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「え、えっと……」

 おろおろとどう対応して良いのか悩んでいる女性を見て、俺も同様に脳内でパニックになってしまう。

――不味いことになってしまった。

 声をかけた相手は、先ほどの様子で小言を言いながら蹴ってくる相手では無かったのだ。

俺の問いかけに、「え、あっ」と困惑した表情を浮かべている女性。しかしその反応も当然だろう。樹に話しかけていたつもりが、トイレから出たばかりの赤の他人に、声をかけてしまったのだから。それもセクハラじみた声かけだ。

「えっと、その……」

 おそらく同年代であろうその女性は、俺を新手のナンパか何かかと勘違いしているのか戸惑っている。いっそ殴ってくれた方が楽なんだがな……。

誤って話しかけてしまった相手を俺はじっと見る、背は小さく樹と同じくらいだが、肌の色はまるで外に出たことが無いかのように白く、髪は少し明るい茶色。そばかすと癖っ毛が特徴的な女の子だ。俺を見るとすぐに俯く所を見ると。少し内気そう。アクティブな樹と違い、別の出会いをしていれば仲良くなれそうな相手だと俺は内心勝手に思いをはせていた。

いやいやいや、こんな事を考えている場合ではない。この状況をどうにかしないと。

樹ではなかった。

 これが問題なのだ。

俺も同様に困惑しており、なんて言っていいのか分からん。ただ手で自分の口を隠し、口ごもってしまう。なんと情けない俺。この状況を打破するアイデアが全く閃かん。いつも使っていない頭が今になって仇になるとは。

「あ、えっと、すみませんでした!」

やっとの思いで声を絞りだしたようにか細く小さい声で俺は謝罪する。つもりだった。

口から出た言葉は音量調節機能が壊れていたようで、俺の嫌いな体育会系の掛け声の如く大声は廊下を響かせた。それと同時に俺は上半身を直角に曲げる勢いで深く謝罪をする。

「ひゃい!」

 その女性も俺と同じ人見知り、もしくはナンパなれしていないのか、俺の声に驚いている。その証拠に声が上ずって裏返っている。顔を少し見上げると、女性が少し後ろにたじろいでいるのがわかる。迷惑をかけた自覚が更に俺に重くのしかかった。

「えっと、その……言い訳になるんですけど、俺が話かけたのは、……と、とにかく人違いで」

「人……違い?」

 俺の言葉にどこか気になった事でもあるのか、おずおずと聞き返してくる。そのため俺はことの経緯を説明するチャンスを得られた。

「はい。トイレに白いワンピースを着た女の子、いませんでしたか? こう、背は小さくてあどけなさが残る」

 樹の説明をする俺を、女性、いや女子と言った方が正しいだろう。女子はしっかり耳を傾けてくれた。だから俺は樹の事を名を伏せて質問すると、その女子はどうだっただろうかと、少し悩んでいる。とりあえず俺を見て逃げる様子は無かったので、ほっと心を撫でおろしす。

「……」

悩んだ様子を見せた女子は小さくため息をつくと、なにやら残念そうな顔をしている。そりゃあセクハラ野郎で、探しているのは幼さの残る樹。ロリコン野郎と見られてもおかしくはない。

「あ、あの」

「あ、すみません。ちょっと考え事を」

その女性がそう言うと、女性の後ろにあるトイレの扉が開いた。

「待たせたのう。……なんじゃ、取り込み中か?」

樹はハンカチで手を拭きながら、平然と出てきた。こっちの気も知らないで呑気な……思わず逆恨みをしてしまいそうになる。

「樹!」

 しかし、樹が出てきてくれれば問題も解決するはず。前向きに考えた俺は声が少し裏返ってしまうも、樹の名を呼ぶ。

「む、なにをしておるのじゃ?」

 樹は俺が見知らぬ女性と対面しているせいか、俺たちの顔を交互に見た。

「ちょっと俺が迷惑をかけてな」

 その発端が樹をからかおうとしたことだったのは伏せて、とにかく女性に迷惑をかけたことを説明する。樹はそれを聞き終えると、女子の方へ向き直った。

「そうか、ではわしも謝っておこう」

 樹はまるで保護者。監督者気取りで女子に「すまなかった」と言い、頭を下げた。俺も続いて謝罪をするべく頭を下げた。

 幸いにして女子は性格が優しいのだろう。謝られたことで、かえって気にしないでと言わんばかりに、手をぶんぶん顔の前で振っている。その言葉を聞いた樹は一件落着と言い放ち、カカカと笑っている。コイツ……人の気も知らないで。

「さ、歌いなおしじゃ。部屋はどこじゃ?」

 カラオケが気に行ったのか、樹は俺の手をとって嬉しそうに部屋へ戻ろうとする。けれど途中で足を止め、俺に先ほどの礼をしろとエスコートを要求してきた。

「はいはい、分かりましたよ。お嬢様」

「うむ、よきにはからえ」

 偉そうに樹は言うも、やっぱり部屋が分からないんじゃないか。俺より先は行こうとせず、あくまで案内を要求する。

 部屋に戻ると、俺たちはまたカラオケを再開した。

「ほれ、ほれ!」

樹は楽しそうに俺が歌う間、マラカスを振っているではないか。飲み物を運んできた店員にいつのまにか頼んでいたのかマストアイテムとでも言うように、さも当然の様に持っていた。しかも二つ。どの曲でも祭りのメキシコ人ばりにカシャカシャと振る樹。何曲か歌っているうちに、俺たちの部屋のドアが開く音がした。

「ごっめーん、トイレ混んでてさぁ、まいったよ」

聞き覚えのある元気の良い声の主が入ってきた……。

「飲み物、来……た?」 

 その少女も入る部屋を間違えたのに気付いたのか声のトーンが徐々に落ち、尻すぼみに萎んでいく。

「す、すみません、部屋間違えました!」

 かと思いきや勢い良く頭を下げる女子に、俺たちは手を横に振った。

「ああ、気にしないで」

「うむ、間違いは誰にでもあるしのう」

 俺たちはそう言い、彼女に元の部屋に戻るよう促した。

樹は樹で女子の乱入により中断された歌を巻き戻し、歌いなおしている。最初は戸惑っていた機器の操作もすっかり手慣れたものである。

「し、失礼しました!」

 彼女はそう言い、俺たちに気付かづにすぐに部屋から出ると思っていた。できれば俺たちに気付かないでほしい。ホットパンツを履いて鍛えられた太腿を露わにする女子を見ては、心から念じる。

――しかし無情にも女子は扉に手をかけたところで足を止めて、こちらへ振り返ってきた。

「って、太陽?」

「誰だ?」

「誰て、さっき会ったばっかじゃん。やだー、来てたんだー」

 やはりそうだ。空だ。けれど俺は空の言葉を否定するように、手を振りジェスチャーをした。

「雲居、部屋を間違えているぞ。皆も心配するんじゃないか? 早く戻れ」

「にしても珍しいじゃん。カラオケなんて。いつも誘っても来ないしさー、どーゆー風の吹き回し?」

「人と行かないだけで好きなんだよ。カラオケはな」

だからはよ出ていけと悪態をつき、さっさと出てけとアピールをする。

「でもさー……って、樹ちゃん?」

 雲居は歌っている樹の方へ視線を移し、時が止まったように動きを一瞬だが止めた。

「悪いかよ」

「ううん、悪くないよ。デート邪魔しちゃってごめんね」

あははと雲居は笑いながら、部屋から退出しようとした。

 デートじゃないけどな。

 そんなことを思いながら、雲居に手を振って見送る。

「あれ、空、なにしてんの? トイレから戻ってくるのにえらく時間かかってるし、なしたん?」

「私たちの部屋は隣、だよ?」

雲居の友達だろうか、隣の部屋のドアが開き、俺の部屋を2人の女子が覗き込んできた。

「げっ、なにやってんのよ空。ここカップルシートじゃん」

「あの人……」

二人のうち、一人は見覚えがあった。そばかすが特徴で、引っ込み思案な少女。もう一人は長いウェーブ状の黒髪で、夜の街が似合いそうだ。口調からして気の強そうな、美人だが言いたいことははっきりと言う『ボス!』って感じの女子だ。

「あれあんた、すずのクラスにいるぼっちじゃん」

 左目の鳴きぼくろとネオンが似合いそうな髪型が特徴の女子が俺を指差してきた。「

「鈴って誰だ」

「あ、そっか、鈴がさっき喋っていたのはこの男ってわけね」

 彼女は1人で納得し、頷いている。雲居は雲居で、「え、鈴ちゃん太陽といつ会ったの?」などどうでも良い会話を交わしている。樹は歌い終わったのか、マイクを置き、ほとんど飲みほして氷だけとなったジュースをちゅるちゅる飲んでいる。

「根暗なあんたの彼女ってどんな……げ、超可愛いじゃん」

 樹の方をちらりと見ると、そのボスみたいな彼女は大きな声で驚いている。

「ね、ねえ、戻らない? 迷惑かかるよぉ……」

おそらくリーダー格の彼女に、そばかすの少女、鈴がそんなことを提案していた。そうだ、その子の言うとおりだ。

「ま、確かに、デート邪魔しちゃ悪いしね」

 彼女も納得したのか、「悪かったね」と言うと部屋から出て行こうとする。うむ、そうしてくれ。

「なんじゃ、もう帰るのか?」

俺の思いとは裏腹に、樹がそのリーダー格に話しかけてしまった。

「は? デート中なんでしょ?」

 至極真っ当な意見です。そうなんです。どうぞお帰り下さい。

「なに、こんな機会いつでもとれる。それよりお主ら、太陽の知り合いなんじゃろ?」

「私じゃなくて、後ろの二人がね」

 リーダー格の彼女が二人を指差しそう言うと、二人は樹に挨拶をした。

「私……雨宮あめみや すずよろしく、おねがいします」

そばかすの少女がうつむきながらも、こちらに聞こえる声でそう言い、空もまた、二度目の挨拶を交わす。

「私は空。――って、さっき話したか」

 てへっと舌を出し、そう言っていた。

「私は日向ひなた ひかり

「わしは樹じゃ」

「ぼっちは?」

ぼっちって言うな。

「水原太陽」

「よし。私のことは光で良いから。それよりさ、部屋狭いしこっちに来なよ。うん、それがいい。二人もいーよね?」

 日向はそう言うと二人の了承を得る前に、さっそく飲み物を運んできた店員に俺たちが部屋を移る趣旨を伝え、部屋を移らせる。先ほどの口調とは違い、丁寧な口調で店員に話しているせいか、店員もすぐ了承し、部屋を移してくれた。幸い、空たちがいた部屋は、人数不相応に広く、俺たち二人が座っても、問題なかった。

「人数が多いと賑やかじゃの~」

 樹は持っていたマラカスをシャカシャカ振っている。気に行ったのか。

「にしても意外だわ~」

 光が持っていたコーラを飲みながらそう言った。

「樹のことか?」

「あったりまえじゃん」

 先ほど会ったばかりだと言うのに、光は俺にフレンドリーに接してくる。たぶんだが光は皆に悪態とも思えるような口調だが同様に接しており、男子の中には、それで勘違いしているやつもいそうだ。

「あんた、クラスじゃ誰とも喋ってないって言うし、図書館で本ばっか読んでるらしいじゃん」

 何で知っている。ストーカーか何かか。俺の目を見て察したのか、光は「ないない」と手を振り否定した。

「だって、鈴から聞かさ……」

 にやにやと光は鈴の方をちらちら見ながら、俺に話しかけてきた。

「ひ、光!」

 雨宮は先ほどの声とは正反対に、大きな声で光の話を遮り、光の口を手でふさいでいた。

「何なんだ一体……」

「なんでもない、なんでもないから!」

樹ぐらいしか女子は知らないが、そもそも樹は女子と見なして良いのかわからんが、

「雲居もほら、歌わないのか?」

 幼馴染でもある雲居にそう言い、俺は機械を渡した。

「空」

 はぁ?

「空でいいよ、太陽」

 何のことかはよく分からんが、とりあえず頷いておいた。

「空」

雲居の名前を呼んでやると、なにやら嬉しそうにマイクを持ち、アップテンポな歌を歌い始めた。

「あれあれ、なんかいい雰囲気じゃね?」

 光は樹に語りかけている。

「うむ、なかなかじゃな」

樹は樹で、光の意見に同調し肯定の意味かは分からないがマラカスを振っている。

「あっれ、けっこう余裕な感じ?」

 予想と違う反応のせいか、光は少し驚いている。

「なにがじゃ?」

「だって、彼氏と知らない女の子、仲良く話してるよ?」

 いつの間にか俺と樹はカップルとして光の頭の中で認識されていた。

「太陽だし良いじゃろ」

「え?」

 またしても予想外の答えなのか、光が驚いている。

「太陽は人と極端に接しておらんからのう。光や空、鈴殿のような可愛い女子と話して、多少は免疫をつけてもらわんとのう」

 うんうんと一人頷いている樹に、光は元より、傍で二人の話を聞いていた雨宮も驚きを隠せないでいる。この中で驚きを隠していないのは、歌に夢中になっている俺の幼馴染、空だけである。

「?」

頭に? マークを浮かべながら、空はこっちを見てきた。ああ、気にするな。楽しく歌っててくれ。手でジェスチャーを送ると、空はまたご機嫌に歌い出す。

「~~♪」

間奏が終わると、空はまたディスプレイを見ながら、歌を歌い始めた。上手い下手はともかく、空は笑顔で心底楽しそうに歌っている。

「あのぼっち、太陽はよくもまあこんな出来た彼女を見つけてきたこと」

「う、うう……」

「ま、頑張りなって」 

光は鈴の背中をバンバン叩くと席を立ち、ドア側に備え付けてある受話器を取り、コーラなどみんなの飲み物を注文している。

「な、なあ、樹のことは内密に……」

「なんで? 別にいいじゃん」

 いや、こっちにも事情ってもんがね、あるんですよ。

「いいじゃん、良い女だよ、樹ちゃん。あんたを見る目が変わるかもしれないし、よくねー?」

 光は他人事だからかそんなことを言い、歌い終わった空からマイクを受け取った。

「ふう、気持ちよかったー」

 歌い終わり、席に座った空に飲み物、ジンジャエールをを渡すと、空はごくごくと喉を鳴らし、一気に飲み干してしまった。

「ぷっはぁー」

 若干おっさんくさいが、楽しそうだし黙っておこう。結局、延長1時間の後に『カラオケ 歌え屋』を後にし、空たちに別れを告げた。

「あんたらこれからどうすんの?」

 光が皆に聞こえる声で聞いてきたので、飯を食ったら帰るとだけ伝えた。

「ふーん、避妊はしろよ」

店の前でそんなことを平然と言う光に、俺は吹いてしまった。空や鈴は顔を真っ赤にしている。

「しねーよ」

「いや、しろよ。何なら奢ってやろー? 初カノジョだろーし、ご祝儀で」

「いらんわ!」

「ご祝儀じゃったら受け取っても良いのでは?」

「あ、あのなあ樹、今回の場合ご祝儀って言うのはお前の考える意味じゃなくてだな」

そんな行為、するわけないだろ。相手は樹、いくら可愛くても、正体は木なんだ。

「けどさー、いざって時はつけてしなきゃマズイっしょ。ねえ」

 後ろにいた空と鈴に同意を求める光。しかし、聞かれた二人はあたふたし、答えにならない声で光に何かを話しかけている。女子特有の空気の読み方でコレを察したのか、光は顔をポリポリかいている。

「ま、話の流れからそのご祝儀とやらの大方は想像つくが、太陽にそんな甲斐性は無いじゃろ。風呂に一緒に入っても特になにもなかったしのう」

「おま、話の流れ理解してたのかよ!」

「とーぜんじゃ。お主の事なら何でもわかるぞ。裸の付き合いをしているくらいじゃからな」

 そう、俺にそんな度胸も甲斐性なんて――って、なにいってんだぁぁ!

「風呂?」

「お、風呂?」

 こいつ、とんでもない爆弾を……。空と鈴の方を見ると、二人はもじもじと顔を赤く、下を向きながら、上目遣いで俺に聞いてくる。

「い、いや、その……」

「今朝もそうじゃったのう」

 俺たちの反応をよそに、樹は喋り続けている。

「汗をかいたので二人でシャワーを浴びたのじゃが、太陽はわしに背を向けてばっかりじゃ。仕方ないのでわしが太陽の背中を流して」

 聞かれてもいないプライベートを樹はあーだこーだと、べらべら喋っている。

「あんた……やることやってんじゃん」

 光が軽蔑したような目で俺を見ている。終わった……俯いていると、光に肩を掴まれた。

「面貸しな」

 一昔前のヤンキー漫画のように、俺は光に連れられていく。殴られるのだろうか……


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