない。どこから突っ込んでいいやら。
「ララ様にお話ししておきますね!」
呆然としていたカイは、リンダのその無邪気な言葉にうっかり生返事をしてしまったのだった。
その夜訪れたララに、毒を吐かれながらナイフ投げの特訓をさせられたのは言うまでもない。




