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後日談 白い死神

※土砂災害およびその遺体の描写を含みます


 白いローブは治癒術師の証だが、それに白い髪が加わると異様に幻想的な見た目となる。本人にあまりその自覚はないようだが、カイは旅の中で、とても人目をひいていた。

 真っ白な旅の治癒術師。それに付き従う真っ黒な護衛。

 奇妙なふたり組の噂はひっそりと、けれども確実に、人々の間に広まっていった。



 カイと旅に出て4年と少し。リチャードは25になり、カイは20になった。

 かつてリチャードの胸ほどしかなかった少年の背は、今は肩くらいの高さまで伸びている。それでも本人的にはまだまだ不満のようで、ときどき恨めしそうに見上げられることがあった。カイは案外なんでも表情に出るので、喋れなくてもわかりやすいのだ。


 ふたりは今、ジューンベリーという小国を訪れている。通称雨の国と呼ばれる、年間を通して降水量の多い国だ。いつ来てもたいてい、しとしとと穏やかな雨が降っている。

 しかし先日、珍しくスコールのような激しい大雨が降ったそうで、大きな土砂崩れが起きてしまった。リチャードがカイと一緒に滞在していたのは、その現場からわりと離れた街だったのだが、話を聞いてカイはすぐに出発を決めた。もちろん、リチャードは止めることなくついていく。



 土砂崩れが起きたという村は、ひどい惨状だった。

 村へ入るための道が土砂で塞がれており、カイの風魔術で空からでないと入れなかったのだ。復旧のため土魔術の使い手や力自慢たちが集まっていたが、まだしばらくは陸の孤島状態だろう。

 内部にもかなりの土砂が流入しており、流されたり押しつぶされた民家が十数軒あるようだった。様子を見て、リチャードもあとで救助に加わろうと考える。


 突然空から舞い降りたふたりを見て、村人が慌てて駆け寄ってきた。


「ち、治癒術師様!? よかった、まだ到着には時間がかかると聞いていました!」

「……彼は教会の治癒術師じゃない。旅の治癒術師だ」

「た、旅の……? あ、白い! う、噂に聞いております! 来てくださったのですね、ありがとうございます!」


 色で判断されたことに一瞬きょとんとしたカイだったが、すぐに気を取り直していつも持ち歩いているノートを開いた。


『重傷の方から診ます。案内してください』

「はい、お願いしますっ!」


 集会所のような場所に怪我人は集められていた。カイはささっとひと通り患者の状態を確認してから、命の危機がある者をすぐに判断して治癒を始める。すっかり慣れたものだ。

 リチャードはその間、護衛として目を光らせつつ、喋れないカイの代わりに先ほど案内してくれた村人に詳しい状況を訊ねる。


「ひょっとしてあんたがこの村の代表か?」

「は、はい」

「そうか……教会に治癒術師の派遣を要請してるんだよな? いつ着く予定だ?」

「明日か、遅くとも明後日には、というお話でした。道があの状態なので気球を手配するそうなんですが、それに少し時間がかかっているそうで」

「わかった。そちらが到着するまでは、一刻を争う者の治癒をしよう。……下手に全員治すと、あちらの面子を潰すし少々面倒なことになる」

「な、なるほど……そうなんですね」


 こういった災害のとき、派遣する治癒術師に対しては国や自治体が教会に対して謝礼金を払うのが普通だ。一介の旅の治癒術師が手柄を全部横取りするわけにはいかない。

 それに、カイは普段きちんと治癒の代金をもらっているが、こんな場面ではちょっと難しいことが多い。幸いにもシーラ教皇と知り合いなので、話を通して教会側から少しばかり謝礼金を融通してもらう形にしている。だから教会には気を使う必要があるのだ。


「行方不明者は何人だ? 救助はどれくらい進んでる?」

「ま、まだ10人以上が行方知れずで……幸いにも村に土の魔術を扱えるものがいまして、こうして救えた者も多いのですが……」

「そいつは今も?」

「はい、休憩しながら救助を続けています。ただ、水を含んだ土が重くて大変だと言っておりました」

「……水か」


 話を聞きながら治癒していたカイが、こちらに目線を向ける。行ってこい、と手を動かす姿に少し呆れた。護衛をなんだと思ってるんだか。

 貴重なフリーの治癒術師を手元に置いておきたい人間は多い。こういう教会が近くにない村になるとさらにだろう。何度か誘拐されかけたくせに危機感の足りない男だ。

 まあ、来て早々のこの状況で狙われる可能性は低いだろう。リチャードは黒猫の姿をした闇の精霊にカイのそばにいるよう頼み、なにかあったらすぐ報せてもらえるようにしてから現場にむかった。通常、契約者のそばを離れないのが精霊だが、魔力共有しているカイ相手だと例外なのだ。



 土砂の近くに行ってみると、なるほどひとりの若い男が懸命に土の魔術を使っているのが見えた。


「──ティリカ」


 呼び声に応じて、青く美しい蛇が姿を現す。かつて想定外に契約することになった水の上位精霊は、今ではすっかり頼れるパートナーになっていた。

 土砂の中から、水分だけを抽出する。こういう細かい魔術はあまり得意ではないのだが、しっかり集中すれば土中の水分を徹底的に取り除くことができた。

  ……この水、どうしようか。とりあえず邪魔にならないところにまとめて凍らせておくか。


「え!? な、えぇ!?」


 突如現れた氷の塊と、砂のようにサラサラになった土に村の魔術師が困惑の声を上げた。


「これで軽くなっただろう。どうだ?」


 うしろから声をかけたリチャードを見て、ようやく男は何が起こったのか察したらしい。まわりで作業していた村人たちも、なんだなんだとこちらを見ている。


「す、すごい……! 水の魔術ですね、助かります! こんなことができるなんて!」

「おいおい、あの兄ちゃんがやったのか? ……お、こりゃかなり楽になるな!」

「砂状になった土が隙間に入り込まないよう、そのままにしている部分も多い。必要なら都度魔術を使うから、慎重に取り除いていってくれ」


 あちこちから元気のいい「応!」という声が聞こえてくる。希望を感じれば必然的に動きも良くなるものだ。


 リチャードもスコップを借りて軽くなった土砂を取り除きながら、救助活動に加わった。





 助けられた命もあるが、そうでなかった命も多い。


 数日後、カイは重傷者の治癒を終えると、やってきた教会の治癒術師たちに残りの負傷者を任せてひと息ついた。リチャードも救助の手伝いを終え、今はカイのそばで護衛に戻っている。

 近隣から土魔術が使える魔術師が集まってきてくれたおかげで、土砂の除去は予定よりもスムーズに進んだ。行方不明者も全員見つけることができたが、時間が経っていたため助かったのはごく僅かだ。並べられたいくつもの遺体に泣き崩れる人の姿が目立つ。


『…………』

「ああ、わかってるよ。……まったく」


 カイに袖を引かれ、まずは泣き喚いている少女のそばに向かった。突然近づいてきたふたりに、少女は涙を流しながらも警戒する。


「……大丈夫だ、見ていてくれ」


 遺体はおそらく彼女の母親だろう。軽く洗い流されてはいるが、土砂で汚れ、押し潰された体が目を背けたくなるほど痛々しい。

 まずはリチャードの水魔術で体を綺麗にし、次にカイが治癒術で遺体の修復を始めた。

 みるみると元の姿に戻っていく母親に、少女は目を丸くして驚く。


「お、おかあさん……」

「……生き返らせることはできないが、綺麗にしてやることはできる。少しは慰めになるといいが」

「っ……うん、うん! あのね、お母さんは綺麗好きですっごくおしゃれなの! だからね、ふ、うえ、うわああああん! あ、あり、ありがとぉっ……!」

『!』


 抱きついてきた少女の体をカイは受け止める。しゃくりあげる小さな体を、宥めるように優しく撫でていた。

 その様子に、周囲で嘆いていた人々も驚いた様子で集まってくる。


「こ、これは……治癒術師様は、こんなこともできるのですかな!?」

「ああ。治癒術は遺体の修復もできる。……生者の治癒優先だから、普通はやらないがな」

「ではなぜ……いや、とてもありがたいことですが……」

「こいつの趣味でな。金は取らないから好きにやらせてやってくれ」

「しゅ、趣味……?」


 困惑する村人たちに、カイは微笑んで使い古したノートのページを開いた。


『死体を綺麗にするのが趣味なんです。おれのことは死神と呼んでください』

「は……? 死神……?」


 これだよ。

 はあ、とリチャードはため息をついた。このカイの自称“死神”は、こうして傷ついた遺体の修復を始めてしばらくしてから言い出したことだ。目的はわかっている。どうせ、リチャードの厭う死神の名を、別の死神で上書きしてしまおうという魂胆なのだ。根っからのお人好しめ。これじゃあいつまで経っても借りがたまりっぱなしで返せないだろうが。

 やめろと言っても『死神って名前、カッコよくて羨ましかったんだよ』なんて嘯く有様だ。おかげで、白い死神の話はカイの目論見通りに噂になり始めている。


「えへへ……やさしい死神さんだね」


 ようやく泣き止んだ少女に、カイは笑って頷いた。


 そうして、他の遺体も次々に修復していく。悲しみを募らせていた村の人々は、次第に落ち着いた笑みを浮かべるようになっていた。





「本当に、本当にありがとうございました、死神様とその右腕殿」


 村長の言葉に、思わずリチャードは苦笑する。いつかと同じ呼ばれ方なのに、それが指し示す人物はまるで真逆なのだ。


『早期の復興を願っています。次に来たときはこの村の特産をごちそうしてください』

「ええ、ぜひ! おふたりならいつでも大歓迎です!」

「村長の言うとおりだ! 次会ったら酒奢らせろよ!」

「またね、白い死神さん! 黒いお兄ちゃんも!」

「ああ、また会おう」


 村人たち総出で見送られる。手を振り返しながら、ふたりはまた旅立つのだった。



 リチャードはカイとこうして人助けをしていると、思うのだ。……生きていても、いいんじゃないかって。

 償いきれぬ、赦されぬ罪を犯した。それは未来永劫リチャードが背負うものだ。別にこれが贖罪になるわけじゃない。それでも。


 誰かを笑顔にできるなら、この生にも意味があったと……そう、自分を肯定できるようになったのだ。


「さて、次は予定通り南か? 久しぶりにフェリクスたちに会うんだろう?」


 カイは『もちろん』と楽しそうに頷く。……そしてふと空を見上げて、興奮したように指をさした。

 厚い雲からのぞいた晴れ間。柔らかな光の中に、大きな虹がかかっている。


「……ああ、綺麗だな」


 我ながら月並みな言葉だ。それでもカイは嬉しそうに目を輝かせていた。


 虹に向かって、並んで歩く。

 この白くて優しい、愛の死神の隣にいられることを、リチャードはいつも誇らしく思うのだった。



最後までお付き合いくださり、ありがとうございました! そしてブクマしてくださった皆様、評価くださった皆様、感想をくださった方、拙作を紹介してくださった方、本当に感謝御礼申し上げます。


長い休載等挟みましたが、なんとか完結できました……!

10万字以上のお話を書くのは実はこれが初めてで、拙い部分も多々あったと思います。毎日更新されている方や大長編書かれてる方々を尊敬しますね、本当……。

バディものなのにメインふたり出会うまで長すぎだろ! とか色々反省点もあるのですが、うんうん唸りながらも楽しく書くことができました。少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


それでは。もしいつかまたどこかで出会えましたら、そのときはよろしくお願いいたします。

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