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34.強くなりたい


 翌日目覚めたのは昼もとっくに過ぎてからだった。まだ頭がぼーっとしている。

 一方で三つ目のミミズクはすっかり調子を取り戻したのか、元気よく『キィィ!』と鳴いて挨拶してくれた。ちなみに白猫はいつも通り気ままに丸くなっている。


 顔を洗って着替えてから、フェリクスの部屋を訪ねた。幸い出かけてはいなかったようで、すぐに扉が開く。


「ああ、カイ……」

「大丈夫か、フェリクス。あのあとサンドラさんは?」

「無事だよ。治癒室で治してもらって、意識もすぐに戻った」


 そう言うわりに、浮かない顔だった。ベッドに座り込んで深くため息をつくフェリクスに、カイの心配がつのる。隣に座って声をかけた。


「どうした?」

「……オレ、何もできなかった」


 なんのことか、聞かなくてもわかった。昨夜のことだ。


「そんなこと……おれだって、ろくに戦えなかったし」

「カイはちゃんとやってた! 助けてただろ! それに比べてオレはっ……」


 声を荒げたフェリクスは、すぐにハッと我に返る。


「悪い、オレ……」

「いいって。気持ちはわかるから」


 何もできず、あまつさえ好きな人に守られて、怪我をさせてしまって。

 カイだって同じ立場なら、悔しくて情けなくなっただろう。何もできない無力感は、嫌というほど知っている。


「……強くなりてぇ」


 絞り出すようなフェリクスの声に、「そうだな」と頷いてその背中に手を置いた。


 ──もっと、強くなりたい。




 とりあえず落ち着いたフェリクスと一緒に、1階に降りてきた。

 昼食の時間は過ぎてしまったが、食堂自体は開いている。売店で軽くつまめるものを買って、のんびり食べようと言う算段だ。腹が減ったままでは落ち込むばかりである。


 今日は精霊祭の翌日ということもあり、授業休みの日だ。午後の食堂でもけっこう人が多かった。空いている席を探すと、アマンダとララがお茶をしているのを見つける。


「アマンダ、ララ。一緒していい?」

「ええ、もちろん。その袋は?」

「スナック菓子。食べたことある?」

「いいえ。いただいてみようかしら」


 アマンダとほのぼのした会話を続けていると、なぜかフェリクスに半眼で睨みつけられた。「なんでいつもわざわざ自分から面倒なのに絡みにいくんだよ……」という呟きはカイまで届かない。

 アマンダは塩っけのある駄菓子のようなスナックを興味深そうに口にしていた。ちなみに甘党のフェリクスは砂糖菓子を頬張っている。飲み物だけはどの時間でも準備してある食堂なので、各々好きなものを持ってきていた。カイはもちろん牛乳だ。


 ひとしきり軽食を楽しんだあとで、王女様が居住まいを正した。


「……昨夜のことで色々と国に戻って伝えなければならないことができたため、準備を終えたら明日にでも学園を卒業しようと思います」

「……そっか。そうなるよね」


 帝国のこと。神の骸のこと。きっと国を揺るがす大変な騒ぎになるだろう。


「カイ。我が国にあなたを招待する件ですが、どうします? これから我がマトリカリアは、いつ帝国の襲撃を受けるかわかりません。お礼は別の形のほうが……」

「いや、行くよ」


 アマンダの提案を遮り、カイははっきりと告げた。隣にいるフェリクスも含め、みんな驚いた顔をする。


「……慌ただしい時にお邪魔して、迷惑になるかもだけど……おれさ、その……探してる人がこの世界のどこかにいるんだ」

「ああ、お前がアマンダと間違えたやつ……」


 フェリクスの言葉に、アマンダとララも思い出したようだった。あの最悪の出会いのことである。


「……たしか、口元にほくろのある方を探しているんでしたよね?」

「うん。アマンダとはちょうど逆の位置、顔の右側にある人を探してるんだ」

「それは、わたくしのような年恰好の方なのかしら?」

「いやその……実は、年齢性別も何もわからなくて……ちょっと特殊な事情があるから、深く追求しないでくれると嬉しい」


 カイも同じ性別で生まれ変わっているから、希望としては彼女も同じように女として生まれ変わっているといいなぁとは思っている。カイより先に転生しているはずなので、まだ生まれてないなんてことはさすがにないだろう。あの神様と話した空間がどういうタイムラグを生んでるかわからないから、もしかしたら年上かもしれない。


「……その人がマトリカリアにいる可能性があるなら、なおさら今のうちに行かなきゃって思うんだ」


 たとえ戦禍に巻き込まれたとしても、灯里の魂を持つ人がそこにいて死んでしまったなんてことになったら後悔してもしきれない。今のカイには魔術がある。まだ実力は心もとないけれど、人ひとりくらいなら死んでも守ってみせる。

 ふむ、とアマンダは少しだけ考え込んだ。


「……ではそれを、あなたへのお礼といたしましょう」

「え?」

「わたくしの名前でマトリカリア中から口元にほくろを持つ者の情報を募ります。いかがかしら?」


 思いがけない言葉に目を見開く。それはカイにとって何よりも心強く、何よりも嬉しい贈り物だった。


「ありがとうアマンダ! 助かるよ!」

「ふふ、きっとすぐに見つかるわ」

「……だといいんだけど」


 口元にほくろがある人なんていっぱいいそうなものだけど、どういうわけかこの世界、ほくろがある人自体が少ない。というか、肌にシミとかイボとかある人も全然いない。治癒術なんてものがあるからだろうか。ニキビなんかも低価格で治癒してもらえるし、肌の悩みを抱える前世の人からすれば夢のような環境だろう。

 それだけ珍しいものだからか、体にほくろがある人は神に選ばれた英雄の器だ、なんて俗説もあるくらいだ。


 とにかく、少し早いがカイもアマンダと合わせて明日には卒業することになる。

 フェリクスはどうするつもりなんだろう、と見ると、何やら考え込んでいるようだった。彼はまだ、目的の火の精霊と契約できていない。


 熟考の末、フェリクスは真剣な声音で言った。


「……オレはまだ、帰れない。カイ、両親に手紙を書くから、代わりに届けてくれないか?」

「うん、任せとけ」


 手紙か。カイもマトリカリアに着いたら、叔父叔母や花道楽の面々に手紙を出すべきだろう。帰るのがまだまだ先になりそうで申し訳ない。


「ちなみにオッツォさんも卒業して森に帰るそうですよ」


 ララの言葉に、フェリクスは「そっか、寂しくなるな」と苦笑した。

 オッツォも昨夜の情報を森の民に伝えなければならないのだろう。


「……ってことは、同期で残るのはフェリクスとサンドラさんだけか」

「うあっ!? あ、そ、そっか……そうだな。うわー……」


 カイの指摘に、フェリクスはたちまち真っ赤になって頭を抱えた。あまりにわかりやすすぎてアマンダとララも吹き出しそうになるのを堪えている。

 そんなタイミングで、噂をすれば影と言わんばかりにサンドラがやってきてしまった。


「おや、お茶会かい? いいね、アタシも混ぜ……フェリクス、どうしたの? アンタ顔真っ赤じゃないか。熱でもあるのかい?」


 ダメだ、アマンダがついに堪えきれずに笑い出した。カイは口を抑えながら必死で耐える。サンドラはぽかんとそんな不自然なテーブルの様子を困惑しながら見ていた。


「あっ、わっ、ちがっ……その、サ、サンドラ!!」

「な、なに?」


 ガタンと椅子の音を立てて立ち上がったフェリクスは、真っ赤な顔のままサンドラに、大声で言い放った。


「オレ、今度はサンドラを守れるくらい強くなるから! だからその時が来たら、オレと結婚してください!!」


 これには笑っていたアマンダも、ララもカイも驚いてフェリクスを見上げた。それだけでなく、食堂中の注目を集めてしまっている。


 マジかお前。告白すっ飛ばしてプロポーズか友よ。……耳まで真っ赤で目も回してそうだが本当に大丈夫か。


 そんなフェリクスにサンドラは「ああもう!」と赤くなりながら困ったように頭を掻いた。ガチガチに固まってしまっているフェリクスの額に、デコピンを食らわせる。「痛っ」と彼は額を押さえ、涙目で彼女を見つめた。


「さ、サンドラ……?」

「……あんまり長くは待てないよ」


 微笑んだ彼女に、それが返事なのだとフェリクスが気づくまで少し時間がかかった。


「あ……ありがとう!」


 ピュウ、と誰かが口笛を鳴らす。拍手が自然と沸き起こった。「見せつけんな!」「やるな少年!」と野次が飛ぶ。


「まったく……騒ぎになりそうだからアタシは退散するよ」

「う、ごめん……」

「バカ」


 そう言ってサンドラは頬を染めながら足早に去って行ってしまった。

 なんだかすごいイチャイチャシーンを見せつけられたような気持ちになる。まあ、それはさておき。


「良かったな、フェリクス」

「おめでとうございます、フェリクス」

「お、おう。悪いな急に。なんかもう混乱しちゃってて……」


 周りにいじられながらようやく腰を下ろしたフェリクスは、照れ隠しのように手元のお茶を一気飲みした。


「こんなボンクラがサンドラさんのような美女を落とすとは……世の中わからないものですね」


 ララの言葉にフェリクスが噎せる。カイは笑いながらその背をさすってやった。


 この日の出来事がしばらく学園中の話題になって大変な思いをするはめになることを、今の彼はまだ知らない。


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