第二部・ドルンゲンで狐狩り中に誘拐されました。
ドルンゲン帝国宮殿の毒婦として恐れられているシルバーナ・スネジャーナ・ユーリエフスカヤ様。
「北方の名前らしくない?
ワタクシもそう思いますわ。
亡くなった実母がアドリアーノ海辺りの出身で、あちら風の名前を付けたのです。
我が公爵家は何度もドルンゲン旧王家の王女が降嫁しているというのに。
その事で親戚中に苦言を呈されるこちらの身にもなって欲しいものだわ。
全くもう、お母様ったら……亡くなった方に文句を言った所で、どうにもならないのですけれどね」
彼女は銀糸の髪に、パープルサファイアの瞳。
実の妹フローリアから宮殿入りの座を奪った毒婦、と噂されているのだけれど。
確かにゲームの序盤、ヒロインとの初対面の場面では。
「バートン家?あら、嫌だわ。
貴族から没落した娘なんて、この格式高い紅宮殿には不似合いだわ!」
なんて、ゲームのヒロインであるカメリアにも高慢で冷たい態度を取ったりもしたわ。
だけれど。
「……カメリア。貴方の手は、戦士そのものね。
だからこそ貴方はこの宮殿から早くお逃げなさい。
ここは、皇帝陛下の……
いいえ、ドルンゲン帝国貴族のパンデモニウムなのよ」
……なんて、知的で思慮深い一面もあるのよね。
前世ではアレクセイ様ルートしかやってないけれど、それほど邪険にして険悪な関係にはなってない印象だった。
他のファンの子も、実はそんなに悪い人じゃないのでは説が立っていた。
ビジュアルも凛とした美人さんで、ファンの間では密かに人気だったのよね。
お茶会の時にお会いした妹さんの病弱なフローリア嬢の体調も気遣っていた。
ひょっとして、あえて露悪的に振る舞っているのかしら?
……まあ、そんなシルバーナ様と、今世で一緒に攫われる仲になるとは思っても見なかったのですよ。
真っ暗な馬車の中、私とカメリア、シルバーナ様を乗せた誘拐犯の馬車はひた走っていく。
シルバーナ様が襲われ、カメリアが馬車の中に連れ込まれ、私とロジーも捕まってしまい。
皆手を縛られ、目隠しをされたわ。
猿轡もされるかな?と覚悟していたけれど、何故かされなかった。
「手を出すなよ?お上の指示だ。
従わねぇと殺されるぞ?」
「へぇへぇ。わーってらぁ」
何も見えないので男性がどんな容貌をしているか分からないわ。
この人たち、昨晩お酒でも飲んだかな?といった匂いがする。
流石にヤニの臭いはしないわね。こっちだとタバコも高級品だからね。
しかし、何処に向かうというの?
一体、誰がこんな事を仕組んだのだろうか?
とはいえ、ドルンゲンの王侯貴族や派閥に詳しい訳でもないしなぁ。
「あら、貴方。少し訛りがあるわね。
察するに南の方かしら?
確か叔父様の領地の辺りの……」
「……喋るんじゃねぇ!
くそ、余計な口を聞きやがって。
お前も人質なんだから大人しくしていろ!
転がされてぇのか?!」
「ふん。無礼者が。
ワタクシを誰と心得ているのです?」
「あぁん?容赦しねぇぞ?
お貴族のお嬢さんだろうと、皇后候補であろうとなぁ?」
「あらあら。なんて気の小さいこと。
そこの庶民出身の光の聖女とは違って、ワタクシはドルンゲンの旧王家の血を引いておりますもの。
さぞかし、交渉材料としては有益なのでしょうね?」
そうシルバーナ様は嘲笑う。
「光の聖女?!
ローズベルに現れたって話じゃ?」
そう驚愕の声を上げるや否や、男たちは足音を立ててロジーから距離を取る。
あぁ、これはシルバーナ様なりの心遣いだわ。
ロジーが光の聖女である事をあらかじめ明かし、下手な危害を加えないように先手を打ってくれたのか。
「そこの黒髪の侍女のお嬢さんも、アルヴェイン帝のお気に入りなのよ?
皇后候補の青薔薇の聖女を差し置いてね。
アルヴェイン帝は残忍で恐ろしい方。
もし彼女に手を出したら……貴方は一体どうなる事かしらね?」
まるでおかしな話でもするかのようにコロコロと笑うシルバーナ様。
シルバーナ様が完全に何かされるフラグを封殺したわ。
……お見事だわ、恐れ入ります。
「……このアマ……!」
「手を出すなって言っただろうが!」
その一喝で、誘拐犯の下っ端は黙り込んだ。
「あら、殊勝なこと。賢明なご判断ですわね。
もっとも、寿命を数時間延ばしただけで、命までは助かる保証はないのですけれど。
だってあのアルヴェイン帝の寵妃を誘拐したのですからね。
貴方の処刑はどうなる事かしら、見ものだわ」
それにしても、ロジーまで捕まったのは手痛いわね。
彼女が上手く逃れてくれたなら、すぐに助けを呼びに行けたのに。
カメリアが私の耳元でささやく。
「……エリーゼ様、こんな奴らすぐにでも蹴散らして見せます」
「……駄目よ、これは逆に好機かもしれない」
シルバーナ様はこっそりと耳打ちするわ。
「……御者は表に1人、中の監視は2人。
後方の見張りは……居眠りしていますわね。
規則正しい呼吸音。唾を飲み込む様子も無く、時折イビキをかいておりますもの。
全く、役に立たないこと」
ふん!とシルバーナ様は鼻を鳴らし。
「……このまま奴らの拠点に潜り込みましょう。
暴れるならそっちの方が好都合でしょう?
カメリア、行けるわね?」
「……その策、嫌いじゃないわ。乗った。
貴方の手足となり、存分に暴れてみせましょうか」
「……でも、暴れた所で多勢に無勢よ。
それに、すぐに助けが来るかどうかまでは分からないわよ……?」
すると、ロジーがしれっとこんな事を口にしたわ。
「……大丈夫です。きっと……いえ、そろそろ気がつくはずですから」




