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27.風の強い日


 外は吹雪いていた。分厚い雲が立ち込め、太陽の光が届かず薄暗い。雪がみるみるうちに積もっていくのが窓から見え、前世は都会暮らしだったカイからすると、そのスピードに恐怖を覚えるほどだった。


 こんな日は誰しもベッドでゆっくりしたいものなのだろう。朝の食堂は人がまばらだった。そんな中、この冬入学した新入生の姿が目立っている。特に交流はないが、灯里の魂を持つ人がいないことは確認済みだった。

 温かいスープを中心に朝食を選び、席を探しているとアマンダとララの姿を見つけた。他の同期生の姿はなかったので、カイはふたりのいるテーブルにお邪魔することにする。


「おはよう、アマンダ、ララ」

「あらおはよう。カイ、早いのね」

「おはようございます」


 ふたりはもう食べ終わっていたようで、優雅に紅茶を飲んでいた。デザートまで手元にある。

 ララの隣に座らせてもらい、カイはアマンダに尋ねた。


「その後、どう? 魔力は貯まった?」

「ええ、順調でしてよ。春が来るのが楽しみだわ。……あ、そうでした、カイ。実はララが、あなたと同じく光の精霊とも契約したそうです」

「えっ、そうなの?」


 知らなかった。カイはなるべく礼拝室に通うことにしているが、早朝に行くことが多い。ララは従者だし、朝はきっとアマンダの世話で忙しいだろう。おそらくそれで顔をあわせることがなかったのだ。


「言っておきますがララの治癒術はアマンダ様専用です」


 ……まあ、そんな気はしていましたとも。

 それにしても、ララは本当に優秀だ。複数の精霊との契約まで一番乗りである。これも、守るべき相手がいる覚悟の違いだろうか。


 ……守るべき相手、か。

 灯里の姿を思い浮かべる。──来たる日のために、おれももっと強くなるべきではないか。たとえその人が守る必要のないくらい強い人であろうと、手に入れた力が無駄になることはないはずだ。

 そう思ったところで、棚上げしていた懸念事項を思い出して溜息をつく。……そうだよ、なんで当たり前に隣にいられるつもりでいるんだ。


「アマンダ様の前で溜息をつくとはいい度胸ですね」

「まあまあララ。なにかありましたの、カイ?」


 カイは少し悩んで、アマンダに相談してみることにした。


「アマンダはその……さ、火炎の守護神オレクだっけ? その人のこと、好……」


 細い人差し指に、その先の声を封じられた。


「──いけませんよカイ。わたくしは自由に恋愛などできぬ身。軽々に言葉にされては困ります」

「ご、ごめん」


 ハッとした。王族のことなんて詳しくないけれど、好きな相手と結ばれるなんて滅多にないことだろう。そんなこと考えずともわかるのに、無神経だった。

 そしてこれからする相談も、きっと無神経だ。口を閉ざそうとしたが、アマンダは微笑んだ。


「まあ、今は結婚から逃げてきておりますけどね。気にしていませんから、続けて」


 おずおずと、不安を形にする。


「……おれは自由に恋愛できる身なのに、そうする自分を許せないって、変かな?」

「と、言いますと?」

「……特別な人がいたんだ。今のおれは、その人以外を選んだら、きっと自分が許せないんじゃないかって思ってて……」

「つまり初恋を引きずってるってことですか」


 ララがざっくりとまとめた。間違ってはいない。間違ってはいないが……事情が事情ゆえに、これ以上詳しくは話せない。


「カイも可愛いところがあるのですねぇ」


 そう呟いて、アマンダはあっけらかんと続けた。


「気にする必要はないんじゃなくて?」

「え?」

「恋なんて、どうしたって落ちるときは落ちるものでしょう。悩むならその時に存分に悩みなさいな」


 そんなものだろうか。カイは呆然とアマンダを見つめる。


「別にその方を忘れず好きでいたいのなら、それもいいでしょう。だって、ねえ。恋愛は自由ですもの。誰かを好きになって、それは叶わないし報われないかもしれないけれど、それでもその気持ちは自分だけの宝物だわ。勿論わたくしも、ね」


 彼女は綺麗にウインクしてみせた。


 ……そうか。それでいいんだ。今はただ、灯里を好きな気持ちだけ抱きしめていてもいいんだ。

 不確定な未来に不安になることも、悩む必要もない。第一まだその人を見つけてすらいない。他の誰かを好きになるかもしれないけれど、どうなるかなんて、誰にもわからないんだ。


「ありがとう、アマンダ」


 憑き物が落ちたような気持ちだった。本質的な問題は何も解決していないのかもしれないけれど、心の持ちようでこんなにも気分は楽になるのだ。

 どういたしまして、と王女様は美しく笑う。


 気づけば吹雪は止み、雲間から光が差し込んできていた。





「さっむ……」


 たっぷり積もった雪に惹かれ、裏庭へとやってきたカイは早くも後悔していた。

 雪が止んだとはいえ風はまだ強い。耳が痛いくらい凍えていたが、フードを被ってもすぐに飛ばされてあまり意味がなかった。

 積雪はすごい量で、カイの腹くらいの高さまである。時々雪が風で舞い上げられて、白くけぶった。陽光を反射してキラキラ輝いている。綺麗な景色ではある、が。


「もう戻っちゃおうかな……あれ?」


 雪を掻き分けて、誰かが歩いてくる。見慣れた小豆色のローブだ。


「ん? カイじゃないか。おはよう」

「サンドラ!?」


 いつから外にいたんだろう。まさかあの吹雪の最中、この裏庭に出ていたのか?


「どうしてこんな日に……」

「いやね、天気が荒れる日は強い風の精霊と契約できるってジンクスがあるみたいでさ。水辺はしばらく厳しいから、先に風の精霊と契約しようと思って出てみたんだよ」


 なるほど。この手のジンクスはカイもいくつか聞いたことがある。火山が噴火した時の火の精霊とか、洪水の時の水の精霊とか。どれにせよ、けっこう危険な話なのだ。


「無茶しないでくださいよ……フェリクスも心配するよ」

「ああ……はは、そっか。そうだね。アンタあの子と仲良いもんね」


 ……おや?

 褐色の肌だからわかりにくいが、はにかむサンドラの頬は少し赤くなっている……気がする。脈がないわけじゃなさそうだ。良かったなフェリクス。


「ま、でもその甲斐あって、やっと精霊と契約できたよ」

「え!? おめでとうございます!」


 聞けば、ハヤブサの姿に似た強そうな精霊らしい。ジンクスもあながち馬鹿にはできないのかもしれない。


「とりあえず、アタシは戻って温かいものでもいただくよ。カイも雪遊びはほどほどにしときな」

「はい。風邪をひかないよう気をつけてくださいね」

「あはは、そんときはアンタが治してね」


 笑いながらサンドラは学園に入っていった。その背中が嬉しそうで、良かったなと思う。これで、あと同期で精霊と契約していないのはアマンダとジャックだけだ。


「風の精霊か……」


 土と迷っていたが、魔力消費のことを考えると風の方がいいかもしれない、と思っていたところだった。

 風はまだ強い。


 カイは手のひらを差し出し、目を閉じた。


「───……」


 暫く集中してみるが、何も起こらない。


「……そう何度も簡単に行くわけないか」


 たしかシロの時は、餌を大盛りで持ってるイメージで反応があったっけ。その時のことを思い出していると、ふいに手の中に風が渦巻いた。


「え!? ま、まさか……」


 嘘だろう、と思いながら契約の言葉を紡いだ。──エ・チュカミ・ウヌ(私と契約してもらえませんか)?


 風が、徐々に形を作る。三つ目のフクロウ……いやミミズクの姿をした風の精霊が、そこにはいた。


 契約成功である。


「マジか……」


 光の精霊に続いて、こんなにあっさり成功するものなのか? 偶然だろうか。……それにしては、出来過ぎなような気もする。単に運が良かっただけ……なのか?


「餌大盛り作戦が効いたのかな……?」


 もしそうなら、今度みんなに教えてあげるべきかもしれない。

 風の精霊は三つ目をギョロギョロ動かして、甲高い声でカイに何かを言った。……多分『よろしく』である。シロと違い、喋るタイプのようだ。


「アニエ・ウヌ(よろしくお願いします)……って、うわ!?」


 撫でろと言わんばかりにグイグイと頭を押し付けてくる。かなりコミュニケーションに積極的だ。撫でてやると気持ちよさそうに目を閉じる。……正直、不気味な見た目だが、けっこう可愛い……かもしれない。


「……っくし!」


 すっかり身体が冷えていることに気づいた。カイも急いで学園内に戻ることにする。


 その肩に陣取って、風の精霊はご機嫌な様子で揺られていた。


カイは魔力量はともかく魔力の質が良いので精霊にはモテます。母マルティーネ譲りなので彼女も闇の精霊以外では特に契約に時間がかかっていません。なので餌大盛りは無関係。

今回は周りで誰が行くか喧嘩してる間を三つ目のミミズクが抜け駆けして来ました。元気な子です。ちなみに白猫の方はちょっとだけ特殊な子です。

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