13
――やってきたのは勿論ここ。高校生や金の無い人たちの憩いの場所。
カラオケボックス。
一人で遊ぶには最適で、いくら叫んでも怒られない。学割もあるためなお格安で遊べるここは、学生の味方だ。
店に入ると割り勘だと複数人の学生が財布の中と睨めっこしている女子や男子、格好をつけているか男性側がすべて支払っている者もいる。先に並んでいた人たちの受付が終わったので、俺は飲み放題のついたプランを探す。
えっと、学生一人と……ちらっと樹を見ると、樹は初めて見るモノばかりなのか、店頭に置いてあるマラカスやタンバリンなどを触り、目を輝かせている。こうして見ると、やっぱりあどけないんだよな。
「えっと、お客さん?」
「あ、すみません」
受付の最中だったのを忘れていた。
「安いプランってどれですか? 一人学生証無いんで」
学割以外であるかを聞くと、店員はピッタリなプランがありますと手を叩いた。
「それでしたら、お客様はこちらが良いかと」
店員が指差したのは、レジ横のメニュー表に書いてあった……これか。
『この夏、燃え上がれ! カップル限定 数量限定 カップル割!』
真夏の太陽をバックにサンバを踊りながらマラカスを振り回している女性と男性の妙な絵が特徴的だった。
「こ、これですか?」
思わず目を疑いそうになるインパクトに、俺は驚きを隠せなかった。
「ええ。3時間飲み放題、ルーム代金合わせて、これだけです」
店員はポスター下を指差すと、そこには値段が表示されていた。
「安いな」
「でしょう」
心なしか、店員も誇らしげだ。それだけ自身のあるプランなのか。
「じゃあそれで」
「かしこまりましたー!」
頼んだのは俺ではなく樹だった。
「お、おい。いいのか?」
「安いんじゃろ? 節約するに越したことは無いぞ」
こいつとは気が合いそうだ。そんなことを思いながら、俺たちは部屋へ案内された。案内された部屋はお世辞にも広いとは言えず、座る場所は二人掛けのソファーしかない。必然的にお互いが密着することになる。
「狭いな……」
思わず声が漏れてしまう。
「そのぶん、彼女といちゃいちゃ出来ますよ。あ、このカード、どちらかをお取り下さい」
俺にそっと耳打ちしてきた店員はそう言うと、俺に裏返しにされたトランプのようなカードを渡してきた。
「右で」
「右ですねー!! ジャジャーン、カップルジュース!!」
なにやら飲み物を持ってきた。
「あれ、俺たちまだ何も頼んでませんけど」
そう、普通の飲み放題はドリンクバーか、電話で注文する形。どっちにせよ自分が注文しないと出てこないはず。
「はい、カップル割の特徴として、まずはこのジュースをお二方飲んでいただきます」
こ、これをですか?
出されたジュースは普通のコップ程度の量しか入っていないが、ストローは短めの物が二つ入っており、お互いが同時に飲むと言うことは、必然的に顔を近づけることとなる。
「ええ、これを二人で飲んでいただけないと、認められないんです」
なるほど、安さにはそれなりの訳があるってわけか。
「良いではないか、この程度。ほれ、飲むぞ」
樹はもうストローを咥え、俺のことを待っている。
「彼女さん、積極的じゃないですか~」
店員は暢気そうにそう言っていた。しかたがないので、俺も端からストローを咥え、恥ずかしさを少しでも軽減するために、勢いよくジュースを飲んだ。
「あぁ、太陽、飲みすぎじゃあ!」
ちびちび飲むつもりだったのか、樹からそんなクレームが来た。
「はい、オッケーです。では、カップル割、どうぞお楽しみください」
俺はサイダー、樹はキャラメルクリームを頼むと、陽気な店員は外へ出て行った。
「えらく陽気じゃったのう。太陽もあれくらいどうじゃ?」
冗談きついぜ。ま、せっかくのカラオケ、歌わなきゃ損だ。
俺は樹にこの部屋に一本だけのマイクを渡し、何か歌うかを聞いた。
「あいにく、元が元故、歌はよく知らんのじゃ」
失念していた。樹はこんな身なりでも、元は木。人ではない。そうなれば、人の歌う歌など……
「悪かった」
思わず謝ってしまった。他人のことを気遣えない自分に、イラついてしまっていた。
「なにを謝っておるのだ?」
そんな俺を、樹は何ともないと言わんばかりに、ケロッとカラオケの機械をいじっていた。
「へ?」
そんな樹の様子に、俺は気の抜けた返事をしてしまう。
「わしが物を知らんのは、ある種仕方がないことじゃ。多少の知識は森に来る獣たちが噂程度で教えてくれるがのう」
ははは、心配して損したかも
「さ、今日は太陽の歌とやらを聞かせてもらうぞ」
逃しはしないと樹は俺にマイクを渡すと、なにやら目を輝かして俺を見ている。そんなに俺の歌が聞きたいのか。ふむ……一人でカラオケに行った時は好き放題の選曲をしたものだが、いきなり素っ頓狂な歌を送信しては樹も驚くだろう。
俺はタブレットパソコン式の機械を手慣れた操作で操り、ちょっと時代は古いが、いわゆる懐メロとも言える、ドラマの主題歌になった曲を歌った。
懐かしい低音のリフが鳴り、モニターによく分からない設定のミュージックビデオが流れる。それと共に歌詞が見やすいサイズの大きさで現れた。
「~~♪」
けして上手いとは言えないものの、音程を外すことは少ないため下手とも言えない俺の歌。
樹は俺の歌と共に歌詞の映るモニターを見ては、歌の背景を推察しているようだ。
「太陽よ、お主は随分うっぷんがたまっているようじゃのう」
ギターソロが入ったころに、一息をついていた俺に樹は問いかけてくる。
どうやら樹はこの歌詞と俺に何らかの共通点を探していたようだ。なにせ歌った歌詞が殻に閉じこもっている俺にピッタリだからだ。しかし俺は樹の問いに答えない。ギターソロも早々に終わり、続きを熱唱する。樹も歌詞が表示されてからは問いかけることを止め、再び俺の歌に耳を傾ける。
歌い終わりモニターから樹の方を見ると、樹は眼を見開いており、少し時間が経過した後で拍手をしてくれた。それと同時に店員が空気を読んだように飲み物を運んで来て、樹が拍手をする姿を見られてしまう。
そのせいで店員に歌が上手いんですねと勘違いされてしまい、樹も否定しないせいで少し気恥ずかしくなってしまった。
「ではこちら、アイスココアとキャラメルクリームでーす」
出されたドリンクをもらい、樹に手渡してやった。
「じゃ、ごゆっくり~」
店員はそう言うと、ドアを開け、外へ退出していった。
「おお、これも美味そうじゃのう」
ソフトクリームのようにとぐろを巻いたホイップクリームが乗せられたキャラメルクリームを嬉しそうにストローで吸う樹。俺も歌い終わり喉が渇いたため、一息入れよう愛すココアをグラスに口をつけて飲んだ。
ココアの少しの苦みと、それ以上の砂糖の甘さを楽しむ。うむ、美味い。グラスの半分程度を飲み干したところで、俺は樹にマイクを手渡した。
「なあ、樹も歌ってみないか?」
ストローをちゅうちゅう吸っていた樹は、俺の申し出を聞き飲むのを一時中断してテーブルに飲みかけのグラスを置いた。
「わしがか?」
「そうだ」
不思議そうに問い返す樹を見て、俺は首を縦に振った。
「しかし生憎、歌には疎くてな」
だから遠慮すると言う樹であったが、俺はカラオケにガイドボーカルという機能があることを説明した。流れるガイドボーカルを聞き、それに沿って歌えば初めての歌でも案外うまくいくものである。前に一人カラオケに行っていた時に、それは実証済みだ。
「友達と行ったと言えんところが悲しいのう」
「うっせえ、いいから好きなの選べ」
悪態をつきつつも、歌いやすいであろう童謡やアイドルの歌を教えてやった。
「ふむ……」
樹は俺に助言を求めつつも、説明したとおりにタブレットに付属されたタッチペンを上手に扱い、画面をいじくっている。一体何を歌うのだろうか。アイスココアを飲みながらそんなことを考えていると、ピッと音がしたので、モニターの方へ振り返った。
「んんっ」
すると樹も軽く喉を鳴らし、モニターを見た。
「タイトルは……森のくまさん?」
小学生に大人気? 童謡をチョイスする樹。
「そうじゃ、歌いやすくてよさそうじゃろう」
樹は伴奏、ガイドボーカルに耳を傾けながらも、楽しそうに肩を小さく揺らしリズムをとっている。そして歌が始まるとガイドボーカルに耳を傾け、昔のアイドルのように両手でマイクを持ち、歌い始めた。
「~~♪」
ガイドメロディーを聞きながらなせいか、たどたどしい歌い方になるも楽しそうに樹は歌っている。
一番が終わり、二番目の歌詞が始まると、樹も同じようなメロディーの繰り返しだと分かったのか、さきほどのたどたどしさ、初々しさは薄れ、楽しそうに歌い出す。そして歌い終えると、俺にブイサインを見せてきた。
俺は先ほどの礼という訳ではないが、どちらかというと親が子を褒めるように樹に拍手を送った。そして先ほどまで樹が飲んでいた、氷で少し薄くなったキャラメルクリームを渡してやると、樹は嬉しそうにそれを受け取り、先ほどより密着をするように俺の隣に座り直して感想を求めてくる。
「意外と上手いんだな」
率直な感想を樹に告げると、樹は「耳は良いからな」と胸を張って答えた。以降も同様に、俺が歌えば樹はガイドボーカルありの曲を歌うのを繰り返す。
飲み放題ということもあり、お互いジュースを数杯注文していると、さすがにトイレが近くなってくる。
「悪い、俺ちょっとトイレ行ってくる」
歌っている樹にそう告げると、樹は曲は流れているが歌うのをやめた。
「わしも行く。ついでじゃ」
マイクをテーブルに置き、俺の後ろを付いてくるように、部屋から出ようとした。
連れションかよ。そんなことを一瞬思ったが、ふとそれは違うな。と頭によぎった。
「もしかして、部屋が分からなくなるからか?」
部屋を区切るのは番号だ。外見上はどの部屋も同じ。
初めてのカラオケで樹も多少不安だったのだろう。俺の指摘は当たり。図星のようで、樹は黙って俺の脛にローキックをしてきた。じゃれて蹴ってきたようなものなので、多少痛いだけ。
「デリカシーのない奴じゃな、そんな事ではモテないぞ」
「はいはい」
樹の小言を流し、手をつないでトイレへ向かう。手を繋いだとき、樹が少し驚いていたのが少しおかしくなり笑ってしまい、また蹴られてしまった。
樹を連れて廊下に出ると、入口付近のトイレに付いた。勿論男女別で、扉に青と赤の性別マークが描いてある。
「じゃあ終わったらここで待ってるから。もし俺が遅かったら、部屋番号108に戻ってろよ」
樹のプライドを逆なでしないように、なおかつ、またローキックを食らわないために、俺は樹に二つの提案をした。
「……ここで待っておる。お主も待っとれ」
樹はそう言うと赤い女の子が描かれた扉を開け、すたすたと女子トイレに入っていった。
「部屋じゃないのか……」
そんなことを思いながら俺もトイレで用を足そうと入った。幸い人は誰もいないため、ゆっくりと用を済ませる。石鹸をつけて手を洗いながら鏡を見ると、ここに来るまで帽子をかぶっていたせいか、髪の一部が寝ぐせのようになっていた。それが気になった俺は指を水で濡らし、軽く治してからトイレを出た。
「樹はまだか……」
意外と遅いな。樹もやっぱり女子か。いや、デートとかしたことないから、女子がトイレにかかる時間なんて知らないけど。スマホの画面を見ると、トイレに入ってから数分しか経っていない。けれど待つ時間と言うものは長く感じるものだ。なにせ、場所がトイレの前だからな。手持無沙汰になりながらスマホの画面や、受付の様子を見る子で時間をつぶす。
早く出てこないかなと思っていると、女子トイレのドアが開いた。そうだ、せっかくだし樹をからかってやるか。
「随分と遅かったな」
女子トイレから出てきた女性を樹と勝手に決めつけていた俺は、出てきた女性をさして確認もしないで声をかけた。
――そして、不味った。




