12.運命は微笑まない
広い食堂を、5色のローブが彩っている。小豆色はカイと同じ秋期生。紺色は冬期生、藤のような紫色は春期生、深緑色は夏期生。そして黒いローブは教員たちだ。
生徒の中にはバッジをつけている者もいる。説明書によると、1年以上この学園で学んでいる者に与えられるらしい。これで先輩かどうか見分けがつくのだ。まあ、今のカイにとってはこの場にいる全員が先輩ではあるのだが。
いくつもあるテーブルは、グループで使用したりひとりで食べたりと自由で和やかだ。気を使わない雰囲気は嬉しい。
食事はビュッフェ形式で、好きなものを食べられる。カイもさっそくいくつか良さそうなものを見繕い、空いている席へと腰を落ち着けた。まだ知り合いも全然いないし、とりあえず周囲を観察しながら食べることにする。
食事中だからか、フードを外している人が多い。怪しまれない程度に、ちらちらと口元にほくろがないか確認していく。慣れたもので、視界にある顔が見えている人のぶんはあっという間にチェックが終わった。幼い頃から繰り返しているせいか、カイの視力はやたらと良い。……残念ながら今回も、灯里の生まれ変わりは見つけられなかったけれど。
今見えていない人はまた位置を変えて確認しなければならないけれど、そう焦ることはないだろう。なんせこれから毎日この食堂に通うのだ。
「よっ! お前も新入生?」
ぽん、と肩を叩かれて見上げると、カイと同じ色のローブを纏った男がいた。細い目でにっこり笑っていて、なんだか猫みたいな愛嬌がある。ひょろりと背が高く、濃い茶髪だった。
「はい、カイといいます」
「オレはフェリクス。よろしくな!」
そう言うとフェリクスは自然にカイの隣に座る。平たい丸いパンに肉やジャガイモのおかずを挟んで、がぶりと噛み付いた。
「小さいな~。何歳? 10歳くらい?」
「はは……は……13ですけど」
「嘘っ、オレと同い年!? あ~……いや、うん。大丈夫だって、成長期だし」
カイが鋭い目で睨み付けると迫力が出る。フェリクスは慌てて、慰めのつもりか小さな肩をぽんぽんと叩いた。それがカイを余計みじめな気持ちにさせるが、心は大人なのでそれ以上はやめておいた。
「カイはどこ出身? オレはマトリカリア連邦にあるペンタスってトコ」
「モンステラ王国から来ました」
マトリカリアはいくつかの小さな国家がまとまった、モンステラからだとやや遠い東方の国だ。ペンタスはその中心となる王国だが、カイはあまり詳しくはない。
「モンステラかぁ~。いいなぁ、行ってみてえ。綺麗な国なんだろ?」
「ええ。王都の美しさは有名ですが、地方都市も綺麗に整備されてるところが多いですよ」
「大国は違うなぁ……いやまぁ、一応オレんとこも大国扱いではあるけどさ。こっちなんて、古い道や橋もそのままだし役所もオンボロ。おまけに身内の国同士でギスギスしててさぁ。いつまで連邦でいられるんだかって感じだ」
ペラペラと喋るフェリクスの話を聞きながら、カイも食事を進めた。硬いが味はいいパンを、ミネストローネのようなスープに浸して食べる。
そもそもストレリチア帝国の侵略に対抗するためにマトリカリア連邦は生まれたらしいのだが、ここ20年帝国が侵攻を止めているため、結束が弱まっているのだという。別々の国の寄せ集めなのだ、色々あるのだろう。
ストレリチア帝国。北に位置し、広大な領土を持つ大帝国。高い軍事力を有するその国の恐ろしさは、大人たちの口からよく伝え聞いている。しかしカイが生まれる前に帝国の侵攻は止まっているので、どうにも昔話のようで危機感は薄い。
──そんな帝国は、竜の国とも呼ばれていた。
そう、帝国に竜が住む山脈があるのだ。昼に出会った竜を思い出し、カイはぶるりと震える。
「どうした?」
「いえ……フェリクスさんは、」
「フェリクスでいいって。同期だろ? 敬語もいらねぇよ」
「じゃあ……フェリクス、竜って見たことある?」
「竜ゥ!? ないないないない! いるにはいるって聞くけど、おとぎ話みたいなもんだろぉ?」
フェリクスが驚いて大声を出したので、周囲の注目を集めてしまう。それに気づいて、慌てて彼は声を潜めた。
「なんだよカイ、まさか魔術師になって竜退治したいとか言うのか?」
「いやまさか! 絶対敵わないよ。えっとその……ただ、北の山脈以外でも竜を見たことある人っていないかのかな~って」
「あるわけないだろ。そんなんあったら大ニュースになってるって。北の山脈での目撃談だって、30年は前らしいし」
「だ、だよね……」
まさか空で遭遇した、なんて言ってもとても信じてもらえそうもない。というか、実際に遭遇したカイも未だに信じられない。白昼夢でも見たんじゃないかと思いたいくらいだ。
あれだけの巨体、地上からでも見えるはずなのだが目撃例はない。竜も魔術のようなものが使えたりするんだろうか。
「変なこと聞くなぁ。……ま、竜に憧れるのはわかるぜ。男のロマンだもんな」
「ははは……」
うんうんと頷くフェリクスは、カイを馬鹿にした様子はない。コミュニケーション能力が高いし、きっと友人も多いだろう。
食事を終えたカイは、彼に何気なく訊いた。
「ところでフェリクス。おれ、口元にほくろがある人を探してるんだ。心当たりないかな?」
「ああ、知ってるぜ。ていうか、オレたちの同期にいるぞ」
「えっ!?」
ここに、いる?
心臓が激しく脈打ち、視界が狭まる。縺れそうになる舌で、なんとか言葉を形にした。
「ど、どこに……」
「あー、えっと、どこかな……あの子いっつもフード被ってて顔がよく見えねえんだよ。あ、いたいた、あの子だ。いっつもお供がいてさ、もしかしたらあの子……ってオイ!」
フェリクスが指差した先に、カイは走り出した。フードを被った後ろ姿は、体格からして女の子だ。カイよりだいぶ背が高い。たぶん年上だ。隣に赤毛の女の子が一緒にいる。
「すいませんっ、あのっ!」
勢いがつきすぎたかもしれない。肩を掴んで振り向かせようとしたら、思ったより力が入ってしまった。
「きゃ……!?」
彼女が小さく悲鳴をあげる。それでも、振り向いた。その口元を、はっきりと確認する。顔の左側にほくろ。
「あ……」
───違う。彼女のほくろは、右側だ。
「無礼者! 何をするのですか!」
隣にいた赤毛の少女が、問答無用でカイに蹴りをくらわせた。
「ぐっ……!?」
強い衝撃に息が詰まる。女性とは思えない重い蹴り。意識が遠くなる。
その瞬間、風圧で驚いた表情の少女のフードからひと房だけ髪の毛が零れた。
淡い金色の、美しい髪が。




