10
鳥の鳴く声は聞こえないが、カーテンの隙間から強い日差しが入ってきた。
枕の傍に置いてある目覚まし時計を確認してみると、時刻は朝5時を回ったばかりだ。
「早起きしすぎたか」
昨日寝たのが夜10時……よし、二度寝だな。タオルケットをかけ、準備万端。もう一度寝ようとするか。
「おやすみ~」
二度寝万歳。時間の無駄遣いをこれでもかと体感でき、それが休日、夏休みであることを再度認識させてくれる。
「おい」
何か聞こえたが、無視虫
「起きんのか?」
無視、無視
「ほう、狸寝いりとな?」
樹の声が聞こえるが、俺は寝たい。二度寝がしたいんだ。寝たふりをやめない俺に、何やら頷いた様子で尚も声をかけてくる。もちろん返事はしない。
「それ!」
気合を入れるように樹が声を発すると、仰向けで寝ていた俺の腹にどすっとのしかかってきた。タオルケット越しとはいえ、いきなり腹部にのしかかられてはボディーブローを打たれたようにうめき声をあげ、思わず目を開けてしまった。
「起きたか。おはよう」
にこやかな樹は何事もなかった様子で俺の上にまたがったまま、朝の挨拶をしている。
「お、おはよう」
「ほれ、カーテンを開けてみい」
俺の上から降りると樹はカーテンを開けた。昨日の雨が嘘のように、眩しくて強い日差しが俺の部屋に入ってくる。
「眩しい、しめてくれ」
寝るのに光は邪魔だ。聞くところによると、太陽の光により体の中に分泌されるメラトニンの分泌が、安眠度合いを決めるらしい。だがそんなものはどうでもいい。寝させてくれ。
「そう言うでない。ほら、起きんかい」
俺の気持ちを無視して無理やり叩き起こしてくる樹は、追剥のように力強くタオルケットを俺から引っぺがした。
「返せ」
俺は体を起こし、樹に言った。けれど樹は嬉しそうに笑って眠そうな俺を見ている。
「起きたではないか。ならもうこれは、いらんじゃろ?」
当たり前のように樹は言うが……いるわ! 俺がベッドから体を起こしたのを良しとしたのか、今度は俺の頭を撫で始めた。
「やめてくれ、恥ずかしい」
「照れておるのか?可愛いやつめ」
俺の反応を楽しんでいるのか、俺が手を振り払っても諦めずに、樹は手を止めない。
「ほれほれ」
ペットをあやすように、樹は手を止めない。ならば俺だって考えがある。
「樹こそ朝早いな~」
そう言いながら、樹の頭を両手でわしゃわしゃと撫でてやった。
「お、やりおるのう」
樹は慌てる様子もなくじゃれてくる犬を相手にするように、撫でる手の勢いを強めてきた。その態度に少しイラッと来た俺も負けじと寝癖のあまりない樹の髪をぐしゃぐしゃと撫で続けてやった、お互いもみくちゃになりながらも、手は休めない。
「はぁ、はぁ……」
「や、やるのう……」
――5分くらい経っただろうか、お互いヒートアップしもみくちゃになっていたせいか息を乱し、汗がだらだらと体から垂れていた。
「や、やめようぜ」
「う、うむ」
休戦協定締結。俺は汗をかいて気持ち悪かったため、シャワーを浴びようと風呂場へ向かった。
「どこへ行くのじゃ?」
樹も俺のスウェット上下を着ているせいか、俺より汗をかいている。
「風呂場だよ、風呂場」
「朝から風呂に入るのか? 贅沢じゃのう」
「シャワーだけだよ」
「ほう、わしも同伴しても良いか?」
「まさか……」
「無論、一緒にじゃ……しかしその前に水を飲もう」
俺に水を飲むよう勧め、樹もまた水を飲み干すと俺を外へと連れ出した。まずは体質改善を、日光を浴びて体を起こすために、周囲には自然以外何も無い道を散歩。眠たいが暑い日差しを浴びていると、エネルギーが蓄えられるように目が少しずつ冴えていくのが分かった。
樹は俺が逃げないように手を繋ぎながら、俺の姿を見て日光は素晴らしいだろうと笑っている。しかし暑いな。もう少し先に行けばコンビニがあるから一緒に行くかと誘ってみるか。
「ならぬ。散歩が終えれば朝餉があろう。買い食いは感心せぬぞ」
樹に諫められてしまい、しぶしぶ家に帰ろうと後ろを振り返った。
――ん、あれは……リズムの良い呼吸、イヤホンを耳につけハーフパンツとシャツを着て、細く締まった少し浅黒い肌の女子が気持ちよさそうに汗を流しながら、ランニングをしているのが目に入った。
「ん、どうかしたか」
「あ、ああ、いや、なんでもない」
見知った顔だが、別に良いか。俺はその女子に声をかけることなく、出来る限り目を合わせないように、樹を少し急かすように手を握り、通り過ぎていく。
通り過ぎた後、ランニングをしている足音が少し止まったような気もするが俺は樹と朝飯は何かと話しながら、アイツを忘れるように俺は後ろを振り向かずに、家に帰った。
「あれって……だよね」
樹が女子のことを知っているのかと話かけてくるが、何か聞こえた気もするが、無視を決め込む。
家に帰るとさすがに汗をかいており、気持ち悪いシャツを脱ぎに脱衣所へ向かった。
「お前、一人ではいれよ」
「ならぬ」
樹に風呂は一人で入るものだと教えたが、二人一緒に入った方が節約になると言ってきかなかった。結局俺が折れる形となり、二人でぬるい温度のシャワーを浴びた。
「ふう、さっぱりしたのう」
シャワーで汗を流すだけだったので、短時間で汗を流し落とせた。しかし樹と風呂場へ行くのが当たり前になりつつあるな。
「さっきから黙って……どうかしたか?」
髪の水気をバスタオルで拭きとっていると、樹は無言で考え込んでいた俺に問いかけてきた。
「……着ろ」
「?」
「服を着ろ!」
樹は服ではなくバスタオルを体に巻いている。理由は先ほど汗をかいたため、汗を吸収したスウェットを着るのを拒んだからだ。
「だからって……短パンでも貸すからそれを着ろ」
俺が声を荒げて言うと、樹は「コレのほうが涼しくてよい。なに、気恥かしがる必要は無い。何度も見せあった体であろう」と聞く耳を持たない。
「おはよう」
声の主は父さんだ。
「おはよう」
「おはようございます」
俺たちは父さんにあいさつを返した。すると父さんは年頃の娘がやってきたからか、何やら緊張した様子である。だが父さん、こいつはきっと父さんよりダブルスコア以上の年上だぜ。
樹の方を振り返ると、樹はいつの間にか茶の間にある扇風機の前で体を乾かしていた。
「ほおお、太陽、太陽!」
扇風機の風が気持ちいいのか、樹は驚いたような声で俺のことを呼んでいる。
「太陽も来い。気持ちよいぞ」
樹は俺たちに背を向け、バスタオルを両手で広げ、風を受けている。
「来いって、見えちまうだろうが」
なにをいまさらと言ったように樹は鼻で笑い、俺を見た。その事で両親はあらぬ誤解をしてしまう。
「フ、二人はもう?」
父さんは樹から顔をそむけるようにして、俺に聞いてきた。
「もうってなんだよ……」
「そ、そうか」
父さんは1人納得したような表情で茶をすすっていた。
「こらこら、樹ちゃん」
母さんは樹が家に馴染んできたと笑いながら、そのままでは風邪を引くとバスタオルを結び直し、着替えを手渡した。
「おお、おはようございます」
樹は母さんの顔を見てなにやら嬉しそうに挨拶をしている。
「扇風機気にいったの?」
「うむ、汗や体の水分が飛ばされ、火照っていた体を沈めてくれる。この扇風機とやらの冷え、心地よい」
樹は満足そうに母さんに語っている。
「あらあら。でもだめよ。ここには狼がいるから、これに着替えてね」
母さんが手渡したのはスウェットではなく、昨日来ていた樹の服だ。誰が狼だ誰が。
「それと、今日は樹ちゃんのお洋服を買いに行こうね」
「服をか?」
不思議そうに樹は言った。俺も母さんの言葉に思わず耳を傾け、首を傾げた。
「だめ?」
「ダメではないが……」
樹はなにやら気まずそうだ。
「もしかして、金のことか?」
樹と昨日から話していたせいか、俺は聞いてみた。
「う、うむ。あいにく手持ちが心細くて。そ、それにわしはこの服が気にいっておるでの」
俺の考えは当たったようで、樹は下を向いて返事をした。じゃあその服はどうやって手に入れたんだ?
「そんなわけで、母君よ。わしには服は」
「樹ちゃん!」
母さんは下を向き、元気のなさそうな樹を抱きしめている。
「は、ははぎみ?」
樹もいきなりの抱擁で混乱したのか、あたふたした様子で俺の方へ手を伸ばし、助けを求めてきた。
「母さん、樹が困ってる。」
そう言うと母さんは慌てて樹を抱く腕を緩めた・
「ご、ごめんなさいね、おばさん、つい」
「う、うむ、びっくりしただけじゃ」
樹はそう言うと、バスタオルを巻きなおし、母さんと向かい合った。
「そんなわけで、わしには持ち合わせが」
「なら買ってあげる! むしろ買いたい! 買わせて!」
「え?」
コレは俺の声だ
「なによ、なんか文句ある?」
ないけどさ……いきなり母さんがそんなこと言うもんだから……
「樹ちゃんも、それでいいわね。私の夢、娘と一緒にお買い物。楽しみだわー」
欲望駄々漏れな母さんを見て、樹は躊躇いがちにどう反応すれば良いかと、俺を見ている。俺は母さんのわがままに付き合ってやってくれと、樹のまだ少し濡れた髪に手を当てお願いした。
「母君がそう言うなら」
「決まりね」
ほぼ母さんの独断、独裁となったが、樹の服を買うことになった。
「で、でも、良いのかのう……わしは、この家のものじゃないし」
「良いのよ良いのよ。さっきチラシで安売りやってたし~」
母さんはご機嫌でチラシを樹に見せている。母さんのことだ、娘とお買いもの~。など考えて興奮しまくっているに違いない。
「あ~、娘と買い物してるみたいだわ~。それにこんなに美少女! うちの息子と大違い!」
余計な御世話だ。すみませんね、普通で。にしても、面倒にならないために母さんに釘をさすとするか――。
「太陽も来るでしょ? 荷物持ち」
刺す前に面倒事に巻き込まれた……。
「太陽もか!?」
母さんの一言に嬉しそうに樹は反応し、まだ少し濡れているバスタオルを身に付けたまま俺の腕に抱きついてきた。やめろ、ぬれる! それとあの、その……
「おい、離れろって」
「嫌じゃ」
「なぜだ」
腕から離れない樹と俺は、両親に聞こえないようにひそひそと小声で会話を始めた。
「いや、俺男だし」
「わしを一人にするな」
「母さんがいるだろ」
「間が持たんのじゃ」
「知るか」
困り顔の樹は俺の腕にしつこくしがみついて離さない。そんな俺たちを二人は「あらあら」「若いな」など微笑ましい目で見ている。原因はアンタなのに。
「樹ちゃん、本当にうちの子にならないかしら」
「ああ、それはいいなあ」
止めろよ! 父さんも止めろよ!
「頼む、後生じゃ」
埒が明かないと悟った俺は、不本意だがまた折れることにした。樹め……嬉しそうな顔しやがって。
「ありがと、太陽」
思わず即答で許してしまいそうな笑顔で俺を見ている。
「さ、皆起きたし朝ごはんにしましょうか」
母さんがそう言って、皆のご飯をよそい始めた。……いつの間に準備したんだ?
「さ、太陽、朝餉じゃ。馳走になろうぞ」
樹も食卓へ向かった。
「樹ちゃんは服を着替えてからね」
「むう、楽じゃったのに……」
母さんに言われ、樹はしぶしぶ母さんが洗濯した服に着替えに行った。
「じゃ、俺も食うかな。朝から動いて腹ペコだよ」
樹が着替えている間に、先に飯を食べようと席についた。味噌汁もおかずもできているはずだが、食卓に並んでいない。母さんに飯を早くしてくれと催促してみるが、
「樹ちゃんが来てからね」
冷たい一言で一蹴された。
くそう……腹減ってるのに。
樹の着替えが済み、みんなでの食事。動いていたせいか、樹が食卓を明るくするせいか、いつもより食事が美味しく感じたのは秘密である。




