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28.リオン


 その夜は久しぶりに灯里の夢を見た。


 あれはまだ彼女が病気になる前。小学校低学年のころだろうか。珍しく雪が積もった冬だった。

 一緒に雪だるまを作ろうと公園に行って、でも大きな雪だるまを作るほど積もってはいなかったから、少ない雪をかき集めて手のひらサイズの小さなものを作ったのだ。


『目はどうしよう?』

『その辺の石でいいじゃん』


 おれがそう言うと、灯里はむぅ、と頰を膨らませた。


『やだよ、可愛くないもん……あ、あの木、実がなってるよ! あれにしよ!』

『ほんとだ。でも小さすぎない?』

『石よりマシだもん。それにほら、すごく可愛いよ』


 公園に植えられていたその木から、小さな赤い実を摘んで目にした。口は草をちぎって、にっこり笑顔とむすっと顔の雪だるまふたつ、並んで完成。


『なんで笑顔にしないの?』

『こっちの方がカッコいいだろ!』


 そうかなぁ? と灯里は首を傾げていた。

 それから彼女は何か思いついた様子で駆けていき、落ちていた木の枝と葉っぱを拾ってきた。葉っぱを不思議な形にちぎって、木の枝に刺す。

 そうして完成した何かを、おれの作った雪だるまの右側に刺した。


『な、なんだこれ?』

『銃だよ! 武器もってるほうがカッコいいでしょ。だから口は、こっち』


 そう言うと、への字の口をU字のにっこり顔にしてしまった。


『ね、笑顔の方がいいでしょ!』


 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべた。

 正直葉っぱは歪な形で銃には見えなかったし、とてもカッコいいようには見えなかったけれど、灯里はすごく可愛くて。おれはたぶん真っ赤になって、まあいいんじゃないの、とかなんとか顔をそらしながら言ったと思う。


 それから暫くして灯里のお母さんが迎えにきて、灯里と何か話していた。

 たしかその翌日からだったと思う。灯里がおれのことを、『ひーくん』と呼ぶようになったのは。


 あれは何でだったっけ? ああそうだ、確か……───。




「うぶっ!?」


 顔面にモフッと何かが降ってきて目が覚めた。


『キイィィィイ!』

「……お、おはよう」


 耳に優しくない甲高い鳴き声は、契約したばかりの風の精霊のものだった。三つ目のミミズクは精霊語を話す以外にもしょっちゅう鳴いたり歌ったりしている。おしゃべり好きらしい。

 せっかくいい夢を見ていたのに、気になるところで目が覚めてしまった。詳細を思い出そうとするが、ぼんやりしていてどうにもうまくいかない。


 まだ薄暗い冬の朝。カイは思い出すのを諦めると、大きく伸びをして顔を洗うために起き上がった。




 精霊の性格もいろいろらしい。

 三つ目のミミズクの姿をした風の精霊は、白猫姿の光の精霊ににまとわりついてウザがられていた。

 カイにしか見えないのだから仕方がないとはいえ、授業中に目の前でやらかされれば集中するどころではない。ハラハラと見守っていると、堪忍袋の尾が切れたらしいシロが三つ目の頭を前足で思い切り押さえつけた。


『キィ~~~~!』


 甲高い声で鳴く三つ目だったが、シロはなおも容赦無く押さえつける。さすがに止めるべきかと思っていたら、ようやくシロは三つ目を解放した。


『キィ……』


 しかし三つ目は頭を伏せたままだ。白猫はフン、と満足そうに鼻を鳴らす。

 ……どうやら上下関係が決まったようである。

 このまま険悪な関係になってしまったらどうしようかと思ったが、ミミズクは白猫の後ろに静かに控えるようになった。シロがカイの顔を見て、どや、と言いたげな表情になる。お見事、とカイは苦笑した。




 結局その日は授業があまり身に入らなかったので、放課後の教室に残って簡単に精霊語の復習していた。だいぶ精霊文字にも慣れ、うまく書けるようになったと思う。


 気分転換に教室に設置されている本棚をなんとなく眺めた。複数人が同時に使う想定なのか、同じ本が何冊もある。分厚い本も多い。背表紙を眺めて、カイはある事実に気づいた。


「リオン……? これ、著者の名前か?」


 リオン魔術学園の所有物だからそう書いてあるのかと思ったが、他の著者の名前を見つけてどうやら違うらしいと気づく。しかし、この本棚の大部分の本がこのリオンという人の本だ。


「……おや? カイ、まだ残っていたのかね?」

「ダミアン先生」


 忘れ物があって取りに来たんだよ、とダミアン先生は教卓の上に置かれていた懐中時計をポケットにしまった。


「なにか気になる本でもあるのかな?」

「いえ……この、リオンっていう人、いっぱい本がありますけど、この学園となにか関係あるんですか?」

「ああ。この魔術学園の創設者だよ。だからリオンの名を冠しているんだ」


 やっぱり関係者だったらしい。それにしても、すごい数の本を書いたものだ。


「いろんなジャンルの本を出してるんですね。精霊語や魔術はもちろん……あ、あれは旅行記?」

「彼は旅人だったと言われてるよ。なんと竜と対話し、それで精霊術……今の魔術だね。その使い方を知り、世に知らしめた偉人なんだ」

「竜と対話!? 竜って、喋れるんですか!?」


 以前すれ違った、あの巨大な竜を思い出す。あれと対話するだなんて、相当度胸がある人物だ。


「念話のようなことができるらしい。私も竜と直接会ったことなどないから実際は知らんがね。よければこの本を貸し出すから読むといい」


 渡されたのは旅行記だ。表紙には竜と黒髪の男の絵が描かれている。この男がリオンなのだろう。


「ありがとうございます、読んでみます」

「他にも気になる本があったら、好きに借りていくといい」


 ダミアン先生の言葉に甘えて、風の魔術の本も借りることにした。今夜は久しぶりにどっぷり、読書を満喫しよう。




 リオンという人物は、なんと千年以上前の人物だったらしい。

 旅行記は古い文体で書かれていて少し読みにくかったが、それでもかなり面白かった。なかなか破天荒な人物だったようだ。


 竜の棲家に堂々と正面から乗り込み勝負を挑もうとしたものの、あまりの竜の巨体に恐れおののいて命乞いし、なぜかそこから竜と話して仲良くなってしまった。そこで竜に神話のことや精霊のことなど、たくさんのことを教えてもらったらしい。

 そうして彼が編み出したのが、現代魔術の基礎だったのだ。

 精霊術として最初にそれを広めようとしたリオンだったが、魔力が少ない者が過剰な力を求めて死んでしまう事件が相次いでしまったので、慌てて対策を練ったらしい。その結果が魔術と称して選ばれた者にのみ精霊の存在を教え、一般の人には秘匿することだった。これは最初の授業で習ったとおりだ。

 やがて魔術師の地位が確立したことで、リオンはこの学園を作ると決めたらしい。権力に左右されず、誰もが自由に魔術を学べるようにとこんな僻地に建てたそうだ。


「竜か……」


 あの時すれ違った竜ともしまた会えたら、今度は話しかけてみようか。……できるかな? また恐怖で固まっちゃうだけかもしれない。


「……ん? なんだこれ」


 旅行記の中によくわからない記述があった。竜から4つの神の骸をそれぞれ離れた場所に封印してほしいと頼まれたので、世界を飛び回って3つを信頼できる人に預けた、とある。残りのひとつは自分で管理したようだ。

 神の骸ってなんだ。神様の死体があるのか? というか、神様って死ぬのか?

 続きを読んでも詳しいことは書かれておらず、それが心に引っかかったままカイは旅行記を読み終えることになったのだった。

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