第二部・カメリアのお墓参りに付き合いました。
その日の午後、アレクセイ様が戻ってこられたわ。
元婚約者のカメリアが居るからって、私の離宮にいちいち戻るのも律儀よね。
「ただいま戻りました。
……セルシアナエリーゼ様、何をされてるのです?」
アレクセイ様は戻ってくるなり、離宮の小さな厨房に入り浸る私の姿に目を丸くしていたわ。
「運よく小豆を手に入れましたので、あんこを炊いてますの。
実は昨晩から、小豆に吸水させて下準備しておりましたのよ。
これをお鍋でじっくりコトコト煮て、砂糖を塩少々混ぜれば……。
こちらが完成したあんこペーストですわ!
さらにトーストにバターを塗って、更にあんこをたっぷり乗せて……
出来たわ!小倉あんトースト!」
カメリアは胡乱げな瞳でこちらを見ているわ。
「お嬢様……?
また珍妙なものを作って……念の為、毒見を。
美味しい!何?この懐かしい味は……?」
「えー?!
トマト味じゃないビーンズなんて認められねぇよ」
フレイ様は嫌そうに呟くわ。
多分フル・ブレックファストのガチ勢なんでしょうね。
なお、ロジーは一口食べて。
「トマト味がするはずなのに、甘いの……?!」
宇宙を見てしまった猫ちゃんみたいなお顔をしているわ。
「あら、そう?案外いけますわよ?」
「ね!シルバーナお姉様、美味しいですの!」
と、食べながら談笑するシルバーナ様とフローリア嬢姉妹。
小倉あんトーストを召し上がる公爵令嬢ってなんだろう?と思いました。
アレクセイ様も、一口食べて。
「むぅ、なんだか懐かしい味ですね……
カメリアのお祖母様がたまに下さったような……」
「ああ、ようかんだったか、おしるこだったかな?
おばあちゃんの味……!
いや、だから何故セルシアナエリーゼ様がそんな事知ってるのですか?」
多分……確定ではないけれど、前世がカメリアのお祖母様と同郷です、なんて言えないわよね。
「……こんな、穏やかな時間って良いものだなぁ」
愛おしむような、何処か遠い目をしているようなアレクセイ様に。
「……アレクセイ様?何かあったのです?」
これは軍議で何かあったかもしれない。
私は違和感を感じて、問いかけてみるも。
「……いえ、大した事ではありませんが……
しばらく用事が立て込んでいて、この離宮に来れなくなりそうなのです」
アレクセイ様はそう微笑んで、それ以上深入りさせてくれなかったわ。
お昼過ぎに、私達は馬車に乗って帝都郊外の教会へと向かったわ。
流石に人数が多いので馬車は大きめのモノを使ったわ。
ヨハネスとグランくんは御者役よ。
ロジーとメアリー、フレイ様は離宮でお留守番を頼んだわ。
「それにしても、ドルンゲンで新しい事業でもしているのかしら。
何でも皇帝陛下の発案で、秘密裏にだけれど元老院では大きな予算が既に組まれたそうよ。
ひょっとして鉄道?
何処かの工場に新しい機械でも入れたのですか?
シルバーナ様、何かご存知で?」
シルバーナ様はキョトンとして。
「鉄道……って何かしら?
工場って軍事工場……?の拡張も耳にした事はありません。
皇帝陛下からそんな話は聞いた事ありませんわ」
アレクセイ様が慌てて間に割って入るわ。
「へえ!そんな話、僕も聞いたことありませんね。
アルヴェイン帝はサプライズがお好きなので今は伏せているのかも……!」
「あら!ねえ、お姉様、あれは何かしら!」
「フローリア、今お話している最中ですのよ?
おや、珍しいわ。あれはね……」
フローリア嬢がそう騒いで、皆が外の景色に気を取られている間に。
アレクセイ様は私に耳打ちするわ。
「……セルシアナエリーゼ様、何を仰るのです」
「……カマをかけてみたのよ。
だって、あれの減価償却費の内訳、気になるじゃない?
秘密裏の工場でもあるのかしら……?」
もちろん、これは例の裏帳簿のね。
表の帳簿と照らし合わせると粉飾決算もいい所よ。
「……そちらは僕の手の者が調べている最中です。
ですので、不用意な発言は控えてくださいますよう……!」
その様子を見たフローリア嬢は何を勘違いしたのか、明日明後日の感想を口にするわ。
「まあ、セルシアナエリーゼ様とアレクセイお兄様って仲良しなのね!
やっぱり、セルシアナエリーゼ様とセラフィーナ様がよく似てらっしゃるからなのかしら?」
「セラフィーナ様……いえ、ベルツ公爵夫人は、もっとお淑やかで控えめな方だったじゃないの。
この食いしん坊のじゃじゃ馬と何処が似ているのよ?」
シルバーナ様の容赦ない本音に凹むわ。
本当やめてください、心臓に悪いです……!
「おやめください、シルバーナ様……せめて御慈悲を……」
「……シルバーナ嬢、もう少し口にする言葉を選んで」
アレクセイ様が苦笑しながら嗜めてくれたわ。
その間、カメリアはすまし顔。
もっとアレクセイ様との事でヤキモチ妬いてくれてもいいんだけどね?
「見えてきましたね、教会が」
屋根が玉ねぎ頭の、カラフルな教会。
暖房の効率の為、割とこじんまりとしているのよね。
「それにしても奇遇ですのね!お墓のある教会が一緒だなんて!」
「ここの教会の墓地は、この辺りの貴族の墓が集中しているんですよ。
ウチの墓と言っても……おじいちゃんのお墓が形だけあるのです。
中にはなんにも眠っていないのにね」
馬車から降りると、聖職者の方が話しかけてきたわ。
「ヨハネスじゃないですか?
お久しぶりですね、今まで何処にいらしたのですか?」
「ダニエル!今は主教か?出世したなぁ!」
「貴方の方が一足先だったじゃないですか。
それだと言うのに出奔して……!
もしかして、シスターソフィアの墓参りですか?
それでしたらこちらに……」
「ダニエル、今はよせ。その話は……」
ヨハネスはどうもここの教会のダニエル主教とお知り合いの様で、少し立ち話に花を咲かせていたわ。
「ヨハネス、こんな所で立ち話もなんだし……
良かったら私達がお墓参りに行ってる間、主教様とお話してきたらどう?」
と、私は提案すると。
「お気遣い染み入ります。では、その様に」
教会の裏手に、大規模な墓場が広がっているわ。
「お母様!フローリアのお友達を連れてきましたのよ!
なんと青薔薇の聖女セルシアナエリーゼ様ですの!」
フローリア嬢、お墓の前でその紹介はやめてください。
普通に恥ずかしいので。
シルバーナ様とフローリア嬢の公爵家のお墓は……大層豪華だったわ。石材何で出来てるの?大理石?
一方、木立に近い一角、そこにバートン家のささやかなお墓があったわ。
「元々、ただの軍人の家ですから」
そうカメリアは、白百合とローズの花束を手向ける。
冷たいお墓の前で、カメリアは一人、独白する。
「マークおじいちゃん、久しぶり。
ここも様変わりしたね。
あれから私、ヴェネティアやローズベルに行ったの。
叔母様のサロンのお手伝いをしたり、公爵家で働いたりして……
でもまた、ドルンゲンに戻って来ちゃった」
寂しそうにカメリアは微笑むわ。
「お母さんの修道院から手紙が来たわ。
……流行病で亡くなってしまったって。
……弟のトマスもあの戦乱以来消息不明なの。
何処に行っちゃったんだろうね。
カナリアは……流石に自業自得かな?」
カメリアは、深いため息をつく。
「……元婚約者だというのに、アレクセイ様は相変わらず良くしてくれるわ。
でも私、時折何してるんだろう?って思うの。
最善を尽くしてるはずなのに、悪化させているだけなのかもしれない。
冷静に振る舞っているようで、本当は周りや感情に流されているだけなのかも知れないって……
私、どうすれば良かったんだろうね……」
カメリアに声をかけようにも、言葉が見つからないわ。
その時、アレクセイ様に肩を叩かれたわ。
「……セルシアナエリーゼ様。
少し、この場から離れて下さいませんか?
カメリアと話さなければならない事があるのです」
アレクセイ様の真剣な眼差しに、私は頷くしかなかったわ。
「承知しましたわ」
カメリアとの駆け落ちでしたら、協力しますわよ!なんて言いたかったけど、とてもじゃないけれど言い出せない雰囲気でした。
私達が移動して、しばらく頃合いを見計らってから。
「……カメリア。
君に、話していない事があるんだ。実は……」
アレクセイ様は大きく息を飲み込むわ。
私達はそのまま墓場から出て、ヨハネスがいるであろう教会の方に行こうとすると。
入り口から、墓参りに来た女性がもう一人。いえ、少女かしら?
黒い喪服に黒いベールの、白銀のシルクの様な髪の少女……。
まるで人形の様に美しいその姿に、目を奪われるわ。
「……お嬢様?!」
何かに気がついたのか、大慌てでカメリアが駆け寄ってくるわ。
「ご無事ですか?」
「どうしたの?カメリア。いきなり慌てて……」
「……お静かに。
先程の女性……いえ、アレはアルヴェイン帝の寝室にあった闇魔術人形そっくりです」
いけない、目を逸らさなければ。
その瞬間、人形の生気のないガラス玉の様な瞳と、目が合ってしまったわ。
その瞬間、ニタリ、と笑う。
闇魔術人形が私を視界に捉えた――!




