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24.精霊と読書


 授業参加自由になった教室には、アマンダとララ、それからジャック少年の姿があった。

 フェリクスはサンドラと一緒に、先に水の精霊と契約すると言っていたので、今頃はふたりで水辺デート状態かもしれない。オッツォも早く魔術師になって森に帰りたいと言っていたから、授業より契約優先だろう。


「おはよう。ジャックくんは契約にいかないの?」


 アマンダとララは事情があるからさておき、ジャックはどうして授業優先なのだろう。尋ねたカイに、ジャックは無邪気な笑みを浮かべた。


「ボクは両親が魔術師で、しっかり勉強してきなさいって言われてるんです。だから授業にはちゃんと出て、契約は空いた時間にやります。幸い、お金はたくさん出してもらってて、時間はたっぷりあるので」


 どうやら実家が太いタイプだったらしい。……カイもある意味、同じような立場だが。


「そうなんだ。偉いね」

「カイさんこそ、契約にはいかないんですか?」

「……実は、今朝運良く契約できて……」

「えっ!? すごいですね!」


 ジャックが瞳を輝かせる。初めての契約でうまくいくことは、本当に滅多にないらしい。何週間もかかってしまうのが普通だそうだ。

 もしかしたらこのクラスでカイが契約一番乗りかもしれない。


「あらカイ。そんな話聞いてなくてよ」


 横から聞いていたらしいアマンダの言葉がチクリと刺さる。


「ごめん、本当に今朝のことで…昼にでも言おうと思ってたんだよ。光の精霊と契約できた」

「……まあいいでしょう。実は、ララももう土の精霊と契約したんですよ」

「え?」

「昨日の夜にサクッと済ませました。ララはアマンダ様最優先ですから、このような些事に時間を取られているわけにはいきません」


 些事って。

 昨日の夜ということは、夕食の後にもう契約に行ったのだろう。おまけに、聞けばどうやらもう簡単な魔術は使えるようになったらしい。真の一番乗りである。


「今期の生徒は優秀なようだね」

「先生!」


 廊下まで話が聞こえていたらしい。ダミアン先生が教室に入ってくると同時に、カランコロンと始業ベルが鳴った。


「さて、これからは必須ではないけれど、覚えておくと便利かもしれない精霊語の勉強になる。……が、もう精霊との契約を済ませた生徒がいるのだ。気になることがあったら質問したまえ」


 とは言っても、カイはまだ光の魔術──治癒術を使っていない。怪我人がいなければ試しようがないのもある。聞きたいこと、か。

 考えているカイをよそに、ララが手を挙げた。


「ララは魔術師が魔術を使うところを何度も見たことがあります。けれど、授業で習ったような精霊への細かい指示はしていなかったと思います。なんででしょう?」


 たしかに、魔術師たちの呪文は似たようなシンプルなものばかりだった。授業で習ったのは“エ・ラリ・エネルル・シリカ・ニア・カエ・カエルオ・アニエ・ウヌ(火の精霊よ、この薪に少しの火をくべるよう私に力を貸し与えたまえ)”なんて大仰で長ったらしい言葉ばかりだ。


「確かに、熟練の魔術師ほど言葉少なに精霊を操るだろう。なぜなら、細かい指示を出せばそのとおり正確に精霊は動いてくれるが、他の魔術師にも何をしようとしているのかバレてしまうからだ」

「……あ」

「これが戦場なら致命的だ。だから魔術師は、精霊との信頼関係を深め、短い呪文で意思疎通できるように訓練を重ねているのだよ」


 大変よくわかった。学園を卒業しただけでは終わらない。まだまだそこからが始まりなのだ。


「知らなくても魔術を使い続けていればいずれ気づくことではある。しかしこの事は、不公平になるから今いない生徒たちにもあとで教えてあげなければならんな。良い質問だった、ララ」


 そう言ってダミアン先生は笑う。

 精霊との信頼関係か、とカイは自身の精霊を見つめた。今は机の上で丸くなっていて、ただひたすらに可愛い。本当に猫みたいだ。先生の精霊は羽の生えたうさぎのようだと言うし、精霊はみな獣と似た姿なのかもしれない。

 そこまで考えて、ふと思い出す。


「先生、ちょっと話がずれるかもしれませんが、質問いいですか?」

「構わんよ」

「魔獣についてです。魔獣は魔術を使うことがありますが、獣も精霊と契約できるんですか?」


 ほう、と先生は自慢の髭を撫で付けた。


「まず魔獣についてだが……すべての生き物は多かれ少なかれ、魔力を持っている。獣の中で高い魔力を持って生まれてしまったものを、我々は魔獣と呼んでいるに過ぎない。まあ、滅多に生まれないがね」


 そういった魔力が高い個体は、他の個体から忌避される傾向にあるそうだ。だから、普通は群れで生活する獣でも孤立してしまうのだと言う。


「方法はいまだに不明だが、実際に魔術を使えるのだから魔獣は精霊と契約できるのだろう。精霊の姿は人間よりも獣に近いので、相通ずるものがあるのだろうな」

「なるほど……ありがとうございました」


 質問を終えると、その日の授業が始まった。

 新しい精霊文字と格闘しながら、隣で眠るツノの生えた白猫を撫でる。尻尾だけをゆらゆらと揺らして返事をしてくれた。やっぱり普通の猫っぽい。


 精霊って謎だらけだ。





「ようよう少年~、ちょっとツラ貸せやぁ」


 放課後、チンピラみたいな台詞を言い放つノーラ先輩に捕まった。連れてこられたのは彼女の半棲家と化している図書室である。


 日が短くなっているので外はもう薄暗い。が、朝から昼までたっぷり睡眠を取っているこの眠り姫は、今からがまさに元気いっぱいの時なのである。


「ダミアンくんから聞いたよぉ。もう精霊と契約したんだって? それも光だって?」

「み、耳が早いですね」


 先生をくん付けできるくらい親しいらしい。テンションの高いノーラは初めてなので、勢いに気圧されてしまう。


「光の精霊と契約する生徒は少ないからねぇ。というわけでぇ、カイくん協力して!」

「協力って何に……?」

「これ」


 精霊語でタイトルが書かれた、手作り感あふれる本を数冊、差し出された。

 そういえば彼女は人間が読む本を精霊語に翻訳して、それを精霊に読ませて反応を調べているのだと以前教えてもらっていた。協力とはこのことなのだろう。


「おれの精霊にこれを読ませるんですね」

「そうそう。どれがいい~? 絵つきもあるよ」


 誰もが知っている有名な話ばかりの翻訳本だ。少し悩んで、一番馴染み深い一冊を選んだ。

 竜と女神の恋物語である。

 光の精霊に女神の話を読ませれば、何か反応があるかもしれない。そう思ってのチョイスだった。


「おっけー。じゃあよろしくぅ」


 ソファに腰掛け、精霊に向かってトントン、と膝を叩き合図してみる。白猫はきちんと意図を汲み、カイの膝の上に座ってくれた。

 表紙を見せると、じっと見つめてくる。……たぶん、タイトルを読んでいる。

 大丈夫そうだと判断し、ページをめくった。竜と女神が恋に落ちるところから始まる物語。

 精霊は、たしかに文字を目で追っているようだった。読むスピードに合わせ、小さな頭が動いている。1ページ読み終わると、ポンとカイの手の甲に前足を置いてページをめくれと合図した。賢い。やっぱり猫じゃなくて精霊なのだ。


 竜が神々の試練を乗り越えて、女神と結ばれてハッピーエンド。最後まで読み終えるころには、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 精霊が顔を上げ、カイを見つめる。なんだかその表情が、ひどく悲しそうに見えた。


「……どうしたの(メリアン)?」


 カイの言葉に、白猫は首を横に振り、尻尾を揺らめかせた。カイにしか見えない光の文字が、空間に浮かぶ。


「“これは、違う”……?」

「カイくん?」

「いや、おれの精霊が……あっ」


 ふっと白猫は姿を消してしまった。精霊は契約者の前で姿を消したり現したり、自由に過ごすことができるのだ。呼べば出てきてくれるだろうが、それはためらわれる空気だった。契約したばかりの精霊に嫌われたくはない。


「これは違うって、カイくんの精霊は言ってたんだね?」

「は、はい……それだけ言って消えちゃって」

「ふむぅ……? 人間に伝わってるお話と精霊に伝わってるお話で違うのかなぁ? おもしろいねぇ」


 ノーラ先輩は何やら熱心にノートを取っている。一方でカイは、考え込んでいた。


「……ねえ先輩。思うんですけど、このお伽話から考えると、神々の試練を乗り越えたのは竜で、女神様はただ見守っていただけですよね。普通なら、これで英雄視されて祀られるのは女神様じゃなくて竜のほうじゃないですか?」

「言われてみれば……そうだねぇ? あれ? なんでだろう?」

「光の精霊は女神様と深い関係があるみたいですし、何かあるのかもしれませんね」


 白猫のあの反応からするに、あまり踏み込まれたくない話題なのかもしれなかった。詳しく聞きたいけれど、今はまだ難しいだろう。

 考えても分からない謎ばかり増えている気がする。


「……ありがとう、カイくん。やっぱりこの研究、まだまだ続ける価値がありそうだねぇ。もしまた何かわかったら教えてね」

「はい。それじゃあまた」


 ノーラと別れ、カイは小走りに食堂に向かった。夕食を食いっぱぐれそうだ。

 冷えた空気が頬を撫でる。外で木枯らしの吹く音が耳の奥にこだました。

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