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16.精霊語


 ぽかん、とカイは口を開けて驚いていた。

 つまり、光の精霊と契約すれば治癒術師になれるのだ。てっきり、教会に所属している者だけが使える秘術なのだと思っていた。


「光の精霊はなぜか教会に集まることが多い。女神に祈りを捧げると、その力が増すとも言われている」


 女神とは、あの竜に恋したおとぎ話の女神のことである。教会はその女神を信仰し祀っているのだ。……光の精霊は女神と何か関係があるのだろうか。


「ゆえに治癒を行える光の魔術だけは例外で、教会でも教わることができるのだ。無論、他の魔術のことは伏せてね。教会所属の治癒術師は、己を魔術師だとは知らぬまま魔術を使っているのだよ」

「な、なるほど……」


 治癒室のお姉さんが言っていた意味がすべてわかった。彼女は光の精霊と契約した、治癒術が使える魔術師だったのだ。


「さて、わかったね? 精霊と契約して魔術が使えれば、それでもう君たちは魔術師だ。すぐに卒業しても良いし、在学して研鑽を積んでも良い」


 早い人が2ヶ月で卒業できる人がいるのも納得だった。


「とにもかくにも、精霊と契約しなければならない。それで君たちに配ったこの本だ」


 そこそこ分厚い、表紙に奇妙な絵が描かれた本。ぺらりと表紙をめくれば、中にも似たような小さな絵が並んでいた。


「ここに書かれているのは精霊文字だ。君たちにはまず、精霊語を勉強してもらう」

「えっ、これ文字!?」


 フェリクスが思わずといった様子で叫んだが、カイも同じ気持ちだった。

 けっこう複雑な絵に見えるのだが、まさかの文字だとは……。エジプトのヒエログリフを彷彿とさせる。魔術の第一歩が、語学の習得だなんて誰が予想できるだろう。


「まあ、落ち着きたまえ。何も精霊語すべてを覚えなくても良い。最低限、契約のための言葉と魔術行使のための言葉があればなんとかなる。もちろん、他の言葉も覚えておけばより繊細な魔術を使えるようになるので頑張って欲しいところだが」


 気が遠くなりかけたが、ダミアン先生の言葉でなんとか立ち直った。

 魔術師たちの呪文は、精霊語だったのだろう。あれを覚えれば良いということだ。文字がこんなだとは思わなかったが。


「文字は書けなくともある程度は読めるようになっておくのが好ましい。人間の声は精霊に届くが、精霊の声は人間には高すぎて聞き取りづらい。ゆえに、精霊が文字を使って言葉を伝えてくることがあるからだ。無論、書ければさらに望ましい」


 聞けば、ダミアン先生は精霊語の研究をずっと続けているらしい。だから精霊語を積極的に学びたい人は大歓迎なのだそうだ。


 魔術師になれるまでの最低限を押さえれば、そこから先どこまで学ぶかは自由。

 カイは何をしても凡才かそれ以下だ。天才にはなれないし、何かが突出して秀でることは決してない。それは神様と契約したから、多少魔力があろうと覆ることのない事実なのである。

 だからこそ、できる限りのことはしておきたい。努力は報われることの方が少ないだろう。でも、下手に夢を見ないからこそ、マイペースで頑張れることもあるのだ。

 精霊語、時間が許す限りしっかり勉強しよう。


「先生、精霊ってどんな姿をしてるんですか? この本にも書いてないし……」


 少年……たしか、ジャックと呼ばれていたか。彼の質問に先生は難しい顔をした。


「精霊によって様々だ。例えば、先ほど風を起こした私の精霊は羽の生えたウサギのような姿をしている」


 なにそれかわいい。


「しかし、私以外にその姿を見ることはできない。目が良ければカイのように影が見えたり、感覚の鋭い者には気配を感じられたりするが、契約しなければその姿を正確に見ることはできないのだ」


「えっ……? それじゃあ、どうやって精霊を見つけて契約を……?」


 ガタイの良い男の言葉だ。もっともな疑問である。


「それについては今後の授業で教えていこう。……まあ、釣りみたいなものだと思っておきたまえ」


 釣りとはまた、なんとなく察せられるものがある。


 その後、さっそくごく簡単な精霊語の単語をひとつだけ教わったタイミングでカランコロンと終了のベルが鳴った。初日の今日は午前中の授業のみなので、あとはお昼を食べて解散である。




 食堂でカイとフェリクスは、アマンダとララと席を囲み、食事をしながら小声で話し合っていた。


「とりあえず、魔術師にはなれそうで良かったですね」


 強い精霊は無理だろうが、風や水あたりの精霊と契約して、あまり魔力を消費しない魔術さえ使えるようになればいいのだ。カイの言葉に、アマンダも頷く。


「ええ。まさか魔術がこんなカラクリになっているとは思いませんでしたわ。ただ……」


 その声が、なんだか残念そうに陰った。


「できれば火の魔術が使えるようになりたかったけれど、わたくしの魔力では難しいかしら……」

「火の魔術? 殿下が一体どうして、ぐえっ」


 うっかり殿下と呼んだフェリクスが奇声を上げる。見ればララに足を踏まれていた。


「アマンダ様はオレク様に憧れているのです」

「ああ、火炎の守護神……」


 誰のことだろう?

 会話についていけていないカイに気づいて、フェリクスが説明してくれた。


「火炎の守護神オレクってのは、うちの国の英雄なんだ。世界一の炎の魔術師って呼ばれてて、炎の壁で帝国軍を退けたことがあるらしい」

「今はわたくしの護衛もしてくれていて、何度も助けられましたの。それで、その……えっと……素敵だったので……あ、もちろん魔術がですよ!」


 アマンダの頰がうっすら赤く染まっているのが見えた。

 なるほど、これは。

 フェリクスも察したようだ。ララがこっそり人差し指を口に当てて『何も言うな』と訴えているのを見て、ふたりして苦笑するのだった。


「随分と仲が良いのね」


 声をかけてきたのは、同期生の褐色肌のお姉さんだった。見れば、あのガタイの良い男もジャック少年もいる。秋期生7人が全員集まっていた。


「アタシはサンドラ。見ての通り南の国の生まれよ。よろしくね」

「ボクはジャックと言います。10歳です。ひとりで心細かったけど、同い年くらいの人がいて安心しました」


 にこりと笑いかけてくれるジャックにカイは顔を引きつらせる。


「ごめん、おれこれでも13歳で……この冬には14になるんだ」

「えっ、そうなんですか!?」

「え、そうなの!?」


 ジャックやサンドラはさておき、なんでこのまえ年を教えたはずのフェリクスまで驚いた顔をするんだ。一方でアマンダとララはさすがと言うか、動じた様子はない。

 大人であれば3歳差なんて大したことはないが、日々成長する子供は違う。ジャックは「ごめんなさい」と謝ってくれたが、なんだかこちらが申し訳ない気持ちだ。牛乳、おかわりしよう。

 ひととおり挨拶した最後に、ガタイの良い男が自己紹介してくれた。


「僕はオッツォ。森の民なんだ。ひとりだけ随分と歳も離れてるけど、よろしくね」


 聞けば30を過ぎていて、妻も子もいるらしい。ガタイの割に物腰はやわらかだ。

 それにしても森の民って、どこかで聞いたような。


「……あ、狼の……」


 そうだ。闇の魔術で操られた狼に首を差し出して対処したとき、ジルベールが言っていたではないか。森の民に知り合いでもいるのかと。


「ん? 狼がどうかしたかい?」

「あ、いえ、狼と遭遇したときの対処法を人づてに聞いたことがあって、それが森の民の知恵だって」


 そういうことにしておく。


「なるほどね。狼は我々森に住む者たちとって、恐怖の対象であると同時に聖獣として崇める存在でもあるんだ」

「そうなんですね。オッツォさんは、どうして魔術学園に?」

「旅の魔術師に熱心に誘われたんだ。最初は渋ってたんだけど、近年、森の獣たちの様子がどうにもおかしくてね。何かあったときのために力があった方がいいだろうと思って来たんだ」

「様子がおかしいって、どんな感じなんですか?」


 隣で話を聞いていたジャック少年が尋ねてくる。オッツォは「説明が難しいんだが…」と前置きして答えた。


「どうにも、気が立っているというか……怯えているような感じだ。強い魔獣が出るとそうなるんだが、そんな目撃例はここ何年もないからおかしくて。他の森の民とも連絡を取り合ってるんだけど、どこも同じ様子なんだよ。何かが起きてる」

「それは心配ね」


 サンドラの言葉に頷いて、「だからなるべく早く魔術を習得して森に帰りたいんだ」と言った。


「……森の民は各地に住む仲間と情報を交換していると聞いています。帝国に住む森の民から、何か異変は聞いていませんか?」


 7人揃ってからはあまり喋っていなかったアマンダが、ぬかりなく尋ねた。帝国にも森の民は存在しているらしい。だが、オッツォは首を横に振った。


「それが、もう随分前から連絡が取れていないんだ。我々も心配しているんだが、帝国に入れず確認できなくてね……」

「そうですか……」


 やはり帝国はキナ臭い。

 なんとなくみんな沈み込んでしまい、フェリクスが慌てて「まあまあ!」と手を叩いた。


「それはさておき、これから一緒に魔術師になるんだ。仲良くやろうぜ!」


 その通り、入学初日なのだ。不安は一旦しまっておこう。今更ながらみんなで乾杯する。


 これからの日々に、胸を躍らせて。


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