26.発見
「見つけたっ! 見つけたんだよカイっ!」
興奮したフェリクスがカイの部屋に乗り込んできたのは、その翌朝のことだった。
「見つけたって……何がだよフェリクス」
「だーかーらーっ、地下室だよ!」
「えぇ!?」
諦めかけていたところに突然の朗報である。
なんでも、昨日あのあとサンドラに会いに行ったフェリクスは、差し入れがてら地下室の話をしたらしい。すると、なんと彼女がそれらしき扉を見たことがあるというのだ。
気になったフェリクスは、昨夜さっそくその場所にたしかに扉があることを確認したと言う。もう他は探し尽くしたのだから、きっとあそこで間違い無いだろうという話だった。
「で、結局どこにあるんだよ、その地下室への扉は」
「ふっふっふ、聞いて驚け。なんと……売店にあったんだよ」
放課後、カイとフェリクス、それにジャックとオッツォは売店へと集合した。今日は全員が授業に出ていたので、事情を話すために走り回らずに済んだのだ。
「なんだか久しぶりですね、オッツォさん」
カイの言葉に、オッツォが「そうだね」と笑う。
「この前やっと土の精霊と契約してね。それで少し余裕ができたよ」
「じゃああとは魔術が使えたら故郷の森に帰るんですか?」
たしか、森の民である彼は、動物たちの様子がおかしくて心配だからなるべく早く帰りたい、と言っていたはずだ。もうお別れになるのは少し寂しいな、と思っているとオッツォは首を横に振った。
「春まではこの学園にいようと思うよ。冬に急に帰ったら、仲間に蓄えが足りなくなるって文句を言われそうだからね」
軽い調子で言うが、実際森で生きるのは大変なのだろう。オッツォは「便利そうだから水や火の精霊とも契約しておきたいな」と呟いた。
複数の精霊との契約、か。
「……たしかに、おれも光以外の精霊とも契約したいなぁ」
カイの言葉にフェリクスが目を輝かせた。
「お、カイもか! 春になったら一緒に火の精霊と契約しに行こうぜ! やーっぱ男は火だよな、火」
「うーん……契約できたら嬉しいけど、魔力的に厳しいかも……」
相性が良いのは土と風だった。どちらかにするのが理想だと思う。
「そんなことよりっ! 早く地下室のこと教えてくださいよフェリクスさん!」
ジャック少年が頬を膨らませて、雑談するカイたちに文句を言ってくる。フェリクスが「悪い悪い」と笑って、カウンターのほうを指差した。
「……ほら、あれ。見えるか?」
無口な店番が佇む、その向こう。少しだけ見えているバックヤードには、商品の在庫らしき箱が乱雑に積まれている。よく見ると、その隙間に扉らしきものがあるのが見えた。いかにも頑丈そうな、金属でできた扉である。
「な、怪しいだろ?」
「……よく気づきましたね、こんなの」
ジャックの驚いた声に、フェリクスは「サンドラのおかげだよ」となぜか自慢そうな顔をした。たしかに、しょっちゅうこの売店に通っていた彼女だからこそ気づいたんだろう。
……だが。
「でもこれ、入ったら怒られない?」
「無理そうだけど……聞いてみよう」
カイの疑問に、オッツォが率先して歩き出した。慌ててみんなでついていく。
今日も店番はフードを深く被り、その表情さえよく窺えなかった。
「すみません。あの中の扉が気になるのですが、見せていただくことは可能でしょうか?」
「………」
「あの……?」
店番は何も言わない。佇んでオッツォを見つめるのみである。声が聞こえているのか怪しいほどで、やはりなんだか不気味な存在だ。
しばらく何度か声をかけてみたが、無反応で何も変わらない。痺れを切らしたフェリクスが、カウンターの中に乗り込んだ。
「おい、なんとか言えよ!」
「………」
胸ぐらを掴まれてなお、店番は無反応だった。違和感がより強くなっていく。
「……勝手に入るからな!」
「あ、ちょっとフェリ……」
呼び止めようとしたカイに構わずフェリクスがバックヤードに足を踏み入れた瞬間、それは動いた。
「えっ……?」
目の前にいたはずの店番が、姿を消した。
いなくなったわけではない。フェリクスの目の前に移動していたのだ。そして。
「ぐぅっ……!?」
彼の腹に、店番の重い蹴りが入ったのを確かにカイは見た。
ガタン、と激しい音がなる。そのまま吹っ飛ばされ、カウンターに叩きつけられたのだ。
「ぅ……」
フェリクスは動けない。相当のダメージを負ったのがわかる。
「フェ……」
カイは駆け寄ろうとしたが、それよりも先に店番が動いた。フェリクスの体を片手一本で持ち上げ、外に放り投げてしまったのである。
「フェリクスくん!!」
オッツォが走って、その大きな体でなんとかフェエリクスを受け止めた。カイは急いでふたりに駆け寄る。
「大丈夫かフェリクス!」
「ッ……、カ、ごほっ、……」
息をするのも苦しそうだ。肋骨を何本かやられているのかもしれない。
「ちょっと待ってろ」
カイはフェリクスに向けて手をかざし、意識を集中した。
「……エ・ラリ・レオ・テカト・イーレ・アニエ・ウヌ(光の精霊よ、この者を癒す力を我に与えたまえ)」
シロがするりと現れると同時に、カイの中からごそっと魔力が吸われるのがわかった。
光が、フェリクスの体を包む。
やがて彼の呼吸が落ち着くと、光はすぅ、と消えていった。
「……助かった。ありがとう、オッツォさん、カイ。……カイ?」
「いや……なんでもない。良かった、無事で」
自分に小さな傷を作って治癒魔術を試したことは何度かあったが、本格的な治癒はこれが初めてだった。予想以上に魔力を消耗する。教会がたくさんの治癒術師を擁する理由がよくわかった。
「オッツォさんも、大丈夫ですか?」
「僕は平気だよ。それより……」
振り返る。
カウンターの向こうで、フェリクスを投げ飛ばしたはずの店番は、平素と変わりない様子で佇んでいた。
「どういうことだ……?」
「たぶん、人間じゃないんだと思います」
困惑しているフェリクスに、騒動の間ずっと店番を見ていたらしいジャック少年が言った。
「きっとあれは人形です」
「人形?」
オッツォが驚いて目を丸くした。フェリクスはわけがわからない様子である。しかしカイには、心当たりがあった。
「もしかして……闇の魔術で操ってる?」
「カイさん、ご存知なんですね。ボクもそうだと思います。人形に特定の命令を与えて必要な時だけ動かすことができるって、本に書いてありました」
「ジャックくん、闇の魔術に興味あるの?」
「えへへ……ちょっとだけ。難しいかもしれませんけど」
照れくさそうにジャックははにかんだ。意外に思ったが、たしかにカイも前世で一時期ダークヒーロー的なものに憧れた過去はあるので、わからなくもない。
フェリクスが「これが闇の魔術かぁ」とおそるおそる自分を吹っ飛ばした店番に近づいていた。けっこう度胸あるな。
闇の魔術といえば、門番さんを思い出す。彼がこの店番を操っているのだろうか。
「……もしあの扉の先が宝物庫になってるって言うんなら、近づくと攻撃されるのも納得だな」
「これはちょっと探索は無理そうだよ、ジャックくん」
フェリクスとオッツォに言われ、ジャックは「そうですね…」と少し落ち込んだ様子だった。
「……しょうがない、です。この地下室とずっと鍵がかかってる学園長室のことは諦めて、春にわかるっていう深夜に鳴るベルの秘密だけ楽しみにしておきます!」
「うん、それがいい」
オッツォに撫でられて、なんとかジャックは気持ちを切り替えたようだった。
こうして、学園七不思議の探索はいったん幕を閉じることになったのである。




