卒業の日、二人を縛る愛の証明
日一日と時は流れ、ついに最終試験の日がやってきた。いつもなら退屈なだけの学校の図書室が、その時の私たちにとっては、お気に入りの避難所へと変わっていた。
微積分や細胞生物学の専門書が山積みになった机で、葵は私の隣に座っていた。その表情は、以前よりもずっと晴れやかに見える。
窓から差し込む陽光が彼女の黒髪を透かし、柔らかな栗色へと変えていた。
「アスナ」葵がからかうような声を出す。
「そんなにじっと、心臓の解剖図ばかり見つめるのはやめなよ」
彼女は手作りのしおりを、私の解剖学の教科書にそっと挟み込んだ。
「見て。文学部推薦入試のエッセイの原稿、さっき書き終わったんだ」
「謎めいた詩人に恋をした、野心的な少女の物語を書いたの」
私は、彼女が笑う姿をじっと見つめていた。
それは今まできいたことのない、私の胸を温かな感情で満たす鈴のような声音だった。私は彼女の手を握りしめる。
彼女の手はいつも通り冷たかったけれど、私の手のひらの中で、確かに生きて、そこに存在していた。
「葵、私、絶対に合格するよ。お医者さんになって、一生あなたのことを守るから」葵は微笑み、私の肩に頭を預けてきた。
「じゃあ私は、あなたの一瞬一瞬の勇気を書き留める作家になるね」そう言って、彼女は静かに眠りに落ちていった。
その瞬間、彼女の肌からうっすらと漂うあの菊花の香りに気づきながらも、私はただ、その美しい横顔だけを見つめることを選んだ。
時の流れはあまりにも早く、葵と過ごす日々は、かつて想像もしなかったほどの幸福に満ちていた
そして、試験が始まった。
広々とした講堂には、最高学年の受験生たちが放つ独特の緊張感が張り詰めている。
けれど、難問に直面してパニックが襲いそうになるたび、私は二列後ろの席を振り返った。
そこには、まるですくい上げる詩のインスピレーションを探すかのように、ペンの端をくわえて天井を見つめる、いつもと変わらず泰然とした葵の姿があった。
不意に彼女が視線をこちらに向け、悪戯っぽくウィンクをして見せる。
その小さな、なんてことのない仕草だけで、私の心臓は跳ね上がる。
葵が私の手の届く場所にいてくれる限り、どんな論理も数式も、超えられないものなんてない。そんな気がした。
最終試験は驚くほど軽く、易しく感じられた。まるで、医師になることこそが私の絶対的な運命であるかのように。
合格発表の日、葵も私も、そして他の受験生たちも、全員が満点で合格を果たした。
我が校の歴史において、初の快挙だった。
卒業式の夜、他の生徒たちがパーティーで騒ぎ立てる中、私と葵はこっそり校舎の屋上へと向かった。
そこは、私が初めて彼女に愛を告白した場所だった。
白いドレスを身にまとった葵は、闇夜の中にぽつんと浮かぶ、一筋の光の化身のように見えた。
私たちはそこに立ち、互いを強く抱きしめ合う。
もう、あの菊花の香りはしなかった。
代わりに、彼女の身体からはバニラの甘く優しい香りが漂っていた。
「アスナ、合格したね。私も合格したよ。これで同じ大学に行けるね」彼女が耳元で囁く。
「約束するよ」私も囁き返した。
「私はこれからたくさんの命を救う。だけど、私の命を懸けて守る心臓は、世界中であなた、たった一つだけだよ」
それから、葵は私にキスをした。
月だけが見守る中での、あまりにも優しく、甘い口づけだった。
私たちは二人の愛を確かめ合っていた。この時はまだ、全く気づいていなかったのだ。
少し離れた暗がりに、ひとつの影がじっと佇んでいることに。
――「彼女の心臓を守る」というあの約束が、最も残酷で、最も高すぎる代償を伴って請求されるその時を、静かに待ち構えている影の存在に。




