第二部・隣国の狂帝から求婚状が元悪役令嬢に届きました。
あの衝撃の仮面舞踏会から一夜明けた。
私は結局、一睡も出来ずに一晩を明かしたわ。
リオもお屋敷に戻って来る気配も無かった。
いつも隣にいてくれたのに、どうしてこんな事に。
リオがくれた婚約指輪を付けて、キスしてみるわ。
あの日の温もりがまだ指輪に残っているようで、少し安心したわ。
フィオナ国王陛下に朝イチで王宮に呼び出されたわ。
事の次第を知ったロジーが。
「アタシもついて行きます。
こんなエリーゼ様、放っておけない……!」
と、強引についてこようとしたけれど。
「ロジー、貴方は今日教会に入る日でしょう?」
「そもそも光の聖女が前線に出ようとするんじゃない!」
と、アニータとヨハネスに至極真っ当な理由で止められていたわ。
流石に、王宮に向かう馬車の中で少し微睡んでしまったわ。
夢のなかで、ずっと私の頭を撫でてくれる優しい手があった。
「馬鹿な人だな。僕なんかのためにこんな無茶ばかりして……」
ゲームのリオネル様の声にそっくりだった。
なのに。
「……ずっと私の側にいてくれたリオに会いたい。
会いたいよぉ」
目を覚ますと、馬車の中には誰もいなかった。
私の頬には涙が一筋。
馬車が止まる。目的地に着いたのね。
私はため息をついて涙を拭く。
馬車の中から降りて、独り王宮の正門と城壁を見上げていた。
王宮の小謁見の間に入ると、一睡もしていないであろうフィオナ新国王陛下が憔悴していたわ。
「セルシアナエリーゼ。
昨晩の仮面舞踏会で、君は一体何したのかな?
ここ数日行方不明になっていたお母様が、仮面舞踏会の噴水で見つかったそうだね。
それに、ドルンゲン帝国の狂帝アルヴェインからセルシアナエリーゼ宛に、求婚状来たんだけれど?」
ああ、嘘でしょう?夢であって欲しかったわ。
こんな展開知らないわよ。
何故前作の悪役令嬢の元に、次作のボスキャラ狂帝アルヴェインからの求婚状が届くのよ?
私は恐る恐る口を開く。
「申し訳ありません。
謎のおじ様と仮面舞踏会で一回踊っただけで……
それより、リオは王宮に来ていませんか?
ヴェロニカ元王妃様の容態は?
仮面舞踏会に行ったきり行方が分からなくて」
フィオナは額に手を当て、空を仰ぎ見て呟きましたわ。
「……してやられた。
あの狂帝、そういう事するから。
ヴェロニカ母上は王宮で治療している。
峠は越えたけれど、衰弱している上にショックが大きかったからか軽度のパニックを起こしてね。
……母上は元々あまり魔力もなく、魔法も不得手だったんだ。
そのせいかな、魔力量を増長させるために錬金術の禁忌に手を出していてね。
あのエーテル触媒は……恐らくは狂帝の差し金だろう。
リオネルは早馬でドルンゲン宮殿へ連れ去られたそうだ。
ヨハンとロナウドから報告が上がっている」
フィオナ新国王陛下はため息をついて。
「フレデリクお父様の口癖も嘘ではなかったのかもな。
『狂帝アルヴェインは尋常ではない。
狂った闇魔法使いが編み出した魔導人形を手に入れ、解析し増産しローズベルを狙っているとの情報もある。
だから、何度も申しておるであろう。
処刑塔の魔導砲で薙ぎ払うべき』だと」
フレデリク王の懸念の通りだわ。
相変わらず、砲弾の魔力に使われる私の命を考えていない暴論だけれどね。腹立つわ。
「こんな事になったのは、私が青薔薇の聖女だから?
光の聖女ではなく?」
「おそらくは。
君は現代に二人といない青薔薇の聖女だ。
青薔薇の聖女は建国伝説の時代の国母。
桜子ひいおばあさま、セルシアナエリーゼ、この三人だけだ。
光の聖女は、出現頻度が意外と多いんだよ。
だからこそ希少な青薔薇の聖女を、アルヴェイン帝はあえて狙っていたのだろう。
……青薔薇と光の国であるローズベルと、まだ若い王である私の威信を奪いたいのだろうね。
全く狡猾な事だ」
「もし、私がドルンゲン行きを断ったらどうなります?」
「……戦争になる」
そんな、嘘でしょう?
その時だった。
「青薔薇の聖女め!ヴェロニカ様の仇だ!お覚悟!」
乱入してきた兵が一人。
それを若い女性が止めたわ。
「峰打ち御免!」
物凄い速さで振り下ろされたのか、刀の太刀筋見えなかったわ。
頚椎の辺りを刀の棟で打たれたみたい。
うわっ痛そう……。
「御前を騒がさせました。
宮中にネズミがおりました故、ご容赦を」
そう頭を下げて、刀を鞘に収めたのは。
「カメリア?!何してるの?」
紅い瞳、黒い髪をまとめ上げたカメリアだわ!
メイド服ではなく、流石にドレス着ているけれど。
その様子に慌てて、お父様が現れたわ。
「こらこらカメリア!
一応ローズベル王宮は抜刀も魔法戦も禁止だよ!
そもそも、どこに武器を隠していたんだい?」
「公爵様はお優しいことで。
わたしが切らねば誰が処分します?」
お父様はため息をついて、フィオナ新国王陛下に向き直り。
「お見苦しい所をお見せしました。
フィオナ新国王陛下、セルシアナエリーゼ。
お客様がお見えになっています。お目通りを」
「……流石カメリア。手際が良いね」
アレクセイ様はニコニコと営業スマイルを浮かべているわ。
ベルフェッティ様は頭を抱えている。
警戒を解かずにカメリアは、顰めっ面をして辺りを見回しているわ。
何かと思ったら、開口一番ベルフェッティ様は。
「フィオナ新国王陛下!
キャルロット公爵令嬢!
大変申し訳ありません。
憎きドルンゲン帝国のアルヴェイン帝にしてやられました。
……まさか単身で、仮面舞踏会に入り込んでいたとは」
土下座でもするのかって勢いで謝られたわ。
「いえ、我々ドルンゲン側も注意するべきでした。
アルヴェイン帝は、何をなさるか予想もつかないお方ではありますが……
そこで、フィオナ国王陛下。
どうか私たちヴェネティアの秘密結社、ヴェネティアの影……サルヴァ・ノクスと秘密の協定を結んでいただきたい」
「どういう事だ。
何を企んでいる?
アレクセイ将軍、ベルフェッティ氏」
ベルフェッティ様が姿勢を正して説明に入るわ。
「……本題に入りましょう。
ヴェネティア共和国はドルンゲン帝国の猛攻により、占領され、帝国の属国と化しています。
我々の秘密結社は、ドルンゲン帝国に占領されたヴェネティアを取り戻したいのです。
その前段階の作戦として、情報や協力者を集めつつローズベル王国に入り込んだドルンゲン帝国の密偵を始末しておりました」
ああ、だからカメリアはあの仮面舞踏会で北方の軍人を始末していたのね。
代わってアレクセイ様が発言する。
「ドルンゲン帝国は強大とは言え、一枚岩ではありません。
ドルンゲンの将軍の僕とて、皇帝陛下に思う所があるのですよ……
領地と父を焼かれ、母を奪われたのなら、なおの事ね?
セルシアナエリーゼ嬢にも、アルヴェイン帝の婚約の話が来ているのでしょう?
なら話は早い。我々の皇帝暗殺計画にご助力して欲しいのです」
今、なんとおっしゃいました?父と故郷を焼かれた?
そんな設定、ゲームにあった?
顔色一つも変えずにアレクセイ様は物騒な話を続かるわ。
「まず、暗殺代行を営んでいた、カメリア。
君にアルヴェイン帝暗殺をお願いしたい」
狂帝暗殺?!
何ということを言い出すの、この将軍は!
「カメリア、君はクルティザンヌに扮して暗殺業をしていた時期もあったのだってね?
なら、なおのこと心強い。
セルシアナエリーゼ公爵令嬢にも、この暗殺計画へのご協力をお願いしたいのです」
カメリアは、たじろぎながらも反論する。
「正気ですか?アレクセイ様?!
このような場所でなんて事を!
何故そんな情報を……!」
「その事についてはもう調べがついているよ。
クルティザンヌになろうともして、お客も付かず鳴かず飛ばずの閑古鳥だったのだろう?
それで、見るに見かねたベルフェッティ氏がお抱えの暗殺者として雇い入れたのだろう?
でも、そんな君ならアルヴェイン帝の毒牙に罹らず、躱して上手くやれるはず」
カメリアは顔を青くして、ワナワナと震えだした。
「……ベルフェッティ様、何故喋ったのです?」
「ごめんよ。アレクセイ将軍の圧が強くて……」
カメリアにきつく問い詰められて、あっさり白状するベルフェッティ様。
……まあ、向いてないわよね。
カメリアはクールというか、時折無愛想だもの。
「あらまぁ。
私の侍女カメリアをイジメるだなんて悪趣味だわ。
乙女の過去を調べ漁るなんて、無粋ですこと」
「おや、お優しい事だ。キャルロット公爵令嬢。
普通の淑女なら嫌がると思いますが」
「過去や経歴なんてどうでもよろしいでしょう?
今のほうが余程重要だわ。
カメリアは立派な女性よ。
ねぇ、カメリア。嫌なら断っても……」
しかし、カメリアは首を横に振った。
「いえ、わたしはお受けします。
アルヴェイン帝は、父を切り、屋敷を焼き払ったわたしの家族の仇ですから。
……それで報酬は?高くつきますよ」
アレクセイ様は然り、と微笑む。
「君の言い値でいいさ。
なんなら、僕の人生をあげよう」
重い!それって、結婚って事?!
と、叫びたいのを飲み込んで、事態を見守る。
カメリアは静かにかわして。
「……ご冗談を」
私の目の前で、推しカプが殺伐とした会話を繰り広げている。
その光景に脳が焼かれそうになっている私であった。
「セルシアナエリーゼ嬢、ドルンゲンでも我々が御身をお守りします。
また、リオネル王子を助け出す算段も整えてございます。
ですので、どうか我々にご協力を」
「協力って?具体的には何をすれば?」
「我々が、アルヴェイン帝を暗殺するまで。
アルヴェイン帝の気を引いておいて欲しいのです
出来るなら、情報収集も兼ねてくださればありがたいのですが」
「……つまり、私にスパイの真似事をやれと?」
「お願い出来ないでしょうか?」
「私にはリオという心に決めた婚約者がいますわ。
なのにドルンゲンの将軍閣下は、私の籍を汚せとおっしゃるの?」
するとカメリアがため息をついて。
「……分かりました。
お嬢様の代わりに、私がアルヴェイン帝に嫁ぎます」
ゲーム通りの展開になったわね。
一安心だ、と思った矢先。
「それは無理があるだろう。
セルシアナエリーゼは顔を見られているのだから、余程似ている容貌出ない限り、替え玉は不可能だ」
フィオナ新国王陛下は空を仰いで嘆息する。
この世界は、どうしても私を巻き込みたいようね?
「ならば、わたしがアルヴェイン帝の妾となります。
狂帝をクルティザンヌの技術で誘惑し、セルシアナエリーゼお嬢様に一切手出しをさせない……というのはいかがです?
お嬢様はあくまで形だけの皇妃候補として、皇帝の隣に座っているだけ。
あくまでも白い結婚で……
いえ、結婚式までにカタを付ければ傷は付きませんよね?」
「カメリア!?何を言い出すの!」
この子、本気であの皇帝を暗殺するつもりでいらっしゃいますわ?!
「もとより、セルシアナエリーゼ嬢には一切触れさせないつもりですよ」
アレクセイ様は不敵に笑った。
「危険すぎる。駄目だ。それはいけない。
セルシアナエリーゼにも、カメリアもだよ。
年若い娘にそんな事させられない」
お父様は相変わらず良識的ね。
「ローズベル王国としては、王族の血を引く公爵令嬢が隣国に嫁いでくれるのはありがたいけれど。
……ただ、相手が狂帝アルヴェインではねぇ」
フィオナ新国王陛下は苦笑いする。
それに対してお父様は。
「セルシアナエリーゼが修道院に入ったとか、急病や急死を偽装して逃がす方が良くないかな?」
多分ここで私が断れば、本来のゲームシナリオ通りに話が進むはずよね。
でも、一つだけ懸念がある。
「……もし私がドルンゲンに行かなければ、リオはどうなるのでしょうか?」
しん……と静まり返る小謁見の間。
沈黙を破ったのはアレクセイ様だった。
「そうですね。
アルヴェイン帝にとっては、良くて都合の良い傀儡の後継ぎ、悪くて……闇魔法の兵器、かな?」
「私が行かない場合の、リオを確実に助けられる確率は?」
「下がるでしょう」
「……でしょうね。
あー、ここまでやられっぱなしなのも癪だわ。
いいでしょう。
アルヴェイン帝の暗殺及びリオネルの奪還作戦、私もお手伝いしますわ」
「セルシアナエリーゼお嬢様!お辞めください!」
「もう決めたの。
リオを取り返すまで私、引きませんわよ?」
「……ああもう!どうなっても知りませんよ?
アレクセイ様、一つ条件があります。
護衛にキャルロット公爵邸の庭師、ヨハネスを付けてください。
腕の立つ者です。必ずお役に立ちます」
「……ああ、構わないよ。君の協力者かな?」
「ええ、そんな所です。
馬車の従者としてついてきているはず。
ヨハネスを呼んで下さい。今すぐに」
しばらくして、ヨハネスが小謁見の間に入って来たわ。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
アレクセイ様は、一瞬驚いたあと、急に険しい顔になって。
「……君がヨハネスか?昔、会った事あるな?」
一方のヨハネスはしれっと。
「おそらくは戦場では?
従軍聖職者として働いていた事がありますので。
……何故この場にセルシアナエリーゼお嬢様までいるのですか?まさか」
私は興奮のあまり、息がうまく出来なかったわ。
ヨハネスってやっぱり次作の攻略対象キャラの、ヒロインの護衛騎士ヨハネスだったのね!
あのヒロイン・カメリアとヨハネスの伝説の駆け落ちエンドは多くのファンの心を奪いましたわ。
前世の私はただ一点、アレクセイ様からヒロインを奪わなければ最高だったな。と思いました。
くぅ……!推しカプの三角関係……!
生で摂取出来るなんて最高だわ!
だが、私はアレクセイ様とカメリアの2人の幸せな行く末を見守る壁になりたい。
いや、2人を祝福するキラキラエフェクトの空気になりたい。
でも形だけとはいえ、ドルンゲンの皇妃候補に……だなんて。正直怖いし不安になるけれど。
……いえいえ。アレクセイ様とカメリアの推しカプ+ヨハネスの実況中継したさに、ついて行くんじゃないんだからね?
待っていてね、リオ。ドルンゲンの宮殿だろうと、北の果ての荒れ果てた城だろうと。
貴方が何処にいようと、必ず私が迎えに行くから。




