13.呼び出し
目がさめると、フェリクスが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫か、カイ?」
「ここは……寮? いっ……だだだだ……」
起き上がろうとして、腹に走った鈍い痛みにあえなく撃沈する。
「思いっきり入ってたからなぁ。お前の部屋わかんなかったから、とりあえずオレの部屋に運んだぞ」
「あ、ありがと……」
部屋の作りは一緒だが、よく見ればフェリクスの私物であふれている。というか、散らかっている。
「あのあと、どうなった?」
「騒ぎになりかけたけど、あのフードの子がその場をとりなしてくれたよ。ま、注目されたくなかったんだろうな」
「……見た?」
カイの質問に、フェリクスは難しそうな顔で頷いた。
魔術師は魔力の強い者ほど髪の色が濃い。でも彼女は、淡い金髪だった。零れ落ちた髪は、すぐまた隠されてしまったから見たのはカイとフェリクスだけだったらしい。
「髪色の濃さと魔力の強さ……例外はあるって聞いたけど、彼女がそうなのかな?」
「どうだろうなぁ……彼女、どう見てもどっかのお偉いさんの娘だろ? ずっとあの赤髪の子がそばについて世話してんだぜ」
お世話係兼ボディーガードなのだろう。ワケありの臭いがプンプンする。
まあどちらにせよ、彼女にはまた明日きちんと謝ったほうがよさそうだ。先に乱暴に声をかけてしまったのはカイなのだから。
「──で、あの子がお前の探してるひとだったのか?」
「いや……ほくろの位置が逆だった」
そう。やっと見つけたと思ったのに。やっと……。
じわりと目頭が熱くなる。
「えっ……おい、カイ!?」
「ご、ごめ……ぅっ」
止めなくては、と思うのに涙が止まらない。ヘタに期待してしまったぶん、反動が大きかった。
「そんなに痛いのか、腹……」
フェリクスは見当違いなことを言ったが、訂正はしないでおいた。
痛くてたまらないのは、同じだったから。
翌朝は、盛大に寝坊した。
あのあとフェリクスに支えてもらってなんとか自室に戻り、疲れから泥のように眠ったのだ。おかげで朝食を食いっぱぐれてしまった。
蹴られた腹はまだ鈍く痛む。おそるおそる服をめくれば、見事な痣になっていた。一応診てもらったほうがいいかもしれない。
「ええっと……あった」
学内の地図を確認する。もう明日から授業なので、今日中にいろいろ準備しなければならないのだ。
顔を洗い、着替えてローブを羽織る。
まずは治癒室に向かった。寮の上、4階だ。教室がずらりと並んでいて、扉はどこも閉められている。もう授業中のはずだが、物音一つしない。防音対策されているのだろう。
その廊下の端にあるのが治癒室だった。
ノックすると、なんとひとりでに扉が開く。室内はあまり広くなく、簡易ベッドひとつとソファー、それから奥に机が置かれていた。その机に白いローブを纏った女が座っている。
「はいはい、何か用かな?」
治癒術師だ。白いローブを着用できるのは、治癒術師のみと決まっている。
治癒室という名称から予想していなかったわけではないが、それでも驚いた。治癒術師は教会にしかいないと思っていたから。
「えっと、すいません。昨夜ちょっと蹴ら……ふざけて遊んでたらボールをぶつけてしまって。痣になっているので念のため診てもらっていいですか?」
「どれどれ? わぁ…これは痛そうだね。すぐに治そう」
女はカイの痣に手をかざすと目を瞑り、静かに唱えた。
「───女神様に感謝と祈りを捧げます。エ・ラリ・ニア・レオ・ウヌ」
「………」
あれ? とカイは気づいた。前半の祈りはさておき、後半の呪文は魔術師たちが唱えていたものとよく似ている。
ポウ、と彼女の手のひらに光があらわれ、みるみる痣と痛みが引いていった。あっという間に元どおりだ。
「はい、これでよし」
「……ありがとうございました。魔術学園には治癒術師がいるんですね」
「え? ああ、きみ新入生かぁ! ふふ、そっか。大丈夫、その秘密はすぐに授業で教えてもらえるよ」
悪戯っぽく治癒術師は笑う。秘密とはなんだろう。戸惑っているカイに、彼女は笑顔で言った。
「授業、明日からだっけ? がんばってね」
「は、はい。それじゃあ失礼します」
ひらひらと軽やかに振られる手に見送られ、カイは疑問を抱えたまま治癒室をあとにした。
一度部屋に戻り、お金を持って1階に降りた。食堂の隣に売店があるのだ。
ノートや筆記具など授業で必要なものから、衣服やタオル、歯ブラシなどの生活必需品に、おやつなど軽食まで揃っている。ごちゃっと商品が並んでいるさまは、前世のコンビニを彷彿とさせた。
「お、カイじゃん」
お菓子を片手にひょっこり顔をだした茶髪の同期は、あいかわらず懐っこい笑みを浮かべていた。
「フェリクス、昨日はありがとう」
「いいっていいって。腹は大丈夫か?」
「治癒室で治してもらったよ。それなに?」
「砂糖漬けスミレのビスケット。激甘でオススメ」
フェリクスは甘党らしい。
とりとめのない会話をしながら、カイは授業のためのノートやペンを買い揃えていく。店番は黒いローブを羽織っているから先生なのだろうが、ひどく無口で挨拶一つなかった。淡々と会計する姿はどうにも機械的だ。
なんだか不気味だな、と思いつつ、先に会計を終えて売店を出ていたフェリクスと合流する。
「……昨日の子に謝りたいんだけど、どこにいるか知らないかな」
「もうすぐ昼だし、食堂で待ってれば会えるんじゃねぇ?」
「それもそうか……あ」
言ったそばから、午前の授業終了と昼休憩開始の合図を告げるベルが鳴り響いた。
買ったばかりの荷物を持ったままだったが、幸い席には余裕があるのだ。そのままふたりで食堂に入ることにした。
朝を食べていないのでお腹が空いている。捻った短いパスタがトマトソースで和えられているものを大盛りにし、そこにミートボールをたっぷり乗せてカイは席に着いた。あと、牛乳。とにもかくにも牛乳。まだ身長を完全に諦めたわけではない。
「小さいのによく食うなあ」
「小さいは余計だよ。……うん、なかなか」
前世の日本並みとは言えないが、この世界の料理も当たり外れはあれどけっこうおいしいのだ。小麦文化だから時々お米が恋しくなるけれど。
「お、来たぞカイ」
見れば昨日の子があのお供を連れて食堂へと入ってきていた。
食べ終わってから声をかけよう。そう思っていたのに、彼女たちはおれたちを見つけるとまっすぐにこちらに向かってきた。
「ごきげんよう」
「あっ、ど、どうも……昨夜は、」
「おふたりとも、食事が終わったらわたくしの部屋にいらしてくださらないかしら」
カイとフェリクスはその言葉に固まった。フードから覗くその瞳が、凍えそうなほど冷たかったからだ。
「……よろしいですわよね?」
断ることを許さない、半ば強制的な呼び出しだった。




