第二部・仮面舞踏会で求婚され、事件が起こりました。
※R15、残酷表現あり!
「青薔薇の聖女セルシアナエリーゼ。
是非とも我がドルンゲン帝国の皇后に」
仮面舞踏会の夜、ドルシュキー家のボールルームで。
ダンス相手のアルヴィと名乗るおじ様のその言葉に、私の背筋が凍りついたその瞬間。
私の手を引いて、私とアルヴィと名乗る人物の間に割って入ったのは、白獅子将軍アレクセイ様ですわ。
チラリとカメリアの方を見ると、眉をひそめて息を呑んだのが見えた。
アレクセイ様は気不味そうだけれど、姿勢を正して優雅に会釈をする。
「……アルヴィ様、お久しぶりです。
どうしてこの様な催し物に?」
アレクセイ将軍が敬称、敬語で話しかけているですって?
やはり、このアルヴィと名乗る人物は只者ではなさそうね。
「おお、アレクセイか。
何、たまには見聞を広めるのも良いと思ってな」
「しかし、貴方様は……!」
おじ様は涼しく笑って。
「仮面舞踏会では貴賎を問わないのだろう?
ならば地位や敬称は不要。
いい加減貴様も、女と遊ぶ事を覚えたらどうだ?
白獅子の二つ名が泣くぞ?アレクセイよ」
「結構。僕には心に決めた女性がおりますので」
「ふん。全く、面白味のない男だのぅ」
「面白味が無くて結構。
僕には、貴方のように高貴な女性と遊ぶ必要はないので」
「……こやつめが。生意気になりおって」
アレクセイ様?高貴な女性と遊ぶって何事なの?
アルヴィおじ様に何をおっしゃっているの?
それに何故、アレクセイ様はアルヴィおじ様を憎悪の目で睨みつけているの?!
「……お逃げ下さい、お嬢様。
わたしが時間を稼ぎます」
耳元で女性の囁き声がした。
「まぁ!アルヴィおじ様じゃない!
なんて偶然なの?運命かしら!
ずっとお会いしたかった!」
アルヴィ、と呼ばれた男性に抱きついてきた若い女性。
よく見るとカメリアじゃないの?
「カメリア嬢ちゃん!
カメリア・バートン!
ワシの元副官だったマーク・バートンの孫娘じゃないか!
探したのだぞ!大きくなったなぁ。
美人になりおって!元気にしておったか?」
「ええ!
おじ様もお変わりなく……
いえ、ますます素敵になられて!
なのに、アルヴィおじ様ってば酷いわ。
私を放っておいて、美しい大貴族のお嬢様とばかりかまって!
もう!妬けてしまいますわ」
いや、そのアルヴィンって名前は偽名よね?
「ねぇ、アルヴィおじ様!
そんな事より踊りましょうよ!
この仮面舞踏会には、ヴェネティアで一番の美女で有名なあのエスメラルダス叔母様も来ていらっしゃいますわ!
ほら、向こうの噴水のフロアに!」
そう言ってアルヴィと呼ばれた男をグイグイと引っ張っていくカメリア。
まるで、私から引き離してるようだわ。
「さあ、セルシアナエリーゼ嬢。
僕たちも踊りましょう」
「アレクセイ様?!
でも、リオが」
「……お静かに。
一刻も早く、この仮面舞踏会から立ち去るべきですよ。
貴方は、誰に目を付けられたとお思いですか?」
その次の瞬間。
突然、シャンデリアが揺れ、悲鳴が聞こえた。
仮面舞踏会の会場の中心、噴水が作られている。
その噴水には、スミレやポピーなど花が浮かべられているのだが、そのあたりだけ人が集まり出したわ。
「セルシアナエリーゼ嬢、見てはなりません!
傷になります」
アレクセイ様が私を引き止める。
悲鳴を上げ、それでも集まる人々の隙間から見えたのは。
噴水の中で、横たわるドレス姿の妙齢の女性。
黒い、喪服の様なドレスに、外れた仮面。
妙に青白い肌で、目は虚ろなまま。
肩や胸が動いていないように見えるけど、ちゃんと息してるの?!
ヴェロニカ元王妃だ。
あの舞踏会事件で幽閉されているはずの元王妃様が、黒百合と赤い薔薇を搔き抱いて横たわっていたのです。
その赤い薔薇は、ボウ……ッと独りでに燃え上がる。
だが薔薇は炭化せず、次第にどす黒く変色してゆく。
黒薔薇だったものは徐々に銀色の液体に変化していき……。
これって、学園の授業で危険なエーテル触媒の1種じゃない?
一時的に魔力を増幅させるからって、服用する中毒者が絶えないヤツ!
ウチの国では使用禁止されているはずじゃないの!
まさか、ヴェロニカ王妃が……?
それよりもこのエーテルの触媒はたしか、毒性が強く気化しやすいから、神学魔法の硫黄の火か、特別な凍結処理が必要だったはず!
「皆、噴水から離れて!
全て凍てつく氷結よ!
アブソリュート・チル!」
なるべくピンポイントで、難易度の高い凍結魔法を発動させる。
即座に危険なエーテル触媒と大気中の水蒸気が凍り付く。
凍った蒸気がシャンデリアの光に当てられて、ダイヤモンドダストとしてラキラしているわ。
ふぅ。なんとかヴェロニカ王妃まで凍らせずに済んだみたいね。ノーコンからの卒業である。
何故か凍結した危険なエーテル触媒から、氷の薔薇の結晶が咲いたけど、これは青薔薇の聖女の魔法のデフォルトらしい。
パリンッ!……と、念の為に身に着けていた、アクアマリンのタリスマンが砕け散った音がしたわ。
うわー、結構高かったのな。もったいない。
「近寄っては駄目!触るのも禁止よ!
まだそのエーテル触媒を封じきった訳じゃないわ。
確か地獄の灰が必要だったはず!
至急、宮廷魔法使い達の特別処理班の手配を!
すぐに元王妃様に解毒と治癒魔法を……!」
あまりのおぞましさに、背筋が凍りつきそうよ。
思わず叫びながらも、私もその場で倒れそうになってしまった。
駄目です、出力魔力切れですね。
その様子を目撃したカメリアは、アルヴィと名乗った男に抱きついて。
「きゃー!怖いわ!おじ様!」
カメリア?
おじ様に縋り付いて、その場から動けないようにしていない?
アルヴィと名乗った男だけは、妙に落ち着きを見せるどころか、薄ら笑いを浮かべて。
「はは……ヴェロニカか、馬鹿な女だ。
非力なくせに強欲に権力など求めて……
我が娘リリーに手をかけなければこんな思いはせずにすんだろうに」
この人、何て事をおっしゃるの?!
ふと、カメリアとアレクセイ様の視線が絡み合う。
「……今だ、このどさくさに紛れてターゲットのこの男を!」
「……早まるな、カメリア。今ではない」
……みたいな雰囲気ね。
いえ、これはアイコンタクトかしら?
混乱のさなか、ひときわ男性の通る声が詠唱を始める。
「私はアルファでありオメガである。
乾いている者には命の泉の水を。
勝利するものにはこれらを。
忌まわしき者、偽りを言う者。
彼の者らには地獄の責め苦を。
ファイアーアンドブリ厶ストーン」
これって神学魔法の詠唱?!
すると、凍結したはずの水銀が青い炎に焼かれて、赤い粉に還ってゆくわ。
「セルシアナエリーゼ様!探しましたよ!
いやぁ、懐かしいな。こんな所でお会い出来るとは!
何年ぶりでしょう。俺の事覚えていますか?」
そう言って、私の手の甲に口づけしてきた仮面の青年が一人。何処のどなたよ?
いえ、ブラックパールの様な髪色、鋭い銀の瞳。
やけに通るアカペラのこの声、この背丈に、陸上競技選手の様なしなやかな身体つき、見覚えがあるわ。
って、ウチの庭師のヨハネスじゃない、
どうやってこの会場に入り込んだの?
「……おや、どうしましたか?
セルシアナエリーゼ様。
気分が悪いですって?」
ヨハネスは手慣れた様子で腰に手を回して私を抱きかかえるわ。
「きゃ!ちょっと、ヨハネス!」
こんな手慣れた女の人の扱い方を、一体何処で覚えて来たの?!
「それは大変だ。今すぐ帰りの馬車の準備を!
……アレクセイ様。
後始末は任せますよ」
と、わざとらしく騒ぎ立てて、私を会場から連れ出してくれた。
外に出ると、ヨハネスが耳打ちして。
「……セルシアナエリーゼお嬢様、こちらの馬車に。
すぐにお屋敷にお戻りを」
そう言って、ウチの馬車の中に放り込まれたわ。
「屋敷へ。出せ」
ヨハネスはすぐさまコーチのドアを閉める。
「……そんな!リオとはぐれてしまったの。
探さないと……!」
「いけません!
この舞踏会は危険です。
あの御老体、どなたかご存じですか?
あれは北の軍事大国、ドルンゲン帝国の……。
……うぅ、胃が痛む。
いえ、今はそれどころじゃありませんね。
こちらの手紙が先ほどお屋敷の旦那様に届きました。
お嬢様、すぐにお読みください」
お父様への手紙を、私に読めというの?
思わず封書を開けてみると。
『わがアルヴェイン・ドルンゲン皇帝の孫。
皇位序列第一位リオネル・ドルンゲンを帝国宮殿へお迎えに上がりました。
返して欲しくば、青薔薇の聖女セルシアナエリーゼ・フォン・キャルロットをドルンゲンの皇后として差し出すよう』
どうして?一体、何が起きているの?
まさか、あのアルヴィと名乗るおじ様は……ドルンゲンの皇帝!?
「……!あのクソジジイ!ふざけんな!」




