第二部・ドルンゲンの夏宮殿へ……元悪役令嬢、離宮に移動しました。
帝都郊外にある夏宮殿に移動する事になったわ。
帝都の船着場から船で移動し、やってきたのは海に面した宮殿よ。
「凄!噴水に、滝?豪華ですわね。
水しぶきがここまで飛んでくるなんて」
「ええ、夏宮殿の名物なんですよ」
白と金の宮殿と、広場の噴水のコントラストが豪華に映えるわ。
ドルンゲンの短い夏の空の下、ローズガーデンが広がるわ。デルフィニウムなども咲き誇っているわね。
着いて早々、晩餐会が開かれたわ。
極北に近い事もあって、今夜は白夜。日が沈まない夜を楽しむ場でもあるみたいね。
とは言え、先日のドルンゲンの姫三姉妹の話を聞いたばかりなのに……。
リオの祖母であるマダムアルディとアルヴェイン帝はどういう仲だったの?本当に恋仲だったのかしら。
それに、私がアレクセイ将軍のお母様である、セラフィーナ姫にそっくりだなんて。
どうして誰も言ってくれなかったの?
それに、アルヴェイン帝とセラフィーナ姫のご関係は?
……今、私は上手く笑えているのだろうか?
エントランスには、北の国では自生し得ないレモンやオレンジの木が出されていたわ。
そして。
「椿の花……この時期に?」
赤い花を咲かせた、椿の木がそこにあった。
「ああ、オランジェリー……温室栽培のものですね。
東洋のカメーリアはドルンゲンの社交界でも人気なのです」
前菜では、キャビアやイクラ、エビがこれでもか、と振る舞われる。これって、何かの示威行動かしら。
ローズベルと、青薔薇の聖女の私に対して?
それに追い打ちをかけるつもりだったのかしら。
アルヴェイン帝が隣の席を許したのは、シルバーナ様と。
よりにもよって、私の侍女であるカメリアだった。
「……どういう事ですの?アルヴェインおじ様」
特等席に、眉をひそめるカメリア。
「ん?カメリア嬢ちゃんが気にすることではない。ちょっとした余興じゃよ」
アルヴェイン帝は事も無げに答えていたわ。
「これでは、セルシアナエリーゼ様の立場が……!」
「何、カメリア嬢ちゃんが気に病む事はない」
その異常な様子を見て。
「仕えているローズベルの青薔薇の聖女を差し置いて?不敬な!」
「……やはり、バートン嬢はアルヴェイン帝のお気に入りであったか」
「部下の孫娘とはいえ、昔から何かと目をかけていたものなぁ……」
これには大臣、官僚や大貴族にも緊張が走っていたわ。
ローズベルから皇后候補として招かれたはずの私の席はアルヴェイン帝やカメリア席からほど近くよ。
……随分と見くびられたものだわ。
まあ、この方が何かと好都合ではあるけれど。
「……アレクセイ、堪えてくださいませ」
「……しかし、カメリアが!狂帝め、何をする気だ?」
隣には不機嫌なアレクセイ様である。
私も思うところはあるわ。
だけれど、これもゲームシナリオ通りなのよね。
それにアルヴェイン帝に近付くのは手段であって、私の本当の目的ではない。
私の目的はリオを取り戻す事よ。割り切るべきだわ。
一応は、カメリアがアルヴェイン帝にお近づきになるって計画が上手く行っているって事でもあるし……。
感情的にカッとなってしまって、計画がご破綻になるのも避けたいわ。
かと言って、ここで平然としている方が不自然に見えてしまうわよね。
……悪態ついて、罵倒しないとよね。
お貴族にふさわしい上品な言葉で……咄嗟には何も思いつかないわ。
「失礼する。……息災か?青薔薇の聖女よ」
隣の席に座ったのはレオニード皇太子だったわ。
「あの騒ぎはなかなか浅ましい事だな。
あの御老体によるほんの一時の退屈しのぎでしかないというのに。
あの御老体に気に入られても、昔の長話に付き合わされるだけだ。
ロクな目には遭うまい。気に病む事はないさ」
向かいの席にはフローリア嬢、それにヨーゼフ様と知っている顔ばかりで安心したわ。
「お久しぶりです、セルシアナエリーゼお姉様!
あの後、大変でしたのよ。
お父様が心労で倒れてしまって」
「元老院での風の噂によれば、何でもエメラルドグリーンの壁紙がよろしくないとか……聞きますねぇ」
……それって花緑青のやつじゃないわよね?
「あの一件依頼、叔父様も行方知れずですの。
このままだと叔父様の家が断絶してしまうわ」
フローリア嬢の叔父様については私、実は知ってるのよね。
……密かにカメリアとヨハネスが始末した事を、ね。
元々、シルバーナ・フローリア姉妹の叔父様って二人に悪感情を持っていたし、本家を乗っ取りたがっていたからね。
「それは大変でしたね。ユーリエフスカヤ公爵令嬢」
アレクセイ様がしれっと労っているわ。
だけれど、アレクセイ様?秘密裏にだけれど、貴方もフローリア嬢の叔父様の始末に関わってるはずでしょ?
ゲームではこの辺少し触れていたんだけれど……。まぁ、脇役のモブ令嬢の立場だと分からないわよね。
それに生憎、今の私の肩書きが青薔薇の聖女のものだから、私の耳には入ってこないのも寂しいわ。
「セルシアナエリーゼ様って、あのローズベルの奇跡を起こした青薔薇の聖女なんですって!?
フローリア様とお知り合いなんて!なんて素敵なんでしょう」
隣のご令嬢がカナリアという名前だったけれど、気立てのよいお嬢さんで助かったわ。
「ところでパイナップルはお好きですかな?
この晩餐会、宮殿で温室で育てたパイナップルや桃などの果実が特別に振る舞われますよ。
是非ともお召し上がりください、青薔薇の聖女様?」
そう言って、ヨーゼフ様がパイナップルを勧めてくるわ。
それにしても、思っていた以上に青薔薇の聖女の名前が知れ渡ってしまったわ。
さすがに席がちょっと離れていても重鎮の臣下の方も、ちょいちょい絡んでくるし。
あれ?席の端の方、レオニード皇太子の教師役の女性がこちらを見ているようだわ。
私が目を合わせると、ニコリとしたわ。
その笑顔に思わず、ゾクリ、としたものを感じてしまう。この違和感、一体何かしら?
夏宮殿にも来たことだし、本腰でドルンゲン帝国に探りを入れますか。
そう意気込んだ矢先である。
ーー離宮へ、移動せよ。
そんな通知が届いた。
「……晩餐会で私を特別待遇にして、お嬢様から引き離しに来たのに引っかかっていたのよ。
こんな日が来るとは思っていたけど、こんなに早く来るなんて……!」
そう物凄い形相で、通知の手紙を握りつぶそうとするカメリアだった。
「カメリア落ち着いて?
ねぇ、カメリアのお役目は果たせているんだからね?」
「いくらお嬢様がオボコだからって、離宮はあんまりじゃない!厄介払いなの?」
「カメリア?言葉をもうちょっと慎んで……
思い詰めすぎよ。多分だけど」
多分……多分だけれどもね?
「まさか、夏宮殿の改修工事で、部屋数が足らないからと言って、皇后候補を離宮に追いやるとは……」
と、口ではさぞかし残念そうに言うけれど、当のアレクセイはえらく上機嫌よ。
何せ彼の愛しい元婚約者のカメリアが、男に呼ばれたり、毒牙に一切かかってないからである。
とは言え、晩餐会でのあの席順よ。
今後何かやらかしそうだわ。警戒しないとよね。
宮殿近くの離宮のため、呼び出されたらすぐに宮殿に行けるのだけれど。
仕方なく、夏宮殿から馬車に揺られ離宮に移動するわ。
離宮の管理人のおじいちゃんに話をすると、どうやら伝達が滞っていたらしく。
「この離宮をお使いになるですと?本当にですか?!
セラフィーナ様がこちらで亡くなって以来使われてませんよ?
掃除も……ここ数年はやっておりませんなぁ。
今は庭園を農産物試験場として使用しているだけす。
何かの手違いでは……」
管理人のおじいちゃんに頼んで鍵を開けてもらったわ。
居住用の建物の中に入ると、埃がフワッと舞い上がったわ。
見るからに長年使われてなかったのね。
その割に、妙にインテリアが整っているというか、汚れ自体は目立たないというか……乱雑に扱われた形跡がないわね。
机の上のインペリアルイースターエッグ。その隣のマトリョーシカと目が合ったわ。
何故か目が離せないわ……妙な既視感を覚えるのよね。
「流石に……埃っぽいですね。
すぐに掃除、洗濯いたします。申し訳ありませんが、セルシアナエリーゼ様はお待ち下さいませ」
と、メアリーとロジー、そしてカメリアは掃除に取り掛かろうとする。
「まことに申し訳ありません。
こちらでも農産物試験場の非番の者にも手伝わせましょう」
「アレクセイ様、大丈夫ですか?」
「……問題ない。そうか、ここでセラフィーナお母様は亡くなられたのか。
僕はお母様の最期に駆けつけられなかった……」
離宮に到着してから、だんまりだったアレクセイ様が真っ青な顔色をして焦燥しているわ。
……ひょっとして私、事故物件押し付けられてない?
「それならせっかくだし、農産物試験場を見学させてもらおうかしら。
ほら、アレクセイ様もご覧になります?
少しこちらを離れた方がよろしいでしょうから。
……それにしても、温室というのは?」
「ええ、見学ですか。かまいませんが……
実はこの離宮の敷地から温水が出ていまして、以前は温泉として使っていましたが。
今はオランジェリーの、温室栽培用に利用を……」
私は聞き覚えのある言葉に、思わず身を乗り出してしまったわ。
「温水って……温泉?!こんな所で?」




