第二部・離宮の温泉を掃除して入りました。
「温水って……温泉?!こんな所で?」
私は思いにもよらないワードに、思わず反応してしまったのよね。
「ええ……確かに、セラフィーナ様が生きておられた頃は、温水を入浴に使っていたとお聞きしています」
困惑しながらも、管理人のおじいちゃんはこたえてくれたわ。
するとアレクセイ様は、何かを思い出したのか。
「……まさかここは。
お母様が手紙で仰っていた、温泉の湧いている離宮じゃないか?ここで療養していたと」
それを聞いた途端、普段冷静なヨハネスか嬉しそうに笑ってこう話し出したわ。
「あぁ、あの話だ!ウチのおふくろも言っていたな。
アレクセイ様の母君セラフィーナ姫の療養のために、アルヴェイン帝が小規模だけれどスパ付きの離宮を作ったと。
たまに入らせてもらっていると、侍女仲間が自慢していたって」
アレクセイ様は思わずギョッとするわ。
「……ヨハネス。何でそんな事を知ってるんだ?」
「ああ、ウチの母さん、元宮廷の侍女だったんです」
「……そんな馬鹿な。
ヨハネス、君の母君の名前は?
まさかセラフィーナお母様と知り合いか……?」
ここって、ヨハネスのお母様の衝撃の過去が明かされるシーンなのよね。
だけれども、私の頭は温泉で既に頭がいっぱいでした。
「やった温泉!温泉は疲労回復にいいのよ!
お風呂場何処かしら?
掃除して早速入りましょ!
……ああ、アレクセイ様は少し休んで下さいまし」
私はそこら辺に落ちていたデッキブラシを手にして、早速お風呂場の掃除に取り掛かろうとするも。
カメリアはすかさず止めにかかったわ。
「何でお嬢様が、ウチのおばあちゃんが言ってた温泉を知ってるのですか?
お嬢様?皇后候補、公爵令嬢、聖女とあろう方が風呂掃除なんてお止めください」
「そんな!皆で手分けして掃除した方が手っ取り早いじゃない。
それに昔、地元のスーパー銭湯でバイトしてたからこんなの余裕よ!」
「とにかく止めてください!
そのデッキブラシは没収です!
話を聞いてます?お嬢様……もう!」
掃除が終わり、温泉に入りました。
一番風呂は私とカメリアよ。
何でも、カメリアがお風呂のお世話をしてくれるそうだけれど。
「久しぶりの温泉、それも露天風呂なんて!
ふあぁ〜気持ちいい〜……」
私は前世の記憶フル活用で、自分一人で頭と身体を洗い、チャッチャと露天風呂に入ってしまった。
流石に恥ずかしいから、バスタオルを巻いているけれど。
お風呂に入ったら、すぐに疲れが溶けてしまったわ。
「んー、この温泉は……炭酸水素塩泉かな?
美肌の湯とも言われるやつね」
カメリアは流石に温浴着を着ているわね。
「お嬢様!そんな、タオル一枚ではしたない……!
あ、温かい。筋肉のコリと血行に効く……」
「……あのね、カメリア。
東洋の島国ではね、本来タオルを入れるのはNGなの。
基本、裸で入るのがマナーなのよ?」
「だからなんで、エリーゼ様がおばあちゃんの郷里のマナーに詳しいんですか?」
だからカメリアのおばあちゃんって日本出身なんですか?……もしかして転生者とか?
一方、アレクセイ様はと言うと。
「……カメリアが……壁一枚向こうで風呂に……!?
ヨハネス、見みるなよ!
僕は貴族、僕は紳士!カメリアは僕が守る!」
ヨハネスは怪しいと踏んだのか、胡乱げな声で。
「アレクセイ様……?
見に行ったら流石にどつき回しますよ?」
「み、見に行かないからな?!」
あの、お風呂場にも聞こえるんですけど……と言い辛い雰囲気だったわ。
私とカメリアが、お風呂から上がり涼んでいると。
メアリーとロジーが困った顔をして、アレクセイ様と話し込んでいた。
よく見てみると、アレクセイは血相を変えていたわ。
「皇后候補が離宮に移ったのに、メイドも見張も晩餐の手配も寄越さないだって?
ベルツの者を寄越せ!
アルヴェイン帝に抗議してやる!」
私はアレクセイ様を止めに入るわ。
「アレクセイ様、押さえてください。
一晩ぐらいなら我慢できますわ」
ちょっとしたダイエットだと思えば平気よね。
管理人のおじいちゃんはというと。
「ああ、大変な事になった!
こちらでも問い合わせてみます。
それと、ウチの家内に何か持ってこさせます」
ヨハネスはかしこまって。
「セルシアナエリーゼ様、アレクセイ将軍。
ここにあるもので簡単なディナーの準備ならすぐに出来ます。お待ちを」
メアリーは微笑んで。
「あら、流石ヨハネスさん。
頼りになりますね!お手伝いしますわ」
ロジーは不満げに。
「えぇ?牛肉さえ手に入れば、厨房のオーブンでウチのお母さん直伝のサンデーロースト作れるのに……
そこの街の市場で買ってきちゃ駄目ですか?」
アレクセイは眉間にシワを寄せて渋るわ。
「申し訳ないが、それは流石に許可できないかな……」
魅力的な提案だけれど、私も流石に衛生面が気になるのよね……。
ヨハネスはこめかみを押さえて。
「ロジー、庶民じゃないんだから駄目に決まってるだろ」
ロジーはしょんぼりする。
「残念。
ところでどういったメニューにするんですか?」
「そうだな。カーシャは……馴染みがないかな。
ライ麦パンに、チーズ。
マッシュポテト。茹で卵。
ソーセージに、ハーブの効いたサラダ。
キャベツの酢漬けたっぷりのシチー。またの名をスープ・オ・シュー・ア・ラ・リュス、かな?」
と、ヨハネスは答える。
メアリーがハーブを庭園から摘んできた、ヤナギランとラズベリーのフレッシュハーブティーを出してくれたわ。
お茶請けには、もぎたてのいちごやブルーベリー、ラズベリーよ。
食事のメニューは……まあ質素と言えば、質素ね。
「……カーシャは駄目だ。粗末過ぎる。
シチーは……海外の方にはウケが悪い」
アレクセイ様が眉をひそめるわ。
「……やはりですか。俺は好きなんですが」
ヨハネスが肩を落とす。
庶民の食事だけれど、こういった場には不向きかな。
カメリアは何かを思い出したのか。
「……それって修道院のご飯よね?」
ヨハネスは慌てて。
「ああ、言われてみればその通りですね。
つい、咄嗟に……でもシチーは具材多めですから」
アレクセイはムスッとして。
「……ヨハネス。こんなもので、王侯貴族のご令嬢が満足するとでも?」
アレクセイ様、流石に苦言を呈しちゃったか。
「私はかまいませんわ」
前世の、給料日前や金欠時のランチより豪華じゃない。
おにぎり1個だけ、サンドイッチ二切れだけとか、食事抜きもザラだったものね。
給料日前の社畜根性が、こんな所で役に立つとは思わなかったわ。
カメリアも。
「私も教会にいた事があって。懐かしいな。
これで十分よ」
ロジーもニッコリして。
「アタシも!」
お貴族育ちのお嬢様だったメアリーは困惑しているわ。
「これだけで……?庶民や修道院って大変なのですね」
流石にメアリーは男爵家出身だもの、足りないって言っちゃうよね。
ヨハネスは苦笑いして。
「教会では清貧を心掛けてましたからね。
具は、キャベツだけとか、ポテト一つキャロット一つが関の山。
貧困な時も多かったですからね、修道院や孤児院では」
私も少し思案するわ。
「うーん、そうねぇ。
ボリュームが欲しいなら……せっかく広いお庭や温室があるんだもの。
そこの採れたての野菜で簡単なアウトドア料理、作っちゃいましょうか?」




