第二部・カミーユ・ロダン・グレイル卿にお会いしました。
石造りの街道を、馬の蹄の音と車輪の音が進んで行く。
私は一人、お忍びである人物に会うべくここまでやって来た。
馬車が止まったのは、ある地方の修道院の前。
馬車から降りて、教会に入ると案内役のシスターが待っていたわ。
「お待ちしておりました。
青薔薇の聖女、セルシアナエリーゼ様。
どうぞこちらへ」
女性なのに精悍な顔立ち。
去年の彼女とは大違いだわ。
「お久しぶりね。レダ嬢」
「その呼び方はお止め下さい。
家を出て身分を捨て、名前も変えたのです。
私は、今やただのシスターレナですから」
「危険な戦場での魔法医療班の一員として、駆け回って活躍されていると聞いたわ」
「あの方に、無理やり厄介なお役目を押しつけられただけですよ。
そのおかげで、世間というものがようやく知れました。
世間の醜いものも、美しいものも、この目で見てきました。
結局、お母様が言っていた程、酷くも残酷でもなかった」
「……変わったわね、シスターレナ」
「ははっ!皆にそう言われます。
シスターと言うより軍人みたいだと。
学園にいた頃は安全な籠の中の小鳥で何もわからなかった。
ただただ浅はかでワガママ、自己承認欲求ばかりだったあの頃とは違いますよ。
本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。セルシアナエリーゼ様。
ローズティア様にもそうお伝え下さい。
こちらの方が仕えしている神父カミーユ様です」
案内されて連れてこられたのは、教会の中庭。
そこに差し込む光の中に、ひとりの青年神父がいた。
黒髪を整えた、まだ若い男。
しかし彼の脚は動かず、車椅子に座っているわ。
以前ヨハン君が話していた通りね。
グレイル家は、ドルシュキー家の手の者に襲われたのだと。
かろうじてカミーユ様だけは生き残ったものの、自力で歩くことも、立つこともなくなってしまったと。
その後ろには、教会騎士のハンスさんが控えていた。
私は思わず小さく息を飲む。
「カミーユ・ロダン・グレイルと申します」
神父様は穏やかな微笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「このような不自由な身の上ですが、青薔薇の聖女様にお会いできて光栄です」
私は慌てて手を振って否定する。
「いいえ、私はまだ聖女と呼ばれるほど立派な者ではありませんし……」
「ご謙遜を」
カミーユ神父は柔らかく言った。
「しかし、キャルロット公爵令嬢もさぞ驚かれたでしょう。
魔力無しと嘲られていた娘が、ある日突然、青薔薇の聖女だと称えられるのですから」
私は少しだけ顔をしかめたわ。
なぜそんな話をするの?
するとカミーユ神父は、くすりと笑う。
「我が家も似たようなものなのですよ」
彼は指先で自分の胸元を軽く叩いた。
「グレイル家。
この名は聖杯に由来しています」
「聖杯……?」
「ええ。
遠い昔、我が家はね。かつて光の聖女を輩出しました。ホーリーグレイルと讃えられていた聖女でした」
私は驚いて声も出なかったわ。
「そして、その聖女に仕えた聖騎士がいた。
我々は、その末裔です」
「ですが、光の魔力は王族と教会が管理するはずでは?」
「その通りです」
カミーユ神父は肩をすくめた。
「ただし、何事にも例外というものがありまして」
カミーユ神父の少しだけ声が低くなる。
「魔力が枯れたり、子孫に魔力がなければ手のひら返しですよ」
私は押し黙るしかなかったわ。
「おかげで、子孫の我々は自由になれました。
聖女の家系でありながら、聖女にはなれない。
実に便利な立場ですよ」
その言い方は、どこか皮肉に満ちていたわ。
「善良、誠実、責任感。
グレイル家の評判はだいたいそんなところでしょう」
カミーユ神父は笑う。
「人っていうのはね、厄介なものですね。
そういう分かりやすい言葉じり、見た目、権力や地位などの印象だけで相手を判断するものです。特に短絡的な方は。
性格や潜在的な能力、人柄や振る舞いなど時間をかけて個人を知ろうとするのは観察力のある方、思慮深い方ぐらいなものですよ」
車椅子の背もたれに軽く寄りかかりながら続ける。
「真面目な家柄。
真摯で気弱そうな青年。
温厚で反抗しそうにない人柄。
世間知らずで操りやすそうな貴族」
カミーユ神父の目が、ほんの一瞬だけ鋭く光った。
「すると面白いことが起きます」
静かな声。
「国に仇なす者たちが、勝手に寄ってくるのですよ」
私は思わず言葉を失った。
カミーユ神父はうなずく。
「そんな不穏な輩を始末するのが、我々の役目です」
「今代の光の聖女ローズティア様は、実の妹に利用されそうになっていたのでしょう?」
私は一瞬、言葉に詰まる。
「そういう不逞の輩を始末する。
それがグレイル家の伝統でした」
遠い目をしてカミーユ神父は静かに言った。
「世間には聖女を守る聖騎士の家。
そう語っておけばよろしい」
そして、少しだけ口元を歪める。
「実際には、もう少し汚れ仕事が多いのですがね」
沈黙するしかないわ。
「そういう訳で」
カミーユ神父はさらりとおっしゃる。
「我が家の数代前の当主は、国の諜報機関に関わっていました。
まさか僕の代で復帰する事になろうとはね」
私は思わず口を開いた。
「……そんな滅茶苦茶な」
「僕もそう思いますよ」
カミーユ神父はどことなく楽しそうに笑う。
「それだから、ドルシュキーにもドルンゲン帝国にも狙われる」
ハンスさんが一歩前へ出て、封筒の束を差し出す。
分厚い書類。
いくつもの国の地図。
暗号のような記号が書き込まれた古い手紙。
「教会と、我々グレイル家の手の者が掴んだドルンゲン帝国の情報です」
私はハッとしてカミーユ神父を見つめると、彼の表情が引き締まったわ。
「極秘の内容も含まれます。
持ち出しは禁止。他言無用で。
ここで全て頭に叩き込んでください」
カミーユ神父、いえ、グレイル卿はまっすぐ私を見て。
「決して口外なさらぬよう」
にこやかに微笑む。
「これが貴方の生命線です。
僕たちを上手く使いこなして、ドルンゲンを手なづけてください」
その瞳には、静かな知性と、どこか危うい光が宿っていた。
「ねぇ、親愛なる青薔薇の聖女様?」




