第二部・元悪役令嬢、狂帝の花嫁にされそうなので反逆します。
カメリアが、戦場のアレクセイ様を追いかけて行ったその日の夜。
私はアルヴェイン帝の寝室へと、とうとう呼び出されたわ。
うわー、とうとう来ちゃったよ……と頭を抱えていると。
「セルシアナエリーゼ様、お召し替えを」
「分かってるわ。でも……」
メアリーが神妙な面持ちで私を催促する。
「ドルンゲンでは妙な事ばかりですね。
私もカメリアもお付きの侍女としてやって来たのに。
掃除や洗濯と、まるで下働きのメイドの真似事をさせられたり……心が折れてしまいそうでした。
なのですが……お嬢様、こればかりは」
そのくせ、顔には「行かないで欲しい」と書いてあるのよね。
「行っちゃ駄目です、エリーゼ様。
物凄く嫌な予感がします……それにアルヴェインさんは……」
ロジーは直球ね。
だけれど歯切れの悪い言葉を引っ込めて、モジモジする。
「どうしたの?ロジー」
「……いえ、その。
実はドルンゲンに来たのは、もう一つ理由があって。
どうしても確かめたい事があるんです」
「なら私、お手伝いしますわよ?」
ロジーは首を横に振るわ。
「いいえ、いいえ。
これ以上セルシアナエリーゼ様を厄介事に巻き込みたくありません。
これはアタシ個人が解決しなきゃならない事ですから」
フレイ様は眉をひそめて。
「グランに確認したんだが、アルヴェイン帝は闇魔法を学ぶためにルクス家の私塾に通っていたらしい。
まあ、すぐに問題起こして放逐されたって話だけど。
その際に、リオ王子の祖母であるマダム・アルディ……つまりはアデレード姫さんと知り合ったらしいぜ。
その時、一目惚れしたんじゃないかって。
何にせよ、気を付けろよ。お嬢」
そう忠告して、ご丁寧にも護身用のナイフを渡してきたわ。
「どうしよう、ヨハネス。流石に怖いわ……」
「……エリーゼお嬢様、お気になさらず。
この状況を変える一手を、アレクセイ将軍と元老院議長ヨーゼフ様と既に仕込んであります。
ある程度状況が落ち着いたら、リオネル様とお逃げくださいね。
どうか、ご武運を」
「……ねぇヨハネス。それって、戦場に出る時にかける言葉じゃない?」
まぁ、この宮殿こそが、私達王侯貴族の戦場である事は変わりないわよね。
夜、アルヴェイン帝の使いに招かれて、私は冬の紅宮殿の奥にあるアルヴェイン帝の寝室に通されたわ。
琥珀の間と同様、金銀でギラギラした内装に、マラカイトやラピスラズリの柱が幾つも並んでいるのに目が行く。
アルヴェイン帝は、バスローブ姿で豪奢な椅子に腰掛け、見るからに何処にでもいる凡庸そうな兵士と話をしていたわ。何らかの間者みたいね。
「皇帝陛下、側室のカメリア様が無許可に軍を動かし戦場へ進軍しました……。
またアレクセイ将軍が、側室のカメリア様と不義密通の疑いが――」
アルヴェイン帝は不愉快そうに舌打ちして。
「報告ご苦労。大義であった。
しかし残念だ。貴様の様に口が軽く、二心ある部下などワシは要らんのだよ。
直ちに処刑せよ!」
「そんな!私はただ、皇帝陛下に……!
離せ、助けてくれ!」
衛兵たちが何も言わずに、間者を連れて行く。
その様子にアルヴェイン帝は一瞥もくれないわ。
「……アレクセイの奴、土壇場でやりおったか!
本当にカメリアを奪うとは……!」
憤るアルヴェイン帝だけれど。
全く、白々しい。
「それとも貴様の差し金か?
あの闇魔術人形も打ち破ったようだな、青薔薇の聖女よ」
アルヴェイン帝は私に向き直る。その手にはワイングラス。
察するに、ワザと私に聞かせたのかしら。
「元々カメリアはアレクセイ様の婚約者でしたわ。
それを承知で引き裂いたのは、アルヴェイン皇帝陛下、貴方自身でしょう?
何の否もないベルツ公爵領、バートン男爵領に攻め入ったのは何故です?」
私は正直な所、鉱山利権絡みだと睨んでいるのだけれど。
「……ふん!あくまでシラを切るつもりか。
ならば、こちらとて容赦はせぬ。
青薔薇の聖女よ、貴様を皇后に据えてやろう。
ただし!ワシの意思以外では何も出来ぬ、傀儡の様な皇后にだ。
かつてのセラフィーナの様にな!」
「……やはり、セラフィーナ様とご関係があったのですね。
アレクセイ様はその時のお子ですか?」
我ながら嫌な事を確認しているわね。
「ふん、セラフィーナは周りの弱気な貴族どもに、無理やりワシの伴侶の役割を押しつけられたのだ」
ああ、やはり。嫌な予感が当たるのは辛いな。
「皇后の責務とやらの為だけに子を産まされて……
全くセラフィーナも、アレクセイも気の毒なものよ。
貴様もその二の轍を踏むことになるがな!」
妙に演技がかった口調、振る舞い。
「いや、青薔薇の聖女よ。貴様はお飾りの皇后にしてやろうか。
式の後、宮殿の奥深くに幽閉してやろう。
誰にも見つけてもらえずに、寂しく一人朽ちてゆくがいいわ!」
突然、扉が乱暴に開け放たれた。そこから飛び出してきたのは昏睡しているはずのリオネルだったわ。
「アルヴェイン!セルシアナエリーゼを放せ!
彼女は俺の妻になる女性だ!」
「ほう!仮面の呪縛を打ち破ったか。
流石はリリーの息子。活きの良い事だ」
「貴様、俺の祖父だろうに!
あの忌々しい仮面で操っていたのか?
実の子であるリリー母上を顧みず、ローズベル王宮で孤独に死させて!
娘の事を何だと思っている!」
「ふざけるな!
貴様の祖母アデレードと、その愛を略奪したあの男が解決するべき問題であろう!?
略奪男に育てられたリリーは、所詮その程度の器だったのだ!」
「よくもそんな事を!
……ああ、そうだ。アンタは旧ドルンゲン王室の高貴な血筋なんて引いてなかったな?
だからアルディの……いや、アデレードお祖母様に見限られたんだ!
だからこそ、正統なるドルンゲン旧王国の姫君が頻繁に嫁いでいたローズベル王家フレデリク父上と。
ドルンゲンの旧王国の正統な王子の末裔であるヴェロニカ義母上の不安を煽り、共に自滅するように外交工作し続けたのか!」
「くっ……黙れ!黙れぇ!」
「娘一人救えず、何が皇帝だ!
皇帝になりたがっている道化師のままごとじゃないか――!」
「黙れと言っているだろうが!」
激昂し、ワイングラスを床に叩きつけるアルヴェイン帝。
リオ、落ち着いて。
人を救えるかどうかは、最善を尽くすだけではどうにもならない事もあるし、時と場合にもよるのよ。
「衛兵!リオネルを捕らえよ!地下牢獄へ」
「リオに何をする気なの?
ちょっと離して、離しなさいよ!」
「抵抗しても無駄だ。
明日、我らの結婚式を執り行う。
青薔薇の聖女は式の開始まで、本殿の皇后の間で待機するように。
今夜はせいぜい枕を涙で濡らして過ごすのだなぁ?」
そう鼻で笑って、踵を返すアルヴェイン帝。
衛兵に連れられ、昔の皇后の間に移動させられたわ。
金の装飾と、白と薄い水色の幾何学的な模様、高い天蓋付きのベッドが確かに綺麗だけれど。
何かの力で押さえつけられているような感覚があるのよね。
「離して!
このっ……!どうして魔法が出ないの?」
私は咄嗟に青薔薇の魔法を繰り出そうとするも、不発に終わったわ。
「ここは耐魔法用の金属が使われています。
抵抗しても無駄ですよ。
生き永らえたいのならば、アルヴェイン皇帝陛下の命に従う事ですね」
衛兵はそう嘲笑気味に言い放つと。
ガシャーンと重々しい金属音を立てて、この部屋の扉に鍵をかけられたわ。
何か起死回生の策はないの?!
諦めてはいけない。
取り敢えず、脱出の手立てを考えなきゃ。
何らかのギミックがあるはず、それを解除すれば――!
そう思い直して、私は近くにあった金属製の椅子を手に取り、振り上げた……!




