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21.女子寮の幽霊と裏庭の小人


「……お嬢さん、本当に魔力が少ないみたいだな」


 アマンダの魔力の溜まり具合を確認したクスター先輩が、難しい顔をした。

 彼の研究室である。カイは約束通りアマンダとララの付き添いで来たのだが、なぜか室内には図書室の眠り姫ことノーラまでいた。どうやらここのソファを気に入ったらしく、3日に1回はクスターの研究室に入り浸って気持ちよさそうに眠っているらしい。

 先輩の言葉に、アマンダは不安そうな表情を浮かべる。


「……難しいですか?」

「難しかぁない。ただちょっとこれじゃあ魔力を貯めるのに時間がかかりすぎる。改良が必要だな」


 冬の間中には完成させてやる、とクスターは言った。まだ暫くかかるということだ。


「時間は大丈夫なの? その……」


 さすがに国のことは平気なのかとは言えず、曖昧にぼかしたカイにララが答えた。


「平気です。クソみたいな結論を出しやがった奴ですが、時間稼ぎができないほど無能ではないですから」


 例の帝国の皇子との結婚の件だ。……しかしララさん、それって王様のこと言ってる? もしかしなくても、アマンダのお父さんで、国の最高権力者に対して言ってる?


「まあ事態がどう転ぶにせよ、ララはアマンダ様についていくだけです」


 徹底してアマンダ至上主義である。


「なんの話題か知らないが、俺には説明するなよ。巻き込まれたくない」


 冷静な先輩の賢明な判断だった。クスターは、明らかに魔術師を目指す者らしからぬ少ない魔力量の、どう見ても高い身分の彼女に対して、無駄な詮索を一切しない。やりやすいし、信頼できる相手だった。


「……ところでカイ、何をしていますの?」


 アマンダの質問に、カイはペンを止めてノートを見せた。


「予習と復習。おれ絵あんま得意じゃないからさ」


 正確には絵ではなく精霊文字である。ただの付き添いでしかないカイは暇なので、勉強道具を持ち込んだのだ。


「カイさんって目つきのわりに真面目ですよね」

「目つきは関係なくない!?」


 ララの言葉はたいてい辛辣である。褒めているんだか貶しているんだかわからない。

 アマンダも少し意外そうな調子で言った。


「読めるようになるだけでもいいと言われましたが、律儀ですね」

「せっかく魔術学園にいるんだから、お金が許す限り勉強したくてさ」


 それを聞いたクスターが「精霊語ならそいつが詳しいぞ」とソファを指差した。


「え、ノーラ先輩が?」

「むにゃ?」


 名前に反応したのか、眠っていたノーラが重たげな瞼を開ける。


「ノーラは人間が読む本を精霊語に翻訳して、精霊に読ませようなんて考えてる変わり者だ。たしかお前らの担任のダミアン先生も一枚噛んでるんじゃなかったか?」

「精霊語仲間だからねぇ。なになに? カイくん精霊語に詳しくなりたいの? 教えちゃうよぉ~ひとつき金貨5枚で」


 高い。うきうきと起き上がってきたノーラに、「ちょっと厳しいです」とカイは頬を引きつらせた。

 クスターが呆れた声で告げる。


「そもそもお前、超夜型人間だろうが。金貨5枚も取るほど昼間まともに起きて教えられるのか?」

「ぬあぁ~……難問……」


 ノーラは奇妙な声で呻いていた。


「絶対無理だろ。アドバイスくらいにしとけ」

「うむ……それなら……10アドバイスまで金貨1枚……」


 やはりお金は取るらしい。

 しかしある意味しょうがない。学園に滞在し続ける以上、金はかかるのだ。カイは苦笑して「それくらいなら」と前払いで金貨1枚をノーラに渡した。


「ほっほっほ、なんでも聞きたまえ~」


 若干不安になる調子である。

 しかしノーラのアドバイスはわかりやすかった。複雑な文字のパーツの意味を教えてくれるし、書き方のコツも教えてくれる。


「助かりました、ノーラせんぱ……い?」

「ぐぅ……」


 寝ている。


「……超夜型人間って言ってましたけど、深夜にその翻訳とかやってるってことですか?」


 カイの疑問にクスターが答えてくれる。


「ああ。図書室はずっと開いてるから、そこで朝までずっとやってるらしい。……で、そのまま寝落ちるんだよな」


 アマンダが尋ねた。


「あら、それじゃあいつ寮に帰っているのかしら?」

「知らん。俺に聞くな」

「ララ、何度か夜中に寮の廊下でこの方を見ましたよ。フラフラ歩いてて怪しかったので警戒しましたが、害意はなかったので排除はしませんでした」


 だから怖いって。

 王女の従者は深夜もしっかり護衛しているらしい。


「そうなの。一応寮には戻っているのね」

「怖がられて目撃者に幽霊扱いされてましたけどね」


 んん? なんだかそんな話をつい最近聞いたような。

 ああ……とカイは気の抜けた声を出した。


「つまり七不思議にあった女子寮の幽霊って……」


 どうやらノーラ先輩のことだったようだ。





 先輩やアマンダ達と別れて、カイは気分転換に外に出ていた。学園の裏庭である。運動できるくらい広いスペースが作られており、花壇も並んでいた。森へと抜ける道もあるが、そちらは許可がないと通れないらしい。

 もう日が暮れかけているからか、見渡す限り広い裏庭にはカイしかいない。だがすぐ背後から声をかけられた。


「やあカイくん」

「わ!? も、門番さん……驚かさないでくださいよ」

「キミが勝手に驚いたんだけどねぇ」


 相も変わらず真っ黒で不気味な男は、おかしそうに笑った。


「その後どうだい? 彼の様子は」


 森の民オッツォのことだろう。この門番に言われてちょくちょく気にして見ていたが、特におかしなところはない。


「別に、変なところはありませんよ。付き合いがいいみたいで、学園七不思議なんて調べてますけど」

「学園七不思議ぃ?」


 門番は胡散臭そうな声をあげる。


「ええ。たしかこの裏庭にもありましたよ。小人が出るとかって」

「ああそれ、ボクだね」

「は?」


 あまりにもあっさり言われ、わけが分からず聞き返してしまった。門番はかなり背が高い。とても小人には見えないのだが。


「……キミ、何か勘違いしてるだろう。正確にはほら、これだよ」


 門番が呪文を唱えると、その黒いローブの下から小さな何かが飛び出してきた。

 人形である。

 てるてる坊主のような簡単な作りだ。その人形が、ぴょんぴょん跳ねたり踊ったりしている。


「ヒマなときにねぇ、こうやって遊んでるんだ。普段は大きい魔術を使うことが多いから、こういう小さい使い方もね、たまにはしとかないとさぁ。感覚が鈍っちゃう」


 小さな人形がカイの前で器用にお辞儀をしてみせる。そういえば、この門番は闇の魔術を使うのだと思い出した。


「……これ、動かしてるのって闇の魔術ですよね?」

「そうだよぉ。色々操れるのサ」

「例えば、なんですけど……闇の魔術で、動物の死体とかを操ったりできます?」


 シラーの町での出来事を思い出す。黒い狼、黒い鳥。


「出来るっちゃあ出来るねぇ。でも無機物と違って、動物の死体はねぇ……あれは何でだろうね、完全に思い通りには動かせないんだよ。その動物が生きてた頃の習性が出たりしてねぇ。死んでもう空っぽのはずなのにさ。不思議だね」


 ……そうか。だからカイはあの黒い狼から助かったのか。


「やったことはあるけど、気持ちのいいものじゃないよ。デカいクマとかきつかったなぁ」

「大きいと大変なんですか?」

「そりゃ消費魔力も大きくなるからねぇ」


 何がおかしいのか、門番はケラケラと笑った。かと思えば、いきなりスッと真顔になる。


「……キミが何を見聞きしてその質問をしたのかは詮索しないけどさ、死体を使った闇の魔術は帝国の十八番だったよ。──それでカトレア王国も滅びた」

「カトレア王国?」

「かつて魔術大国と呼ばれた国さ。あそこは王侯貴族も魔術師で、氷の女帝リディアーヌをはじめ、優れた魔術師がたくさんいたよ。……それでも滅ぼされた。誰しもさっきまで一緒に戦っていた味方を、簡単には攻撃できないだろう?」


 ぞわりと肌が粟立った。

 そうか。動物の死体を操れるなら、人間の死体だって操れるのだ。

 魔術師の死体を操れば、簡単な魔術なら使わせることができてしまうのだと言う。


「カトレアを滅ぼしたあとなんで沈黙してるのかは分からないけど、不気味だよねぇ。キミも命が惜しかったら、ストレリチア帝国には近づかないのが吉だよ」


 門番はそう言うと、夕闇の陰に静かに消えていった。


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