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15

 

 ――ジュージューと油の塗られた鉄板の焼ける音が聞こえてくる。十分熱されたのか、鉄板からは煙が出ている。

「ほら、さっさと入れる」

 大阪のおかんのように、テキパキと俺たちに指示をするのは光だ。小さな金属製の器に容れられた小麦粉と出汁、山芋が入った生地と、その中に大量に入れられたキャベツとわずかに入れられた海老や薄切り肉を少しかきまぜると、樹は鉄板にゆっくり、小さな円形で、高さが出来るように投入した。

「おおお」

 樹は感嘆の声を上げながら、厚みのある生地を見ている。熱せられた鉄板に投入された生地は、ジュウジュウと焼ける音を発し、焼かれた生地は、粉物特有の出汁の香りなどが鼻に入ってくる。

「コレは何と言う料理じゃ?」

「あれ、樹ちゃん食べたことないの?」

「これはね、お好み焼きっていうの」

「おお、おこのみやきか」

 お好み焼き。小麦粉とだし汁、それに山芋をすり下ろした生地に卵を混ぜ、その中に大量のキャベツを混ぜ、焼きあげる。好みで豚肉の薄切りや、魚介類を混ぜるとなお良い。片面が焼ければ、ひっくり返す。後はしばらく待ち、出来上がったら上からソース、マヨネーズ、好みで青のり、鰹節をかければ完成だ。神戸ではぼっかけ、牛すじとこんにゃくを甘辛く炊いたものをかけると聞いたが、一度食べてみたいものだ。

「太陽、あんたも作りな」

「おお太陽、わしも楽しみにしておるぞ」

 お好み焼き奉行、日向光様。それに樹のご命令の為、俺も持っていた肉玉を鉄板に投入した。光のアドバイス通りにキャベツの水分が出過ぎないように、生地を混ぜるのは最小限に空気を含ませるように混ぜていると、光に褒められた。

「あんた手際良いじゃん」

「ありがとよ」

「にしてもこんな場所に鉄板焼きの店、あったんだな」

 お好み焼き屋 【リンリン】

 店に入ると、風鈴に似たベルの音がリンリンとなって出迎えてくれることから、この名がついたそうだ。外観は普通のちょっと年季の入った店に見えるが、中は意外としっかりした作りで清潔感がある。個人客は大きな鉄板で店長、もしくは自分で焼いてくれる。家族連れなどは、イスの席や、畳の席がある。驚いたのは今俺たちがいる席、なんと個室だ。襖で仕切られ完全プライベートの個室。中は掘りごたつのようになっており、靴を脱げたせいか解放感がある。にしても、さっき看板を見たところ、個室は普通、予約が必要らしいのだが……席はそれぞれ、俺、樹、光向かい合って、鈴、空となっている。

「どうだいあんたたち、食べてるかい?」

 がららっとドアの引き戸が開かれると前掛けをつけた恰幅が良く、元気のよさそうなおばちゃんが入ってきた。

「うーっす、おばちゃーん」

「はい! 今日はありがとうございます」

 フランクに挨拶する光に対し、空はかしこまって挨拶をしている。

「こんにちは」

「初めまして」

 俺たちも連れられて挨拶をすると、おばちゃんは「見ない顔だねえ」と呟いていた

「ああ、こいつらに会ったのは偶然、付き合ってんだってー」

 光はおばちゃんにべらべらと俺たちの事を喋っている。

「あらそうかい! 見たところ、ここは初めてかい?」

 え、ええ。

 俺と樹は頷くと、おばちゃんは「待ってな」と言い、ここを去っていった。

「元気のいい人だね」

「うむ。大木のようにどっしりした人じゃ」

 樹の発言は何だか失礼なような気もするが、おそらく光の知人であるので、どういう関係か聞いてみた。

「あのおばちゃんすごいっしょ?」

 光は嬉しそうに話しかけてきた。

「ああ、光の知り合いの店なのか?」

「あの人ね、鈴の母ちゃん」

「うそぉ!」

「ほお……」

 思わぬ発言に、俺と樹は鈴の方を見つめていた。

「あ、あう……」

 顔を赤らめ、髪をいじり恥ずかしそうにしている。

「恥ずかしい……」

 消え入りそうな声で、鈴は呟いた

「なにが恥ずかしいんだい?」

「ママ!」

「ママってなんだい。母ちゃんって呼びな」

「や、やだ」

「あーもーこの子は、もっとフランクにできないもんかねえ。礼儀正しいのはいいんだけどさ」

「ほ、ほっといて!」

 そんな問答を見ていると、おばちゃんが俺の方を見て、「コレ食いな」とイカや豚肉の盛られた焼きそばを差し出してきた。

「サービスだよ」

 ニカっと笑うおばちゃんが、ちょっと男らしくてカッコよかった。

「ラッキー、ここの焼きそばちょー美味しいんだよねー」

 光は光で樹と空に、焼きそばを一緒に作ろうと話しかけていた。

「あんた名前は?」

 おばちゃんは俺に名前を聞いてきたので、水原太陽と答え、焼きそばのお礼を言った。

「あんたが太陽かい。ふーん」

「俺を知ってるんですか? あと、こっちは樹って言います」

「初めまして、鈴の母君」

「いやだねえ、堅苦しいのは。おばちゃんでいいよ、おばちゃんで」

 大きな腹をポンと叩いて豪快に笑う鈴の母さん。

「にしても、君がねえ。良い男じゃないか」

「あはは、どーも」

 お世辞だが、ありがたく受け取ろう。焼きそばも。

 俺を見定めするようなおばちゃんの視線に鈴が気が付いたのか、いつにもない声を荒げ、怒っている。

「仕事に戻って!」

 はいはいと言うと、おばちゃんは続けて話しかけてきた。

「じゃ、鈴に手を出すのは良いけど、子供はまだいらないからね」

「ママ!」

「母ちゃんってお呼び! あと太陽君も家はいつでも歓迎するよ」

 そう言うと、おばちゃんは厨房の方へ戻っていった。

「なんだか、カッコいい母さんだな」

 お世辞ではなく、本心を鈴に伝えた。

「うう、樹ちゃん、ごめんね」

「なにがじゃ?」

 樹は焼きそばを鉄へらで炒めながら、鈴に聞き返した。

「さっきの……怒ってないの?」

「怒る?」

「ううん、気にしてないなら良いの」

 鈴はそう言うと、ヘラでかっこよくお好み焼きをひっくり返している。日ごろ手伝っているのか、手際が良い。

「ほお、上手いもんだな」

「そ、そんなこと」

 鈴は照れながらも、嬉しそうに俯いている。

「あららー、良い雰囲気じゃなーい?」

 光はふざけながら、鈴をからかっている。

「も、もう!」

「そんなわけないだろ」

「え?」

 鈴は驚いているが、一体何を驚いているのだろうか。だってそうだろ。俺みたいなぼっちと一緒なんて、誰だって嫌だろ? 

「あんたさあ……」

「なんだよ」

 光が不満そうに、俺を見ている。

「……なんでもない。さ、焼けたよ」

 光がそう言うと、空がソースやマヨネーズを、鈴が持っていた鉄べらでお好み焼きを等分してくれた。焼きそばも出来上がったようで、ソースの焦げた匂いがたまらなく良い匂いを発する。

「いただきまーす」

 みんなで手を合わせ、鉄板の火を弱め、皆でお好み焼きを食べ始めた。各自自分の皿にとり、皆鉄板からヘラを使い食べている。

「あつっ」

 焼きたてで、お好み焼きの割れ目から中の蒸気が沸きあがっている。鈴はというと、その湯気でメガネが曇ったのか、メガネを拭いている。

「雨宮のメガネ外した姿、初めて見たな。眼鏡無いとまた違った印象。活発? 可愛い」

「え?」

 俺の言葉を聞いた鈴は、湯気のせいか顔をドンドン赤らめていく。

「あ、変なこと言ってごめんな」

「う、ううん」

 雨宮はそう言うと、備え付けのティッシュ箱からティッシュをとりメガネを拭きはじめた。

「あっついのう」

「あらあら、正妻の余裕ってやつ?」

「?」

「こっちの話。やけど気を付けてね、樹ちゃん」

「うむ」

 ふーふーと、息を吹きかけながらそう告げるのは樹。樹も焼き立てで熱いからか、食べるのに苦労している。空や光、鈴は慣れているのか、手際良く自身の皿に移し、冷ましながら食べている。

「食うか?」

 俺は冷ましたお好み焼きを皿に載せ、隣にいる樹に渡した。

「すまぬのう」

 樹がそう言うと、ヘラでとると、嬉しそうに頬張っている。

「ああもう、ソース口についてるぞ」

「んふふ、美味しい」

 ワンピースにソースがつくとまずいので、テーブルに備え付けられている紙ナプキンを鈴にとってもらい、それでお好み焼きを美味しそうに食べている樹の口元を拭いてやった。

「じっとしてろよ」

「ん」と樹は俺があげたお好み焼きを食べ終わり、俺に口を突き出してきた。拭いてやると、樹は嬉しそうに今度は自分のお好み焼きを食べ始める作業に戻っていく。あれか、俺はお前の召使か何かか?

「ほれ、そんな不貞腐れた顔を見せるでない。焼きそば美味いぞ」

 俺に差し出されたソレを、樹に食べさせてもらう形で受け取る。

「……」

 きゃっきゃと姦しくお喋りをしていた光や空、鈴は黙っている。

「どうした?」

 俺がそう聞くと、空が「だ、だいたんだね」と話しかけてきた。

「そうか? ……そうかもな」

 相手が樹だと言うこともあり、少し前まではこんなこと出来なかっただろう。

「そうかもな……」

「あのぼっちがねー、見せつけてくれちゃって」

 ケラケラと笑う光と対照的に、鈴と空はなにやら難しそうな顔だ。

「ところで、空たちってどういう関係なんだ?」

 見たところ、共通点もないし、光は鈴のことを自分を際立たせるオプションとも思ってなさそうだ。同じ部活ってわけでもなさそうだし……

「私と鈴は幼馴染」

 光が言う。

「私と光は、同じクラスで一緒のグループになった時かな。その後、鈴ちゃんとも仲良くなったんだ」

 今度は空が、なるほど、部活とかじゃない訳ね。

「ほお、仲が良いのう」

 樹は青のりをたっぷりかけた焼きそばを食べている。ああもう、歯にまでついちゃって……そんな俺の心配をよそに、樹は俺にその焼きそばを差し出してきた。

「ほれ、お好み焼きの礼じゃ」

 そう言うと、喋ろうとしていた俺の口にまたも焼きそばを突っ込んできた。

「どうじゃ?このモサモサした青のりが良いじゃろ。じゃろ」

 子供のように樹ははしゃいで言うが、俺としてはそんなことより、周りの目のほうが木になって仕方がない。

「鈴、強敵だよ、頑張んな」

 雨宮の背中を叩く光。傍から見るといじめにしか見えない。

「……」

「あれ、空も、どしたの?」

 箸を止め、空も鈴も箸が全く進んでいない。俺たちのせいだ、すまない。

「あ、あのさあ……」

 空が話しかけようとした時、俺の携帯、スマホに着信が入った。

「あ、悪い、ちょっと」

 俺は電話の主を確認し、皆に一言いい、部屋から出た。

「ああ、どしたの」

 電話の相手は母さんだ。

『帰り遅いから心配してさ、もう7時だよ?』

 今日び、高校生が7時くらいで……と思いながらも、樹がいたことを思い出し、話を続けた

「そうだな、いま知り合いとご飯食べてたところ」

 友達と言うにはそこまで親しくは無いので、知り合いとして話を進めた。

『あら、あんたの知り合い?』

「空だよ、雲居空。それと、その友達」

 そう言うと、母さんは少し無言の後、話し始めた

『迎え、行こうか?』

 聞くと、女の子一人で帰るには危ないとのことらしく、母さんは空に、母さんの車に乗るか聞いてこいと俺に指示を出す。

「わかった」

 ドアを開け、空に確認をしようと話しかけた。

「空、帰りどうする?」

「え、バスで帰って、後は歩こうかなぁって……運動も兼ねて」

「うちの車、乗るか? 空の事を話したら母さんが乗せてくってさ。光はどうする?」

「え、そう? じゃあせっかくだし」

 嬉しそうに空は言うと、「じゃあ、お願いしようかなあ」と、母さんの提案に乗った。

「あたしはいーわ。家すぐ隣だし」

「空乗るってさ」

『わかった。じゃあ、30分後くらいには着くから』

「切りやがった……」

 母さんは一方的にそう告げると、電話を切ってしまった。

「30分後にここに迎えに来るってさ」

「ありがと、太陽」

「礼なら母さんに言えよ」

「むう……」 

 空は何か言いたげだが、俺も腹が減った。さ、食べよう食べよう。

「ほれ、後はこれだけじゃ」

 樹が見せてきたのは、樹たちが焼いていたお好み焼きだ。樹が食べていたのか、残り一口程度だった。

「あーん」

 樹は箸で俺に食べさせようとしてくれた。まあ、残りがそれだけなら頂こう。あーー口を開けていると、樹ではなく向かい側からお好み焼きが飛んできた。

「お礼」

 くれたのは空である。俺の口には、空がくれたお好み焼きの一片、鉄板ではなく皿の上に載せてあったせいか、熱気はもう逃げているものの、キャベツの甘みは増し、海老はぷりっぷりであった。さらに、かけてあったソースもフルーツ系だろうか、甘みがあり、よりお好み焼きの中のキャベツの旨みを引き立てる。

「美味いな」

 率直な感想を述べると、空は少し照れている様子である。

「ほら、鈴」

 光はなにやら鈴に耳打ちをすると、雨宮はなにやら決心した様子で、俺に焼きそばを差し出してきた。

「あ、あーん」

 恥ずかしいならやらなければ良いと思いながらも、せっかく雨宮が食べさせてくれると言うので、ありがたく食べさせてもらうことにした。

「ど、どう?」

 色白な肌が真っ赤になりながら、雨宮は俺に感想を求めてきた。

「美味いよ。太麺は珍しいし、ソースが良い。これ、お好み焼きのやつと違うだろ?」

「う、うん。自慢の……ソースだよ」

 雨宮は嬉しそうに言うと、今日一番の笑顔とともに、もっとと、焼きそばを全部差し出してきた。

「そ、それと、鈴」

 え?

「皆と同じ、名前で呼んでほしい。い、嫌ならいいの」

 そう言うと、また顔を俯け、しょんぼりとしている。確かに、俺も皆名前呼びの中で、一人だけ名字だと疎外感を感じるな。

「そ、そうか? じゃあ鈴」

 俺が名前を呼ぶと、まるで子犬のように笑顔でこちらを見てきた。

「た、太陽」

「た、太陽⁉」

「……ダメ?」

「ダメじゃねーけど、なんか」

 気恥ずかしいっていうか、ちらりと鈴の方を見ると俺と同様に気恥ずかしかったのか、俯きもじもじと手遊びをしている。

「焼きそば、ありがとう。御馳走様」

「う、うん。また来てね」

「ああ」

「良いムードだねー、お二人さん」

 光は頼んでいた瓶のコーラを飲みながら、俺と鈴を茶化していた。

「もう、光」

 鈴も光を注意するが、その声は妙に嬉しそうだった。反面、空は複雑そうな顔をしているように見えたが、俺が空を見ると何事もなかったような表情でお茶を飲んでいた。

「ふう、美味かったのう」

 樹も満足したようで、口の端に青のりをつけたままこちらを向いて笑っている。

「ほら、ソースの次は青のりかよ」

 鈴に備え付けの箱ティッシュからティッシュをもらい、それで樹の口元を拭いてやった。「くすぐったい」と笑っていたが、流石にそのままでは外へ出せないので、我慢してもらった。

「ふう、今日は馳走になった」

 樹も茶を一口すすり一息おくと、3人にお礼を言っていた。

「部外者同様の我が身を、ここまで懇意にしてくれて、誠に感謝する」

 深々と頭を下げる樹に、おもわず3人も頭を下げていた。

「ま、また遊ぼうね、樹ちゃん」

 光は軽く言い、鈴はと言えば

「また来てね、サービス、するから」

 ああ、美味かったし、今度は家族と来たいな。そう思っていると、光が横から茶々を入れてきた

「おやおやー、サービスって、どんなサービスかなー」

 いつの間にか鈴の背後に回っていた光は、鈴の胸を鷲掴かみしていた。

「あれ、また大きくなった?」

 スレンダー系の美女である光とは対照的に、鈴は身長が低いし、美女とは言い難いが、愛嬌がある風貌で、それに似つかわしくない胸を持っていた。

「私だって……長距離やってるからだもん」

 空は自分の胸を触りながら、そんなことを呟いていた。そんな空を見てか、光は「一緒に大きくなろうぜー」と、空の胸をまさぐり始めた。

「ちょ、長距離の人って、スリムだもんね、私なんか太ってるから」

 鈴はフォローしようとしているが、男の俺でもそれがフォローになっていないことはわかるぞ。

「この胸か―!」

「ふぁあ!」

 空もその一言でカチンと来たのか、光の腕を振り切って、鈴の胸を揉みしだいている。

 カーディガンを脱ぎ、キャミソール、タンクトップ? そのような格好をしている鈴の胸が、服越しにも揉まれており、服の隙間から白いブラが見えてしまった。

「や、やめ」

「この胸か―」

「この胸だ―」

 空と光は楽しそうに胸を揉んでいる。

「た、太陽君もいるんだよ!」

 鈴の必死の声で、二人も我に返ったようだ。

「み、見た?」

 鈴は少し涙目になりながら俺に問いかけてきた。

「み、っ見てないよ」

 声が上ずってしまったため、嘘だとすぐにばれた。

「こりゃーもう」

 空が手を準備体操のようにぷらぷらさせている。

「お仕置きっしょ!」

 光が元気よくそう言った。むしろ、お仕置きを受けるのはお前らでは?

「……はは、お手柔らかに」

 理不尽だと思いながらも、俺は空と光から何故か平手打ちを食らった。

「ご、ごめんね」

 鈴は鈴で、被害者にもかかわらず俺に氷をビニール袋に入れ、タオルでくるんだ簡易氷嚢を渡してくれた。

「ああ、これあるし大丈夫。ありがとな、鈴」

 思わず樹にしたように頭を撫でてしまった。まずい、平手打ちを食らう。

 体をビクッとさせ、鈴の方を見ると、恥ずかしそうにまた俯いてしまった。

「ぼっちって意外とたらしだったんだー、そりゃあ男子からハブになるわ」

 光が俺に向かってそう言った。

「ぼっちって言うな。それに俺は、たらしじゃない」

「だってどっからどう見てもそうじゃん」

 ぐっ……確かに、不可抗力としてそう見られるかもしれないが、誤解だ。

 俺が言い訳を考えていると、俺たちのいる個室のドアが開いた。

「迎えに来たわよー」

 母さんが元気よくそう言い放った。隣にはおばちゃんがいた。

「じゃあ、お世話になりました」

「またいらして下さいね」

 光の言った通り、友人割だろうか、予想以上に安く食べられた。俺たちが会計を済ませ終わると、母さんたちは互いに礼を言っていた。母さん親同士礼をすますと、俺は助手席、空と樹は後ろに乗り込んだ。

「光はどうするんだ?」

「私は近いから気にすんなっつーの」

「ばいばい……」

「おう、今日はありがとな」

 二人に手を振ると、母さんは車をバックし向きを変えると、車を発射した。鈴は俺たちの車が角を曲がり見えなくなるまで手を振っていた

「太陽にお友達、まさか、女のことはねえー」

 母さんは嬉しそうにそう言うと、空に話しかけ始めた。

「空ちゃんも久しぶりねえ。何年ぶりかしら?」

「太陽のママさんの車に乗ったのは、小学校以来ですね」

「ママさんだなんて、おばさんで良いのよ―」

 俺が言ったら怒る癖に……など思いながらも、二人の会話に耳を傾けていた。

「にしても、部活大変でしょ? 太陽ったら帰宅部だからだらけてだらけて」

 俺の愚痴を肴に、母さんは会話を進めている。

「あはは、なら、一緒に走ります?」

 走る? なんで?

「運動不足も解消されるし、けっこういいですよ」

 明るく空は言うと、母さんは乗り気で頷いていた。

「そうね、そうしましょう!」

 結果、俺は明日から走らされるらしい。話を聞けば、俺の家から空の家まで、およそ1キロ。その道のりを空が走って迎えに来てくれた後に、俺たちは3キロ程度を走るらしい。冗談じゃない。

「疲れるしやだ」

 楽がしたくて帰宅部に入ったのに、何が悲しくて無意味に走り続けなければならないんだ。

「太陽、何事も経験じゃ」

 樹が後ろから何か言ってきたが、無視だ無視。

「やろーよ、ね?」

 空も空で、練習相手が欲しいのか、俺に頼んできた。このまま平行線で逃げたいが、今の状況は1対3。待っているのは多数決と言う名の蹂躙だ。けれどランニングは決定事項の様に進んでいく。仕方がないので俺はしぶしぶ、

「疲れたらやめるからな」

 先に釘を刺しておき、何時でも辞めれる用意はしておく。情けないが、防衛反応と考えて欲しい。

「じゃ、明日迎えに行くから」

 そうこうしているうちに空の家につき、空が別れの挨拶を告げる。

「寝坊してたらすまんな。その時は1人で頑張ってくれ」

「その時はモーニングコールしてあげる」

 サイレントモードにしておこうかな……

「明日寝坊したら朝ごはん抜きだから」

 母さんからの無慈悲な勧告により、俺が明日早起きすることは決定事項となってしまった。

「ま、起きれぬのなら、わしが起こしてやろう。のしかかれば一発じゃろう」

 後ろで自慢げにそう言う樹に、車から降りようとしていた空の足が止まった。

「お、起こす? のしかかって一発!?」

「ああ、この子たち、今一緒の部屋で寝てるのよ。仲が良いでしょ?」

 まるで兄妹みたいだと母さんは笑っている。空も空で「あははは」と乾いた声で笑っている。けれど、暗くてよく見えないが。、空の目は笑っていないように見えた。

「そ、そうなんだー」

「あ、ああ」

 空が戸惑いながらも聞いてきたので、事実だけを述べてやった。

「た、太陽はそれでいいの?」

「あ、まあ、本当は和室がどっかで寝て欲しいけど……」

 今後のことの相談もあるし、部屋に寝られるのは都合が良いんだよな。

「そ、そっかぁ……よし」

 空は車を降り、俺の方を見ると高らかに宣言した。

「ぼっちでも不純じゃなかった太陽、私がきっと、元の太陽に戻してあげる!」

 いまいち意味のわからない宣言をした後、空は母さんにお礼のあいさつをし、家に戻っていった。

「またな」

「今日一日だけで、だいぶ成長したのう」

 俺が空に別れのあいさつを言っているのを見て、樹はそんなことを呟いていた。

「何がだ?」

「人と良く話すではないか。感心感心」

「ホントねえ、お友達とご飯だなんて、私びっくりしちゃった。いつぶりかしら」

 ハンドルを握りながら、ミラー越しに樹を見て母さんはそう言った

「樹ちゃんも、今日はどうだった?」

「シェイクとやらは甘く冷えており、ノドゴシも最高、美味じゃった。その後行ったカラオケも、歌はよく知らんかったが太陽のおかげで楽しかったぞ」

「じゃあカラオケデートね」

「そんなんじゃねーよ」

 俺はため息をつきながら母さんに言うが、母さんは俺のことなど関係ないと言わんばかりに樹とお喋りしている。

「それで、お好み焼きを食べていたのね」

「そうじゃ。青のりをどばっとかけると、風味が増して美味かったのじゃ」

 樹は身を乗り出し、母さんに焼きそばの感想を話した。青のりを木の葉のようだと言い、にかっと歯を見せて笑う。大変気に入ったらしい。ミラー越しにその表情を、母さんが見ている。

「ふふっ、青のりついてるわよ。ほら着いた。シートベルト外して」

 樹と俺は、シートベルトを外し、車を降りる。

 田畑が広がるここら辺は夜になると虫やカエルの歌声が心地よく耳に入ってくる。

「ほら、さっさと入るぞ」

 二重玄関となっている我が家の玄関の明かりに虫が寄っており、それを捕食するカエルが数匹はりついていた。俺は近くに立てかけてあった箒でそれらを払い、樹の手を引き素早く中に入った。鍵は車から降りた際に母さんから預かっていたので、それを使い、家の中に入った。

「ただいまー」

「今戻ったのじゃ」

 おそらく父がいると思ったので、俺たちは靴を脱ぎながら帰宅の挨拶をした

「おー、風呂空いてるぞー」

 後はお前らだけだと父は言うと、風呂好きな樹は嬉しそうに俺を連れ風呂場へ向かった。着替えがおいてあるかごの中には、今日買った服ではなく、女物の、おそらく母さんのハーフパンツとTシャツが置かれてあった。

「ああ、それ樹ちゃんに今日着ろってさ」

 父がそう言っていたので、たぶん寝巻代わりだろう。今日買った服は一度選択したのか、脱衣所の物干しざおにかかっている。

「下着どうするんだ?」

「乾いてからはき返ればよかろう。さ、風呂じゃ風呂」

「じゃあ父さんはもう行くから」

「ああ、わざわざありがと」

 樹が服に手をかけ始めたので、父は慌てて退出した。出来ることなら俺も退出したいのだが……「これも訓練」と樹は言ってきかなかった。

「はあ」

 チャポンと水滴がタイルに落ちる音がするのみで、風呂場は静寂に包まれている。

「今日は色々あったのう……」

 樹は俺にもたれかかり、目を瞑りお湯を味わっている。気持ち良さそうに自分の腕を触り、その後お湯を両手ですくい、顔を洗った。

「なあ、一緒に入る必要あるのか?大事な話なら、風呂じゃ無く俺の部屋でも出来るだろ」

 俺がそう言うと、樹は虫を見るような目で俺を見た。

「はぁ……」

 樹はため息をつき、俺に説明を始めた。

「良いか、風呂は一緒に入ることで、ガス代なども節約されるじゃろ」

 それは前に聞いた

「それに、ここでしか出来ん話もあるしのう」

 ここでしか?

「裸の付き合いってわけか、聞いてやるよ」

 久々の遊びはやはり楽しかったのか、俺は少し心地よい気分になりながら樹の頭に手を乗せる。

「今日はどうじゃった? 楽しかったか?」

「悪くは無い……」

 いきなり空に出会ったことで、驚きは多少あったがな。

「その顔は肯定と見て良いな?」

 ああ、YESだ。

「では聞くが、あの仲の3人、三者三様、どれが好みじゃ?」

「ぶっ」

 いきなりそんなことを言われ、おもわず吹いてしまった。俺のつばが目に入ったのか、樹は顔を拭っている

「なにをするか、ばかもん」

 俺がばかもんなら、そんなに質問するお前だってばかもんだ。

「何じゃその顔は……」

「そっちの質問のほうがなんだ」

 俺は樹の頭を軽くはたくと、樹は「あうっ」と声を上げた。コレで懲りただろう

「うう……で、誰が好みじゃ? あの短髪短パン幼馴染か? それとも、あの気の強そうな女子か? それとも、乳が大きいあの店の子か?」

 樹は今日出会った女の名前を上げると、再度俺に問いかけてきた。

「なに、告白するしないは別として、好みくらい聞かせてくれてもよかろう」

 樹は目を輝かせながら俺に聞いてきた。

「……だよ」

 俺は、ぼそりと声にならない声で呟いた。

「ほう、幼馴染か。なら丁度良いではないか」

「何で聞こえんだよ!」

 誰にも聞こえない声で呟いたはずなのに、樹は「わしは何でも知っておる」と言ったような表情だ。だったら聞くな。

「ま、なら明日は好都合じゃな」

 確かに、そうかもしれないけどさ……

「好きな子の前で、情けない恰好なんて見られたくないだろ」

「情けないのはいつものことであろう」

 樹はばっさり切り捨てた。

「なんだと?」

 その物言いに、俺は少し腹を立てた。

「だってそうじゃろ。友も作らんと、一人で過ごして」

「好きなんだよ」

 一人が好きなんだ。ほっといてくれ

「じゃが、今日のお前さんは、皆と一緒にいて楽しそうにしておったぞ」

「それは……」

 確かに、今日は楽しかった。久々に家族以外と喋ったし、あいつらは俺を馬鹿にする様子もなく接してくれた。

「けど……」

 俺は怖い。前に樹にも話したが、俺は空に閉じこもっている生活になれてしまい、その殻を取られてしまっては、隠れる者も逃げ道も無くなる。それが怖いんだ。

「怖いのもわかる。しかしな、太陽」

 樹はこちらを振り向くと、俯いていた俺の頭をそっと撫でてきた。

「樹?」

 思わず樹の方を向くと樹は俺を優しく、菩薩の様に優しい表情で励ましてくれた。

「あの少女らは、まごうことなく優しい。そのやさしさを受け取った太陽は、恩を返さねばらぬ」

「恩?」

「そうじゃ。しかしなにも、いますぐ少女らに返すと言うのは、お主にはちとハードルが高いじゃろ? それともできるか?」

 確かに……

「ならまずは先ほど太陽のことを案じておった幼馴染に、少しは良いところを見せんか!」

 樹はごしごしと擦るように俺を強く撫でている。けれどその手の平からは不思議と叱咤激励が伝わってきた。

「ま、今宵はもう遅い、後は寝るだけ。明日は早く起こしてやる故、安心して眠るがよい」

「……」

 樹はそう言うと、風呂からあがり体をタオルで洗い始めた。

「ありがとな」

 恥ずかしかったが俺は素直に樹に礼を言うと、樹は苦笑しながら「じゃったら背中を流せ。それで手うちにしよう」と言い、湯船につかっている俺を手招き……ではなくタオルを投げる様に渡してきた。

「はいよ」

 恩には恩か。貰いっぱなしはよくないな、確かに。

 樹に言われたことを胸にしっかり記憶し、俺は樹から貰ったタオルに石鹸をつけ、泡だてた。

「どこからやる?」

「じゃあ、胸から」

 壁に備え付けている大きな鏡を見ていた樹は洗いやすいようにと、背後にいる俺の方へ体をくるりと方向転換をしてきた。

「自分でやれ! こっちを向くな」

「ふふっ、さっきの勇ましさはどこへ消えたのじゃ? ん?」

 したり顔なのが、しかもその表情が様になっているのが、そこはかとなくむかつく。

 今のはおそらく樹なりのジョークなんだろうが、わざわざこちらを振り向くのはやめて欲しい。若干の苛立ちを少し込めて、俺は持っていたタオルを樹に投げつけた。

「へぶっ」

 タオルは顔面にヒットし、樹は目に石鹸が入ったのか、目を押さえ、もだえている。

「目が、目がぁ」

「どこぞの悪役か、お前は。ほら、こっち向け」

 桶に湯を張り、樹が俺の声を聞き振り向いたところに、その湯をかけてやった。

「ううっ!」

 目を押さえていたため、予測できなかったのか、今度はいきなり湯をかけられたことに困惑している。

「なにをするか太陽!」

「あはははは」

 目を充血させ、鼻水を垂らしている樹を指差し、俺は大きく笑ってやった。

「まったく……これだから子供は」

 樹は俺から風呂桶を取りあげ、そこへ水をため洗顔を始めた。

「悪かったって、それに、ありがとな」

 この緩い状況なら、素直に俺も本心で樹に礼を言えた。そんな俺の気持ちを察したのか、樹も顔を洗い終えると「分かればよい。頑張れよ」とだけ言い、自分で体を洗い始めた。

 俺は無言でタオルを樹から奪い、樹の背中を洗ってやった。

「ふふっ、素直じゃないのう」

 顔は見えないが、樹はきっと笑っている。俺はこれ以上喋りぼろを出したくなかったので、無言で白魚の様な、しみ一つない樹の背中を流してやった。


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