11 デート?
俺たちは朝食を早々に済ませ、部屋にいた。部屋にあった布団を二人で畳み、樹は俺のベッドで寝そべり、俺は本棚近くの床に座って漫画を読んでいた。
「太陽、漫画ばかり読んでないで、現実に目を向けんか~」
「非現実を代表するお前がそう言うのか」
漫画の頁をめくりながら、適当な返事をする。するとまたもやる気が見えないと樹は怒ったままだ。
「なにを言うか!」
「え、違うの?」
「違うわ!」
樹はベッドから起き上がり、俺を頬を膨らませて睨みつけている。けれどハムスターのように膨れた頬のせいか、いまいち怖くない。むしろ可愛かった。
「この体は仮とはいえ、本物じゃ! 無論、この胸もじゃ!」
「でも仮だろ。それに言うほどないだろ」
柔らかかったけど
「ああ言えばこう言うやつじゃ。屁理屈を言うでない!」
「へいへい。あ、今日雑誌の発売日だ。金あったっけ?」
俺は読みかけていた漫画のページを閉じ、机の上にある財布の中身を確認した。万札が一枚に、千円札が数枚か。十分だな、金持ちだ。
「無視をするな―!」
樹は俺に無視されたのが悔しいのか、俺の体を揺らしたかと思うと、首にしがみついてきた。
「ちょ、ギブ、ギブ」
思いのほか首に入り、樹の腕をタップし許しを乞う俺……情けない。
「ふ、ふん。わしのことを無視した罰じゃ」
「へいへい、すみませんでした」
理不尽だと感じながらも、樹との掛け合い、じゃれあいは俺のストレス発散にもつながっているようで、不快感は無かった。
「そろそろ行くわよー。準備出来た―?」
一階から母さんの声が聞こえてきた。
「樹、行くぞ」
「う、うむ」
「なに緊張してんだよ。車乗るの初めてなのか?」
「いや、ここに来る際に一度」
「え、まじ?」
予想外の答えが返ってきた。
「まあな、ま、それはいいじゃろ」
歯切れが悪いがまあいい。俺は適当に胸に馬のマークがついた黒のポロシャツとジーパンというラフな格好で着替えは完了だ。
樹はというと、昨日と同じワンピースを着ている。というより他に無いのだろう。
「日焼けするぞ?」
今日は太陽が照っている。あ、俺のことじゃないよ。
「確かに、今日は暑そうじゃのう」
「これでも被るか?」
俺は適当に帽子、キャップを樹にかぶせた。
「サイズは問題ないだろ?」
「うむ。嬉しいが……しかし、のう……」
樹は帽子を見ながらそんなことを呟いている。
「この服にこの帽子は合わないのではないか?」
……確かに。真っ白なワンピースにキャップは合わないな。
「そうじゃろ?」
でも、俺はキャップ以外に帽子なんて……
「ま、なくても良いじゃろ」
樹はあっけらかんにそう言うと、人差し指で帽子をくるくると回転させながら部屋のドアを開け、足早に一階へ降りて行った。
「母君、準備が出来たぞ」
「樹ちゃん、似合ってるわね~」
「ありがとう、母君も綺麗じゃぞ」
お世辞はやめてやれ。辛いだけ……
「何か言った?」
いいえ、なにも。
母さんが鬼のように睨んできたが、気にしない。
「でも、樹ちゃん、日に焼けるわよ」
「平気平気、気にせんでくれ、母君よ」
樹がこう言うも、母さんは「そうはいかない」とばかりに、なにやら探している。
「はい、これ」
樹に渡したのは麦わら帽子だ。
青いリボンが結んであるつばの広い麦わら帽子。
「良いのか?」
恐る恐る母さんから受け取る樹。母さんは相変わらず嬉しそうに笑っている。本当に娘が欲しかったんだなと改めて認識させられる。
「ええ、きっと似合うわ」
「ど、どうじゃ?」
樹はそれを深く被り、俺たちにお披露目した。
「可愛い、可愛いわ!」
母さんはテンションを上げて樹に拍手をしている。
「ど、どうじゃ?」
樹は麦わら帽子を両手で握り、恥ずかしそうに顔を下向けながら、俺に聞いてきた。
「あ、ああ、い、良いんじゃないか?」
「そうか!」
俺がそう言うと途端に明るい表情で樹は顔を見上げ、こちらを向いた。
「あ、ああ、勿論」
「あんた、もっと褒め方が……はぁ」
母さんが横で何かを言っているが、無視しよう。俺にそんなスキルは無いしな。
「太陽め……素直に言えばいいものを」
樹は樹でぼそぼそ何かを呟いている。
「そ、それより行くんだろ? 早いとこ行こうぜ」
二人をせかし、俺たちは家を出た。
「もう、あんたってば……」
「母さん、運転頼むな」
母さんにそう言い、樹の手を握りながら、俺たちはエンジンがかけっぱなしだった車に乗り込んだ。樹と俺は後ろに二人で座った。樹はシートベルトのつけ方が分からなかったようで、俺が代わりにつけてやったのだが、その時に外野、つまり母さんの茶かす声でおもわず気恥かしくなってしまったのは内緒だ。
運転中、樹はしきりにシートベルトを気にしていた。
「ふむ、少し窮屈じゃのう……」
「胸ないし平気だろ……」
俺は窓を見ながら小さな声で呟いたはずが……
「太陽、聞こえたぞ!」
樹に聞かれたようだ。
「なるほど、太陽は大きな胸が好きなのか。ほうほう」
樹はこちらをみながらそんなことを言っていた。
「昨日はわしの裸体で、あんなにも初心じゃったのにのう……」
「ばっ!」
車の中で話すことか!
「え~なにそれ~、おばさん聞きたいな~」
「母さんは運転に集中してくれ」
「けち~」
母さんはブーブー文句を垂れ、俺が駄目なら樹にと、樹に話しかけていた。
「すまんが母君、これはわしらだけの秘密なのじゃ」
樹、お前はなぜそのように意味深に言うんだ。
「きゃー」
母さんは1人で盛り上がっている。
そんなことを話しているうちに、家から10キロ程度離れた場所にある、都会にしては少々見劣りするが、地方、ましてや田舎にしては大型なショッピングモールへたどりついた。
「着いたわ。降りて」
母さんは適当に入り口近くに車を止めると、俺たちに降りるよう指示した。樹はシートベルトをほどくボタンを押し外に出ると、今まで窮屈だったのか大きく背を伸ばしていた。
「じゃあ樹ちゃん、行きましょ」
母さんはそう言い、樹の手をとりショッピングモールへ向かっている。
「太陽」
樹は隣にいる俺の名を呼び、いつのまにか手を握っていた
「本当に仲が良いわねえ。付き合っちゃえばいいのに。うふふ」
母さんが幸せそうな顔でこちらを見ていた。けっ。
「うむ。太陽じゃからな」
自信満々に言う樹に、俺は思わず恥ずかしく、アスファルトの熱気のせいか、顔が熱い
「あらあら、おばさんはお邪魔かしら?」
「太陽もおばさんも、わしの大事な人じゃ」
母さんの目を見ながら言う樹に、母さんはおもわず目をハンカチで拭いていた。
「太陽!」
母さんは俺に詰め寄ると、真剣な目でこう言った。
「樹ちゃん泣かせたら……潰すから」
なにを潰すと言うのか……手で林檎を潰すような動作を見せた。けれど恐ろしくて俺は何を潰すのかを聞き出せないでいる。
「さ、外は暑いし、中へ入りましょ」
母さんに連れられて行った先はやはり下着売り場。デパートだから専門店とは違い完全アウェーな雰囲気ではないにせよ、居づらいことには変わりない。
だが専門店ではないだけましだと考え、少し歩けばおもちゃ売り場やメンズ物の服が置かれている開放的な空間。別に男がいても居心地はそこまで悪くは無い。そう言い聞かせていたが、実際は違った。樹の容姿のこともあるのか、飾り気のない服装に似合わない容姿の樹がそばを歩くと周りが振り返って樹を見ている。
そして、樹はと言えば……
「太陽、お主はどれが良い?」
ウキウキと俺の手を引っ張り、下着を見るたびに俺に感想を聞いてくる。そのせいで周囲からあらぬ疑いをかけられかねない。
「紐もあるのか……な、なんじゃ、この禍々しいものは」
右手にはひも状の、左手にはなぜか穴のあいている紫の下着を樹は手に持っている。
「お前にはまだ早いから。てか一々見せてくるな」
「太陽、太陽!」
俺の言葉に少しは耳を傾けてくれよ……樹は下着を手にとるたびに俺の名を呼ぶのをやめない。頼む、やめてくれ、皆が見ているんだ。ほらあそこを見てみろ。知らないおばさんから同年代っぽいやつらまで……陰口の様に何かを話している。
今まで流せていたことが、女性関連だと途端に気になり、肩身が狭くなっていく。俺は心の中でいつの間にかいなくなっていた母さんを恨んだ。
周りを見渡せど、下着売り場に母さんの姿は無かった。おいそこの女子中学生、写メを盗るんじゃない。何が面白いのか。
「ところで、サイズは大丈夫なのか?」
樹が手に持っている年不相応な下着を近くにいた店員に返し、樹に聞いてみた。
「うむ。母君からこのサイズを買えと聞いておる」
「そうか」
「うーむ」
樹はそう言うとまた下着を探しきょろきょろと動いている。樹から少し離れてみると、樹は大声で俺の名前を呼ぶ可能性がある。何をするかわからない。樹の容姿は整っているため、変な男に声をかけられたら更に面倒だ。俺自身も女性下着売り場で一人うろうろしている不審者として通報されかねないようにと、必然的に樹の傍を離れられなかった。
「おお、これじゃ!」
樹が目にしたのは、先ほどのひも状でもなく、穴のあいた下着としての機能が欠けている物でもなく、セール品の下着であった。
「ほら太陽、安いぞ!」
おそらくスポーツタイプの淡い水色のブラジャーと、それと同色でボーダーとなっているパンツ、セットで千円だった。安いのか? 女性用の下着事情なんて男のファッションでさえ疎い俺には皆目見当がつかん。
「ふふふ白に青に、おお、コレはもっと安い!」
樹は樹で、予算いないで思った以上に帰ることが嬉しいのか、舞い上がっている。だから俺に見せるな……
「おまたせ~」
俺の心配をよそに、暢気な声が聞こえてきた。
「おお、母君……なんじゃ、その服の山?」
母さんは買い物かごに大量の服を入れてこっちへ来た。
「さ、試着するわよ」
腕で何かを揉むような動作をしながら、母さんは問答無用に樹を試着室へと連れ込んだ。
女性用だからか売り場は開放的でも、試着室は人目に付きにくい場所にあった。かれこれ20分は経っただろう。相変わらず母さんたちは試着室の一角を借りていた。
「あら、コレも良いわね~、あら、こっちも良いわ~」
「後生じゃ~」
樹の疲れ切った声が聞こえてくる。まぁ、10着以上試着していればそうなるわな。
店員はと言えば、母さんが樹に試着をさせて気に入った服をドンドン買うと告げているために、ニコニコ笑顔で接客を行っている。中には高いものが沢山あるわけではなく、値引き札がつけてあり安物や型落ちも混じっていたが、在庫がはけるせいか店員は笑顔のままだ。
「樹ちゃんは可愛いからなんでも似合うわね~」
母さん声が聞こえてきた。
「おまたせ」
シャッっとカーテンの開く音がし、2重のカーテンで仕切られていた試着室から母さんたちが出てきた。下着を選んでいた頃の元気な樹が、少しげっそりとした表情になった気がする。
「おつかれ、どうだった?」
樹の頭をポンポンと触りながら、樹に聞いてみた。
「服とは……難儀なものじゃのう」
そう言うと樹は、俺の腕にもたれかかってきた。
「あらあら。仲が良いわねえ」
母さんは店員と会計を済ませてくると言い、俺たちから離れ、レジへ向かった。
「なんか飲むか?」
腕にもたれかかっている樹に聞いてみた。
「飲む、昨日のシュークリームのような、甘美なモノを希望する」
素直に俺に頼むなんて、こりゃよっぽどだな。
「はいよ。とびっきり甘くて、冷たいやつ飲みに行こうぜ」
「……世話をかける」
申し訳なさそうに樹が謝るも、半分以上母のせいでもあるため俺も謝った。
「こっちもな」
樹は俺の腕に両手で手をかけると、フラフラと歩き始めた。あれ飲んだら疲れも取れるだろ。財布にも金あるしな。
俺はレジにいる母さんに話をつけ、下着売り場から離れて行った。やっと解放された。それになぜかお小遣いまで貰っちゃった。ラッキー。
けれどすぐにメールが届いた。差し出し人は母。内容は『先ほどの小遣いは樹と使う以外使用禁止。むしろ樹ちゃん関連以外で使おうとしたらツブス』とだけ書かれていた。




