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エピローグ


 拝啓、レオシアン神。

 性別を勝手にいじられるのって、ちょっとどうなんだと思いますね。今おれは猛烈に、あなたがあの捏造された神話について、どう思っていたのだろうかと考えています。



 カイの故郷、サンダーソニア。果樹栽培や林業が主な産業の、山の中にある小さくて平和な村である。

 そんな辺鄙な村の、広さだけはある空き地で今、旅芸人一座・花道楽の解散公演が行われていた。


 演目は、『死神と天使』。人々に恐れられている孤独な死神が、ある日出会った天使に導かれ、強大な魔物を倒し世界を救うというストーリーである。……まあつまり、カイとリチャードの話をモデルにした演劇なのだ。


 それはいい。そこまでは、いい。問題はカイがモデルの天使はエヴァンジェリン演じる可愛らしい少女という設定になっており、最終的に座長演じるリチャードがモデルの死神とくっついて終わるラブストーリーになっている点だ。

 いや、わかる……わかるよ? そっちの方が脚本的に面白いだろうってことは。しかしカイからすると複雑も複雑である。女の子にされていることも死神とくっついていることも複雑だが、演じているのが憧れの……言うならば推し女優であるエヴァンジェリンであることが最も複雑だ。舞台で死神を導く天使は、可憐も可憐。めちゃくちゃ可愛い。まさしく天使。


「ヒッヒッヒ……ふは、あはははは、あ、あれがカイ……くっ、あははははははは!! はーっ、は……ゴホゴホッ」


 隣で観ているリチャードが酸欠になりそうなほど大笑いしている。……ていうかコイツ、こんなに笑えたんだな。初めて見たわ。あとでぶん殴る。

 なんとも居心地悪く、それでいて劇自体は面白いので目が離せず。大きな拍手と共に公演が終わる頃には、カイはぐったりと気疲れしていた。


「は〜、すっごく良かったわぁ。リチャードくんはともかく、カイがあんなに可愛い天使だなんて。役得ねぇ、カイ?」

「いやいやナタリー、カイの様子からしてもそれはちょっと違うんじゃ……」

「あ〜ん、みんなに自慢しちゃお! リリィちゃんも面白かったでちゅね〜。ね、ね、一度も泣いたりせずにじ〜っと見てたわよね。やっぱり座長さんとの血の繋がりっていうの? そういうの感じてるのかしら? きっと賢くて可愛い子に育つわね〜、楽しみ! ああ、こんな美人確定の女の子を育てられるなんて! カイはすぐ親離れしちゃってつまらなかったし、そのぶんたっぷり可愛がるわよ〜! ねえハンス!」


 そう、リリィのことはカイの育て親、ナタリー叔母さんとハンス叔父さんに任せることになったのだ。

 本来ならカトレア王家の姫。当然、王宮なりなんなりで丁重に扱われて然るべきなのだが、カトレアの本格的な復興はまさにこれから。少なくとも数年は落ち着かないだろう。それなら信頼できる者に預けてしまおうということで、ふたりにお願いしたのだ。叔母さんのはしゃぎっぷりがすごくてマシンガントークが止まらない。


「やあ、楽しんでいただけたようだね」

「あ、座長さん!」

「ふふ、舞台上からもずいぶんと盛り上がっていたのが見えたわ」


 着替え終わった座長とエヴァンジェリンが声をかけてくれた。


 花道楽の解散自体は、すでに宣言されている。同時に、座長が女王としてカトレア王国の再興をすることも大々的に発表されていた。

 そんな彼女たちがこんな片田舎にいるのは、ひとえにリリィの存在ゆえだ。王族の子を預けるのにきちんと挨拶しないわけにはいかないと、わざわざ忙しい中訪ねてきてくれたのである。

 そして、まさかのサプライズ公演にして正真正銘の花道楽最終公演だ。こんなに観客が少ないのにいいのか、という気持ちになってしまうのも仕方ないほど贅沢な時間だった。……公演内容はその、あれだが。


「ねえカイ、私の演技、どうだったかしら?」

『……、…………』


 エヴァンジェリンにとても可愛く微笑まれながら訊かれて、カイは目を右往左往させながら『すごく素敵でした』とノートに書いてみせた。「よかった!」と無邪気に言う彼女は最高に綺麗だ。うう、ずっとファンです……この役が最後だなんて……。

 後ろで必死に笑いを堪えているリチャードに蹴りを入れてから、カイは泣き笑いのようなクシャクシャの顔で彼女と握手したのだった。



 あの帝国での一連の騒動が終わって、半年が過ぎた。


 現在ストレリチア帝国では、マヌエルが新皇帝として辣腕を奮っている。それはもう、悪魔的なほどに。

 カトレア王国再興の波を受けて、帝国に支配されていたかつての国々も決起しだした。あちこちで故国の再興を! 帝国からの独立を! と盛り上がったのである。当然、そういった人々は帝国に対して恨みつらみがあった。ただでさえ混乱していた帝国が、さらに混迷の戦場になるところだったのだ。

 これをマヌエル皇帝は、なんと()便()()収めてみせた。……ルージェナと知り合いだったのを利用して、ガイアに渡りをつけ、竜である彼に協力を求めたのだ。このたびの帝国の混乱に対して責任をとってほしいと半ば強引に因縁をつけて。

 そうして文字通り竜の威を借りて、支配国の代表や反乱分子たちと()()()()()()()話し合いをしたらしい。……もともと帝国は大きくなり過ぎていた。支配するのも大変だということで、望むなら返還に応じることにしたようだ。

 マヌエル皇帝は今その支援をしつつも、帝国内の安定も図らねばならないので大忙しらしい。でも、ときどきリチャードに嫌味混じりの手紙を送ってくる。なんだかんだで元気そうだ。


 ルージェナとツィリルは一旦ペラルゴに戻ったものの、足繁くガイアのもとに通っているとか。おかげで周辺諸国では彼女たちにまつわる被害が減って、おおいに安堵されていると聞いた。奴らは災害か何かか?


 アマンダも無事にマトリカリアに帰ったらしい。手紙が届いたが、連れ帰ったブライアン皇子は人質という名の戦利品扱いで、国内では大盛り上がりだったそうだ。そして少年が王配か側室になる可能性が示唆されると、こんなヒョロイのに陛下を任せられん、ということで訓練場に放り込まれてしまったらしい。……次に会った時、ブライアンはムキムキになっているかもしれない。本当にどうしようもなく脳筋なのだ、あの国の連中は。

 当のブライアン本人は健康になったことで体を動かすのが楽しいらしく、案外苦もなくマッスル訓練を受けているそうだが。しかし、慕っていたジェイコブのことをいずれ探し出す、と意気込んでいるようで、将来どうなるのかは本当に未知数である。



「……さて、僕たちはカトレアに戻るよ。リチャード、本気で一緒に来ないのかい?」


 旅支度を終えた座長が、リチャードに訊ねた。これまでも何度か誘われていたが、彼の答えは変わらない。


「ああ。今さら俺が出てきたところで、国民を混乱させるだけだ。弟だってことは公表しなくていい。リリィのことは……」

「時が来たらちゃんと説明して、王族として生きるか市井にいるかは本人に決めてもらうよ。僕だって、リリィには幸せになってほしいからね。無論リチャード、君もだ」

「……ありがとう。姉上」


 ストレートな好意にまだ慣れないのか、リチャードは照れ臭そうにしている。

 そんな様子の彼に座長は、やや申し訳なさそうな、それでいて真剣な声音で告げた。


「ただ……世継ぎが生まれないまま僕に何かあった時は、君たちにカトレア王国を託すことになる。それは頭の片隅にでも入れておいてくれ」

「……わかった」

「うん。またね、リチャード。国が落ち着いたらいつでも遊びに来てくれ。……カイも、弟をよろしく頼むよ」


 その言葉に『任せてください』としっかり頷く。座長は笑って、ひらひらと手を振った。

 そうして花道楽……いや、お忍びのカトレア王国の面々は、挨拶もそこそこに慌ただしく帰っていってしまったのだった。


 鞄を肩に下げ、忘れ物がないかチェックする。次はカイたちの番だ。


「ねえねえねえねえ、カイもリチャードくんも本当にもう行っちゃうの? もっと居てくれていいのよ。なんならリチャードくんだけでも残ってくれてもいいの。美形は毎日見てても飽きないわ」

「ナ、ナタリー……」

「気持ちは嬉しいですが、カイについて行くと決めたので」

「や〜んもうっ! ずるいわカイってば。私だってイケメンを侍らせたいっ!」

「ナタリー…………」

「あら、もちろんハンスのことは愛してるのよ。大好き。でもこういうのは別腹っていうかぁ……」


 調子のいいことを言うナタリー叔母さんに、カイもリチャードも苦笑するしかなかった。

 惜しんでくれるのは嬉しいが、実はリリィを届けてからもう数ヶ月もお世話になっていたのだ。そろそろ出発しようと話していたところに座長たちから訪問の知らせを受け、今日まで滞在を延ばしたのである。


『叔父さん、例の件よろしく』

「うん、もう初稿はできてるんだ。出版社の反応もいいし、きっと来年には本になると思うよ」


 ハンス叔父さんは作家だ。体が弱く力仕事には向いていないため、執筆で稼いでいる。

 そんな叔父さんに、お伽噺ではない、本来の神話のことを本にしてもらえないかと相談したのだ。売れるかどうかはわからないが、正しい記録を残しておくべきじゃないかと考えたからである。

 もちろんガイアからも許可を貰った。彼もリオンの創った話には思うところがあったらしく、カイの提案を聞いてなんだか安堵した様子だったのが印象的だ。うまく形になりそうでよかった。


 これで安心して、旅立つことができる。


「こちらは心配せずに、行ってきなさい」

「ちゃーんとお手紙ちょうだいねっ! あと年に1回くらいは帰ってくるのよ。子供なんてす〜ぐ成長しちゃうんだから!」

「はい。リリィのこと、よろしくお願いします」


 あうあ、とリリィがわかっているのかいないのか、ナタリー叔母さんの胸の中で手を振っている。リチャードは小さな頭を優しく撫で、「元気でな」と笑った。

 カイもスケッチブックに大きく『いってきます』と書いて、手を振って3人と別れる。


 さあ、まずはどこに向かおうか。南に向かってまたフェリクスたちに会いに行くのもいいし、まだ行ったことがない西の方に向かっても楽しそうだな。


「お前も物好きだよな。シーラ教皇に教会本部に勧誘されたんだろう?」


 そう、神の力を借りたとはいえ生命創造魔術を使ったことがバレて、それはもう熱心に勧誘されたのだ。いつかはお世話になるかもしれないと告げて、やっと引いてもらえたが。


『こっちのほうが性に合ってるよ』


 ぱくぱくと口だけ動かして告げてみる。すっかり長い付き合いになった相棒は、それだけでちゃんと読み取ってくれたようだった。


「はは、そうだな。お前は旅の治癒術師だ。しっかり護衛してやるから、好きに生きるといい」


 ああ。お前もたっぷりおれの人助けに巻き込まれてもらうぞ、リチャード。

 にやりと笑い返して、大きく足を踏み出す。


 苛烈な愛を抱いた、どこかカイに似ていたかもしれない生命の神。レオシアンが創った世界は今日も美しく、ふたりの旅路を祝福するかのように輝いていた。


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