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死神の右腕 -転生治癒術師と竜剣の罪人-  作者: 玄野アキ
第3章 マトリカリア編
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37.長い夜


「改めて、僕はディーノ・ペンタス・マトリカリア。この国の第二王子です」

「お……私はカイと申します。ディーノ殿下、なんのお話でしょう?」


 ソファに向かい合って座る。紛れもなく今日が初対面の相手だし、話と言われてもまったく心当たりがない。アマンダが何か言ったのだろうか。


 それにしても、アマンダも美少女だがディーノも当然のように美少年である。思えばジャック……ジェイコブも美少年だった。王侯貴族が整った顔揃いなのはある意味必然なのかもしれないが、相対すると顔面が眩しすぎて別次元の人間みたいだ。花道楽の座長とエヴァンジェリンを前にした時と同じだな。


 ディーノは先程までの様子とは打って変わって、どこかおずおずといった調子で口を開いた。


「その……魔術学園での、姉上のことを伺いたいんですが」

「学園での?」

「どういう生活をしていたとか、どんな活躍をしたかとか、姉上に近づく不逞の輩はいなかったかとか、そういうことです」

「えっと……」


 急に前のめりになったディーノに戸惑う。これはもしかして。


「できるだけ詳しくお願いします。ええ、カイさんが見た姉上のすべてを!」


 こいつシスコンだな?

 なんだか一気に脱力してしまった。しかし相手は王子様。無下に扱うわけにもいかない。


「……魔術に関することは話せないきまりなので、それ以外のことでしたら……」

「仕方がありませんね……では、姉上はどのように過ごされていたのでしょう。麗しい姉上のことです、きっと学園中を虜にしたことでしょうね」

「いえ、アマンダ殿下は常にフードを深く被って目立たないようにしていらっしゃったので、そのようなことはありませんでしたよ」

「そんな……! いえ、しかしさすが姉上です。あの美貌を目の当たりにしたら生きとし生けるものすべて姉上に恋してしまいますからね。賢明な判断です」


 大丈夫かなこの王子。信じられないがどうやら正気で喋っているようだ。確かにすごい美人だけどさすがにそこまでじゃない……と言うと厄介なことになりそうだから黙っているけれど。


「それで魔術学園とはどのような環境だったのでしょう? 姉上は溜め込んだ全財産を手に行ってしまわれたのです。きっと姉上にふさわしい豪華で可憐な場所だったんですよね?」

「いやそこまでは……立派な建物で中も綺麗に整備されてましたけど、豪華ってほどでは……」

「なんと! そんな環境で姉上は……!」

「そもそも王族であることを隠しておられたので、私たち庶民と同じ扱いでしたよ」

「姉上……なんて素晴らしい精神なのでしょう。はやり姉上は最高です。それで食事の方は……」


 これいつまで続くんだ……助けてくれフェリクス。

 思わず友の顔を思い浮かべてしまった。

 長い気球の旅で疲れていてさすがに眠たい。ちらりと寝室を見やると、白猫とミミズクが先に気持ちよさそうに大きなベッドを堪能していた。ずるいぞお前ら。


 第二王子の質問責めは終わらない。カイは必死に眠気をこらえながら、重度のシスコン少年が満足するまで付き合ったのだった。


「……や、やっと終わった……」


 ようやくディーノが帰ったのは夜明け前。カイはベッドに倒れ込んで、泥のように眠りについた。




 灯里にプロポーズした時の夢を見た。


 思えばおれも、フェリクスと同じように告白をすっ飛ばしてプロポーズしたんだった。

 彼女の誕生日。学生だったから指輪はまだ買わなかったけれど、病室に花束を持っていって。

 結婚してくださいと言ったおれに、しかし彼女は最初頷いてはくれなかった。


『できないよ……私、いつ死んじゃうかわからないのに』

『だったら尚更だ。おれは灯里と結婚したい』


 結局その日は、誕生日だというのに彼女を泣かせて終わってしまった。

 それから根気よく、何度も何度も口説き落として、ようやく結婚の約束にこぎつけたのである。


 私の負けだよ、と困ったように笑って受け入れられた日を、今でも鮮明に思い出せる。嬉しくて嬉しくて、おれは……──




「カイさん、いいかげん起きてください!」

「ふおっ!?」


 耳元で叫ばれて思わず飛び起きた。見ればララが呆れた様子でベッド横に仁王立ちしており、その奥でお世話係のリンダがおろおろしていた。

 日はとっくに登りきっている。


「いつまで寝ているつもりですか。アマンダ様がお待ちです」

「ご、ごめん。でも許してよ。昨晩ディーノ殿下が急に訪ねて来て、遅くまで質問責めにあってたんだから……」

「ああ……あのシスコン王子。それは災難でしたね。あの人のアマンダ様への執着は異常ですから」


 いやうんまぁ、そうなんだけど。ディーノ王子もたぶんララにだけは言われたくないと思う。

 とにかくさっさと着替えて来いと言い残してララは部屋を出ていってしまった。リンダにも席を外してもらい、慌てて準備を整える。少し迷ったけれど、魔術師のローブは纏っておくことにした。身分を証明するのに手っ取り早いからだ。


 そうして部屋の外に出ると、きちんと扉の前で待っていてくれたリンダが行き先に案内してくれる。

 連れられたのは、小さな会議室のような場所だった。ノックに「どうぞ」と中から聞き慣れたアマンダの声がする。


「待っていましたよ、カイ」


 扉が開いた先にいた彼女に、カイは息を飲んだ。

 シンプルながらも上品な青いドレスを纏い、結い上げられた金髪が髪飾りで華やかに彩られている。……すごい。本当にお姫様だ。


「カイ?」

「ご、ごめん。綺麗で見惚れてた。本当に王女様なんだなって……」

「あら。ふふ、ありがとう。今まではローブ姿でしたものね。こちらではこれが普通なの。見慣れておいてちょうだい」


 見慣れるだろうか。わりとドキドキしてしまった。衣装一つでずいぶん印象が変わるもんだな。


「とりあえず、昨夜父……国王陛下と話して、決まったことについて簡単に伝えておきますね」


 どうぞ座って、と促され、会議机にアマンダと向かい合う形で椅子に腰掛ける。人払いがされ、室内にいるのはカイとアマンダとララ、3人だけだ。


「帝国の狙いが神の骸と呼ばれる巨大な魔石であること、わたくしの婚姻話の件は罠であったことをお伝えしました。これでこの件は完全に白紙です。……やはり当時すでに帝国の手にあった水の神の骸と土の神の骸を見せられ、脅しのような形で話を持ちかけられたようですね。帝国への使節団に同行した中に魔術軍の重鎮がいたのですが、その者があの魔石ひとつで国が滅びる、太刀打ちできないと訴えたようです。まあ、事実でしょうが……」


 それでも、何かしら対抗策を練らなければただ蹂躙されるだけだ。あの魔石に、魔力量が膨大であろう門番でさえ手も足も出なかった。アマンダの不意打ちがうまくいっていなければ、おそらくみんな殺されていただろう。


「そこで、神の骸には神の骸、です。我が国にその魔石があるというのなら、こちらも使って対抗すればいいだろう、と。ですが……」


 アマンダが急に歯切れ悪くなり、カイからそっと目をそらした。

 まさか。


「……どこにその、火の神の骸があるのか、誰も知らなかったのです……」

「だ、誰も……? 噂とかも何もなく?」

「ええ、さっぱり。……しかし帝国は罠をしかけてきたくらいですから、神の骸がどこにあるか特定している可能性が高いと思います。おそらく潜入もされているでしょうね。我々は完全に後手に回っている」


 魔術大国であったカトレア王国が滅ぼされ、帝国が神の骸を見つけて、20年。調べる時間は十分すぎるほどあっただろう。

 神の骸はリオンの旅行記に書かれていたほどの古い代物だ。封印されたのも1000年以上前ということになる。その頃はまだ、ここはペンタス王国ですらなかったかもしれない。忘れられていてもおかしくはないのだ。

 しかし、奴らが火の神の骸のありかを突き止めているのなら、必ずどこかに情報はある。


「先を越されているからと言って、諦めるわけにもいきません。そこで、です」


 アマンダがにっこりと笑った。……なんだか見覚えがあるな、この笑顔。嫌な予感がする。


「敵がどこに潜んでいるかわからない以上、おおっぴらには探れません。王都周辺は極秘裏にでもすぐに調べられますが、地方はそうはいかない。でもカイ、あなたはこれから探し人を求めてマトリカリア中を回りますよね?」

「………」

「もちろん、わたくしの方から声をかけて大々的に口元にほくろを持つ者の情報を募る手配は終えております。午後には公募開始でしてよ。そして探し人の情報が届きしだい、あなたには護衛と調査員を連れて各地に行って欲しいの」


 なるほど。利用できるものはとことん利用するつもりらしい。カイの人探しのついでに宝探しとは。


「……わかったよ。でも、あんまり時間に余裕はないよな?」


 帝国は風の神の骸を手に入れてしまった。ジェイコブが奪い去った時そうしたように、あの力があれば空を飛べる。マトリカリアと帝国の間にある砂漠が、壁ではなくなるのだ。

 さすがに軍隊を丸々飛ばしてくるなんてことは難しいだろうが、少数精鋭で火の神の骸のみを目当てにピンポイントで襲ってくる可能性はけっこう高いんじゃないか。


「もちろんなるべく急ぎですが、できる限りのあらゆる手は打っておきます。だからカイはあまり気にせず、ご自分の要件を最優先にしてください。あくまで調査はおまけですから」


 話はこれで終わりのようで、アマンダは立ち上がる。控えていたララが前に出た。


「情報が集まって出発が決まれば声をかけます。それまでカイさんはゆっくり過ごしてください」

「う、うん」


 それでは、とアマンダとララは慌ただしく出て行ってしまった。きっとこれからまだまだやることがあるのだろう。

 ひとりゆっくりしてるのはなんだか申し訳ないな、と思いつつもどうしようもない。

 リンダと合流して、とりあえずカイは城の中を案内してもらうことにしたのだった。


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