未知の病と誓い
第6話をお読みいただき、ありがとうございます。
次の話は2日後に投稿する予定です。
二人の運命がどこへ向かうのか、どうぞお楽しみに!
感想やコメントもぜひお待ちしております!
葵を一人にしておくのは、あまりにも危険すぎる。
そう確信した私は、アパートから着替えや必要な医学書を持ち込むことを決意した。
ユウジ先生も私の考えに同意してくれた。
そればかりか、先生は私の指導教官に直接連絡を取り、私が病室に寝泊まりしながら看病できるよう手配までしてくれたのだ。
葵がしばらく病院に留まる間、ユウジ先生が信頼する二人の専属看護師が彼女の部屋に常駐することになった。
荷物を取りにアパートへ戻るため、私が病院の長い廊下を歩いていたとき、隣を歩くユウジ先生が静かに口を開いた。
「アスナ、葵さんの心臓の病は、おそらくまだ医学界で発見されていない新種の疾患だ。だが、私は絶対に諦めない。最善を尽くすつもりだ」
ユウジ先生はさらに言葉を続けた。
「それに、幸いなことに葵さんの治療費は、君が通う医学部から全額補填されることになったよ」
「え....医学部から、ですか?」
私が驚いて聞き返すと、ユウジ先生は頷いた。
実は先ほど、ユウジ先生は医学部長のもとを訪れ、アスナの親しい友人が極めて不可思議な謎の病に侵されていることを直訴してくれたのだという。
大学側としても、私のような優秀で将来を嘱望されている特待生が、学費や看病の心配で学業を断念するような事態は避けたかった。
そのため、異例のスピードで財政的支援が決定したのだった。
白い廊下を進みながら、ユウジ先生の目はまだ鋭い探求心と、葵への深い同情に満ちていた。
「私自身の医師としての誇りにかけても、彼女を必ず救ってみせる」
先生の強い決意の言葉を背に受けながら、私は一度アパートへと向かった。
数週間ぶりに帰宅したアパートは、どこか冷え切っていた。
荷物をまとめようとしたその時、部屋の中で奇妙な現象が起き始めた。
突然、机の上のグラスが床に落ちて粉々に割れた。
誰も触れていないはずの洗面台の蛇口から、勢いよく水が流れ出した。
しかし、今の私にはそんな怪異を恐れている暇などなかった。
「そんな子供騙しの脅し、私には通用しないわよ」
私は目の前の怪奇現象を完全に無視し、機械的に服や分厚い医学書を鞄に詰め込んだ。
そして、すぐに病院へと引き返した。
病室に戻ると、葵はすでに意識を取り戻していた。
幸いなことに、ユウジ先生が手配してくれた二人の看護師には何も異常は起きておらず、部屋の温度も平穏だった。
葵はベッドの上で、小さな声ながらも少しずつ言葉を発することができるようになっていた。
彼女はベッドに身を起こし、本を読んでいた。
「アスナ....大学の課題を、終わらせなきゃいけないの....」
青白い顔でノートを広げようとする葵を、私は強い調子で止めた。
「ダメよ、葵。今は絶対に安静にしていなきゃ。大学の課題なら、私が全部代わりにやってあげるから」
私は彼女の手からペンを取り上げ、代わりに自分がノートパソコンを開いた。
その日の夕方。
葵の体調は再び不安定になり、私は彼女の症状を横で見守りながら脳内で診断を繰り返した。
(これは...拡張相肥大型心筋症の兆候...?)
さらに、葵が仰向けに平らになって横たわると、呼吸が明らかに苦しそうになった。
(僧帽弁閉鎖不全症による肺うっ血だわ。平らになると心臓への還流血量が増えて負担がかかるのね)
私はすぐにベッドのリクライニングを調節し、彼女の頭側を高くして楽な姿勢に直した。
私は自分の課題をこなしながらも、一瞬たりとも葵から目を離さなかった。
夜が更けると、私は再び自分の医療器具を取り出し、彼女の心音を聴診した。
ステトスコープの向こうから聞こえてきたのは、やはりあの音だった。
どろりとした黒い「根」が、彼女の心臓の弁に絡みつき、蠢いているような不気味な音。
それは確実に、彼女の命を蝕んでいた。
夜食の時間になり、私は葵に少しずつお粥をスプーンで食べさせていた。
その時、葵の視線が部屋の隅の暗闇へと固定された。
「アスナ....あの影、またあそこにいる」
葵の怯えた声に、私は弾かれたように振り返った。
部屋の隅の影の中に、あの顔のない背の高い黒い影が、再びぼんやりと浮かび上がっていた。
私の脳内で、怒りが恐怖を一瞬で塗りつぶした。
「いい加減にしなさいよ!!」
私は怒鳴り声を上げ、手に持っていたフォークをその黒い影に向かって全力で投げつけた。
フォークは虚しく壁に当たって甲高い音を立てたが、私は叫び続けた。
「ここから出て行きなさい! 二度と葵に触るんじゃないわ!」
「私は絶対に葵を治療してみせる! あなたみたいな壊れた医療エンティティなんかに、私の意志が挫けると思ったら大間違いよ!」
影は不気味に嘲笑うような気配を見せた後、一瞬で煙のように消え去った。
肩で息をする私の手を、葵が弱々しく握りしめた。
「アスナ……私は、あなたを信じてる……」
その言葉を聞いた瞬間、張っていた糸が切れ、私は葵の細い体に抱きついて激しく泣き崩れた。
葵は私の頭を優しく撫でながら、静かに微笑んだ。
「大丈夫よ……アスナが隣にいてくれれば、私はきっと治るから.....」
しかし、その愛おしい抱擁の最中、葵の体が激しく咳き込んだ。
「ゴホッ.....! ゲホッ.....!」
彼女は激しく咳き込み、口から大量の鮮血を吐き出した。
「葵!?」
激しい咳による腹圧の上昇。
(これは、マロリー・ワイス症候群だわ! 心不全の咳のせいで、胃と食道の接合部の粘膜が裂けたんだ!)
私は半ばパニックになりながらも、本能的に葵の衣服の胸元と首回りを緩め、気道を確保した。
「ユウジ先生!! 先生、来てください!!」
私は叫びながら、夜の廊下へと狂ったように走り出した。




