第二部・ドルンゲン帝国での断罪の夜に立ち会いました。
宮殿に戻って来たその夜。
皆が寝静まった頃合いを見計らって、ヨハネスが1人何処かに行こうとしていたわ。
「ヨハネス?夜遅いのに、何処へ行くの?」
ヨハネスは小さくため息をつく。
「……なんで起きてくるんですか、お嬢様。
アルヴェイン帝に呼ばれまして。ついてきますか?
あまり面白いものではありませんよ」
そう言って手を差し伸べるわ。
……何となくだけれど、一人で行かせてはならない気がして、私はとっさにヨハネスの手を取ったわ。
「行くに決まってるじゃない」
「……全くおせっかいで、手のかかるお嬢さんだな。貴方は」
宮殿の長い回廊を抜けて、地下への螺旋階段を降りて行く。
「ここって、牢屋?」
灯りを持ったアルヴェイン帝がそこで待ち構えていたわ。
「……来たか。
報告ご苦労、ヨハネス主教」
ヨハネスは改まって。
「はい、皇帝陛下。
しかし恐れながら、その呼び方はお止め下さい。
もう教会には戻る気は有りませんよ」
アルヴェイン帝は笑う。
「……青薔薇の聖女も一緒か」
「このお方こそが、フローリア嬢の衰弱の原因を見破り、青薔薇の奇跡で助けた張本人ですよ?」
「ちょうどいい。
見よ。これが今回の事件の首謀者達だ」
アルヴェイン帝が、暗がりの中の牢屋を指し示すと、そこには。
例のエドワルト、グレネダ女官長が焦燥を浮かべて座り込んでいたわ。
そして気難しそうな妙齢の貴婦人が鎮座しているわね……何処のどなたかしら。
アルヴェイン帝は嘲笑気味に。
「この貴婦人はシルバーナの義母、クセニアだよ。
グレネダ女官長とエドワルトの母親だ。
さて、青薔薇の聖女よ。
そなたも今回被害を被ったであろう?
今回の誘拐事件はクセニア夫人が唆し。
グレネダ女官長が手引きをし。
実行役がエドワルト、と言ったところだ。
青薔薇の聖女も誘拐しろ、と言い出したのは調べによるとグレネダ女官長だったかな?
そなたにこやつらを裁く機会を与えてやろうか。
……して、どのような処遇、いや処刑方法を望むのだ?」
……アルヴェイン帝が何を言い出したのか、分からない。
ええと、よく事態が把握出来ていないのだけれど。
処刑?方法って、どういう事?
何処から聞きつけたのだろう?
慌ててシルバーナ様が駆けつけてきたわ。
「お止め下さい!皇帝陛下!
グレネダも、エドワルトも私の幼い頃から一緒に育った従姉弟なのです!
クセニア叔母様も極悪人ではありません!何卒御慈悲を!」
「シルバーナか。普段の冷徹で高慢な態度はどうしたのだ?
これでは今まで、周囲の脅威に対して、敢えて悪辣に、威圧的に振る舞っていたようではないか?ん?」
……シルバーナ様の従姉妹?叔母様?
アルヴェイン帝は嘆息して説明をしてくれるわ。
「ああ、青薔薇の聖女は知らないか。
クセニア夫人は、元々シルバーナの父上の弟嫁だったのだ。
シルバーナの実母が亡くなり、親族の話し合いの上でシルバーナの父上とクセニア夫人が再婚してな。
シルバーナにとっては、義理の姉弟なのだよ」
ヨハネスは改まって発言する。
「夫の兄という近親者と再婚してはならない。
それは教会法における『姻族婚の禁忌』に当たります。正確には四親等との結婚してはならない、ですね。
古くは七親等まで規制していた時代もありましたが。
それを無視して再婚を強行したのですよね?
正妻の産んだシルバーナ・フローリア姉妹さえ居なければ、エドワルトが公爵家の跡取りに。
グレネダが皇帝の妃として迎えられたはず、そうでしたね?クセニア夫人。
貴方のお付きの侍女や、公爵家に仕える執事が、そう証言していますよ」
クセニア夫人が口を開く。
「ふふ。そんな、馬鹿な事……ワタクシの侍女がいつ話したというのです?」
堂々としらを切るわ。
だが、ヨハネスは。
「何を仰る。
貴方の発注したドレスの注文書の控えを押さえてありますよ。
シルバーナ様の大叔母様が心配していましたからね」
アルヴェイン帝は眉を顰めて。
「ドレスの染料を見て驚いたよ。
あの純粋無垢なフローリアに、パリスグリーンや、初期アニリン染料のモーブドレス……
猛毒の染み込んだものを与えて、わざと着せていたな?」
やっぱり、猛毒で有名なものばかりじゃない!
流行にかこつけて、染料で殺すつもりだったのかしら。
クセニア夫人はしれっと。
「あら?そうでしたの?
そんなのワタクシは存じませんわ。
侍女が勝手にやった事です。
今回の事も同様でしてよ」
エドワルトが激昂して反論するわ。
「そんな!
お母様とお姉様が『アイツらさえ居なければ、グレネダは皇后に、エドワルトは皇帝だって夢じゃない!』って言ったのでしょう……!」
グレネダ女官長はふん!と鼻を鳴らしてそっぽを向き。
「私は関係ないですわ!
エドワルト、アンタが勝手にやった事でしょう?
この私が、シルバーナやローズベルからの田舎者聖女に嫉妬しているとでも?」
見事な仲間割れ、責任の押し付け合いが始まったわ。
アルヴェイン帝は呆れて。
「やれやれ、仲間割れとは。醜いものだな。
貴様らの実父も同じ事を口にしていたが、やはりグルかな?
して、どうする?青薔薇の聖女、シルバーナよ。
貴様らに、こやつらの処刑方法を決めさせてやろう」
これって、青薔薇の聖女である私を試しているの?
それに、シルバーナ様も……。
「……それって、動機や方法の検証も含めて警察や検察、裁判所には通さないんですか?
やってる事が私刑みたいじゃないですか?」
……いけない、動揺して前世の知識で喋ってしまったわ。
「……うむ?
つまりは第三者の法的機関に一任すべき、と?」
「ええ、私個人では、とても検証しきれません……
法の元で裁かれるのであれば、それで十分ですわ」
アルヴェイン帝は、ぶすっとして。
「しかし法かね。
いまいち信用できんな、そんなもので悪人の心があっさり変われるとでも?」
私は反論する。
これは言わなければならない事だから。
「……法の元で裁かれて、ようやくセーフティネットの恩恵を預かる事もあるのですよ?」
アルヴェイン帝は納得してないものの。
「ふむ。そんな考え方もあるかの。
して、シルバーナは?」
困惑しているシルバーナ様に話を振るわ。
「……ワタクシは、放免を願いますわ」
その言葉に、アルヴェイン帝はニヤッと笑いだす。
「なんと!我が寵妃は心美しく優しいなぁ。
しかし、生活基盤のある領地に戻すのは少しつまらないのう……そうだ」
ニタリ、と意地悪く微笑んで。
「身分や財産、領地を剥奪。
諸外国だと余計なツテもあるだろうしな……
極北極寒の地に放免……で手を打とうじゃないか」
それってシベリア抑留……?!
前世の大叔父さんが亡くなったやつじゃない!
芝居がかった大袈裟な声、大袈裟な身振り手振りでアルヴェイン帝は続けるわ。
「ただし、エドワルト。
貴様は国家反逆罪から免れられない。
覚悟するように。
貴様らの実父は……そうだな。
連帯責任で、今度の異民族への大遠征で先陣を切ってもらおうか。
何と名誉なことだろう!上手く行けば二階級特進もあり得るやもだな!」
二階級って……殉職って事じゃない?!
この人、本当に人の心を持っているの……?
アルヴェイン帝に言い返そうとするも、ヨハネスが私の手を握ってきた。
まるで、「それ以上介入するべきではない」と言う様に。
私は反論しようにも声が出ず、立ち尽くすしかなかったわ。
ヨハネスに手を引かれて、私はその場を立ち去る。
螺旋階段を駆け登り、人のいない薄暗い宮殿の回廊に戻って来たわ。
この国は……冷たいわね。
「ねぇ、ヨハネス……これって」
ヨハネスは、何処からこの情報を得たのか?
元聖職者って事は、つまりは、教会から……。
すると、ヨハネスは息を呑み、何かを決心したかのように目を伏せたわ。
その場に膝をつき、私の右手を恭しく自分の両手で包み込む。
そして、優しく私の手の甲にキスを落としたわ。
「ひゃっ……!いきなり何をするの?」
だからそういうのはヒロインであるカメリアにやってよ!
私は特等席で壁の如く、その光景をニマニマ眺めてるだけでご馳走になるんだから!
それに、私にはリオがいるし……!
本当、リオは今何処にいるんだろう?会いたいし、寂しいわ。
「……まだ慣れないのですか?初々しいですね」
そんな私の内心などいざ知らず。
ヨハネスは切なそうに自傷気味に微笑む。
「仕方のない事です。
あの狡猾な皇帝の目を欺くには……敬愛する貴方を守るには、これぐらいしないとね?
オレの青薔薇の聖女様?」




