30.精霊祭
ララから厳しいマナー講座を受けたり、フェリクスに付き合って山頂に向かったりしながら平穏に過ごして数日。かなり春らしく暖かくなってきた。とはいえ、夜中はまだ冷える。
シーツにくるまりぐっすり眠っていたカイは、カランコロンと突然鳴り響いた鐘の音に慌てて目を覚ました。
「な、なんだ!? 」
窓を見れば空は暗い。深夜なのだから当然だ。しかし、魔術学園全体がになやらぼうっと光り輝いていた。
「……年に一度、深夜になるベル……」
学園七不思議だ。クスター先輩が春になればわかると言っていた。今日のことだったのか。
ローブを羽織り、とりあえず部屋を出てみる。廊下には同じように鐘の音を聞いて起きてきた生徒であふれていた。カイ含め戸惑っている生徒たちが多数だが、妙に楽しそうな顔をしている人も混じっている。先輩たちだ。
「今日は精霊祭だ! 裏庭に行くぞ!」
精霊祭?
わけがわからないまま、先輩たちに連れられて裏庭へと降りていく。
そこには、幻想的な景色が広がっていた。
澄んだ冷たい夜の空気の中、カンテラがあちこちに吊るされ、温かな蝋燭の灯りで学園が照らされている。裏庭にはテーブルが並べられ、果物やお菓子など軽食が並んでいた。
シロと三つ目がひょっこりと現れる。奥のテーブルに並べられた、ブドウに似た見慣れない果実を凝視していた。
そのテーブルの向こう側で、夜の闇がゆらり揺れる。違う。よく見るとあれは門番さんだ。
「──みんなよく集まったねぇ。今日は星降る夜。地上に魔力が最も溢れる夜と言われる日だ」
精霊祭は知らないが、星降る夜は知っている。1年に1度、この世界では流星群が見られるのだ。カイは花道楽の旅の途中、何度か見たことがある。この日だけは夜更かしが許されていた。
そうか、今日だったんだ。
「今日は魔術師にとって精霊に感謝を捧げる日だ。この果物はデルカと言ってね。魔力を多く含むから精霊が好む果実なんだ。……人間からすると苦くてとても食べられたもんじゃないけどねぇ。学園からのプレゼントだから、遠慮せずに精霊たちにあげるといい。もちろん、キミたちも存分に食べて楽しんでくれたまえ。──さあ、星が流れたら精霊祭のはじまりだ」
その言葉を待っていたかのように、煌めく流星が夜の闇に踊った。わあっと歓声が上がる。
さっそくデルカのテーブルに列ができていたので、カイも並んだ。果実は大量に準備されていたので、遠慮なく一房貰う。足りなければまた追加できるだろう。三つ目がよだれを垂らしながらキイキイ鳴いていた。
「カイ、こっちこっち!」
フェリクスに呼ばれてテーブルに向かうと、アマンダとララ、それにサンドラも揃っていた。
「あれ、他のふたりは?」
「ジャックが見つからないみたいでオッツォが探しに行ってるよ」
カイの質問にサンドラが答えてくれた。
大抵のテーブルが同じ色のローブで固まっている。やはり同期同士のほうが気安いので当然だ。
テーブルの上は各々が持ち寄ったデルカと軽食で賑やかなことになっている。ありがたく好きに摘ませてもらうことにした。
精霊たちはカイが言葉をかけるよりも早く、テーブルに飛び乗ってデルカを食べだしている。……食べると言うより、吸収している、と言う方が近いのかもしれない。果実がすうっと消えるのだ。
「精霊が物を食べているところを初めて見ましたが、こんなふうになるんですのね」
アマンダが感心したように呟いている。
カイにはうっすら影くらいしか見えないが、他の精霊も食べているのだろう。ちょこちょこ実が消えていた。
「……まだふたり揃ってないけど、先にいただいちゃおっか」
「そうですね。アマンダ様を待たせる必要はありません」
サンドラの言葉に、ララは通常運転だ。まあ、ジャックとオッツォなら怒ったりしないだろう。
「それじゃ、精霊祭に」
「精霊祭に!」
各々が飲み物が入ったカップだったり、お菓子だったりを手にゆるっと乾杯した。
夜空にはひっきりなしに流れる眩い星々。おいしいお菓子。温かい紅茶。なんだか秘密のパーティーみたいでドキドキする。たまにはこんなロマンチックなのも悪くない。
「よ、楽しんでるか」
「やっほ~」
「クスター先輩、ノーラ先輩!」
秋期生たちのテーブルに挨拶に来てくれた。カイは笑顔で迎え入れ、フェリクスがサンドラにふたりを簡単に紹介する。
「よくわかっただろ、一年に一度だけ鳴る鐘の秘密」
クスターの言葉にカイは頷く。
「はい。……それにしても、他の七不思議はどうしようもないのばっかりだったのに、これはすごいですね」
「まぁ、どうしようもないものの中に重要な何かが隠されてるとかね~、よくあるコトだからねぇ」
常に本に囲まれているノーラが言うとなんだか説得力がある。
するとこの手の話にはあまり興味がなさそうなサンドラが、珍しく会話に入ってきた。
「七不思議じゃないけど、アタシの国にも変な遺跡みたいなもんがあるよ」
「遺跡ぃ? なにそれ面白そうだねぇ」
ノーラが食いついたが、サンドラは「詳しくはわからないんだけどね」と笑う。なんでも、海の上に点在している小さな島のいくつかに、鳥のようなものが描かれた明らかに人工の巨岩が置かれているのだそうだ。しかし、あまりにも古いものなので今では誰もその遺跡がなんなのか知らないのだという。ちょっと気になる。古代のロマンってヤツだ。
それから少しだけ雑談して、先輩たちは教師陣が集まっているテーブルへと移動していった。1年以上の在籍──つまりは研究生ともなると、先生との交流の方が多くなるのだろう。
「カーイくん」
「うひゃあ!?」
肩にずっしりとくる重み。高くもなく低くもない特徴的な声で、見なくても相手が誰かわかった。
「門番さん……」
「キミ本当にイイ反応するねぇ」
ケラケラ笑う門番は上機嫌だ。ほんのり酒の匂いがする。
フェリクス達が驚いた表情でカイを見ていた。
「カイ、門番の人と仲が良いのか……?」
「仲が良いっていうか……」
「ボクは真面目でからかいがいがある子が好きなだけだよぉ?」
門番の言葉に、フェリクスはなんだか可哀想なものを見るような目をする。
「カイってとんでもないヤツに絡まれる天才だよな」
「あら、なぜそこでわたくしを見るのかしら」
フェリクスの視線にチクリとアマンダが釘を刺す。すかさずララが「死にたいんですか?」と直球も直球の脅しをかけ、あえなく土下座していた。相変わらずこの2人には弱いようだ。
そんな彼を面白そうにサンドラは見ている。……やっぱり良い感じじゃない? このふたり。
「キミたち仲良いねえ……ところで彼は? いないみたいだけど」
「ああ、門番さんが気にしてたオッツォさんなら、今ジャックくんを探しに……」
突然カイの肩を掴んでいた門番の手に力が入った。急な痛みに驚いて、思わず黒一色の男を見上げる。
「違うよカイくん。ボクが気にしてたのは、森の民の彼じゃあない」
「はい? じゃあまさか、」
言葉を最後まで紡げなかった。見上げた門番の顔が、驚くほど青ざめていたからだ。
「……まずい、やられた」
「え?」
肩からふっと重さが消えた。
振り返ると、足音一つなく学園の中に戻っていく門番の姿が、かろうじて目の端に映った。
「ちょっと、あのひと消えたよ!?」
同じテーブルにいたのに、他のみんなには見えないくらいその動きは早かったらしい。サンドラが目を丸くしている。
なんだろう、胸騒ぎがする。
「中に入っていったみたいだけど……オッツォさんとジャックくんに何かあったのかもしれない」
カイの言葉にみんなが息を飲んだ。
「……探しましょう」
なんだかんだで、半年近く一緒に過ごした同期だ。
アマンダの言葉に、カイもフェリクスもサンドラも、もちろんララも頷いた。




