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35.卒業


 一気に4人卒業するということで、特別に担任のダミアンと門番が時間を作ってくれた。秋期生の教室で卒業式というか、簡単なお別れ会のようなものを開いてくれたのである。


 ちなみに、お世話になったクスター先輩とノーラ先輩にはアマンダとララと共に昨日のうちに挨拶を済ませておいた。卒業してもまた学園に来ることはできるそうで、気軽に遊びにきてくれという話だった。依頼ならいつでも受けると言ったクスター先輩と、またいつでも精霊語の指導をしてやると言ったノーラ先輩のいい笑顔は忘れられない。まあ確かにカイたちは金を持った良い顧客である。


「先触れは出していただけました?」


 アマンダの質問に門番が頷く。


「もう届いてると思うよぉ」


 王女様の帰還となるので、例外的にペンタス王国へ連絡が必要になったのだ。普通なら行きと同じように気球で人通りのない町や村のはずれに卒業生を送り届けるらしいのだが、王女相手ではそうもいかない。トラブルになるのが目に見えているため、連絡を入れてペンタス城に直接降りることになったのだ。

 それにカイも一緒についていくのだが、さすがにちょっと不安である。いきなり謂れのない罪で捕まったりしないことを祈ろう。


「しっかしホントに驚いたよ。まさか王女様と一緒に勉強してたなんてね」

「僕も。頑なにフードを外さないから気になってたけど、事情を知って納得したよ」


 サンドラとオッツォの言葉に、今はもうフードを外してその眩い金髪を見せているアマンダが微笑む。


「驚かせてごめんなさい。もしまたお会いすることがあったら、そのときは変わらず接してくださると嬉しいです。……もちろん、私的な場では、ですけれど」

「王女様も大変だねえ。わかったよ。元気でね、アマンダ」


 アマンダとサンドラが別れの握手を交わす。次いで、別の気球に乗ることになっているオッツォとも。

 その隣で、カイはフェリクスと向き合っていた。


「カイ。これ、昨日言ってた両親宛の手紙。オレんちの住所は書いてあるから、頼んだ」

「うん、頼まれた」


 封筒を受け取り、カバンの中に大切にしまう。


「てか、お前の連絡先も教えろよ。いつか遊びに行くからさ」

「あ~……そうだな、じゃあモンステラ王国にいる叔父と叔母のとこの住所で。いつ帰れるか分かんないけど、そこにおれの居場所は連絡しておくから」


 ノートの切れ端にささっと住所を書いて、フェリクスに渡した。

 こういうとき、前世で使っていた携帯電話が恋しくなる。どこにいても連絡ができるって、本当にすごい発明だ。


「居場所って……お前、旅人にでもなるのか?」

「ま、そうなるかも。旅の治癒術師。かっこよくない?」


 そもそも8歳から灯里の魂をもつ人を探して花道楽にいたのだ。ひとつの場所で長く暮らすのは、この学園が久しぶりだった。きっとその人を見つけるまで、旅は終わらないだろう。


「……たしかにかっこいいな、旅の治癒術師。頑張れよ、カイ」

「お前こそ。お互い強くなろうぜ、フェリクス」


 拳と拳をぶつけ合って、笑った。──次会うときが楽しみだな、親友。


 それからサンドラとも別れの挨拶をし、最後に先生たちの元へと向かった。なんだかダミアンが、ひどく疲れたような顔をしている。


「ダミアン先生、どうしたんですか?」

「どうもこうも……全部が全部終わった後にこの学園長に報告されてね。教師陣は寝耳に水で大変だったのだよ」

「いやぁ、いっぱい怒られちゃったねぇボク」


 ダミアンとは対照的に、飄々として門番が言った。


「そりゃあ怒るでしょう。なぜ我々を呼ばなかったんです」

「余裕がなくてねぇ。まあ呼んだとしても厳しかったろう? ウチにいるのは戦闘員じゃなくて研究者ばかりだから。ボクだけならまぁ、最悪死んでも…──」

「学園長ッ!」


 らしくなく大声を出したダミアンに、教室中の注目が集まる。先生は誤魔化すようにゴホン、と咳払いをした。


「……そんなことを言わないでください。我々にとって、貴方は大切な人なのですから」

「あはは。……照れるねぇ、うん。ありがとう」


 門番がはにかみ、空気が和らいだ。フェリクスが「門番の人、あんな顔するんだ……」と驚いていた。第一印象は不気味な人という感じだったから、なんとなく気持ちはわかる。カイも門番のこんなに柔らかい表情は初めて見た。


 ダミアンが襟を正し、告げた。


「……さて。アマンダ、ララ、オッツォ、カイ。卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


 自然と4人の言葉が揃う。先生は微笑んだ。


「卒業の証に、これを配ろう」


 4人に渡されたのは、細長い笛だった。精霊祭のときに配られた、デルカの実の絵が刻まれている。


「この笛を鳴らすと、学園へと向かう気球を呼ぶことができる。いつでも遊びに来てくれたまえ。研究者として、ふたたび滞在することも可能だ。……無論、金はかかるが」


 詳しく聞けば、入学の時と違い気球に乗って来るのにも金がかかるようになるらしい。「僻地にあるから学園の維持費だけでも大変なんだよねぇ」とは門番の談である。金銭感覚が狂うような金額設定の学園だが、余裕があるわけではないようだった。


 他にも、魔術師にしたい人を見つけたら学園への招待状を書いて送り出して欲しいということなど、卒業後の話もしてもらった。

 カイはジルベールに送ってもらったときのことを思い出す。あのとき吹いていた笛はこれだったのかと、手の中のそれを眺めた。そこで、ふと気づく。


「……このデルカの実の絵、どこかで見たような……」

「ああ、あるかもねぇ。街中とかで」


 門番に言われて思い至る。カイはこれと同じ絵の看板らしきものを、いくつかの街で見たことがあった。風景の一部として馴染んでいたので、あまり気にしたことはなかったのだが。


「この絵が描かれている看板があるところはね、一見そうは見えないだろうけど、魔術師専門のお店なんだ。見つけたら入ってごらん」

「まぁ……! それは行ってみたいですね。城からこっそり抜け出せるかしら」

「お伴します、アマンダ様」


 この王女様、かなりアグレッシブだよな……とカイはまだ見ぬペンタス王国の重鎮たちの苦労を偲んだ。

 それにしても、魔術師専門のお店か。いったいどんなものを売っているのだろう。


 ダミアンが教室の扉を開く。


「それじゃあ、そろそろ行こうか。……ああ、ちなみに今着ているそのローブは、もう君たちのものだからそのまま使ってくれて構わない。小さくなったら先ほど言っていた店で買えるから安心したまえ」


 フード付きローブは魔術師の証だ。入学時には少し大きかったローブだが、今ではカイの体にちょうどいいサイズになっていた。少しずつだが、成長しているのだ。


 先生たちに連れられ、正門へと向かう。大きなその門が開くと、切り立った崖の上にふたつの気球が並んでいた。


「そっちがオッツォくん。それでこっちがカイくんとアマンダくんとララくんだよ」


 門番に言われた方の気球にそれぞれ乗り込む。カイは改めて、先生たちに礼をした。


「門番さん、ダミアン先生。今までお世話になりました」

「最後まで真面目だねぇ。ふふ、こちらこそ。キミは命の恩人だ。困ったことがあったら呼んでおくれ。力を貸すよ」

「これからも勉強を怠らないようにしたまえ。精霊語の研究がしたかったら、またいつでも学園においで」


 思っていた以上の言葉を貰ってしまい、カイは少し照れる。またいつか、もっと成長してこの学園の門の前に立ちたいものだ。


 ふわりと、ふたつの気球が宙に浮く。


「じゃあな、カイ!」

「またな、フェリクス!」


 大きく手を振って、親友と別れた。行きと同じように気球の下に雲のギミックが広がり、あっという間に学園が見えなくなる。


「オッツォさんも、さようなら! もしまた会うことがあったら、よろしくお願いします!」

「うん、よろしく! 君がもし森で迷うことがあったら、僕たち森の民をいつでも頼ってね!」


 離れていく気球に叫ぶ。場所の特定を避けるため、気球は自由な軌道で目的地へと進むのだ。


 しばらくするとオッツォの乗った気球は見えなくなり、3人だけになった。


「さて、カイ。これからペンタス城に向かいますが、その間に言葉遣いを直しましょう」

「ああそっか、これからはアマンダ王女殿下って呼ばなきゃか」

「サンドラにも言ったように、私的な場所では今までどおりで構いませんけれどね」


 たしかに、練習しておいたほうがいいだろう。マトリカリアにつくまで、時間はたっぷりある。


 そうしてララに言葉遣いを教わりながら、2度目の空の旅はゆっくりと過ぎてゆくのだった。


魔術学園編はこれにて完結です。

ブクマや評価・いいねありがとうございます。励みになります。

次話は短い幕間です。

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