12 幼馴染、雲井空登場
「ご注文は何になさいますか?」
機械的だが明るくはきはきと喋る店員が、レジの前にあるメニューを見ている俺たちに聞いてきた。
「えっと、苺シェークMと……おまえは?」
「チョコ、ココア……」
疲れ切った様子で樹は返事をした。
「チョコ、Lで」
疲れているようだし、このくらい飲めるだろ。
「イチゴ1、チョコ1ですね。ご注文は以上ですか?」
「ええ」
店員は注文を聞き、俺が金を支払うとすぐにシェークを出してくれた。さすがファストフード。
「ほら、来たぞ」
「うーー」
間延びした声で樹は返事をする。だめだこりゃ。
俺は店員からお盆に載せられたシェーク二つをもらい、窓際にあるクッション性のある席へ座った。
「ほら、樹」
「あーー」
う――の次はあーーかよ。そんな突っ込みを心の中でしながらも、母さんとのファッションショーに付き合っていた樹のことを考え、樹のシェークを手に取り、樹の口元へストローを差し出した。
「んーー」
樹は疲れた様子を隠すことなく、やる気なくストローを咥えてすすっている。
「んっ!」
すると突然やる気がなく、今にも溶けてしまいそうだった樹は眼を見開いた。
「うまい!」
樹は嬉しそうにそう言うと俺からシェークを奪い、両手でシェークを持ち飲み始めた。
「気にいったのか?」
あんまりにも嬉しそうな顔をするので、思わず自分のことのように嬉しくなってしまった。
「こっちも飲むか?」
俺の飲んでいた苺シェークを樹に差し出してみた。
「桃色じゃのう」
「それでも苺味だよ」
「美味しそうじゃな、頂こう」
「ほれ」
樹にシェークを渡そうとすると、樹は「このままで良い」と断った。どういうことかと思うと、樹は自分の飲んでいるシェークをお盆に載せ、俺が持ったままのシェークのストローを吸い、そのまま飲みだした。何やってるの?
「お、おい」
樹の大胆な行動に周りの人は俺たちを見てるような気がしてならない。
「んふふ。美味いのう。それに、体が冷えて気持ちいい」
樹は満足そうにそう言った。こっちは恥ずかしくて熱いんですが……。
「ま、わしはチョコのほうが好きじゃ。ほれ、お返しじゃ」
「そうか……んっ」
樹はいきなり自分のシェークを俺に差し出し、ストローを口に突き刺した。
周りの視線が痛い。きっと嫉妬も含まれているんだろう……。周囲の視線を気にしないこの行動だ。
「どうじゃ、美味いじゃろ」
「……まあな」
「んふふ」
樹は自慢げに誇らしげに、シェークを見せびらかしてくる。別に羨ましくとも何ともないが、子供っぽい樹の行動は外見相応で微笑ましい。
「あれ、もしかして太陽君?」
母さんでもない、女の声がした。
振り返ってみると日焼けした浅黒い肌、ホットパンツをはいた短髪で黒髪の女性が俺に声をかけてきた。
「……どちら様で?」
嫌な奴に会ってしまった――
俺の表情を察したのか、一瞬怪訝な表情をするも彼女はすぐ笑顔に戻り、真っ白な歯を見せながら笑っている。
「やっだー、もー、忘れたの? わ、た、し」
覚えているとも。ただ、会いたくなかっただけだ。
「お、その顔は思い出した顔だね。このこの」
彼女は俺の体を肘でつきながら、そんなことを言ってきた。
「雲居……だよな?」
「……正解!」
彼女はクイズ番組の司会者の様にそう言うと、初めて会うであろう樹に改めて挨拶をした。
「太陽とクラスは違えど、幼馴染の雲居空でーす」
夏に相応しい、俺と真逆な陽気な少女。俺と正反対な少女を、俺は苦手としていた。
「水原太陽……」
「……樹」
シェークをすすりながら、俺たちも改めて自己紹介をした。
樹の服を買いに来ただけなのに、思わぬ人物と出会った。まあこの辺りで大きな複合デパートはここくらいしかないからな。仕方ないだろう。
「ずずっ……」
樹は樹で先ほどとは真逆に、黙ってシェークを飲んでいる。
「あはは、なんかこうして喋るのって、久々だね」
雲居は「なつかしいなー」など言いながら当たり前のように空いた席に座り、バニラシェークを飲んでいる。
「まあな。クラスも違うし当たり前だろ」
俺は一組でお前は三組。それに雲井は陸上部で帰宅部の俺とは違い、放課後はトレーニングをしている。必然的に話す機会なんて無いに等しい。
「でもさー、太陽って暗くなったよね~」
「馬鹿にしてんのか」
おもわずイラっと来て、ついムキになり反論してしまった。相変わらずだ。距離感が無いというか、器がでかいのか……簡単に、当たり前のように話しかけてくる。
「あっはは、逆だってば~」
「逆?」
今の会話に馬鹿にする以外の意味があるのか?
「本当は明るいのにさ、太陽っていっつも友達といないじゃん」
明るく言うが、明らかに馬鹿にしてるだろ。
「ほっとけ……お前こそ一人でどうしたんだよ」
俺はシェークをすすりながら、雲井に悪態をついた。そもそも俺たちに会うためにここに来たわけではないだろう。
「あはは、今日は友達とアイス食べに来たの。ほら、今日って暑いじゃん?」
そうか、リア充は友達とアイスを食べに来ているのか。 あの高いアイスをねえ。
「……友達? それにアイス食べるならシェーク飲むなよ」
「アイスとシェークは別腹だよ。それに運動してるからカロリーは気にしなくていいし」
へいへい、陸上部のエースは流石ですねえ。俺とは大違いだ。
「それよりその子、誰?」
「なあ、友達との待ち合わせはいいのか?」
雲居の質問を逸らすと同時に、樹と一緒の所をこれ以上誰かに見られたら面倒なことになる。そう確信した俺は、雲居の意識を樹から引き離すことを試みた。
「えー、時間は別に平気だよ? それより私の見間違いじゃなければ、二人とも朝一緒に」
ええいしつこい! もしあれだ、こんな状況を雲居に説明をしたとして、女は口が軽い。何が起こるかわからない。しかも雲居は今朝すれ違ったことを覚えているようだ。
無い頭で必死に考えていると、樹は飲みほしたシェークを持って立ち上がると、俺の服を引っ張った。
「帰るぞ、太陽」
樹?
いつになく不満気、不機嫌そうな顔で、樹は俺の腕を引っ張り立ちあがる。
「あ、あれ、私、なにか失礼なこと言ったかな? あ、もしかして彼女さんだったり? 今朝も一緒に歩いてたし」
雲居は雲居で樹の様子から流石に俺への対応とは違い、あたふたしている。
「いやなに、気にするでない」
雲井のせいではないと、樹は手を振り否定した。
「そ、そう?」
ほっとしたのか雲居は持っていたシェークを一口すすっている。
「うむ。ただ『わしら』は用があってのう。長居は出来んのじゃ。そちらも用があるようじゃし、邪魔にならんよう退散するだけじゃ。すまぬな」
「そ、そんなの別に……あ、良かったら二人も」
それでもめげずにコミュニケーションを試みる雲居に対し、樹は冷たかった。
「せっかくの申し出、無碍にしてすまんな、雲井さん」
淡々と言葉を述べると、樹は俺を連れだしフードコートから出ていこうとした。
「お、おう」
樹に手を引かれながら空いた手でトレーを持ち、雲井の方を振り返った。
「じゃあな、雲居」
「う、うん。じゃあね」
雲居は少し元気がなさそうに手を振っている。珍しいな、元気が無さそうな表情をするなんて。樹の応対がよっぽどアレだったのか?
俺は周りの迷惑にならないように樹の耳元で、先ほどの態度について問いただした。
「アレでよいのじゃ」
「いいわけねーだろ」
「太陽、あの場でわしらの関係について、根掘り葉掘り聞かれ、貴様は話せるのか?」
「そ、それは……」
話せません。
「ま、チャンスはまたある。わしを信じよ」
なにを言っているか今一つつかめないが、俺より考えているらしい樹の言うことを信じ、俺たちはフードコートを後にした。俺たちが出た後に二人組の雲居と同年代の女子がフードコートへ入っていったのが見えた。あれは確か雲井の友達だ。
そう考えると樹の行動は褒められたものではないにせよ、正解。間一髪といったところだ。
休憩を終えた俺はおそらく車に戻っているであろう母さんと合流しようと、樹に提案した。樹も忘れていたと手を叩き、俺の提案に賛同している。
今日の出資者である母さんをこれ以上待たせるのは悪いと、俺たちは駆け足で駐車場へ戻った。
しかしあったはずの車はすでに無く、慌てて電話をしようと携帯を見ると、メールが一通来ていた。
「差出人は母さんか」
「なんじゃ、それは?」
樹は俺のスマートフォンの画面を覗き込んでいる。
「あ、ああ。手紙だよ。母さんから手紙が来たんだ」
「ほう、手紙か。して、内容は?」
樹に言われ、メールを確認した。
『母さんでーす、フードコートを見にいったら、良いムードだったで先に帰りまーす。帰りはバスで帰ってきてね。さっきのはそのお金♪ 樹ちゃんとのデート、楽しんでね~』
あまりの内容に、思わず言葉を失ってしまう。
バスで帰れと言われても、家から最寄りのバス停まで2キロ以上あるんですが……
「こ、これは……どうすれば?」
樹も樹で、どうすればよいか戸惑っているようだ。
「まあ、あれだ……」
こんなときは、あれだ。
「あれ?」
樹は首を傾げ聞いてきた。
「遊ぶか」
誰かと遊ぶなんて久々だが、先ほどの小遣い箱のために渡したのだろうと理解した。それならば宵越しの金は持たない。ぱーっと遊びにでも行くか。
「ほお、太陽から誘ってくれるとは嬉しいのう」
「ま、たまにはな」
夕方くらいに迎えに来てもらおう。安易な気持ちではあるが、せっかくの夏休み。一人じゃないということもあり、遊びに出かけるとしよう。
「じゃあ、どこへ行くのじゃ?」
楽しそうに問いかける樹に、俺は少し黙ってプランを立てることにした。
やはりあれだろう。高校生と言えば、遊びと言えば……
「暗くて、いくら大声を出しても怒られない場所?」
そう、大声を出しても問題がない、あそこが一番だ。
俺は何処へ行くのか見当もつかない様子の樹を見て、小さくほくそ笑んだ。




