19.図書室の眠り姫
図書室は今日も人がまばらだ。
基本的に必要な本は教室に揃っているので、図書室を使っているのは専ら先輩や教師である。高度な専門書が多いので、カイにはまだ少し難しい。
そんな図書室で、圧倒的な存在感を放っている人がいる。
「ふにゃ……ふが……ぐぅ」
長椅子を占拠し、持ち込んだ毛布にくるまり気持ちよさそうに寝ている、カイよりも少し年上であろう女の子。濃緑色のふわふわの長い髪が毛布の隙間から無造作に広がっている。
彼女は図書室の眠り姫と呼ばれていた。名前はノーラで、この学園にはなんと3年も在籍しているらしい。
ちなみに彼女から直接プロフィールを聞いたわけではなく、周りの先輩から教えてもらった。なぜならカイは、一度も彼女が起きている姿を見たことがないからである。
今日も本に囲まれ、気持ちよさそうにノーラは眠っていた。
「……ん? あ、あれ……?」
今日借りようと思っていた本がない。『効率よく魔力を活用する方法』という本である。
誰かに借りられてしまったのだろうか。そう思ったのだが、よく見るとノーラが枕にしているのが見えてしまった。
どうしよう。起こすのは忍びないが、できれば今日借りてしまいたい。
「……あの、すいません、ノーラ先輩?」
「むにゃ……」
「ノーラせんぱーい? 起きてください」
「むぅ……」
「ノーラ先輩!」
「うぎゃ!?」
仕方なしに耳元で声を出すと、ようやくノーラが起きてくれた。ぼんやりとカイを見つめている。
「……誰?」
「すいません。おれ、この秋に入学したカイって言います。先輩が枕にしているその本をお借りしたくて」
「んあぁ……?」
のったりと起き上がり、ノーラはその本を手に取った。瞼をこすりながら表紙を見つめる。
「新入生がこの本読むのぉ? 勉強熱心だね」
「はい。少ない魔力でもなるべく上位の精霊と契約して魔術を使える方法がないか調べてるんです。先輩は何か他に参考になりそうな本をご存知ですか?」
「ふむぅ……? でもきみ、そこまで魔力少なくないよね?」
「いえ、えっと……友達に協力してて」
それを聞いたノーラは、なにやらジッと本を見つめたまま考え込んでしまった。その本を借りたかっただけのカイは困惑してしまう。
「あの、先輩……?」
「カイくん、だったっけ? そのお友達ってさ、お金持ってる?」
「はい?」
唐突になんだろう。お金は、王女様なのだしたぶん持っているとは思うが。
「お金さえあるなら、きみたちの力になれる人を紹介してあげられるよ?」
図書室の眠り姫は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
学園の6階、7階には研究室が並んでいる。先生や長く在学している先輩が、ここで魔術についての研究や実験をしているのだ。
そんな一室に、カイとアマンダ、ララは案内されていた。
「やっほ~、クスター元気ぃ?」
「うわっ、ノーラ!?」
ノックもせずに扉を開けたノーラは、中にいた男にのほほんとそう呼びかけた。
眼鏡をかけた、少し神経質そうな男だ。まだ若い。10代後半くらいだろうか。何かの作業をしていたようで、突然の訪問者に顔をしかめている。
「お前が昼間に起きてるなんて珍しいな。……そっちの3人は? 見ない顔だ」
「初めまして、アマンダと申します」
「ララはララです」
「カイです。3人ともこの秋入学しました。こちらにはノーラさんに連れられて……えぇ!?」
隣にいたはずのノーラがいない。慌てて室内を見回すと、勝手にソファに寝転がっていた。
「ぐう……」
しかももう寝ている。
クスターと呼ばれていた先輩は、大きく溜息をついた。
「せめて説明してから眠れよ……」
まったくである。
「すいません、突然訪問してしまって。作業されていたようですし、日を改めましょうか?」
「……いや、いいさ。こいつがわざわざ連れてきたんだ。話は聞いてやる。座……る場所はないから、立ち話で悪いがな」
部屋にたったひとつしかないソファは今まさに占領されている。おまけに、室内はよく分からないものでゴチャゴチャしていた。作りかけの機械のようなもので溢れている。
仕方なく、3人はクスターの机の周りに集まった。
カイが簡単に事情を話すと、クスターは「なるほどな」と呟いて、眠るノーラをチラ見した。
「俺にとっては儲け話、ってことか」
「儲け話?」
アマンダが怪訝な顔をする。クスターはにやりと笑って頷いた。
「俺は魔力を貯める研究をしてるんだ。人間を含めあらゆる生物には魔力が宿っている。そしてその魔力は、無意識のうちに少しずつ放出されていることがわかっているんだ。その魔力を貯められる道具を、俺は作っている」
「!」
3人は息を呑んだ。つまり、魔力をストックして契約や魔術に使うことが可能、ということだ。すごい発明である。
「ただ、今の研究では魔力を貯めておける期間は3ヶ月ほどだ。しかも使えばあっという間になくなるから、また1から貯め直し。気の長い話だから、よっぽど魔力に困ってるヤツにしか需要がないんだよ」
「……わたくしには、まさに必要なものです。おいくらでしょうか」
「金貨100枚」
「買います」
即決である。
カイも驚いたが、言った当人であるクスターも目を丸くしていた。それだけ大金なのだ。
「さすがに渋ると思ってたが……」
「いえ、これは安いくらいでしょう。必要であればもっと支払います。あなたの技術には、それだけの価値がある」
「……すごいな、お嬢さん。一体どこの貴族だ?」
アマンダはにっこりと微笑んで、その質問には答えなかった。まさかクスターも目の前にいるのが王族だとは思うまい。
「お嬢様ぁ~、わたしにも仲介料ちょうだ~い? 金貨1枚でいーよ」
ソファからノーラがひらひらと手を振ってアピールしている。いつから起きていたんだろうか。
「仲介料ですか。ええ、構いませんよ」
「やりぃ~!」
アマンダに合図されたララが、ノーラに金貨を渡す。ちゃっかりしている。
金貨を受け取ったノーラは、ふたたびすやすやと夢の中に旅立っていってしまった。
「……さて。それじゃ、あんたに使いやすいよう専用で作ろう。前金で50、完成後に50でどうだ?」
「それで構いません」
さっそくララが金貨の入った袋をクスターに渡した。先輩は中身を数えると、「よし」と頷く。交渉成立だ。
「ちなみに、契約したい精霊は決まってるのか?」
「火です」
「それじゃ、火の魔石だな」
クスターが小さな赤い玉を取り出した。これが魔石らしい。
「魔石……初めて見ましたわ」
「貴重なものだからな。滅多に取れない。……一説では、魔石は精霊の死体から取れるなんて言われてるらしい。精霊が死ぬとこなんて誰も見たことないけどな」
「へぇ……」
クスターとアマンダの距離が近い。石を覗き込んで話しているから当然ではあるのだが、それを看過できない少女がいた。ララだ。
「それ以上の接近は禁止です。アマンダ様に何かしたらあなたを殺します」
ふたりの間に割り込み、堂々と宣言した。怖い。
「あらあら、ララったら」
アマンダもコロコロ笑うだけなので余計怖い。
クスターは顔を引きつらせながら「悪かったよ」と謝った。別に彼は悪くないとは思うのだが、触らぬ神に祟りなしである。
「完成には時間がかかる。お嬢さんがどれくらいのスピードで魔力を貯められるか調べたいから、ちょくちょく来てもらいたいんだが……えーと、そこの…カイだったか。君もいっしょに来てくれ」
「え? でもおれは」
居てもすることがないけど。そう続けようとしたが、先輩に必死の形相で言われてしまった。
「頼む」
ひとりでこの恐ろしいお嬢様方を相手するのは嫌らしい。
気持ちはわかるので、カイは苦笑いしながらも頷いた。




