第二部・戦場で再会した元婚約者が激重感情をぶつけてきました。(語り・アレクセイ)
幼かった僕はあの日、全てを失ったのだ。
父も、母も、領地も、カメリアとの約束された幸せな未来も……。
失ったはずだったのに。
「アレクセイ様、貴方が居なくなるなんて耐えられない……!
どうか私に貴方の生きた証を……!」
「カメリア?生きた証って……そんな!」
「わたしが、貴方の血筋を残します」
「いきなり爆弾発言しないで……!」
全ての段階を吹っ飛ばした爆弾発言をしてきたのだが、僕はどうすればよかったのだろうか?
遡ること、数刻前。
僕は繰り返し見る、昔の浅く苦い悪夢にうなされていた。
本来なら思い出したくもない記憶なのに。
あの頃の幼い僕は、いつもの様にベルツ公爵の屋敷で勉強と稽古に明け暮れていた。
突如、話があるとやって来た父と慕うベルツ公爵。
そして母セラフィーナ。
懐かしい2人に向かって、あの頃の僕は悲鳴を上げてしまった。
「カメリアとの婚約を破棄しろなんて嫌だよ!
この間会ったばかりのカナリアって伯爵令嬢と結婚しろ?
絶対に嫌だよ!お父様、お母様!」
セラフィーナお母様は心配そうだが、世間知らず特有のおっとりした様子で仰る。
「そうは言ってもね。良家との縁談なのよ?」
お父様であるベルツ公爵は、髭を撫でながら思案して。
「落ち着きなさい、アレクセイよ。
まだそういう話が出た段階だ。
まずカナリア嬢の素性を調べ上げないと。
カナリア嬢の母親が不倫した、他の男を侍らせているとの噂もある。
……言い方は悪いが、伯爵の実子ではないやも知れぬ」
お父様のその発言に、セラフィーナお母様の肩がわずかに揺れる。
幼いながらも僕は不思議そうに眺めるが、深くは聞いてはいけない気がして言葉を飲み込んだ。
「……カメリアの家へ行って直談判して来ます!
そうすれば!」
だが、お父様は静かに首を振って。
「それだがね、カメリア嬢と母君はバートン家から追い出されたそうだよ。
今はやめておきなさい」
「そんな馬鹿な!」
親の言いつけを無視して、すぐさま馬に飛び乗り、バートン領へ出奔するアレクセイ。
この決断が、幼い僕の運命を狂わせたのだ。
バートン領へ向かう街道を早馬でひた走る。
そこに命からがら逃げ延びてきた騎士とすれ違う。それは――
「待て!貴方はバートン領の、騎士か?」
見覚えのある男だった。
確か、カメリアの祖父の腹心の部下だった初老の男性だ。
「アレクセイ様!どうしてここに?」
「カメリアと、その母君であるハンナ様がバートン家から追い出されたと聞いて。
居ても立っても居られず……!」
「……いけない。アレクセイ様、隠れて下さい」
途中、軍隊とすれ違いそうになり、木立の生い茂った深い森に身を隠した。
それは帝都の皇帝直属の第一師団だった。
「……粛清部隊?何故」
向かう先はベルツ公爵領か。
「謀反です。ベルツ公爵に謀反の疑いありと。
ベルツ公爵と、セラフィーナ様にかかっております……」
僕は小さく叫ぶ。
「……そんな馬鹿な!」
「お許しください。密告があったのです!
このままではベルツ公爵も殺されてしまう!」
「カメリアは?!」
「カメリアお嬢様は、安全な所に避難してるはずです。
アレクセイ様はそれよりもベルツへ戻ってください!」
慌てて僕は公爵領に戻るも。
燃える屋敷。
「ベルツ公爵。
貴殿に謀反の疑い有り、ただちに処刑せよと、アルヴェイン皇帝陛下の命である!」
ベルツ公爵は、まだ事情を知らないカメリアの祖父マーク・バートンの手によって斬られたのだった。
そのマーク・バートンも、アルヴェイン帝の手の者にその場で殺されてしまった。
セラフィーナお母様は騎士たちに馬車に連れ込まれ、一路帝都の方角へ。
あのバートン領の騎士は、無謀を承知で第一師団に単身突っ込み、呆気なく討死してしまった。
こうして幼い僕は、カメリアの行き先が完全に分からなくなってしまったのだ――
……目が覚めても、辺りは暗い。
何故ならここは洞窟の中。鍾乳洞だった気がする。
水滴の滴れ落ちる音、地面を伝うせせらぎの音がこだまする。
僕は嘆息をするも、それすら激痛が走る。
「嫌な夢だ……痛っ!
……クソ、脚をやられたか……」
きっと、今の状況が、ベルツ公爵領が襲われた時の状況に似ているからだろう。
タタールとの戦場で部下に裏切られ、一小隊に不意を突かれたものの。
即座に裏切った部下を一撃で仕留め、迫りくる追っ手を巻いて洞窟の中に隠れたのだ。
「……困ったな」
傷口を手待ちの汚れてしまった包帯で、キツく締め付けて止血する。
本来はやってはいけない処置であるが、致し方ない。
運良く回復術師が見つけてくれればいいのだが。
ふと、カメリアに渡されたお守りに手をやってみる。
硬い手触りに、なんとなく、お守りを開けてみると。
まず光の魔力結晶が、コロンと飛び出てきた。
次に通信用のクォーツ。これに話しかければカメリアが応えてくれるのだろうか。
「光の聖女しか使えないという、伝説の品か。
セルシアナエリーゼ嬢は、ゲーム?のレアアイテム?と喜んでいたが。
……むぅ。ものは試してみるか。
彼の者に神の祝福を……ヒール!」
そう詠唱を唱えると、傷口がわずかに光出して、出血が止まったようだ。
「少し、傷が塞がったか?……光の聖女様々だな」
平民出の、ローズティアと言ったか。
赤毛が印象的な、ごく普通の快活な少女だった。
あの少女が青薔薇の聖女セルシアナエリーゼ嬢と仲良くしている様は微笑ましかった。
その傍らで、世話を焼いているカメリアの姿も。
ああ。今はただ、カメリアが恋しい。
それにこの事態に巻き込んでしまったセルシアナエリーゼ嬢はどうなってしまうのか。
アルヴェイン帝は狡猾な男だ、この隙に何を企んでいるか……!
「一刻も早く帝都に戻らなければ。
カメリア……!」
その時だった。
ランタンを持ったカメリアが、現れたのだった。
「見つけた!アレクセイ様!」
美しい黒髪を振り乱して、カメリアは僕のもとに走ってきた。
「カメリア?どうして!」
そして、カメリアの後ろには。
「どうしてもこうしてもないだろう。カメリア嬢は貴殿を助けに来たのだ。
この女傑はなかなかに凄かったぞ?
アルヴェイン帝の手のものを千切っては投げ、その細腕で振るう刃で敵をバッタバッタとなぎ倒し……」
老いてはいるが熊のような体格の男性が、そんな事を言いながら頷いていた。
さらにその側には……。
「クレメンタイン将軍、勘弁して下さいよ!
諸国漫遊の旅とはいえ、ドルンゲン帝国とタタールの争いに首を突っ込むなんて!
正気の沙汰じゃありませんよ!どうして私がこんな目に……」
「そんな事よりもほれ、あの御仁に早く回復魔法を」
若い女性、それもローズベルの王立学園の卒業生だろうか。
その隣で、若い騎士が慰めている。
僕はその女性に回復魔法をかけてもらう。
「あくまで仮処置です。
帝都に戻り次第、即治療を受けてくださいませ」
僕は呆気にとられながらも、回復魔法をかけた女性への礼を口にする。
「……ありがとうございます」
カメリアは涙を浮かべながら。
「アレクセイ様、無事でよかった……!」
カメリアは感極まったのか、僕の頬に手を添えて、唇にゆっくりとキスする。
突然の展開に僕は驚いたものの、ゆっくりとカメリアの背に手を回し、強く抱きしめた。
「ああ……カメリア、嬉しいな。
ずっと君と、こうしたかった。離れがたいよ」
カメリアは僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくりながら。
「嫌よ、アレクセイ様が死んじゃうなんて耐えられない!
せめて貴方の生きた証を、わたしに……!」
「カメリア?何を言って……生きた証って、そんな!」
とんでもない爆弾発言に、その場の全員に戦慄が走った。
「わたしが、貴方の血筋を残します」
僕は思いにもよらない言葉に、顔を真っ赤にしてしまう。
それでも、カメリアを押し留めようと彼女の肩に手を置いて。
「ちょっと待ってカメリア!
何を言っているんだ?気が早すぎるよ!
僕は君に無理強いさせたくないんた。
こういう事は交際から徐々に段階を踏んで、結婚して、心の準備が出来てから……ね?
それに周りのものに聞こえてしまうだろう?
過激な発言は控えて……ね?」
……これって、実質プロポーズじゃないだろうか。
本当だったら、帝都の一等地のホテルは最上階、見晴らしのいい洒落たリストランテにて、カメリアと2人でシャンパンや銘柄もののワインを飲み交わしながら、プロポーズしたかったのだが。
何故人生は、思うように行かないんだ。
サマにならないな。
「……ええと。そのだな。」
クレメンタインと呼ばれた老人は気不味いのか、エヘン!と咳をして。
「大胆な求愛は良いのだが、流石に時と場所を選んでくれんかな?
こちらとしては大変、目のやり場に困るのだが……」
「失礼しました!
ところで貴方はもしや、ローズベル王国の元王子の?
セルシアナエリーゼ嬢の祖父、クレメンタイン・フォン・キャルロット将軍では?」
「いかにも。王子の位など捨ててやったがな」
ニカッと笑う、快男児と言った風貌。
その姿に、何故かセルシアナエリーゼ嬢の面影を見てしまった。
「いやぁ、ドルンゲンとの小競り合いも収まったのでな。
暇つぶしに、ドルンゲン大陸の辺境にいるタタールの視察に赴いたのだ」
「クレメンタイン将軍、その様な軽率な行動は控えてくださいませんか?
そのせいで貴方様の行方が分からず。
フレデリク先王とヴェロニカ様は、将軍は死亡したと触れ回り国中が大混乱になったのですよ……?」
お付きの騎士が流石にお小言を申すも。
殘念ながら、クレメンタイン将軍は聞く耳を持たない様子だ。
「いいではないか、少しぐらい。
それにしてもタタールでは、敵国だとしても強い武人が丁重にもてなされるというのは本当だったのだな。
タタールの族長と一騎打ちで打ちのめしたら、やれ勇者だ、剛の者だと担がれてなぁ。
タタールの集落では、珍しい食物やテント、風習を見せてもらったよ。
お礼に寒冷地で強い作物や、栽培方法を教えてやったら、殊の外よく育ってなぁ。
『これで長年の食料不足から解放された!』と、皆に喜ばれたよ。
まあそうこうしていると、突如ドルンゲン側から毛皮と領土を渡せと、戦を仕掛けられてなぁ……
タタール側の交渉役を頼まれたのだよ」
「どういう事ですか?
タタール側から、一方的に襲ってきたのでは?」
「……おや、話が違っている様だな。
ドルンゲンの帝都ではそんな話になっているのか?
白獅子将軍アレクセイよ。
お前さん、ひょっとして狂帝アルヴェインに謀られたのではないか?」
「してやられた……!カメリア、すぐに帝都に戻る!
セルシアナエリーゼ様が危ない。
クレメンタイン将軍、どうかご助力を!」




