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33.学園長


 ついておいで、と言われてカイとアマンダ、ララ、オッツォの4人が連れてこられたのは、なんと学園長室だった。階段を登って、登って、一番上の鐘へと続く階段のその途中。


 開かずの学園長室の扉が、門番によってあっさりと開けられてしまった。


「そこのソファに座っておくれ」


 学園長室というだけあって、広く立派な作りだった。華美ではないが、重厚な歴史を感じる部屋だ。歴代の学園長の肖像画がずらりと並んでいる……なぜか、回転寿司のようにちょっとずつ動いていたが。枚数が多いから動き回らなくても全部見せてやろうという工夫だろうか。風の魔術なのか絡繰じかけなのかはわからないが、七不思議の学園長室の動く肖像画はまちがいなくこれだろう。かなりシュールだ。


 革張りのソファに4人は腰掛ける。そして門番は、学園長の椅子へと腰を下ろした。


「……改めて自己紹介しよう。ボクはリオンの名を継いだ41代目学園長。かつてはストレリチア帝国魔術師団総長を勤めていた。ルーカスというのはもう捨てた名前だから、これからも変わらずに門番さんと呼んで欲しいな」

「え、えっと……学園長先生、なんですよね? 門番さんでいいんですか?」


 今の挨拶だけで聞きたいことが山ほどできた。が、とりあえずカイはそれだけ質問する。ここに案内された時点で察してはいたが、やはり門番は学園長だったらしい。しかも襲名性だとは驚いた。


「学園長先生と呼ばれるのもリオン先生と呼ばれるのも、なんだか照れくさいからねぇ。門番さんが一番しっくりくるんだ。頼むよカイくん」

「わかりました、門番さん」


 満足そうに微笑んだ門番に、今度はアマンダが質問する。


「先ほど帝国魔術師団総長を務めていたと仰っていましたが、どういった経緯でこちらに?」


 魔術師団総長。おそらく帝国の魔術師団の一番偉い人だ。地位も権力も約束されていたはずである。


「あれは帝国が侵略戦争を始めたばかりの頃だったから、30年近く前かなぁ。嫌じゃないか、他国を侵略侵略……もう本当にやりたくなくてねぇ、魔術学園で教師募集中って話を聞いて逃げ出してきちゃった」

「……全部捨てて?」

「そ、ぜ~んぶ捨てて。ボクって実力は抜群だったけど忠誠心とかはあんまりなタイプだったんだよねぇ。皇帝のこともぶっちゃけ嫌いだったし」


 なるほど、皇子に裏切り者と呼ばれるわけである。


「闇の魔術師だったから、こうして門番をやることになったんだけどね……キミたちとも結んだあの契約魔術。あれね、契約だから結んだ相手が死んだらそれがボクに伝わるんだ」


 門番のただでさえ黒い瞳が、光をなくしていっそう暗く澱んだ。


「……20年前、帝国がカトレアを侵略したときは本当に酷かった。魔術大国と呼ばれた国だよ。教え子は、それはもうたくさんいたんだ。次々死んでいくのがわかった」


 しん、と重い空気で充ちる。それでもアマンダは質問を続けた。


「ずっと腑に落ちなかったことがあります。カトレア王国には氷の女帝リディアーヌがいたはず。そうやすやすと帝国のいいようにされたとは思えません」


 氷の女帝リディアーヌ。火炎の守護神オレクとともに上がっていた名だ。水魔術最高峰の使い手で、氷の女帝と冠するとおり、カトレア王国の女王だったらしい。カトレアでは一番魔力が強い王族が王になる慣例があり、彼女は街一つまるまる凍らせてしまえるほどの力を持っていたそうだ。


「もちろん、かなり抵抗したと聞いているよ。ただ、リディアーヌに関しては……当時彼女は妊娠していたらしいんだ」

「妊娠、ですか?」

「うん。それも臨月だったらしい。だから全力では戦えなかったし、帝国もそれがわかっていたから侵攻したんだろう」

「なんて卑劣な……」


 アマンダが唇を嚙む。カイとオッツォも苦い顔をした。嫌な話である。


「……カトレア王国が滅んで、帝国の侵攻が止まったろう? その間にも不自然に魔術師が死んでいることが、契約魔術を交わしているボクにだけはわかった。……少し調べさせたらね、帝国は魔術師を拷問して、魔術の秘密を知ろうとしていたんだよ」


 息を呑んだ。そんなの、喋っても契約の効果で死んでしまうし、喋らなくても拷問死だ。カイはぶるりと身震いする。


「それがわかって以来、学園では帝国からの魔術師志願者をボクの権限で門前払いしてきた。まあ、応急的な処置でしかなかったけどね。結局帝国はもう独自に魔術師を生み出しているようだから」

「……でもジャックくん……いや、ジェイコブ皇子はこの学園に潜入してきた……」


 オッツォが複雑そうな顔をして言った。ジャックと一番親しかったのだ。無理もない。


「おそらく帝国外の魔術師を騙して招待状を書かせたんだろうねぇ。あの外見だ、ボクだって見事に騙されてこのザマだよ」

「すみません、門番さんに注意して見るよう言われてたのに、おれ、勘違いしてて……」


 カイも完全に、あの可愛らしい少年を無意識に怪しむ対象から除外していた。門番は「気にしなくていいよぉ。気づいたとしても止められなかっただろうし」とあっさりした調子で言ってくれたけれど。


「……まあでも、帝国の目的はわかった。神の骸だ」

「その、神の骸とはなんなんです? 巨大な魔石にしか見えませんでしたが」


 ララの疑問に門番は「まあ、そうだよね」と返す。


「神話に出てくるだろう? ほらあの、竜に試練を出した4柱の神々。あれの遺骸なんだって、代々のリオンに伝えられているんだよ」


 竜と恋に落ち、命を狙われた女神様。彼女を守るため神々に立ち向かった竜は、試練を与えられた。

 その試練を与えた神々の、遺骸?


「……そもそも神って死ぬんですか?」


 みんなララと同じ気持ちだったのだろう。疑わしげな目で門番を見つめた。


「そう伝わってるのは確かだよ。真実がどうあれ、あの魔石は膨大な魔力リソースであり、ひとつあれば世界の軍事バランスが壊れてしまうほどの脅威になるんだ」

「……それを、帝国は2つも手にしているということですか」


 森の民を殺して奪ったと言っていた。そして今日、魔術学園からも。

 しかし門番は、アマンダのその言葉を絶望的な形で否定した。


「いいや、おそらく3つだ。帝国が最後に滅ぼしたカトレア王国には、水の神の骸があったはずだから」


 思わず息が止まる。あんなものが3つも帝国の手にあるなんて、かなりやばい状況なのでは。


「カトレア侵攻後、沈黙してたのはきっとこれだねぇ。神の骸を見つけて、いろいろ調べてたんだろう」


 そしておそらく、何年もかけてすべての神の骸のありかを見つけ出したのだ。


「この世にある4つの神の骸はそれぞれ離れた地に封印されていた。水の神の骸はカトレア王国。土の神の骸は森の民。風の神の骸はこの学園に。そして、火の神の骸は……──」

「我がマトリカリア連邦ペンタス王国……なのですね」


 ジェイコブは言っていた。次はお前の国だと。

 ここまで聞かされて、気づかない王女様ではない。


「ま、そういうコトだね。キミの国には火炎の守護神オレクがいる。今まではそう簡単に手が出せなかったんだろう」

「……なるほど、そういうことですか」


 アマンダは得心したようだった。

 降って湧いた彼女と帝国との婚姻問題。すでに帝国の手にあった水の神の骸と、土の神の骸。あんな巨大な魔石を見せられ、脅されたのならペンタス王の決断にも納得がいく。

 火炎の守護神オレクはアマンダの護衛をしていると言っていた。彼女が輿入れするとなると、かの英雄も当然、少なくとも帝国まではついてくるだろう。そうすれば本国の守りが手薄になる。

 婚姻話自体が罠。本当の目的は、ペンタスに封印されているであろう火の神の骸だったのだ。


 すべてが糸で繋がったような気がして、カイは薄ら寒い気持ちになった。アマンダが逃げて来なければ、今ごろ国がひとつ地図から消えていたかもしれない。

 だが、すでに帝国は3つも神の骸を揃えている。こうなるといつ強硬手段に出てもおかしくないだろう。

 そこまで考えて、カイは重大なことを思い出した。


「あの……ちょっと気になることが。さっき風の神の骸を前にして、おれの風の精霊が怯えて姿を見せなくなったんです。今はいますけど、これって……」


 三つ目はさっきからずっと、落ち込んだ様子でカイのローブ中に潜り込み、丸まっている。

 門番は頷いた。


「精霊はその属する神の骸に対して攻撃できない。理由はわからないけれど、まあ本当に神の遺骸だからなのかもしれないねえ。恐れ多いってトコなのかな?」

「それは……帝国がすべての神の骸を手に入れたら、魔術で対抗できないということではありませんか!」


 アマンダが悲鳴のように叫んだ。たしかに、闇の魔術は帝国の者以外で使える人は少ないし、光の魔術では治癒しかできないので、火・土・水・風が使えなくなれば実質的にそうなってしまう。


「……まぁ、神の骸そのものへの攻撃ができないだけだから、まったく対抗できないってわけじゃあないよ。厳しいけどね。しかし……それ以外にも懸念がある」


 門番は眉間に深い皺を寄せ、続けた。


「神の骸は決して4つ揃えてはいけないと、代々のリオンに伝えられているんだ」


 だから離れた場所に封印していた。旅行記の内容を思い出す。


「……揃うと何が起こるんですか?」


 カイの質問に、門番は困った様子で首を横に振った。


「それがね、肝心なそのコトについては伝えられていないんだ。だからもし帝国がすべての神の骸を揃えてしまった場合、何が起きるのかボクにもわからない」

「そんな……」


 帝国は、このことを知っているんだろうか。

 あるいは──あの旅行記に書かれていたように、竜に聞けばなにか分かるのかもしれない。


「……あの、僕からも質問いいでしょうか」


 重苦しい空気の中、オッツォがおずおずと声を上げた。


「何かな?」

「帝国の森の民を殺したという、死神についてです。何か知らないかなと」


 門番はうーん、と考え込んだ。


「帝国を離れて長いからね。最近は探るのも難しくて……すまない、ボクに心当たりはないよ」

「噂程度なら聞いたことがありますよ」


 ララの言葉に全員が注目する。


「黒い鎧を纏い黒い剣を振るう、まだ若い剣士だそうです。ストレリチア帝国の支配に抵抗する反乱分子を、その凄まじい剣技で次々制圧していると聞きました。彼の通った後には血の道ができる。恐れをなして人々はその男のことを死神と呼んでいると」

「……情報、ありがとう」


 噛みしめるように、オッツォは礼を言った。同胞の死に、彼は何を思っているのだろう。

 それにしても、死神だなんて恐ろしい呼び名だ。絶対に遭遇したくない相手である。


「……質問は以上かな?」


 カイたちは顔を見合わせ、もう聞くことはないと察すると各々頷いた。


「ボクが話すべきことはすべて話した。色々あって疲れただろう。今日はゆっくり休むといい……改めて、キミたちを巻き込んで本当にすまなかった。そして、助けてくれてありがとう」


 フェリクスくんとサンドラくんにもあとで謝らないとね、と門番は微笑み、それで解散となった。


 流星群が止んで精霊祭もすっかり終わってしまったのか、裏庭の灯りも消えている。すっかりクタクタになっていたカイたちは、それぞれ無言で寮に戻っていったのだった。


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