25.魔力貯蔵具
ひどく冷えた授業休みの朝。窓の外を見ると、世界が色を変えていた。
「雪だ……」
リオン魔術学園に入学して、約3ヶ月。冬が来た。雪化粧で白くなった木々が見せる景色は、幻想的で美しい。
この世界では、季節ごとに年齢を数える。つまりカイは、今日で14歳になったのである。
「……ちょっとは身長伸びてる、よな?」
ズボンやシャツの袖がちょっとだけ寸足らずになっている……気がする。いっそ成長痛が恋しい。
そんなカイの様子を眺めていた白猫姿の精霊は、くあ、とあくびをしてベッドの上に丸まってしまった。気ままのものである。
精霊は人間より上の立場なので、人間から精霊に名付ける行為は禁忌らしいが、カイはひっそり心の中でこの可愛い生き物を『シロ』と呼んでいた。もちろん心の中でだけである。実際に名を持たない精霊に呼びかける時は、光の精霊と総称を使う。ちなみに他の属性の精霊は火の精霊、土の精霊、水の精霊、風の精霊、闇の精霊である。
朝の礼拝を終え、朝食を食べるためにカイは食堂にやってきた。広く天井は高いのに室温は一定に保たれており、外の寒さを感じさせない。火の魔術を扱う先生によるものなのだという。
サンドイッチのようなものとスープを見繕い席を探していると、フェリクスの姿を見つけたので隣に座る。が、彼の様子がおかしい。
「ああ……終わっちまった……」
「だ、大丈夫か? フェリクス」
パンを片手に顔を覆っている友人に、何事かと声をかける。
フェリクスはゆるゆるとカイを見つめた。
「昨日オレ……水の精霊と契約できたんだ……」
「お、おめでとう。良かったじゃん。……なんで落ち込んでんの?」
「サンドラと会う理由がなくなったからに決まってるだろ!」
いつの間にか呼び捨てになっている。水の精霊と契約するため一緒に行動して、だいぶ仲良くなったらしい。しかし、理由がなくても会いに行っていいと思うのだが。
「別にほら……様子を見に行くくらい良いんじゃない?」
「でもよ、彼女は水の精霊が本命で、オレは水の精霊とは契約できたらいいな~程度だったじゃん? それなのにサンドラより先に契約できちゃったからさ……なんというか、会いに行って嫌味な奴って思われたらヤだし……それに……」
「それに?」
フェリクスの顔色が一層暗くなった。
「……昨日言われたんだ。契約成功したあと、『冷えるようになってきたから、今のうちに契約できて良かったじゃないか。アタシのことは気にせず、風邪ひかないように早く帰りな』って……」
「それは……」
なんとなく、サンドラはフェリクスの気持ちに気づいている気がする。ただでさえフェリクスはわかりやすいし、サンドラは大人だ。契約を機に、やんわりと距離を置かれたのではないか。
下手なことは言いたくない。でも、カイはこの友人の恋を応援すると決めたのだ。
「……まぁ、たまにあったかい差し入れを持っていくくらいならいいんじゃない? これからどんどん寒くなるしさ」
「……うん。そうする」
カイが噛り付いパンの感触は心なしか冷えて固くなってしまっていた。春はまだまだ先だ。
「このあとアマンダとララと一緒に先輩の研究室に行くけど、お前も一緒に来るか?」
多少持ち直したものの、まだ浮かない顔をしているフェリクスを誘ってみる。友は一瞬驚いた顔をして、「気を遣わせて悪いな」と苦笑した。
「例の先輩か。そうだな、気分転換にオレも行ってみる」
今日の研究室にノーラ先輩はおらず、クスターだけだった。まだ午前中だし、今ごろ図書室で眠っているのだろう。
「おはようございます、先輩。彼はおれの友人のフェリクスです」
「初めまして。オレも一応アマンダの事情を知ってる関係者……? です。見学に来ました」
自分で言っておいて自信がなくなったのか疑問系だ。確かに最近は別行動が多かったのでわからなくはない。
自己紹介したフェリクスに、クスター先輩は眼鏡をクイッと上げて「その事情とやらは俺に話さなくていいからな」と牽制した。
アマンダが彼の正面に立つ。
「それより、そろそろ完成と伺いましたけれど」
「ああ。試してみてくれ」
彼女に渡されたのは、筒型の道具だった。前世の感覚だと、容量300mlくらいの小さい水筒に見える。当初はもっと大きかったが、改良を重ねて小型になっていった。
アマンダが筒を掴み、目を閉じる。魔力を集中させているのだ。
「……うん、いい感じだな」
先輩が道具についているメモリを確認する。0から少し動いているのがわかった。魔力の貯蓄量だ。
アマンダが目を開く。
「これで、完成ですの?」
「ああ。お嬢さんの魔力なら、毎日貯めると1ヶ月くらいで満タンになるだろう。無理して一気に貯めようとするなよ。命に関わるからな」
「肝に命じますわ」
そう、魔力が枯渇すれば死んでしまうのだ。
貯めた魔力を使うときは、上部についている魔石に手をかざせばいいらしい。
思ったより早く完成した。雪解けまで、魔力を貯める時間も十分ある。アマンダは満足そうに「ララ」と従者の名を呼んだ。
「はい。どうぞクスター様。残りの金貨50枚、ご確認ください」
重そうな皮袋が丸々渡される。フェリクスが小声で「ひえぇ…」と呻いた。
「魔力貯蔵具なんて最初聞いたときには、これがあれば誰でも簡単に魔術が使えるようになるじゃんって思ったけど……金持ちにしか買えないな」
その言葉にクスターが苦笑する。
「魔石使ってるからしょうがねえよ。でも、いい研究になった」
魔石があれば魔力を貯める他にも、精霊との契約をすることなく魔石単体で魔術を行使することも可能らしい。しかもとても強力な魔術だとか。もっとも、魔石で魔術を使うとその魔石が壊れてしまうことも多いため、よっぽどのことがないと使われないそうだ。それくらい貴重で、高級品なのである。
「不具合があったら教えてくれ。この学園にいる間ならいくらでも修理してやる」
「ありがとうございます。助かりますわ」
そうすると、この研究室に来るのも最後になるかもしれない。何か聞いておくことはないだろうかと考えて、カイは「あっ」と声を上げた。
「そういえばクスター先輩。この学園に地下室ってありますか?」
「藪から棒になんだ?」
「クラスメイトが学園七不思議について調べてて……そのうちの4つについては解決したらしいんですけど」
ちなみにその4つとは例の女子寮の幽霊(ノーラ先輩)と裏庭の小人(門番さん)、それから治癒室の目が光る女神像(数年前あった蛍光塗料を塗られた悪戯)と研究室に響き渡る怪鳥の鳴き声(実験がうまくいかないと奇声をあげる先輩)らしい。
「残りの3つ、一年に1度だけ深夜に鳴るベル・学園長室の動く歴代肖像画・地下室の精霊の墓がわからないらしいんです。地下室については場所すらわからなくて……」
暇を見てはカイも探していたのだ。しかし、それらしき扉も入り口もまったく見つからなかった。
言い出しっぺのジャックはかなり念入りに探しているみたいだが、先生に訊いても内緒にされるのだと嘆いていた。
「地下室か。あるという噂は聞いたことがあるが、精霊の墓とやらは初耳だな。俺が聞いてたのは宝物庫という話だったが」
「宝物庫!?」
フェリクスが驚いた声を上げた。
それが事実なら、先生たちが教えてくれないのも納得である。
「もし宝物庫なのでしたら、たとえ入り口を見つけても厳重に鍵がかかっているのではありませんか?」
「普通は警備もしてると思います」
「う……たしかに」
アマンダとララの指摘にカイは苦い顔をする。これはもう、ジャック少年には諦めてもらうほかないかもしれない。
肩を落としていると、クスター先輩が「そう気を落とすな」と苦笑した。
「地下室と学園長室の件はともかく、深夜に鳴るベルについては知ってるぞ」
「ほんとうですか!?」
「ああ。まあでも……お前ら、春まではいるんだろう?」
アマンダもフェリクスも雪が溶けてから火の精霊との契約に行く予定だし、カイとここにはいないジャックもまだまだ在学予定だ。全員がこくりと頷く。
「なら、お楽しみだな。いずれわかるさ」
そう言って、先輩は眼鏡の奥を光らせながらにやりと笑った。




