第二部・冬の紅宮殿に戻り、アレクセイ将軍が出征する事になりました。
「アルヴェイン帝側室セルシアナエリーゼ、貴方の処刑の日取りが決まりました」
私を見下ろすアレクセイ将軍が不快そうに秀麗な眉目と口元を歪めている。
私のようでいて、私ではない私が、アレクセイ将軍に掴みかかりそうな勢いで噛み付く。
「嫌よ!光の聖女を騙るローズティアに王妃の座を奪われて。
死んだと見せかけて、ローズベルから命からがらドルンゲン帝国に亡命して……。
ローズベルに復讐するために、屈辱に耐えてアルヴェイン帝の側室にまでなったというのに!」
死に損なった悪役令嬢は、醜くも足掻くのだった。
「だからといって、それが大公のご令嬢にして皇后候補のシルバーナ様や、陛下の古くからの知古である側室カメリアに、犯罪紛いの嫌がらせをして。
そんな稚拙な逆恨みが大義名分になるとでも?」
ギロリ、と睨みつけるアレクセイ様。
「ふん!
元クルティザンヌなんて!
そんな端女に、一体何の価値があるというの?」
「……その言い草、貴方こそ何様だ!
故郷のローズベルから追放され、身分も剥奪されて。
もはや王家や公爵家の後ろ盾もないただの小娘に過ぎないだろう?
貴方の様な小物には、復讐なんて大それた事など到底無理だったのです。
アルヴェイン帝は絞首刑をお望みだ……苦しませるのもお可哀想だが」
「そんなの嫌、嫌よぉ!」
泣き叫びながら、私は何処かに連れて行かれる……そんな背筋の凍る光景で、目が覚めた。
……また変な夢を見たわ。
ローズベルから離れてからというものの、こういう夢見は少なくなってきたと思っていたのにな。
まるで前作の悪役令嬢が、次作で暴れようとして……デッドエンドを迎えた様な内容だわ。
ひょっとして、裏設定とかじゃないよね?
「お嬢様、おはようございます。
モーニングティーをお持ちしました」
今朝はカメリアが起こしに来てくれたのね。
「おはよう、お茶をいただくわ」
悪夢にやられたのか、変な汗をかいたわ。
胃が気持ち悪いわね。
濃いめのミルクティーを無理やり胃に流し込む。
あの日、助け出したリオは密かに私の離宮に運ばせた。リオは目を覚まさない、いまだに眠っているわ。
ロジーやメアリー、カメリアが持ち回りで、リオの身の回りの世話をしてくれているのよね。
それにしても共同墓地地下の秘密工場について、狂帝側から何らかの動きがあるか警戒していたのだけれど。
今の所音沙汰も何も無いのが、かえって不気味だわ。
私達、ひょっとして泳がされているのかしら?
「今日は、食事会も兼ねてアレクセイ将軍からご報告があるとの事です。
朝食はフルブレックファストでよろしいでしょうか。
お嬢様、寝室までお持ちしましょうか?」
「いえ、一人で食べるのも味気ないわ。
夏の離宮での生活も今日が最後だし、庭先のテラスに朝食を出して、皆で食べましょう」
農産物試験場の管理人であるおじいちゃんの指導の元、皆でハーブや夏野菜を育てたり、野菜や果物の収穫を体験したわ。
前世の実家が農家だったから、野菜の収穫に異様に手慣れていて皆に驚かれたけれどね。変なスキルを披露してしまったわ。
だってちゃんと剪定用、収穫用ハサミで綺麗に取らないと、前世のお父さんやおばあちゃんに怒られたんだもの。
最初はどうなる事かと思った離宮生活は、とても充実していて楽しかったけれど。
秋の色が濃くなり、冬の足音が近づいてきたわ。
そう、またあの冬の紅宮殿に戻るのよね。
紅宮殿に戻るにあたり、アレクセイ様からのお招きがあり、ベルツの帝都のお屋敷で食事会を開く事になったわ。
かなり立派なお屋敷ね。飾り窓の装飾が美しいわ。
「この屋敷も、お父様が亡くなってからあまり手を入れてなくて」
苦笑いするアレクセイ様だけれど。
その割に、孔雀の様な深緑と黒のマーブル模様のマラカイトで出来た花瓶や工芸品、柱が何本かあるわ。皆、目を見開いて驚いているわね。
確か、紅宮殿でも見かけたような。孔雀石の間だったかしら?
壁には歴代公爵の肖像画がずらりと並んでいるわ。
視線……ではないけれど見られているような、何らかの圧を感じるのよね。
一方で、アレクセイ様のご両親であるセラフィーナ様や、先代のベルツ公爵が使ってたであろう少し古いインテリアや調度品は、そのままで留め置かれているわね。
まるでこのお屋敷に、その頃の時間を閉じ込めたかのようだったわ。
ダイニングに通されて。
「ほら、カメリアも遠慮せず座って」
「いえ、私は没落した身の上ですから」
「いいから」
すぐに振る舞われたのはレモンティーだったわ。
「柑橘だなんて、ドルンゲンでは珍しいですね」
「ああ、それは夏宮殿の庭師が持って行けと、沢山下さったのですよ」
カメリアは嬉しそうに飲むわ。レモンティーが好きなのね。
そして、その食事会にナチュラルにいらっしゃったのは……。
「アレクセイは昔、それはそれは可愛らしい線の細い男の子でしてね?」
「あの……シルバーナ、その手の昔話は止めてくれないか?」
宮殿の毒婦と名高い、シルバーナ様だわ。
後ろにグラン様も控えているわね。
「あら?アレクセイったら。
ドルンゲンの社交界では鉄板の話のタネじゃないの?
よく同世代の男の子に、女の子みたいだとからかわれていましたわよね。
それが内乱で両親亡き後、軍に仕官してみるみるうちに屈強な殿方になって!
ねぇ、侍女の貴方も驚いた事でしょう?」
「……ええ、シルバーナ様。おっしゃる通りです」
カメリアはすました顔でレモンティーを飲むわ。
「その理由が、また傑作で。
アレクセイの好きな女性って、歴戦の軍人の様な屈強なお方が好みなんですって!
笑ってしまうわよねぇ、そこの侍女の貴方!」
そう談笑するシルバーナ様。
アレクセイ様は顔を真っ赤にして俯いてしまったわ。
カメリアは驚いて、レモンティーを飲むのを一旦止めたようね。
そういえば、カメリアの好みの男性のタイプってムキムキのマッチョメンなのよね。
何でも、騎士のおじさん達に囲まれて育ったせいだとか。
これって……カメリアの為にアレクセイ様は身体を鍛えたと言う事なの?
「ひょっとして、シルバーナ様とアレクセイって昔馴染みですか?」
私はシルバーナ様に尋ねると。
「ええ、一応はとこですのよ。
とはいえ、ドルンゲンの上位貴族は何処も婚姻関係があって、皆遠縁同士ですの」
ああ、やはり。ローズベルの王侯貴族も同じなのよね。
それにしてもシルバーナ様のあの語り草って。
まるで親族が集まった時、否応なく幼少期の黒歴史を延々と語られては懐かしがられる、あの現象よね。
ちょっと、アレクセイ様が気の毒だわ……。
「という事は。
シルバーナ様って、アレクセイ様とカメリアの関係をご存じで?」
「ええ!もちろんよ。
ねぇ、カメリア。貴方ってアレクセイの元婚約者ょう?
アレクセイったら、いまだに引きずっているとお聞きしましてよ」
その瞬間、アレクセイ様が顔を手で覆う。
本気でお気の毒だわ。
シルバーナ様に完全にバレてる上に、からかわれているご様子。
ちなみに、私はその光景をツマミにして、前菜をもぐもぐしてます。
チョウザメの燻製にキャビアって凄い前菜だな。
アレクセイ様の昔話も相まって、実に滋味が深くてウメェですわ!
「本日のメインディッシュは最近の帝国貴族の間で、人気のビーフストロガノフです。シェフが腕によりをかけました。
お口に合うと良いのですが」
「美味しい……!
ほら、カメリアも食べてみて!」
「お嬢様、わたしは一介の侍女にしか過ぎません。
こんなお貴族の食事会の席になんて。
……うん!バターの香り、このコク。
濃厚で美味しいですね」
秒で笑顔になるカメリアでしたわ。現金で、大変可愛い。
「ふふっ良かった。
カメリアの好みの味だなってずっと思っていたんだ」
アレクセイ様はホッとして、嬉しそうに胸を撫で下ろすわ。
「……まあ、お熱い事ね。焼けぼっくいに火が付きそう」
そう悪態をつきながらも、妙にアレクセイ様とカメリアを見る目が優しいシルバーナ様だった。
内心では、不器用な2人を応援してくれてるのかもね。
すると、急にアレクセイ様は姿勢を正して仰るわ。
「ところで、ご報告があります。
この度、僕にも出陣要請が下りました。
東方戦線で、タタールを撃退せよと」
ああ、とうとうこの時が来たのね。
アレクセイ様の出征イベントは、このゲームシナリオも最終局面という事か。
ここから難易度が跳ね上がるのよね……。
一つ選択ミスするだけで、キツイ内容のバッドエンド直行だったりしたわ。
「それって前任者に叩き出されたっていう、例の?」
「はい……前任者は前線での無理がたたって、病に倒れてしまったそうです。なので僕が」
「……それって、罠じゃないですか?」
アレクセイ様はため息をついて。
「ええ、僕もそんな気がします」
アレクセイ様は改めて、私に向き直って。
「セルシアナエリーゼ様。
貴方が僕とカメリアとの接点の場を用意してくれた事、感謝します。
それに母に似ているせいなのでしょうか。
貴方が居ると心が落ち着いて、妙にくつろいでしまうんですよね」
「あら、それって私が気安いって事?
私とセラフィーナ様では天と地程差があるって、以前にシルバーナ様もおっしゃってましたわよね?」
私もアレクセイ様と一緒にいると、前世の歳下の従兄弟を思い出しましたわ。あの子、元気にやってるかなぁ。
お食事会の後、わざわざアレクセイ様は紅宮殿の私の部屋まで送ってくださったわ。
「セルシアナエリーゼ様、本日は楽しい時間をありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
すると、アレクセイ様はカメリアに視線を送るわ。
「カメリア……もしもの事があれば後を頼む」
「承知しました。アレクセイ様。
……どうか、ご無事で。
これ、皆で作りました。戦勝祈願のお守りです」
カメリアが差し出したのはお守りね。前世の神社などで売られているものと同じ形。
アレクセイ様は不思議そうに手に取るわ。
「おや、ベレギーニャやクレイドルではないね?
小さな袋、外国のサシェか?
これの中には何が入っているんだ?」
「魔除けの香草にヨモギ、塩。
それと、私の髪の毛です。
ウチのおばあちゃんが、おじいちゃんのお守りとしてよく持たせていました」
確か、前世の古い文献にそんな風習があったって読んだような記憶があるわ。
それを踏襲してるのだろうけど。
カメリア、無自覚なんだろうけどアレクセイ様への愛が重くない?重いよねぇ?




