14.フードの下の秘密
学園の2階は男子寮、3階は女子寮だ。階段と寮との間は扉で仕切られており、どういう仕組みなのか住んでいる生徒と一部の教師にしか開かない。彼女たちに連れられ、通り過ぎるだけだった3階に初めて足を踏み入れる。なんだか後ろめたい気持ちだったので、カイもフェリクスもフードを深く被っていた。
「こ、ここが女子寮ッ……!!」
フェリクスが小さな声で興奮している。……まあ、気持ちはわかるが。
そわそわと落ち着かないまま、案内された部屋へと入る。造りは男子寮と変わらないが、なんだかいい匂いがしていた。
背後でお付きの子が鍵を閉める。ガチャリという音が、なんだかやけに大きく聞こえた。
「さて……」
彼女は部屋の真ん中で、フードを外した。
芸術的なほど美しい淡い金の髪が広がる。そしてそれに負けないほど、その顔も人形のように整っていた。
「わたくしの名前はアマンダ。こちらはわたくしの従者……ですが、一緒にこの学園の生徒となってくれたララ。あなたがたは?」
アマンダの紹介に、昨夜カイを蹴り倒した赤髪の少女ララはぺこりとお辞儀をした。カイもつい反射的にお辞儀を返す。
「おれはカイ。こっちは……って、フェリクス!?」
フェリクスは呆然とアマンダを見つめていた。まさか美人すぎて彼女に一目惚れでもしたんだろうか。
怪訝に思うカイに、彼は衝撃的なひと言を放った。
「アマンダ第二王女殿下……!?」
え?
「あら、お会いしたことがあったかしら? どちらの家の方?」
「い、いえ、式典で遠くから一度見かけただけで……オレは庶民だし……」
「待ってフェリクス、どういうこと!?」
王女様? このひと王女様なの!? 魔術学園ってそんな人までいるの!?
混乱したカイだが、フェリクスも負けず劣らず混乱していた。
「オレだってわけわかんねーよっ! なんで王女殿下がこんなところにっ!」
「いかにもわたくしはアマンダ・ペンタス・マトリカリア。ペンタス王の次女ですが、ここではただの生徒です。くれぐれもわたくしが王女だと他の方に吹聴なさらないでください」
この世界で苗字を持つ者は、王侯貴族だけだ。領土や領地の名をそのまま称するのが習わしである。
彼女はたしかにフェリクスの故郷、マトリカリア連邦ペンタス王国の王女なのだろう。
つまりカイは、そんな高貴な身分の人に乱暴を働いてしまったことになる。
「も、申し訳ありません! 昨夜はその、えっと、人違いで肩に手を……」
「人違い?」
「こいつが口元にほくろのある人物を探してて、たまたまオレがフードを被った殿下の口元にほくろがあったのを見ていたので教えてしまって……」
フェリクスが補足してくれる。しかしそんな2人に、王女に付き従うララは容赦がなかった。
「だからと言っていきなり女性の体に触れるのは許されないでしょう」
「……おっしゃる通りです。本当に申し訳ございませんでした」
「オレももっとちゃんと止めるべきでした。申し訳ございません」
一緒に謝ってくれる。フェリクスはとことん良い奴だ。巻き込んでしまって心苦しい。
アマンダは「そうだったのですね」とひと言だけ呟いて、黙った。
黙ってしまった。
許すとも許さないとも言わない。嫌な沈黙が降りた。これは一体どういうことだろう。怖すぎて冷や汗が止まらない。
先に沈黙に耐えかねたのは、フェリクスだった。
「えっと……そもそも、殿下はどうしてこちらに? 王族が魔術師になるだなんて聞いたことがないし、故郷でもそんな噂ひとつも……」
「あら、かつては王侯貴族みな魔術師という国家もありましたのよ。……まあ、わたくしは父にも母にも黙って勝手にここに来ましたけれど」
「はい?」
フェリクスが呆然と口を開け固まっている。カイも顔を引きつらせた。
それってつまり、家出というやつでは。王女様が、家出。いや、城出? それも魔術師になれるまでどことも連絡が取れず帰ることもできない、このリオン魔術学園に。
「あの……それって、今ごろ大変なことになっているのでは……」
恐る恐る聞いたカイに、アマンダ王女はあっさりと「そうでしょうね」と言った。
「でもお父様が悪いのよ。わたくしを帝国のまだ幼い第四皇子に差し出そうとするなんて」
「え……? ちょっと待ってください、帝国に……? なにかの冗談では?」
フェリクスが慌てて言った。
マトリカリア連邦はストレリチア帝国に対抗するために小国がまとまったのだ。その連邦の中心たるペンタス王国が帝国に王女を差し出す。……それは嫁入りという名の人質であると同時に、他の国にとっては裏切りではないか?
「冗談ならどれほど良かったでしょうね。そんなことをすればマトリカリア連邦はもう立ちいかない。解体されて帝国に飲み込まれるだけです」
「どうしてそんなことに……国王陛下はいったい何を考えてるんだ!?」
「わかりません。ただ……なにかがあったのは確かです。数ヶ月前、帝国から使者が来ました。『友好を深めるため文化交流いたしましょう』と」
いくらなんでも怪しすぎる。
王も不審に思ったのだろう。すぐに断ることはせず、使節団を派遣してその目的と内情を探ろうとしたそうだ。アマンダが言うには、その使節団が帰ってきてから、王がなにか深刻そうに考え込むことが増えたらしい。
「……どんな報告がされたのか、わたくしには知らされていません。しかし結果、わたくしを……ひいては連邦の未来を、売り渡す決断をした。……許せなかった」
「アマンダ様……」
唇を嚙むアマンダに、従者のララがそっと寄り添う。
「わたくしがいなくなったことで、事態がどう動くかはわかりません。時間稼ぎにしかならないかもしれない。でも、お父様……国王陛下が、考え直してくださると信じています」
あまりに深刻な話に、カイもフェリクスも言葉が出なかった。
だがこんなこと、ただの一般人が知ってしまっていいことなんだろうか。なんだか、とても嫌な予感がする。
「それで……あの、どうしておれたちを呼び出してこんな話を?」
おずおずと尋ねたカイに、アマンダはにっこりと不気味なほど美しい笑みを浮かべた。
「この髪を見たでしょう? わたくし、宮廷魔術師にめいれ……お願いして、このリオン魔術学園に来たのですけれど、魔力には自信がありませんの。一応、その魔術師に『魔力が少なくても魔術師になれないわけではない』とは言われましたけれど……。つきましては、おふたりには授業で何かあったときにサポートしていただきたくて。ララだけでは心もとなかったの」
「え、えっと……」
「そうすれば昨夜の不敬は水に流して差し上げますわ」
あ、無理だ。これは断れない。
昨夜のことを差し引いても、ここまで聞かされて断っては無事で済むわけがない。
その証拠に、アマンダの隣でララがナイフを構えていた。
「つ、謹んでお受けいたします……」
フェリクスも青い顔でこくこくと頷いている。可憐な容姿をしているが、相手は生まれた時から政治の世界を渡り歩いている王女様なのだ。駆け引きで敵うわけがない。
「嬉しいわ、カイ、フェリクス。明日からわたくしのこともアマンダと呼び捨てでお願いしますね。同期生なんですもの」
まばゆいばかりの笑顔だが、今まで会った誰よりも恐ろしく感じた。




