幕裏 もうひとつのプロローグ
激しく揺れる飛行機。怖くて怖くて、すがるように夫になってくれたばかりの彼を見つめた。
そうしたら、彼も怯えているのに必死になって私に手を伸ばそうとしてくれて。
……ああもう。ひーくんってば、いつもそうなんだから。
「ん? んん〜?」
どこからともなく少年のような声が聞こえてきて、私は目を覚ました。……んだけど、あれ? なんか変。すごくふわふわしてて、何も見えなくて、感覚がなくて……まるで、体がなくなっちゃったみたい。
「ああ、起きちゃった? ごめんね、ちょっときみが変わってたから」
『変わってた?』
あれ、なんだろう。私、どこから声を出したんだろう。というか、えっと……飛行機が落ちて、死んじゃったんじゃなかったっけ?
「うん。僕は魂の管理人……冥府の神様みたいなものさ。それで、航空機事故で死んだ魂がまとめて運ばれてきたんだけどね。その中できみだけ様子が違ったから」
……そっか。やっぱり私たち、死んじゃったんだ。
『様子が違うって、どういうふうに?』
「普通はね、こういう事故で死んだ魂は、恐怖とか怯えとか後悔とか未練、悲しみに染まってるものなんだよ。でも、きみの魂だけは穏やかで満ち足りてたから。……ええと、高橋……いや、柊灯里さんか。見たらあまり恵まれた人生ではなかったようだけど、それであんな事故に遭って、どうして魂がそんな状態なのかなって疑問に思ったんだよ」
なんと。魂の管理人さんは私の人生を知っているらしい。でも、私の気持ちまではわからないのかな?
『そんなの、決まってるじゃない。私、ひーくんにいっぱい愛してもらったもの』
「……愛?」
『うん。見てた? ひーくんてば、死ぬ瞬間まで私のことばっかり。ずっと、ずーっと。一生分もらっちゃった』
そう、子供の頃から。病気になってからは特に。
信じられないくらい、バカがつくほどひーくんは私ひとすじだった。学校終わったらすぐに会いにきてくれて、面会時間終了までずっと一緒にいてくれた。休日なんて朝からそう。それどころか修学旅行をサボってまで私に会おうとしてくれたけど、そのときは流石に怒っちゃった。
本当に、バカみたい。部活にも入らず、友達ともきっと浅い付き合いしかしてなかった。自分のことは二の次で、全部の愛情を私に向けてくれた。こっちが心配になるくらいに。
だから、さ。そんな人と相思相愛で、幸せにならない方が無理なんだよ。
確かに、はたから見たらちょっと不幸で短命な人生だったと思う。でも私からしたら最高に幸せな人生だった。全部ひーくんのおかげ。
心残りがあるとすれば、彼になにも返してあげられなかったことくらいだ。
「……なるほどね、愛か。──うん、いい話を聞かせてもらった、ありがとう。もう一度、眠るといい」
『私、どうなっちゃうの?』
「記憶を全て消して、新しい世界に生まれ変わるんだよ。輪廻転生ってやつだね」
そっか。記憶がなくなっちゃうのはちょっと寂しいけれど、仕方ないことなんだね。
そこで私はハッと思いついた。
『あ、ねえねえ! 話してあげたお礼に、ちょっとだけお願い聞いてよ!』
「んん……いや、基本的にそういうのはダメなんだけど……。なんだい、生まれ変わったときに特殊能力が欲しいとか、そういうのかい?」
『違う違う、ラノベじゃないんだから! あのね、ひーくん……夫の柊真斗くんのことなんだけど、彼が生まれ変わったら、いろんな人にいーっぱい愛されるように……なんていうの、祈り? ああ違うか、祝福かな? 祝福してあげて!』
そう言うと、なんだか戸惑っているような気配が伝わってきた。
「……祝福? 僕が?」
『神様みたいなものなんでしょう?』
「ふ……ははは! そうだね、なるほど祝福か。君自身のことはいいのかい? それに、他の人に愛されるようにだなんて、変わってるね」
『私のことはいいの。それよりひーくんは私を愛してくれたぶん、いやそれ以上にたくさん愛されるべきだもん。もちろんその中に私もいて、愛してあげられたらいいけど……でもそれは、どっちでもいいや』
そう、私じゃなくてもいい。たくさんの人と関わって、友達をたくさん作って、いっぱい愛されて欲しい。これは私の……彼の全部を独占してしまった私の、贅沢な贖罪だ。
「まあ、それくらいなら構わないよ。僕は厳密には神ではないから、祝福なんて効果がない可能性が高いけど」
『うん、それでいいよ。私も祈っとくし』
「そうかい。でもそろそろ時間だ。ゆっくりおやすみ。次に目覚めた時は、新しい世界の新しいきみだ」
ありがとう、と伝える間もなく、急速に意識が落ちていった。でも、不安はない。
ひーくん。ねえ、ひーくん。
愛してるよ。いっぱい愛してくれてありがとう。生まれ変わったあなたが、たくさん愛されますように。




