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最終話 ありがとう、樹。君と出会った、一夏の恋。


「太陽、樹ちゃんじゃなく……私じゃ、だめ?」

空と鈴、二人からの告白……漫画、ラノベでは羨ましい、代われと思っていたが、実際に体験すると、思った以上にきつかった。

震える小動物のように俺を見る少女、鈴。

その鈴との友情が崩壊するかもしれないが、それが壊れてもと一大決心を決め込んだ、俺のことを思ってくれて告白をしてくれた幼馴染、空。

「……空」

「樹ちゃんのことはわかってる……でも、これ以上待ったら、手遅れな気がして。それでも伝えたかった」

空も告白は初めてなのか、声が震えている。

「あはは、あれ、足、震え止まらないや」

空も自覚しており、浴衣越しに足を触っている。その手も震えているのが分かる。

俺も初めての状況で、頭がふらふらと、思考が定まらない。そんな中、樹の顔が頭をよぎった。しかし、その目は冷たい、冷めた目だった。

『中庸は理想論、現実は身を滅ぼす』

 去り際に樹が言った言葉を思い出す。中庸……仏教では漫画の世界では良しとされているはず……だって俺の読んでいたラノベや漫画にも、ハーレムENDが存在したから。しかし改めて樹の言った言葉の意味を考え、思考をめぐらす。

「太陽、無理ならはっきり言わなくても良いんだよ」

「私も……あはは、今更だけど聞くのが怖くて」

 二人の優しい申し出に、俺の心は傾いた。しかし、そんな俺を叱咤するように、俺の顔に、硬いボールの様なものがぶつかった。

 ゴツっと音がし、俺の頬にそれは投げつけられた。思わずぶたれた頭部に触れると、何やらべたついた感じがする。

「太陽!」

「太陽君!」

空と鈴は俺を心配するように見ている。

「いてて……リンゴ飴?」

なぜにリンゴ飴? 俺は投げつけてきた犯人を探すように、神社の周りを見渡した。

「太陽! しっかりせんか!」

「樹! ここらへんで、リンゴ飴投げたやつ見なかったか?」

「それはわしじゃ」

 何だと……?

「ちょ、樹ちゃん」

草むらの陰から、樹を抑えるようにして光も出てきた。こいつら見てたな?

「わしの言ったことが、まだわからんのか!」

「お前の言ったこと……?」

「お主が先ほど考えていたことは、大方わかっておる。しかしな、それは先延ばしじゃ。解決には程遠く、最悪の手じゃ」

最悪の……、

「良いか、太陽……」

 樹は俺の目を見て、はっきりとこう言った。

「誰もがすくわれる、そんな道は無いのじゃ。それを求めた結果、少女はどうなった?」

 少女……樹は自分の胸に手を当て、そう言った。樹が言った少女はおそらく、自分ではなく、その姿の元となった少女だろう。空や鈴、光は何のことかわからない様子だ。

「ちょ、あんたら……」

 光が説明してよと樹に言おうとすると、樹は気にするなとそれを切り捨てた。

「太陽、頼む」

 樹が俺を呼ぶ声で、俺の心は決心がついた。

 そうだ、なにを迷う必要がある。

 悩むのはあの夢を見た日が最後と決めたじゃないか。『酸っぱいブドウはいらない、美味しくないから』何てもう言わない。憧れは待っているだけじゃ届かない、落ちてこない。決意を込めて、一歩ジャンプするくらいじゃなきゃ届かないんだ。

 たとえそれで着地に失敗して怪我をしても、それがいつか勲章になるって樹が教えてくれたじゃないか。あの夢でだって、励ましてくれたじゃないか。

 樹と出会ってからの事が一気にフラッシュバックしていく。初めて出会ったあの夢から、日常生活、そして覚悟を決めるきっかけとなったあの夢……俺を叱り、励ましてくれた麦わら帽子をかぶった、樹。

 ……樹?

 いや、なにを疑問に思う。コイツと出会ってから、いつも俺を困らせ、悩ませ、そして前に勧めてくれたのは誰だ? コイツ以外いないじゃないか。今はっきりと思い出す。あの時の少女の言葉を。

そして祭りの日光が言っていたこと、樹の挙動、全てが繋がった。

「鈴、空」

俺は両者からの告白に対し、返事をする決心がついた。二人とも名前を呼ばれると、体がビクッとはねた。

 中庸、どっちつかずは誰も救わない。人は聖人ではない。中庸、理想論じゃ、一見幸せそうに見えてもそれは先延ばしにしか過ぎない。どこかで必ず軋轢は生まれ、歯車が狂う。それを樹は言いたかったんだ。

 樹も俺の表情を見て、今までの冷たい表情が溶け、いつもの優しく、子供っぽい顔に戻った。

 大丈夫、俺はやるよ。

 樹を見て微笑む俺に、樹もまた俺を見て母、親の様に頷いている。

「二人とも、ありがとう。俺も前から言いたかったことがある。告白させてくれ」

 二人とも目をつぶっている。怖いんだろう。

光は光で、俺の行為を理解したのか、じっと俺たちを見つめている。

 俺は、生まれて初めて真剣に告白をした。


「空、俺と付き合ってくれ。ずっと前から、好きだったんだ――」


俺は、俺は鈴ではなく、空の手を握り、空の目を見て、強く、ゆっくり、空に言った。

「太陽には、樹ちゃんがいるでしょ? 本当に私なんかで……いいの?」

信じられないと言うような表情で、空は俺の手を握り返し、喋っている。

「わしは太陽と付き合ってはおらん。光もそれは知っておる」

「そ、そうなの?」

 空は泣き顔で樹に言うと、樹は空の頭を背伸びし、撫でてやった。

「じゃから太陽のこと……任せたぞ」

 樹はそう言うと、寂しさを悟られぬように俺たちから少し離れた。俺は少し胸に違和感を感じながらも、泣きながら俺の名を呼ぶ空を抱きしめ、名を呼んでいた。

 その隣では信じられないと口を開け、しかしやはり仕方がないかと諦め、呆然としている鈴の姿があった。すぐにその顔は涙でゆがみ、石造りの階段に、雨を降らす。

悲しそうな表情、樹のおかげで告白する勇気が出たが、また、樹のせいで振られてしまう少女がいた。その横に俺はいない。代わりに立つのは、親友の光。優しく親分肌を見せるように、鈴の傍に立って俺を見ている。

 ああ、わかっているさ。

俺は空のことを抱きしめ、空も俺のことを「離さない」と、抱きしめてくれた。

隣では鈴が泣き、浴衣姿のまま「幸せに、ぐすっ」と、泣きながらも、俺たちを祝福してくれた。そんな姿を見た光は鈴を力強く抱きしめ、頭を撫でて慰めていた

「あんた、別れたらぶっ殺すからね」

光のきつい一言をもらいながらも、この現状をしっかりと受け止め、俺は光に「わかってる」と返事をする。

樹は遠目でそれを見て呟いていた。

 樹に礼を言おうと樹の方を見ると、樹は小さく微笑んだ。そしてゆっくりと口を開き、

「よしよし……これでお主はもう大丈夫じゃ」

たったそれだけ。そして別れの言葉を紡いだ。

「わしは消える。ではな」

 俺たちに背を向けると、樹は歩きだした。俺は嫌な予感がし、樹の足を止めようと話しかけた。

「ま、待ってくれ……消える、消えるってどういうことだ?」

「もう会うこともあるまい」

一方的な別れを告げる樹。返事をしながらも、足は止めなかった。

俺は思わず空を抱きしめるのをやめて、樹を追おうとした。けれど追うことはせず、その場で立ち止まり叫ぶのみ。

「樹! どこ行くんだ、樹!」

「お主の傍にいるのは、もうわしではない」

「そんなこといってるんじゃねえ! 俺は、俺は」

 声を荒げる俺の姿を見て、空や光、泣いていた鈴もただならぬ様子を察したのだろう。空だけでなく鈴までもが「追って」と俺を後押ししてくれた気がした。

「ありがとう」

 俺は皆にそう告げ、樹が向かって行った林へ追いかけた。なぜこのような行動を起こしたのだろうか……俺は悩んでいた。昔から好きだった幼馴染と付き合えたが、ここで追っては、空に申し訳ない、裏切るような気がした。……しかし、俺は樹に大恩がある。空と出会い、鈴や光、かけがえのない大事な人に出会えたのは、そこまでの道のりは、間違いなくこいつ、樹のおかげだ。

歩いていたはずの樹を見失い、方向感覚が狂う林の中を見渡した。

「くそ、どこだ……どこだ、樹!」

俺は樹を探し、大声で叫んだ。ふと見ると、先ほどまでいなかったはずの場所に、樹は立っていた。

離れたくない。

樹と離れたくない。中庸は無理だと言っていたが、俺には捨てることなんてできない。アマちゃんと言われても構わない。俺は皆と、大好きな空やみんな、そして、そいつらと巡り合わせてくれた樹を、屈託なく笑い、『一緒に風呂に入るぞ』などと俺を困らる少女を、心の底から愛していた。

――それが俺の本心だった――

「樹!」

 樹は俺の叫びに、振り向いてくれた。俺は続けて言った。ここで言わなければ、もう会えないような気がしたから。

「聞いてくれ樹、俺、樹のことが好きだ。離れたくないんだ。 もし、もしだ、俺が空と別れれば……お前は」

樹は困ったような顔で苦笑している。

「これこれ、幼馴染はどうするんじゃ? 第一、それを聞かれてはまずかろうて」

 樹の質問に、俺はすぐさま返事をした。

「幼馴染と付き合えたとしても、お前が消えたら俺は……俺はお前のことも、皆でいるのが、楽しかったんだ! もっと一緒に、一緒にいたいんだ」

 本心をぶちまけた。

「お前、俺と空が付きあった後……消えて、どうする気だ? 答えろよ!」

 涙が出てきそうだ。まだいなくなると決まったわけではないのに……。

「なに、今まで通り、また木に戻るだけじゃ。わしがいなくなれば、お主も思う存分彼女と楽しめるじゃろ。仮ではなく、本物のな」

 けらけら笑う樹、けれど、俺は涙を流し、「行くな。行かないでくれ」と泣いて頼んでいた。地面に這いつくばり、涙を流し、俺は樹に懇願した。

「では、空と別れると言うのか?」

 樹の一言は、ゆっくり、たんたんと、俺にしっかり考えてから答えるようにと、、くぎを刺すような言い方だった。

俺は迷った……幼馴染と付き合うのならば、樹が消えてしまう。もう会えないだろう……しかし、このままの関係でいれば、樹はいてくれる。ずっとそばにいてくれるかもしれない。それならば……俺の心はそのくらい、樹に入れ込んでいた。

「でも、俺には樹が……ここまでこれたのだって、樹の」

 俺の言葉を遮り、樹は優しく俺に語りかけた。いつの間にか俺の傍により、頭を抱え、悩んでいる俺のほほを撫でる樹の手が、柔らかくもどこか名残惜しさを感じさせ、それはきっと『樹と会えなくなる。』そう確信させた。俺の涙は止まらなかった。

「辛気臭い顔をするでない。わしは木、人ならざる者。何を悩み別れを惜しむ必要がある」

俺の頭を撫で、慰めながらそう言った。

「それにな、わしもお主に感謝しておるんじゃ」

感謝?

「わずか一カ月にも満たん、短い間じゃったが、お主の成長をこの目でしかと見届けられた」

 そして樹は続けてこう言った。

「お主の願いはかなえた。かなったんじゃ。それに、わしの中の少女も、幸せになれと主のことを願っておる」

樹の優しい言葉、それはきっと……俺への最後のメッセージなのだろう。

俺は、涙をぬぐい、決意を表す様に地を力強く立ちあがり、樹に決意の言葉を述べた。

「樹、俺、空のこと、絶対大事にするよ。見ててくれ」

涙を流さぬよう鼻をすすり、涙を必死でこらえ、俺は無理やり笑顔を作り、樹に言った。

「もう私に頼るでないぞ」

 笑顔で微笑む樹のほほに、きらりと光る、一筋の涙が見えた気がした。

「ああ……今までありがとう」

 突然現れて来た時は驚いたが、全く、感謝しきれないな。

「ふん、良い顔になったのう。この少女も、もったいないことをしおった。かかか」

「ありがとう、樹のおかげだ。だけど、お前さえよければ、ずっと俺たちと……」

「そこまでじゃ」

 樹は俺の口を人差し指でふさいだ。

「お前さん、せっかくの覚悟、無駄にする気か? 人生は長いんじゃ。人ならざるわしなんぞより、もっと違うもんたちと楽しめよ?」

 それはきっと、空や鈴、光のほかにも、まだ見ぬ智の姿も入っているんだろう。

樹はそう言うと、人差し指でポリポリと頬をかきながら俺に近づき、背伸びをした。

「ま、これは頑張ったお前さんへの褒美と言ったところかのう」

そう言うと、樹は俺の顔を両手で押さえ、俺の唇と自身の柔らかな唇を重ね合わした。俺も樹の背中に手を回し、両手で強く抱きしめる。

時が止まればいいのに……樹の唇は柔らかく、初めてキスをした時より、甘く感じた。

時間にして、ほんの数秒だろう。樹は俺の首から手を離し「今度こそお別れじゃ」と俺から離れて行く。

「こんどシュークリーム、持ってってやるよ」

「それは楽しみじゃのう。わしと少女、2つ分じゃぞ。それと、着物を色々、母君に礼を言っておいてくれ。いや、言わんでも良いか」

恥ずかしそうな顔で、樹が俺にそう告げた。

「ああ、ああ」

 俺は涙で視界がぐちゃぐちゃになりながら、樹の言葉、一つ一つに耳を傾け、樹との最後の時間を味わった。今度は皆で、たくさんのシュークリームとお好み焼き持って、会いにいくよ。

――その瞬間、視界は歪み、視界が真っ白になった。真っ白になる瞬間、俺は少女が木の下で嬉しそうにシュークリームを食べている絵が見えた気がした。


「た……よう!」

「おい!」

「……君」


 何か声が聞こえる……大きな、悲しみの……。

「太陽!」

 目を開けると、空が俺の頭に抱きついてきた。

俺は気を失っていた。目を覚ますと、そこは告白をした場所、神社の境内だった。幼馴染が心配そうに、膝枕をしながら俺を抱きしめている。傍には心配そうな顔で「心配させんなバーカ」と涙でアイシャドウを滲ませながら言う光や、泣いて目が真っ赤にはれて「良かった、良かった」と喜んでくれる鈴もいる。

「樹は!?」

俺は空の腕を振りほどき、あたりを見渡した。周りには空、鈴、光しかいない。

「誰? 太陽の知り合い?」

「ここには……私たちだけ」

「まさか告って早々浮気か?」

三者三様

俺が混乱していると見た光が買ってきてくれたジュースを飲みながら、皆の話をまとめると、俺以外のみんなの記憶から、樹のことは消えていた。空への告白や、3人との出会いは、空が偶然フードコートで俺を見つけた時が出会いになっており、樹のことを聞いてみると「浮気?」などと言われるだけで、全く覚えていないらしい。

俺は、途方に暮れ、心配してくれている3人に別れを告げ、帰路についた。家に帰れば、樹を溺愛していた母さん、母さんがいる。母さんなら、樹に服を買ってあげていた。あれなら、物品ならば……淡い期待を込め、バスに乗り、家に一番近いバス停まで行き、後は走って帰った。空とのランニングのせいか、それとも、樹のことか、足がいつも以上に早く動き、家までの距離を縮めていく。

「ただいま!」

 俺の焦ったような声に反応したのか、エプロンをつけた母さんが、俺を出迎えてくれた。

「あら、そんなに急いで……今日は『3人』とお出かけじゃなかったの?」

『3人』という母さんの何げない言葉が、俺の樹との記憶を断ち切るかのようだった。

「なんでもない!」

 俺は自分の部屋に駆けのぼり、勢い良くドアを開け、二回のクローゼットの箪笥、右から2番目を開けた。

 そこが、樹の服棚だった。ここに、母さんが買ってきた服が……、

「無い、無い!」

 そこにあったのは、樹の着ていた服では無く、代わりにいつ買ったのかが分からない俺の服が大量にあった。

「あらあら、こんなに散らかして……」

「母さん、この服、どういうことだよ!」

俺は母さんの肩を掴み、怒気を込めた声で詰め寄った。

「何って……夏休み始まったころに買ったじゃない。あんたはその後空ちゃん達と遊びに行ったけど……私がデート用にって色々」

「は、はは……」

俺は力なく床に座り込んでしまった。もはや、怒る気力もない……

「大丈夫?」

 熱でもあるのかと心配する母さんの手を振り払い、俺は部屋にこもった。

「無くなった……あはは、無くなりやがった……」

これで、樹との繋がりは無くなった。俺と樹との、この夏は、どうなってしまったのか……

その日、俺は電話で空に勝手に帰ったことを謝り、後日、皆に詫びをするとだけ告げ、床についた。後から気付いたが、樹の使っていた布団も布団棚にしまわれており、使われた形跡は無かった。

1日経ち冷静さを多少戻した俺は、空、鈴、光に、改めて謝罪の電話をした。空には浮気を疑わせるようなことを。鈴には告白の件、その後、もし良ければまた本の話をしたいと。光にも、色々世話をかけたと謝ったが、あまりに深々と謝ったため「気味が悪い」と笑われてしまった。そう、3人はコレで良いだろう。俺は自転車を車庫から取り出し、ゆっくりと漕いだ。行く先は勿論あの家だ。

ばあちゃんなら何か知っているかもしれない。

そんな淡い期待を寄せ、ばあちゃんの家を訪ねると、丁度ばあちゃんは草むしりを止めて家で休んでいたようで、俺に麦茶を出してくれた。ことの発端でもある近所のばあちゃんに、樹のことを聞いてみても「そんな孫も子もいない」と、どうやら覚えていないらしい。爺さんも同様に、同じことを言っていた。樹を連れて来た日のことも、ただ漬物を届けに来ただけで、その後すぐ帰ったと言っていた。

俺はばあちゃんが出してくれた茄子の漬物をかじりながら、網戸の傍でばあちゃんの家庭菜園を見て考えていた。

あれは夢だったのだろうか……いや、あれは夢じゃない。けれど、それを証明するものがない。

途方に暮れる俺を見て、ばあちゃんもほとほと困り顔のようだ。

なにを思ったか、百科事典をとりだすばあちゃん。

「これには何でも載ってるで、サンちゃんも調べてみるとええよ」

樹は百科事典には……と思いながらも、ばあちゃんの心配りを無碍にできず、パラパラと調べるふりをした。すると、中に一枚の画用紙が挟まっていた。真っ白だったので、ひっくり返してみると……俺の顔に、先ほどまでの悩み顔を吹き飛ばすような笑顔がやってきた。

「見つかったのかい?」

 俺の様子を見て気付いたのか、俺に話しかけてきた。

「ああ、さすがばあちゃんの百科事典だね」

「そうかい、そりゃ良かったねえ。おや?」

 ばあちゃんは俺が手に持っているモノに気がついた。

「ありゃー、きれえな花だねー」


――それは鮮やかな緑色の大きな葉、見ている物を元気に、幸せを呼びこんでくれる大きな葉。


 ばあちゃんの家の百科事典に挟まっていた、俺と樹の絆……。

 あった、あったじゃないか。ここに、しっかり、あいつとの、アイツがいた証が。

 ばあちゃんが作ってくれた押し花が、この世に唯一、樹が生きていた証として、残っていた。

「サンちゃん嬉しそうだねえ」

 ばあちゃんは俺の横に座ると、お茶を飲みながら俺に話しかけてきた。

「大きな押し花が出てきたからね。これ、もらっていい?」

「そりゃかまわんけど、いつ作ったかねえ」

ばあちゃんはとうとうボケたかと笑っている。ボケてないよ、ばあちゃんは。ただ、みんな忘れているだけなんだ。

「そうだ、ばあちゃん、俺、凄く良いことがあったんだ。聞いてくれない?」

「サンちゃんの話なら、わたしゃ何でも聞くよぉ」

ばあちゃんは良い話と聞いて、ワクワクした表情だ。少し待ってくれと言い、なにやら冷蔵庫を漁っている。

「んふふ」

俺は画用紙に張られてある葉っぱを眺める。今の俺の顔は、きっと心底幸せそうな顔をしているに違いない。

「はい、サンちゃん」

「これ……」

「この間買ってきたの。急に食べたくなってねえ……沢山買っちゃったの」

ケーキを持ちかえる紙製の箱のふたを開け、ばあちゃんはどれでも好きなのをどうぞ。と、俺に差し出してきた。

「嬉しいな、あいつも好きだったんだよ」

「あらそうなの? じゃあ、その子の分まで持って行くと良いわ」

 ばあちゃんは気前よくそう言ったので、後で持って行くことにしよう。

俺は持っていた押し花を汚れないようにファイルにはさみ、机の上に置いた。そして、あいつの好きだったココアシュークリームを一つと、普通のシュークリーム1つををもらい、それを載せる小皿を貰った。

「あんね、ばあちゃん」

「なになに?」

ばあちゃんは興味しんしんで聞き返してきた。

「今日は、俺の夏休みについて離そうと思ってさ」

「夏休み! 楽しみねえ」

「そう、あれは俺だけが知っている、皆が忘れても、俺にとってはけして忘れることのできない大切な夏の思い出なんだ」

俺は、ゆっくり話を始め、その話の鍵でもある樹、この押し花の前に、貰ったシュークリームを二つ供えて、ばあちゃんに語りかけた。

「ばあちゃん、俺に彼女が出来たんだ」

ばあちゃんは嬉しそうに両手を叩き声を上げ、まるで自分のことのように嬉しそうだ。

「サンちゃんの彼女かい、きっといい子なんだろうねえ」

「ああ、凄く良い子だよ」

話のお茶受けは地元、道の駅のシュークリーム。あいつと一緒に食べた、あいつとの出会いの味。

俺はばあちゃんに、供えた二つ以外にもう一つもらうねと、シュークリームを口に運び、それをゆっくり、樹との思い出を思い出しながら味わい、ばあちゃんに話を進めた。

「その彼女の名前は雲居空っていってさ、幼馴染なんだ。で、そいつと付き合えるようになったのって、実は――ばあちゃんのおかげなんだ」

 ばあちゃんはシュークリームを食べる手を止め、きょとんとした表情で俺の方を見ている。安心して、全部話すからさ。話が終わったら、会いに行こうよ。俺と空の、キューピッドのいる森へさ……。できれば、みんなで。

『俺は一人じゃない』

一夏の青春、一人ぼっちじゃなくなったあの夏休みを……俺はけして忘れない。

終わり


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