18
――夏休みも残りわずかとなったある日
カレンダーでは、始業式まであと1週間と書かれている。本州では夏休みは40日と聞いているが、こっちは25日しかない。
「ちょっと思ったんだけど、あんた私たちと樹ちゃん以外友達いんの?」
偉そうに告げるのはボス、光である。
「いるわ――」
いませんでした。
「まあまあ、宿題もやったし、問題ないじゃん」
笑って言うのは空である。今日からお祭りのせいか、水色を基調とした、大きな青い大輪の花が描かれた浴衣を着ている。
「ま、ほとんど私と鈴のおかげだけどね」
その点については、誠に感謝しております。自信満々に言う女子、光の姿は浴衣ではない。黒いキャミソールに、ワインレッドのフリルスカート、ラメの入ったハット、手にはごつい腕輪をしている。茶髪の髪が特徴で、本人は生まれつきと言い張っている。それに、化粧をあまりしない空と違い、メイクをバッチリしている見た目は完全にギャルなのだが、成績はこの中で1番、クラスでも上位らしい。
「お世話になりました」
俺は一言礼を述べると、光は「じゃあそれ、いますぐ返せよ」と言ってきた。
「借り? いくらだ?」
5000円までなら泣く泣く出そう。宿題を一人でやる苦労を考えれば、安いものだ。俺はポケットから財布を取り出し、金を出すそぶりを見せた。
「祭り、行こうぜ」
親指を立て、元気に告げるのはやっぱり光。
「は?」
借り返すんじゃないのかよ
「私、鈴、光、樹ちゃん。あんた含めて5人、喜べ、美女が4人のハーレムだぞ。それに、鈴と空は浴衣美少女!」
自分で美女って言うなよ……まあ美人だけど。鈴の方を見ると、鈴は桃色の浴衣を着ており、桜の模様が可愛さを、鈴の肌の白さを引き立てている。
「あ、あんまり、見ないで」
「鈴、その浴衣似合ってるな」
「え!?」
驚いた表情の鈴に対し「自分も褒めろー」と、持っていた巾着を空は俺にぶつけてきた
「借りは、その金であたしらになんか奢ればチャラにしてやるよ」
男前にそう発言する光に、思わず姉御と呼んでしまいそうになった。なるほど、5000円分何かを奢れというのか。
「乗った」
「よし決まり。鈴も空も、そのほうが良いだろ?」
「な、何言って」
「そ、そうだよ……」
空も鈴も、なにやら慌てている。
「二人とも、こっち来な」
鈴と空を呼び、俺から少し離れて行った。「あんたはくんな。待ってろ」と言われたので、飼い犬のようにそこでじっと待った。途中で俺は近くを散歩していたおばさんのペットのコーギーに親近感を感じ、思わず撫でさせてもらった。けれど吠えられた……くすん。
「よし太陽、もう良いよ」
まるでペットのように、待て、良しと指示をされ、それに従ってしまう俺。なんだか情けない。けど不思議と不快感、不愉快さは感じなかった。調教!?
「あんたら、恨みっこなしだからね」
「うん……空ちゃん」
「鈴ちゃん……」
光になにやら発破をかけられ、二人は拳を作り、気合を入れていた。え、殴られるの?
「太陽」
光は俺と肩を組み、小さな声で耳打ちをした。
「優柔不断は許さないかんね」
は? 優柔不断?
「じゃ、あたしは行くから。あ、樹ちゃんも、お祭り楽しんでね。
樹は黙って頷いている。何だか今日は静かだな……母さんが着せたがっていた浴衣を着るのも拒み、出会った時と同じ服装をしている。
「じゃーねー」
「光、どこ行くんだよ」
光はこの場から去ろうとしている。
「私は私で用事あんのよ。ボッチのあんたと違ってね」
手をひらひらと振り、俺たちの下から去っていった。
「じゃ、行こ……」
鈴が俺の右手をつなぎ、空は俺の左手を掴んで離さない。
昼間と言っても、正午はすぎ、時刻は午後3時を回っている。
出店というものも、時刻が時刻、買い物帰りの子供連れや、部活動帰りの中学生や高校生で人が溢れている。
「樹、はぐれるなよ?」
焼きそばやたこ焼きにはしゃぐ様子もなく、今日の樹は俺の一歩後ろを黙ってついてきている。
流石に、空、鈴、樹。3人の女の子を連れているため、ちらちらと周りの人がこちらを見てくる。中には無謀にも樹や空にナンパをしようと声をかけたり、物で釣ろうとしてきたが、樹はそれに目もくれず、「散れ」見せものではない。それだけ言い、ナンパ男をあしらっていた。中にはしつこく樹の手を握ろうとする男もいたが、樹の今まで見たこともない、冷たく、まるで人を殺したことのある目のように、冷めた目でその男を見ると、その男も察したのかすぐ逃げて行った。
「やっぱりいるんだな……ナンパって」
「う、うん。光と一緒の時は、よく」
「やっぱり光って人気なのか」
光は美人だしな。それに、あのギャル系の容姿、ナンパ男も声をかけずにはいられないんだろう。
「鈴も可愛いのにな」
「わ、私なんて……」
鈴はそう言うが、俺の腕を強く握り、俯いている。最近分かったが、コレは照れ笑いらしい。
「ぶーぶー」
空は自分も褒めろと、口でブーイングしてきた。けれどどうも素直に褒めることが出来ず、俺は話題を変えることにした。
「なんか食べるか? 奢るぞ」
「そ、そうだね」
「樹は何が良い?」
「……シュークリーム」
残念ながら、出店にそれは無い。
「シュークリームは無いかな」
空は樹に話しかけ「コンビニ」で買う? と聞いていたが、樹はそれを「祭りだから遠慮する」と断った。
「じゃあ、あれにしない?」
鈴が指差したのはクレープ屋だ
「確かに、使っている材料は同じだな」
「ね? しかも、結構安いし」
確かに。祭りにしては、一つ300円程度と安い。俺は3人になにが良いかを聞き、屋台に駆けて行った。樹も手伝うと俺についてきた。
「チョコ1つ、イチゴ1つ、クリーム1つ、キャラメル1つ」
店員のおっちゃんにそう告げると、おっちゃんが「デートかい? いいねえ、可愛い子ばっかり!」 みんなを褒めてくれたので、ありがとうございますと礼を言った。おっちゃんはサービスサービスと、4つで1200円の所を1000円にまけてくれた。
「楽しんで行けよ」
おっちゃんはそう言い、次のお客、親子連れを相手にしていた。子どものクリームを増量してやると言い、子供を喜ばせていた。
「いい親父だったな」
樹に話しかけると、樹は黙ってチョコ味のクレープを食べていた。どうしたんだ、こいつ……
「はい、二人のぶん」
鈴にはキャラメル、空にはシンプルなクリームが通常より多めに入ったクレープを渡すと、そこは女子。嬉しそうに受け取り、「一口頂戴」「お返し」など仲良く食べている。
「……」
樹は相変わらず、俺たちから一歩引いた場所で俺たちの様子を見ている。何だってんだ一体。
その後も、たこ焼き一パックを4人で食べたり、かき氷でみんな頭がキーンとなり頭を押さえているのを見て笑いあったり、金魚すくいでは俺や空がすぐポイをダメにしたのに対し、鈴が10匹以上を掬うという意外な特技を披露するなど、わいわい盛り上がった。
「……」
そんな中どうも、変な奴が一人いる。
一緒にかき氷やたこ焼きは食べたが、遊びには参加せず、金の心配してるのかと聞いてもそんなことは無いと言うなど、樹の様子は本当に変だった。ただ一つ分かったのは、樹が俺たちの動き、行動をくまなく観察するように見ていたことだ。
前の相談が尾を引いているのだろうか。
「お主の悩むところではない。ほっとけ」
寝食を共にしてきて、それはないだろう。
「いつ――」
「にしても、祭りとはやはり楽しいのう。趣向を凝らした食べ物が所狭しと並んでおる」
「はー、食べたねー」
話を逸らしやがって、樹め。しかしここから話を戻すのも面倒だ。今出た話や世間話に話しをシフトさせ、空に声をかけた。
「そういや空、部活はいいのか?」
「今日は休み。顧問の先生も家族サービスの日なんだってさ」
そう言えばあの先生、子どももいると言っていたな……。
「あれ? でもそれだったら、部活の仲間からも誘われてるんじゃないか?」
「まあそれは、あはは」
断ってきたのか。
「じゃあここら辺にいるかもな」
「やばいなー、ばれたらからかわれるかも」
空はあはははと笑っているが、噂をすればなんとやらだ。鈴が「あの人……」と指差す先に、陸上部顧問がいた。そしてその近くの屋台には空同様に日焼けした体の女子が数人、わいわいと俺たちの様にタコ焼きをつついている。
「やばっ」
幸い、こちらには気づいてない様子だ。空は顔を合わせないようにと、こそこそ俺たちを祭りから外れた道、神社の方へ案内した。
「フ――、危なかった」
なにが危ないのか……。
「はぁ、はぁ」
鈴はいきなり走ったせいか、着物がきついのか、息切れをしている。
「あははは、今思えば、逃げる必要無かったかも」
ま、不純異性どうこう言う先生ではないから、空の言う通りかもしれない。
「とりあえずどっか座ろうぜ、飲み物買ってくるから待ってろ」
「あ、ありがと」
「気にすんな」
空に付き合っていたせいか、走ることに抵抗がなくなってきている。第一、この中で下駄じゃないのは俺だけ。スニーカーで走りやすいんだ。俺が適役だろう。
数分後俺は冷たく冷えた、水滴のついたペットボトルを抱えて空たちのいる神社へと戻った。ジュースを三人にそれらを手渡していく。
「あ、ありがと」
「サンキュー、太陽」
「すまぬな」
「気にすんな。それにしても、けっこう暗いな」
神社の周りは木で覆われて日が入りづらくなっているためか、まだ5時だと言うのに、もう9時を過ぎたように暗い。
「人もいないな……」
周りを見ると、確かに人の気配が一切しない。
「いるわよ」
俺の背後から、女の声がした
「うおぁ!」
びっくりして大声を上げて驚いてしまった。俺の声に反応したのか、木にとまっていたいたであろう鳥たちがバサバサと音を立てて飛んでいく。その姿に鈴が小さく悲鳴をあげた。
「しつれいね、ぼっち」
馬鹿にした言い方ではなく、あだ名のように俺をそう呼ぶ女は1人しかいない。
「光……」
鈴が俺より先に、その声の主を呼ぶ。
後ろを振り返ると先ほど別れた女子、手には小ぶりなリンゴ飴を持っている。
「ハーイ、元気?」
軽く俺たちに声をかけると「樹ちゃん、借りていい?」そう言って樹の手を引っ張り、またも自分勝手に、俺たちの前から消えていった。樹は樹で「中庸は理想論、現実は身を滅ぼす」と俺に告げ、光の手に引っ張られていった。
――あたりが静寂に包まれる。
先ほどのお祭りムードも、この神社の暗さ、静けさのせいか、影を潜めている。俺たちが黙っているなか、先陣を切り、喋り始めたのは以外にも空ではなく、鈴だった。
「私ね、空ちゃんが太陽君を連れて来た時、すっごく驚いたんだ」
鈴はまるでひとり言のように、太陽も雲も木で遮られた空を仰ぎ、喋り始めた。
「太陽君のこと、私、入学したころから知ってたんだよ」
「俺を?」
話題は俺のようだ。俺たちは神社の境内、石造りで、階段状になっている場所に座りながら、空はその下にハンカチを敷き座り、鈴の話に耳を傾けた。
「私ね、図書委員だったんだ。本がね、好きなの」
「ああ、それは知ってる。たまに見かけたし、利用もしていたからな」
「あの時借りてた本、何だか覚えてる?」
「いや、色々借りたし……」
金が無かった、色々なモノが欲しかった俺は、借りて読める本は図書館でと、節約していたんだった。今も。
「私は覚えてるよ。『夏への扉』」
「『夏への扉』?」
空は読んだことがないのか、首を傾けている。
「飼っている猫がね、寒い冬になると決まって、いろんなドアを開けて、夏へ続く扉を探しているの」
「ふーん」
空は理解していないのか、ただ相槌を打っている。こいつは本を読まないからな……
「で、太陽がなんでそんな本を読んでたの?」
「今は本好きでいろいろ読むが……なんでだっけ?」
小説はラノベ系ばっかり読んでいた気が……。
「そういえば……なんであの本を読んだんだっけ……」
鈴は嬉しそうに話を続けた。
「あれ、私が教えてあげたんだよ」
「そうだっけ?」
あまり覚えていない……
「あの日、いつも通り、本を読みながら図書番をしていたら、太陽君がぶらっと来たの」
鈴は懐かしいなあと、微笑んでいる。
『泣ける本は有りませんか?』
『泣ける本ですか?』
『ええ、それか、何かおススメの小説あれば、借りたいんです』
『だったら……これを』
「太陽君がそう言ったから、私が図書番をしている時に読んでいた本を貸してあげたんだ。それは図書館の本じゃなく、私が買った本なんだけど……ほらこれ」
鈴はそう言い、持っていた巾着から少し日焼けした本を取り出した。表紙は少し隙間の開いたドアを眺める猫の絵……思い出した。あれは、グループワークで名前をからかわれ、そんな些細なことで口論をしてしまった自分が情けなくなって、泣きたくなったんだ。
「思い出してくれた?」
「次の日、太陽君……また図書館に来てくれて、私にこう言ってくれたんだよ。『面白かった。教えてくれてありがとう。君は本が好きなんだね』って」
「だから私、また貸すね。って、違う本を貸してあげたの」
そうだ……忘れていた記憶が、鈴の言葉、話により思い出され、欠けていたパズルが徐々に完成していくような気がする。
「私が貸した小説、次の日太陽君『難しくて読めない』って笑いながら返してくれたこともあったよね」
そうだ、読んだけど内容が全く入らなかったこともあった。
「あの時、困りながら笑っている太陽君、なんだか可愛かったなぁ……ああ、一生懸命読んでたんだ。って、適当に読んでたら、そんなこと絶対言わないもんね。太陽君が本を呼んでいる姿を想像するの、けっこう楽しかったんだよ」
嬉しそうに鈴は語っている。隣を見れば、鈴の話を真剣な顔で空も聞いていた。
「けど、太陽君……図書館、来なくなっちゃったよね」
ラノベにはまったからな……読書の始まりは図書館、鈴だろう。けれど、俺は本屋でたまたま手にとったライトノベルにはまった。ライトノベルにはまっている間は、自分がその本の主人公になった気分で、ぼっちであることから逃避出来たからだ……。
「寂しかったんだ……クラスでは誰とも話さない太陽君。私のことも忘れたように、本を読む太陽君。目を輝かせて頁をめくる太陽君の中には、 図書館で出会った私はもういないんだなあって……」
先ほどとは変わり、悲しそうな口調で鈴は話を続けた。
「だから光にそんなことを話して、慰めてもらったこともあったんだよ」
鈴の話は続く。
「けど、空ちゃんのおかげで、また太陽君とお話をする機会が出来たんだ。ありがとう」
「そんなこと……私に言われても」
空は鈴のお礼を、素直に受け取れないでいる。
「樹ちゃんのこともあるけど……私、太陽君にずっと、ずっと言いたいことがあったんだ」
鈴は境内の石造りの階段に座る俺の前に歩み寄り、手をさしのばした。
「好きです。水原太陽君」
それは告白。俺が見ていたラノベや漫画で幾度となく繰り返されていたワンシーンの一つ。俺は、告白なんて、現実に体験することは無いと思っていた。
それが今、俺の目の前で起こっている。
頭を下げ、右手を俺の前に差し出す少女。読書好きで天然のくせっけで、ふわふわとした髪をした、そばかすと白い肌、そして、優しい目をした少女。
「太陽君、読書をしている君の目、表情が好きでした。付き合って下さい。また一緒に、お話がしたいです」
見ると手が震えている。声もだ。それもそうだ、告白は誰だって怖い……俺だって、好きな子に告白するなんてなったら、足が震え、声も出ないだろう。それでも目の前の少女は、俺に手を伸ばし、その手を掴んで、握って欲しいと伸ばしてくる。
そんな鈴を見て、思わず握り返そうかと手が伸びてしまう。鈴の指と、俺の指が触れたところで、空が俺の手を、鈴の手を、握ろうとした俺を制止した。
「どう……して……」
指が触れたことで、鈴は頭を上げ、俺の方を向く。鈴の前には、手をとろうとする俺と、それを制止しようと俺の手首を掴む空が映っていただろう。
「空……ちゃん……」
空は鈴の方をちらりと見ると、目をそらし、俺の方へ向きなおした。
「太陽、樹ちゃんじゃなく……私じゃ、だめ?」
空の目は茶化す様子もなく、何時になく真剣で、中学生のころに見た、中体連で長距離を走る、、競技中の空の目にそっくりだった。
覚悟を決めた瞳に、思わず俺は気おされ飲み込まれてしまいそうだった。




