20.恋の話
「へぇ、それじゃあ何とかなりそうなんだ?」
「うん、クスター先輩のおかげでね」
カイの言葉に、「それは良かった」とフェリクスが笑う。午後の授業開始前、早めに教室に来たふたりは報告も兼ねた雑談をしていた。
「そういえば、フェリクスは最近どうしてたんだ? 授業終わるとすぐどっか行くよな?」
「それは……っと、」
フェリクスが突然顔を伏せた。なんだろうと思ったら、サンドラが教室に入ってきたのが見えた。彼女と何かあったんだろうか。
カイの心配をよそに、フェリクスは小声でボソボソと妙なことを言い出した。
「……なぁ、彼女、その……いいよな……」
「へ?」
「だから……その、綺麗じゃん? お近づきになりたいな~って……」
確かにサンドラはエキゾチックな美女である。褐色の肌が健康的で、スタイルも良く色っぽい。しかし、けっこうフェリクスとは年が離れていた。仮に彼女が20歳だとして、7歳差だ。大人と子供である。
「……相手にされないんじゃないの?」
「言うなよ……気にしてんだから……」
どうやらわりと本気らしい。
なんでも彼女は売店でいろいろ商品を見ていることが多いらしく、先回りして声をかけるタイミングを伺っていたものの、緊張してなかなか話しかけられないのだとか。コミュ強のわりに恋愛ごとに関しては奥手のようだ。
「同期なんだから普通に話しかければいいのに……」
「わかってんだけどさぁ! ……そういうカイはどうなんだよ」
「何が?」
「好きな子とかいないわけ?」
「おれは別に……」
言い澱むカイに、フェリクスは「ああ!」と勝手に納得したような顔をする。
「探してるっていう例のほくろの子だっけ? その子だろ」
「いや……うーん……ちょっと違う、かな」
そもそも、会ったことがないから今どんな姿をしているかわからないし、相手には前世の記憶がないはずだ。だから、どれだけカイが恋しく思っていてもその質問に応と答えるわけにはいかなかった。
「ちょっと違うってなんだよ。よくわかんねぇなあ。じゃあ他にさ、普通に気になる子はいねえの?」
「普通……」
なんだか見えない何かに、頭を後ろから殴られたような気持ちになった。
……考えたことがなかった。考える必要がなかった。
だって灯里のことしか考えていなかったから。彼女の魂を持って生まれ変わった人を見つけるために生きてきた。
でも、そうだ。見つけられたとして、もしかしたらもうその人には普通に恋人や、好きな人がいるかもしれない。結婚している可能性だってある。……いや、それならそれで良いんだ。また両想いになれるだろうとか結婚できるだろうとか、勘違いしてはいけない。彼女の魂の平穏を願うのが第一なのだ。そこは決して、間違えてはいけない。
だから、別にカイも普通に恋愛をしてもいいのだ。灯里ではない誰かと恋をしてもいい。
そう気づいて、ぐらりと足元が揺らいだ気がした。怖くなったのだ。──いや、少し違うか。
灯里以外の誰かを好きになる自分を、きっと自分は赦せない。赦してはならない。……これは、強迫観念だ。
「……カイ?」
「あ……ごめんフェリクス。その……そういうのは、今は考えられないんだ」
「お、おう……なんか、聞いて悪かったな……」
ぽん、と肩を叩かれる。……なんだか変な勘違いをされたような気もするが、訂正する余裕はなかった。
カランコロンと始業のベルが鳴る。頭を切り替えなければ。
カイの脳内はひどく混乱していたが、いつもどおりに授業は進む。ダミアン先生の低く落ち着いた声を聞いているうちに、なんとか集中力を取り戻していった。
そうだ。今は、魔術師になるために勉強に集中するんだ。恋なんてしてる暇はない。
現実逃避だとわかっていても、あえてその問題から目を背けた。
「頼む、カイ!協力してくれ!」
フェリクスに懇願されて、カイは彼と共に放課後の売店へと来ていた。サンドラと話すきっかけを作って欲しいらしい。
と言っても、カイも彼女とはあまり交流がないのでよくは知らない。七不思議探索も断ったらしいし、ひとりで行動していることが多いようである。かといって、全く話さないわけではない。適度な人間関係を構築しているようだ。思えば、最初に話しかけてくれたのは彼女からだった。
フェリクスの言う通り、サンドラは売店で熱心に新商品コーナーを眺めている。カイはフェリクスを連れて、普通に話しかけることにした。
「こんにちは、なにを見てるんですか?」
「ん? ああ、カイにフェリクス。ちょっとね、いろいろ参考にしたくて」
「参考?」
「アタシは南の国出身って言っただろう? 小さな島国なんだけどね。貿易会社を作りたいんだ」
予想を超えた大きな話だった。詳しく聞いてみると、サンドラの国の周辺は海流が複雑に入り組んでおり、侵略には強いが交易が難しいという欠点があるのだそうだ。
「アタシの家は国長んトコの分家で……こっちで言う貴族的な立ち位置かな? ま、そこまで偉くないんだけど、国をもっと繁栄させたいって思いはあるわけ。だから、海をなんとか超えて大陸に勉強に来たのよ。そしたら魔術師にスカウトされて、これはチャンスだーと思ってね。水と風の魔術が使えるようになったら、あの海域も怖くない」
「それで、貿易会社ですか」
たしかに、これ以上ない魔術の活用だ。
話に飛びついてすぐにこの魔術学園に来たものだから、あまりこの大陸で流通しているものを調べる時間がなかったらしい。それで売店で色々見ていたのだと言う。……この学園がどこにあるのかは不明だが、売っている物のいくつかは見覚えがあるので大陸なのは間違いない。少なくとも、南国でないのは確かだ。
「す、すごいデス」
フェリクスがぎこちなく声を発した。顔が赤い。……気持ちはわかるがそれじゃ会話が続かないだろ。
カイがこっそり肘でツンツンとつつく。ポンコツになっていた友人はなんとか言葉を絞り出した。
「えっと……サ、サンドラさんの国って、どんなところ?」
「自分で言うのもなんだけど、綺麗なトコだよ。真っ白な砂浜と澄んだ碧い海のね、海岸線がどこまでも続いてるんだ。貿易がうまくいったら、今度は観光地としても売り込んでいきたいね。……まぁ、まだまだ先の話だろうけど」
「……行ってみたいな」
カイも同意する。きっと前世の沖縄やハワイみたいな、人気のリゾート地になるだろう。その日が来るのが楽しみである。
サンドラは「歓迎するよ」と言って笑った。
「ねえ、アンタらの国のことも教えてよ。色々知りたいからさ」
「は、はいっ! 喜んで!」
その日は3人で夕食を囲み、それぞれの国のいろいろな話をした。知らない文化はまだまだ多く、世界は気が遠くなるほど広い。カイにとっては、苦しいほどに。
フェリクスはいつの間にかサンドラと普通に話せるようになっていた。嬉しそうにはにかむ顔が、彼女のことが好きなのだと如実に語ってくる。
ふたりの歳は離れているけれど、友人の恋なのだ。応援してやろう、と心に決めながらカイは牛乳を煽った。




