↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

恐ろしい旅の始まり

第4話をお読みいただき、ありがとうございます。ここから物語の雰囲気が少しずつ変わり始めます。次の章からは、よりダークで緊迫した展開が待っています。多くの医療知識が絡み合い、予想外のどんでん返し(プロットツイスト)も用意されています。二人の運命がどこへ向かうのか、これからの展開もどうぞお楽しみに!

大学生活への移行は、荒々しいものだった。


高校時代は、まだ授業中に現実逃避をする余裕があった。


しかし、医学部での時間は、息の詰まるような実験や実習のスケジュールに支配されていた。


私は午前中を解剖学研究室で過ごし、鼻を突くホルマリンの強烈な臭いに囲まれていた。


一方、あおいはキャンパスの反対側で、文学や哲学の議論に没頭していた。


「アスナ、また遅刻ね」


ある日の夕方、大学の正門で葵が声をかけてきた。


彼女は木の下に立っており、その周囲には黄色い花びらが舞い落ちていた。


痩せた体に少し大きすぎる紺色のカーディガンを着た彼女は、しわくちゃの白衣を着たままの私とは対照的だった。


彼女は明るい笑顔を浮かべたが、私は何かが違うことに気づいた。


夕暮れの光の中で、葵の肌はいつも以上に青白く、まるで蝋細工のようだった。


「病理学の教授が、今日の課題を出しすぎたの」


私はそう答えて、彼女の手を握った。


冷たい。


いつものことだが、彼女の手が本当に温まることはなかった。


「そっちはどうだった?」


「最高よ! 生と死の境界についての詩を分析し終えたところなの」


彼女はそう言って歩き始めた。


「でも、アスナ……今日、急に気温が下がったと思わない?」


私は眉をひそめた。


正門にあるデジタル温度計は、29度を示している。


「疲れているだけよ、葵。貧血があると、暑い日でも寒気を感じることがあるから」


葵はただ小さく笑った。


その声は澄んだ鈴の音のようだったが、どこか遠い場所から響いているようにも聞こえた。


「あなたの科学は、いつも退屈な答えを用意しているのね」


大学に入学したとき、私たちは4階建ての小さなアパートで一緒に暮らすことを決めた。


私たちの部屋の、左側の机には、私の医学書が冷たく硬い束となって積み上がっていた。


事実という重みを伴って。


右側の机には、葵の原稿や文学書が散らかっていた。


温かく、想像力に満ちて。


私たちの日常生活は、まるでおいしい夢のようだった。


彼女は毎朝、濃いコーヒーを淹れてくれた。


そして私は毎晩、彼女の血圧を測った。


最初は嫌がっていたものの、私の安心のために彼女が受け入れてくれた儀式だった。


「いつも血圧が低すぎるわ、葵。もっとタンパク質と鉄分を摂らないと」


私は聴診器を外しながら言った。


「私はただ、ここにあなたが必要なの、お医者様」


彼女は囁き、私を抱きしめた。


このような瞬間が、私の酸素だった。


私は彼女の香りを吸い込んだ。


なぜか、その香りは枯れかけたジャスミンのように匂い始めていた。


彼女が眠っているとき、私はよく彼女の胸に耳を押し当てた。


彼女の、嘘のない心臓のリズムを聴きたかった。


しかし、その鼓動は不規則であることが多かった。


時に速すぎ、時に一瞬だけ完全に消え去る。それは永遠のようにも感じられた。


呼吸性不整脈サイナス・アリズムね、と私は心の中で思った。ストレスを抱えた若者にはよくあることだ。


私はその医学的な説明で自分を落ち着かせた。彼女の鼓動を聴くたびに、なぜか鳥肌が立つという事実から目を背けようとしていた。


その異変が始まったのは、同居を始めて3ヶ月目のことだった。


最初は、ただの気のせいだと思った。


ある夜、デスクライトの薄暗い光の下で心臓の解剖学を勉強していたとき、窓に映る影が目に入った。


リビングの隅に、背の高い何かが立っているのが見えた。


その影は動かず、ただ硬直した黒いシルエットのようだった。


私は息を呑んで振り返った。


誰もいない。


そこには葵の本棚と、枯れかけたヤシの観葉植物があるだけだった。


「アスナ? どうしたの?」


葵がソファから目を覚ました。目はまだ眠そうだった。


「そこに……影が見えたの」


私は激しく鼓動する胸を押さえながら言った。


葵はその角を静かに見つめ、それから薄く微笑んだ。


「外の木の影が、街灯に照らされているだけよ。それか、血管のことばかり読みすぎて目が疲れているのね」


乱視アスティグマティズムね、と私は自分に言い聞かせた。新しい眼鏡が必要かもしれない。


外からの光は、疲労した眼球のレンズに錯覚を引き起こしやすい。筋は通っている。医学的にも、十分にあり得る話だ。


しかし数日後、それは再び起こった。


今度は浴室の中だった。


顔を洗っているとき、鏡の中に青白い手が見えた。まるで私の肩に触れようとしているかのようだった。


私は勢いよく振り返った。そこには誰もいなかった。


深呼吸をして、鏡に映る自分の顔を見つめた。


私の顔は青白かった。睡眠不足、それが私の下した診断だった。


睡眠不足は、軽度の幻視を引き起こすことがある。


もっと水を飲んで、睡眠のスケジュールを改善しなければならない。


私は医者の卵なのだから、自制心を失ってはいけない。


4学期目に入ると、アパートの雰囲気が変わった。


葵は、かつての溢れるような明るさを失い始めていた。


彼女はバルコニーで静かに過ごすことが増え、うつろな目で夜空を見つめていた。


彼女の体から漂う菊花のような香りは、次第に濃厚な薔薇の香りへと変わっていった。


「香水を変えたの?」


私が尋ねると、葵は振り返った。


その顔は以前よりやつれていた。


「変えてないわ。どうして? 変な匂いがする?」


「変な匂いじゃないわ、ただ……嗅ぎ慣れない匂いだから」


私は彼女の首のリンパ節を調べようとした。体臭の変化(臭汗症)を引き起こすような、全身性の感染症を恐れたからだ。


しかし、すべては正常だった。


それから、咳が始まった。


最初は、ただの乾いた咳だった。


私は彼女に市販の咳止め薬を飲ませたが、効果はなかった。


ある夜、私の試験の満点を祝って夕食を食べていたとき、葵が激しく咳き込み、ハンカチで口を押さえた。


彼女がその布を引いたとき、私は目を見開いた。


黒い液体が飛び散っていた。通常の血液のような赤ではなく、どろりとした漆黒の液体だった。


「葵、それ吐血(吐血)? それとも咯血(咯血)!?」


私はパニックになり、すぐに彼女の手を掴んだ。


「ただのインクよ、アスナ」


彼女はかすれた声で冗談を言い、ハンカチを隠そうとした。


「詩を書きすぎちゃって……言葉が溢れ出てきたのね」


「冗談を言わないで! 病院に行かなきゃ!」


葵は私の手を強く握りしめた。


いつもは輝いている彼女の瞳が、今はひどく疲れているように見えた。


「アスナ、聞いて。病院に行ったら、彼らは私をただのデータの塊としてしか見ないわ。

私はあなたに、私を『葵』として見ていてほしいの。お願いだから、まだ連れて行かないで」


そんな彼女の姿を見て、私はすぐに折れてしまった。しかし、私の恐怖は現実のものとなった。


その週の終わりに、最悪の事態が起きた。


葵がコップの水を吸おうとしたとき、アパートの真ん中で倒れたのだ。


彼女の体が床に叩きつけられる音が、私には死の鐘の音のように聞こえた。


私は彼女の元へ駆け寄り、緊急処置を行った。


しかし、彼女の心音を聴くために胸に耳を当てた瞬間、私の論理は粉々に砕け散った。


その内側から、僧帽弁や三尖弁が閉じる音は聞こえなかった。声が聞こえた。


何百もの声が、私の名前を囁いていた。そして視界の隅に、あの黒いシルエットが再び現れた。


今度は窓ではない。その影は、私たちのベッドのすぐ横に立っていた。その長い手をゆっくりと伸ばし、葵の顔を撫でようとしているかのようだった。


もう、これを医学的に説明することはできなかった。


これほどまでにリアルな空気の重みを持つ影に対する診断名など、存在しない。


「救急車!」


私はスマートフォンを掴みながら叫んだ。


その夜、サイレンが鳴り響く中、葵は大学附属病院へと搬送された。


私は彼女の隣に座り、今や蝋のように白い恋人の顔を見つめていた。


そして、私の論理的な世界と、超自然的な世界オカルトとの間のゲートが、正式に開いたことを確信した。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。アスナの信じる医学の世界と、葵の周りで起きる怪異。医療ホラーとしての本番は、ここから幕を開けます。もし「この先の展開が気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら、画面下部からブックマークや評価(☆☆☆☆☆)での応援をよろしくお願いいたします。皆様の応援が、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。