第二部・ドルンゲン宮殿の肖像画に意外な人が描かれていました。
あの地下牢獄から数日がたち、ドルンゲン帝国毎年恒例の夏宮殿への移動準備で忙しくなった。
アルヴェイン帝とレオニード皇太子は所用があって、先に夏宮殿の方に移動したわ。
この隙に、やるべき事をやってしまいましょうか。
他の方が寝入った夜、私は魔法の術式の描かれた羊皮紙にコイル、銅線、ゲルマニウム等を置いて、マイクも兼ねたクリスタルイヤホンを付け、術式を起動させる。
名付けて、鉱石ラジオ通信魔法よ。
「もしもし、フィオナ国王陛下。聞こえますか?」
こういう時、サラッと前世のクセが出るの、良くないわよね。
『こちらフィオナ。ああ、聞こえるよ。
それで、進捗はどうかな?セルシアナエリーゼ』
「ぜーんぜん、駄目ですわ。フィオナ陛下」
『リオは行方知れず、アルヴェイン帝には袖にされ。
そちらの公爵家のお家騒動に巻き込まれるなんて。
君もなかなかハードな人生経験を積んでいるね』
「貴方ほどではありませんよ。フィオナ国王陛下。
それにしても、本当困りましたわ。
ローズベルの紅茶が恋しいですわ」
『ところで……悪い知らせがあるんだ。辺境で謎の魔力爆発事故が立て続けに起きていてね。
王都の処刑塔でも魔力爆発事故があったんだ』
「爆発事故!?
大丈夫ですか?怪我人は」
『……近くにいた衛兵がやられたよ。
その前兆として、真っ白な少女が現れるという特徴があってね?
ドルンゲンの方で心当たりあるかい?』
「……いえ、初耳ですわ」
『……あまりこういう縁起でもない事を言うのも良くないとは思うのだけれど。
ローズベルからドルンゲンに嫁いた王女が何人かいるけれど……あまり幸福な人生には繋がっていないんだよね。
何にせよ、気を付けてくれ。セルシアナエリーゼ』
最後になって、本当に縁起でもない話をぶっ込んできましたわよ、このお方。
通信は終わり、私は鉱石ラジオ魔法の道具をそそくさと片付ける。
……しかし、ゲームでカメリアと一緒に宮殿入りしたモブ令嬢ってそろそろ退場してた気がするのよね。
カメリアに無礼を働いた、という理由でアルヴェイン帝の逆鱗に触れていたような覚えがあるわ。
私はいつまでドルンゲンの宮殿にいれるのかしら?
その間に、なんとしてもリオを探し出してローズベル連れ帰らなければ。
翌日の朝から。
「夏宮殿への移動前に見せたい物があるのです」
と、アレクセイ様に案内されて、ドルンゲンの古い宮殿にある宝石や美術品の見学に来たわ。
前世でオタ友の聖地巡礼として、美術館や博物館、動物園巡りしたのが懐かしいわぁ。
「どうですか?我が帝国が誇るジュエリーコレクションは?」
「宝石を見過ぎて目がキラキラチカチカする……」
前世ではお目にかかれなかった豪華なロイヤルジュエリーの品々に目がチカチカするわ。
精巧な細工に思わず感嘆のため息が出てしまうわ。金使ってるから地味に重かったりするのよね。
「とっても素敵で綺麗でしたの。
特に、宝石で作られた香水瓶なんて驚きましたわ!
ね、エリーゼお姉様!」
あの誘拐事件の後、何故かフローリア嬢に懐かれてしまったわ。
今回は、シルバーナ様は参加されなかったわ。
あの騒動でダウンしたのかと思いきや、アルヴェイン帝のお付きで先に夏宮殿に行っているそうよ。
「フローリアの事をくれぐれもよろしくお願いします。
……別に、貴方を信用したわけではなくてよ。わきまえてくださいまし」
シルバーナ様にしっかり釘を打たれたわ。
仲良くなれるかな?と思ったのに。
「せっかくだから、ジュエリーを何点か試着なさいますか?」
そう言って館内を案内して説明してくれるのは、元老院議長ヨーゼフ様。
アルヴェイン帝とは、ご兄弟だそうよ。
「いえいえ、見ているだけで十分。お腹いっぱいですわ」
……もし、試着中に落としたり傷を付けたらどうなるんだろう?ヒヤヒヤするわ。
壊したら賠償金請求されるのかしら?盗難の保険は流石に入ってるわよね?
「おやまあ?随分と慎ましいですね。
貴方様がアルヴェイン兄上とご成婚されるのならば、このコレクションも貴方様のものになると言うのに。
それに、多くの貴婦人はお試しでもいいから宮殿のジュエリーコレクションを着飾ってみたい、と仰るものですが。
いやはや、意外ですねぇ」
貴族然として良い服装をされているヨーゼフ様は一見好々爺だけど、なかなかの食わせ物じゃないのかしら?
ジュエリーコレクションを収納している部屋を出て、豪奢な回廊を歩く。
「セルシアナエリーゼ様、こちらに」
アレクセイ様がさり気なく手を差し伸べて、エスコートしてくれるわ。
「ありがとうございますわ、アレクセイ様」
私はアレクセイ様の手を取るわ。
後ろを歩くカメリアとヨハネスをチラッと見る。二人とも外行き用のすまし顔をしているわね。
カメリア、分かりやすく嫉妬してくれても良いのよ?!
アレクセイ様もアレクセイ様よ。
こういうのは元悪役令嬢だかモブ令嬢だか分からない私じゃなくて、ヒロインのカメリアにしなさいよ。
アレクセイ様とカメリアが寄り添っているだけで私の目の保養になるのに!
視力も上がるし、精神衛生上も助かるのにな。
「……宝石なんて、庶民育ちのオレには分からん……」
と、ヨハネスがボヤいていたわ。
「さて、こちらのお部屋が、ドルンゲン帝国が誇る美術品コレクションですね。
昔の女帝が海外の流行を後追いで買いあさったものになりますねぇ。
中には女帝の愛人が貢いだ品々もありますが……」
「……ヨーゼフ様、そのくらいにしてくれ。あの方はその……」
アレクセイ様がこめかみを押さえて、苦言を口にするわ。
「……失礼を。アレクセイ将軍は昔からこの手の話は苦手でしたね。
アルヴェイン兄上は、こういった芸術にはあまり関心がなくて困りますねぇ。ただ……」
ヨーゼフ様はチラリと、アレクセイ様の様子を伺う。何か気になる事でもあるのかしら?
「……親交の深かったセラフィーナ様が愛好していた美術品ですので、管理はしっかりしているようです」
そう言って重い扉を開いたわ。
大部屋の壁にはところ狭しと絵画が飾られていた。
上に目をやると、天からの祝福を描いた天井画。
大理石、白亜の彫刻が荘厳に並べられていて、私達を出迎えてくれるわ。
「セラフィーナ様は特殊な魔力をお持ちで……徐々に身体を蝕まれていたのですよ。
最終的には目をやられて……それはお気の毒でしたねぇ。
その代わり、彫刻を手で触れて鑑賞されていましたなぁ……」
「……そうだな。セラフィーナお母様は繊細で……宮殿の中でしか生きられない様な方だった。
目を悪くされてからは、まるで彫刻と踊るように、お母様は美術を楽しまれていた……」
ドルンゲンの歴史に名を残す国王や皇帝の大理石の彫刻に、聖十字教の宗教画。
中には古代の神話を題材に、美の女神が描かれているものもあるわ。
「圧巻ですわね……
でも、私はドルンゲンの歴史や美術を勉強中でして。
事前知識や見方が分からないと少し損した気分になりますね」
「作者の生涯や、構図やレイアウト、シンボル等を知っておくと、より深く観れるものですが……初心者にはなかなか難しいですよね。
こういうのは自身が買い手、バイヤーになったつもりで『何を持ち帰りたいか?』と観ると良いですよ」
「なるほど、ありがとうございます」
カメリアは楚々と私達の後ろを付いてくるわ。
でもボソッと。
「アレクセイ様、宝石や絵画よりも武器庫見たいです……」
「うーん、武器庫はちょっと難しいんじゃないかな?」
「せめて鉱石を……こんな高級な物ばかりだと落ち着かないわ……」
「そういえば君の家、鉱山も手掛けていたね」
アレクセイ様にボヤいているのが聞こえたわ。
「流石に国王、歴代皇帝、姫君の肖像画が多いですわね」
「ああ、歴代皇帝の肖像画は権威付け。
姫君の肖像画は、縁談先に贈るために描かれているのですよ。ですので結構盛ってますね」
そんな、お姫様の肖像画ってお見合い用の写真目的だったのか……?
部屋の中心で、アレクセイ様とヨハネスが、とある大きな肖像画の前で立ち止まったわ。
思わず見入っているようね。
「アレクセイ様?どうされましたの?」
そちらに目をやると、私も驚いて変な声が出てしまったわ。
「……マダムアルディ?!」
そんな馬鹿な。
いや、あってもおかしくはないのだけれど。
そこにはリオの祖母であるマダム・アルディの若かりし頃の姿が描かれていたわ。
「ええ、ローズベルではそう名乗られていますねぇ。
このお方はアデレード姫、先代国王の長女でございます。
アルヴェイン兄上の、初恋の君ですよ」
アルヴェイン帝の初恋がマダムアルディ?!
「ただ、兄上とは別の方とローズベルに駆け落ちしてしまいましたがねぇ」
どういう事?確かリオの母親リリー妃は、アルヴェイン帝とマダムアルディの子だったはず。
でも、それだとリオの祖父と思っていたアルディのおじい様は?
まさか、マダムアルディはお腹にリリー妃を宿した状態でローズベルに……?
「セラフィーナお母様……!」
アレクセイ様が苦悶の表情を浮かべる。
慌ててセラフィーナ様の肖像画を見てみると。
嘘でしょ?私と瓜二つの女性が、物静かに佇んでいる絵だったわ。
流石に瞳の色はアレクセイ様と同じ、エメラルドグリーンだけれど。
私とセラフィーナ様、まるで鏡映しだわ。
待って、本当に待って?前作では悪役令嬢だった私だけれど、今の私はただのモブ令嬢よね?
何故ドルンゲン帝国のお姫様が私と鏡映しの容貌になってるの?
確かにウチのお祖母様は、ドルンゲンにルーツのあるドルシュキー家から嫁いで来られたけれども。血縁って怖えぇ……!
これ以上妙な縦軸設定が出てこないで欲しいわ。命の危機を感じますわ、切実に。
「……こちらはドルンゲン王国時代の姫君、三姉妹の肖像画でございます」
私のパニックをよそに、重々しく口を開くヨーゼフ様。
「上から、長女アデレード姫。
次女セラフィーナ姫。
三女ソフィア姫ですね。
アデレード姫は、好いた方とローズベル王国へ。
長年のアルヴェイン兄上の求婚に応じませんでした。
セラフィーナ様は、アレクセイ将軍の母君にあたります。
ソフィア様は……アルヴェイン兄上のクーデターで父親である当時の国王を廃した後、ドルンゲンが帝政変わったのを目の当たりにして、教会に入られました。
まことに気の毒な事でした……」
ヨーゼフ様の淡々とした説明。
それに反応したのか、ヨハネスの漏らした言葉は意外なものだったわ。
「まさか、シスターソフィア……?!」
「知っているのか、ヨハネス?
ソフィア叔母様の事を」
アレクセイ様がそう問いかけるも、ヨハネスは真っ青な顔色になって言葉に詰まってしまったわ。
代わりに、静かに答えたのはカメリアだった。
「……ヨハネスの、孤児院からの育ての親です」
カメリアは息を呑んで。
「……私が教会にお世話になっていた頃の、大好きなシスターで、孤児院の院長先生でもあります」




