第二部・パペッティアの幻術でヨハネスの追憶を垣間見ました。(語り・ヨハネス)
以前から教会の方でも闇魔術人形の話は囁かれていた。
極北に近い為か布教が遅かった分、比較的教義や異教に寛容であるドルンゲンの正十字教会でも異端である認定をされ、排除するように命が下されていた。
ドルンゲンの短い夏も終わり、秋に近づいたある日の夕方。
帝都郊外の教会、共同墓地にて、まさかその闇魔術人形に相見えるとは思わなかった。
「貴方はどなたなの?
貴方のマスターって?」
「アタシは貴方の国の言葉で言うならば、キリングドール。
アルヴェイン皇帝陛下こそがアタシのマスターです」
……相変わらずの度胸だな、このお嬢さんは。
ローズベルの青薔薇の聖女と謳われるキャルロット公爵令嬢セルシアナエリーゼ様は、よくある深窓の令嬢、ローズベル王宮やローズベルの青薔薇派教会に担がれる無垢なだけの象徴かと思っていたが。
普段はそこら辺にいる町娘の様にも見えるし、ここぞという時には修羅場の経験を重ねた職業婦人にも見える。
軍人貴族の出のカメリアはナイフに魔力を込めて、パペッティアの隙を探っているが、相手は人形。
どの様な動きをするか皆目見当もつかず、苦戦している。アレクセイ将軍も同様だ。
木立に人影?誰かいるようだ……あの仮面は間違いない。
パペッティアの傍らに、レオニード皇太子だと?!
だが、様子がおかしい。足取りがおぼつかない。
視点が定まらず、ぐらついている。
「レオニード皇太子だと?
何故パペッティアと魔力のパスが繋がっている?」
アレクセイ様が叫ぶ。
「今、魔力をくれているのは皇太子。
その内、枯れてしまうでしょうけれど」
傀儡の歪な微笑み。
パペッティアは優雅に手をかざし、幻術を放つ。
「チョールヌイ・トゥマーン」
一瞬にして黒い霧が立ち込めてゆく……。
「パルィーフ!」
一陣の風。黒い霧を晴らしたのは、シルバーナ様付きの騎士、グランだった。
「何故ルクス家で、禁忌指定された魔法が魔術で再現されている?!
パペッティア、貴様を緊急停止する!
チョールナヤ・モールニヤ!」
グランの黒い雷が炸裂するも。
「スビヴァーチ・ス・トールク」
その瞬間、目の前がぐにゃりと歪んだ。
「幻術?!皆、目と鼻を塞ぎ伏せろ!
絶対に何も反応するな!」
グランの言葉が遠くなっていく。
現実と幻の境すら分からなくなっても、咄嗟に手を握ったのは……。
パペッティアの幻術の中で、俺は過去を見せられていた。
物心がついた頃、おふくろに何処ぞの大貴族のお屋敷に連れて行かれたのを覚えている。
「……これも縁です。こちらで引き取りますわ……」
「いいえ、公爵夫人!そんな滅相もありません!
ウチのヨハネスは誰に似たのか暴れん坊で手を付けられず……」
結局、引き取られず。
その後の戦乱で、おふくろと生き別れた。
仕方なく孤児院に入り、出会ったのがあの方だった。
この国の姫でありながら、修道女にならざるを得なかった女性。
あの人形に、そのかつての恩師……自らの全て、神とさえ讃えた女性の面影が宿っていた事に身震いさえ覚える。
『ヨハネス、大丈夫かしら?
もう、ヤンチャなんだから……』
同じ白銀のシルクのような髪、白い陶器のような肌。
ただ、瞳は深いエメラルドグリーンだった事はよく覚えている。
『だって!
アイツら、シスターソフィアに酷い事を言うんだ!
アルヴェイン帝に仇なす凶悪な女だって……!』
『もう、仕方のない子ね。こっちにいらっしゃい』
そう言って、優しく抱きしめてくれた。
だから幼い俺は、シスターソフィアの役に立ちたいと思うようになった。
「ねぇ、どうしてマスターを殺そうとするの?」
無邪気に問いかけるシスター・ソフィアの面影を持つ傀儡。
「親代わりのシスターソフィアが、アルヴェイン帝の手のものに……殺されたからだよ」
……違う。本当は。
『シスターソフィアは、アルヴェイン帝に対して反乱の機会を伺っている。
……至急、始末せよ。
出来るだろう?異端審問官ヨハネス』
異端審問なんて、ウチの教義にはない。
分かりやすく言えば、秘密警察だ。
アルヴェイン帝が、教会に巣食う旧王族の保守派を一掃するために導入した制度。
『アルヴェイン帝は、教会を秘密警察に作り変えるつもりだろう?!
なぜそんな奴に従わなければならない!』
『さもなければシスター・ソフィアとカメリアをアルヴェイン帝に差し出すのみ』
『そんな事、させてたまるものか!
』
……おかしい。あれはもう何年も前の事なのに。
昨日のことのように覚えている。
『私を息子の様に育てたのはね、ヨハネス』
『……やはり嫌だ!俺と逃げて下さい、シスターソフィア!』
『お前が私を殺せば、お前とカメリアは助かる。
その代わり、私の代わりにアルヴェインを討ってくれるのだろう?
何故なら、私はお前をその為に……』
頼むから、嘘だと言ってください。
『もう、ヨハネスは仕方ない子ね』
と、いつものように言って微笑んで抱きしめて下さい。
「ねぇ、貴方は何故ここにいるの?シスターソフィアの為?」
パペッティアが蠱惑的に問いかけてくる。
「……ああ。シスターソフィアが俺を育てたのは『敵討ちの為』と、言えば分かりやすいかな?
だから俺は……」
「ふふっまるでシスターソフィアの操り人形ね。
アタシと一緒だわ」
人の様に微笑むパペッティア。
……そうだ、俺はシスターソフィアの代行者だ。
彼女の復讐の為の操り人形。
だから、アルヴェイン帝お気に入りのカメリアを上手く使って、宮殿の懐に入り込もうとした。
薄暗い噂のあるアレクセイ様も、協力する振りをして、復讐の道具として利用するべきだと考えた。
なのに、とんだ番狂わせが現れた。
「ヨハネス、しっかりして!」
声が、届いた。幻術がわずかに薄れてゆく。
俺の目の前には、カメリアが落としたであろう魔力のこもったナイフがそこにあった。
そのナイフを、手に取らなければ。
『ヨハネス、頑張ったのね。もう十分よ』
ああ、パペッティアがシスターソフィアに見える。
あの頃の、慈愛をたたえたあの人に。
『もう頑張らなくていいのよ』
わずかに、ナイフに手が届かない。
パペッティアの腕が、いやシスターソフィアの手が俺を抱きしめる。
あの頃と同じように……。
『……もう、終わりにしましょう?ヨハネス』
『ヨハネス、私の眼を見なさい!
シスターソフィアが大切なのは分かるわ。
でも、貴方自身は本当に復讐なんて望んでいるの?
本当の貴方はどうしたい!?」
エリーゼお嬢様の声。一瞬、幻術が揺らぎ、無効化したように見えた。
青薔薇の聖女様なんて大層な肩書きのくせに、前線に立とうとする酔狂者。
「バッドエンドフラグはぶち折りますわ!」と素っ頓狂な事を言って憚らないお方。
俺の復讐には関係ない方だ。
正直、捨て置けばいい。
なのに、放っておけない。
無邪気に笑っていて欲しい。
あの人が泣いている姿なんて見たくない。
離したくない。だからあの時、咄嗟に手を握りしめた。
幻術に抗いナイフを手に取って、パペッティアを一閃。切り裂いた。
「何故……!幻術が効かない?!」
「俺には青薔薇の聖女の加護があるんでね!」
それだけ貴方が大切なんだ、セルシアナエリーゼお嬢様。




