これは現実、それとも――?
最初の補修手術から三日が経過したころ、ICU(集中治療室)の空気はさらにその禍々しさを増していた。
私は葵のベッドの脇に座り、いくつかの医学論文に無理やり意識を集中させようと試みていた。
その時、突如として心電図モニターから長音の、耳を刺すような警報音が鳴り響いた。
葵は激しく身体を震わせ、跳ね起きるようにして目を覚ました。
彼女は包帯が巻かれた自らの胸を凝視し、その顔面は数秒のうちに赤潮のように染まり、次いで恐ろしいほどのチアノーゼ(青紫色)へと変色していった。
「アスナ……痛い……奥が……。何かが、私を引きずり出そうとしてる!」
私は咄嗟に緊急ボタンを叩きつけた。
ユウジ先生と彼のチームが、即座に部屋へと飛び込んできた。
EKG(心電図)の波形は完全に崩壊していた。
まるで、あの漆黒の棘の残渣が、あり得ない速度で増殖し、葵の心臓のあらゆる部位を再び締めつけ、絡め取っているかのようだった。
「危険な状態だ! 一刻の猶予もない!」
ユウジ先生が叫んだ。
「今すぐ手術室を確保しろ! 全切除を行う!」
その夜、極めて異例の特例が認められた。
この緊急事態において専門医の絶対数が不足していたこと、そして私と石川(琴)が解剖学を完全に修めた優秀なトップ生であったことから、ユウジ先生は私たちを手術助手として術台に立たせる許可を出したのだ。
「標準的な手順ではない。だが、今は動かせる手が一つでも必要なんだ」
無菌室でスクラブ(手洗い)を行いながら、ユウジ先生が硬い声で言った。
私と石川は術衣を纏い、緑色のマスクを装着した。
手術室へと足を踏み入れた瞬間、室内の温度は通常よりも数倍も冷え切っているように感じられた。
葵はすでに、眩しい無影灯の下に横たえられていた。
ユウジ先生が二度目の皮膚切開を行い、胸骨正中切開によって葵の胸腔を開いたその瞬間、室内は突如として、死を孕んだ重苦しい静寂へと沈み込んだ。
医療機器のモニターたちが一斉に激しく明滅し始める。
葵の胸腔の内側に、私たちはすべての医学的論理を拒絶する異形を目撃した。
あの黒い棘は、それ自体が生命を持っているかのように脈動する、巨大な塊(腫瘤)へと成長を遂げていた。
それらはもはや、心臓の周囲に絡みついているだけではなかった。
葵の心筋組織の大部分を侵食し、それに取って代わっていたのだ。
そしてその暗黒の中心から、どろりとした漆黒の液体が溢れ出し始めるのが見えた。
「アスナ、開胸器を保持しろ」
ユウジ先生の指示が飛んだ。その声は微かに震えていた。
「石川、出血のコントロールを助けろ」
私たちは極限のプレッシャーの下で手を動かした。
その時、私は理解していた。私たちが今行っているのは、通常の外科手術などではない。
あまりにも深く根を張ってしまった「呪い」を、無理やり引き剥がそうとする絶望的な試みなのだと。
術台の向こう側から、石川がマスク越しに私を凝視した。その両目が、無言の警告を告げていた。
「覚悟を決めなさい、アスナ」
手術室は今や、豪雨に晒された戦場と化していた。
血液の金属臭に、説明のつかない不快な死臭が混ざり合う。
それは、葵の胸の中にあるあの黒い塊から放たれる臭いだった。
私とユウジ先生は息の詰まるような沈黙の中で手を動かし続け、ただ心音モニターの弱々しくなっていく電子音だけが室内に響いていた。
「血圧が急激に低下している! MAP(平均動脈圧)が40を下回った! エピネフリン1ミリグラムを静脈投与、急げ!」
ユウジ先生が怒号を上げた。
心膜腔から絶え間なく流れ出る黒い液体を排除するため、吸引器を握る私の手は激しく震えていた。
その棘の塊。
私たちがそれを切除しようとメスを近づけると、それらはまるで生物のように身をよじり、あり得ない力で私たちの手術器具へと絡みついてきた。
術台の反対側で、石川は断裂した冠動脈からの止血を試みていたが、その両目は絶えずモニターへと走っていた。
「先生、心室細動(VF)です!」
石川が叫んだ。
「除細動器を用意しろ! 200ジュール、チャージ! 全員離れろ(クリア)!」
ユウジ先生が、露出した葵の心臓へダイレクトにパドルを押し当てた。
葵の身体が大きく跳ね上がった。
しかし、画面の緑の線は、不規則な不協和音を描き続けるだけだった。
「直視下心臓マッサージを行う!」
ユウジ先生は葵の胸腔の内側へと自らの手を差し入れ、血液を全身へ送り出そうと、手動で心臓をポンプし始めた。
しかし、その心臓は酷く硬化していた。
まるで、あの黒い棘によって、筋肉組織が突発的な石灰化を起こしてしまったかのようだった。
ピッ……ピッ……ピッ…………
モニターの緑色の線から、突如として山と谷が消え去った。
その線は、一直線になった。
冷酷に。
反論の余地なく。
心静止。
長い、鼓膜を突き刺すような電子音が手術室の隅々まで満たした。
その音は私の耳を劈き、まるですべての宇宙が、そのステンレスの術台の上で生命が終焉を迎えたことを絶叫しているかのようだった。
臨床的に、葵は心停止状態に陥った。
「グルコン酸カルシウムを心室へ直接投与! 体外ペーシングを開始しろ! 彼女を死なせるな!」
ユウジ先生が叫んだ。
先生は、ありとあらゆるACLS(二次救命処置)のプロトコルを試みていた。
追加のエピネフリンの投与、規則的な心臓マッサージ、葵の身体を何度も跳ね上げさせる電気ショック。
迅速な指示が飛び交う。
しかし、何の反応もなかった。
葵の心臓は、広範な虚血性ダメージ(壊死)によって、すでにその機能を完全に放棄していた。
その心筋はもはや、血液を送り出す力を失っていた。
すべては、周囲を締めつけるあの黒い塊によって窒息させられていたのだ。
その影は、室内の残された光さえも吸い尽くすかのように、ますますその暗黒を深めていた。
私はそこに立ち尽くしていた。
手には未だ開胸器が握られていたが、私の魂はとっくにこの肉体を離れてしまっているかのようだった。
ユウジ先生の血に染まった両手が見えた。
マスクの向こうにある、石川の青ざめた顔が見えた。
そして、大きく開かれた葵の胸元が見えた。
それは本来、医学という名の戦場であるはずなのに、今の私には、まるで悍ましい生贄の祭壇のようにしか見えなかった。
私は、ユウジ先生が死亡時刻を宣告する瞬間を聴くわけにはいかなかった。
その後に何が起こるか、私には分かっていたからだ。
先生は壁の時計に目をやり、あの呪われた言葉を口にするのだ。
「死亡時刻――」
その言葉が紡がれるよりも早く、私は黒い液体と血液に汚れた手術用手袋を、自らの手から乱暴に引き剥がした。
私は手袋を床へと激しく投げつけ、そのまま部屋を飛び出した。
手術室の重い両開きの扉を押し破り、私の名を呼ぶ石川のかすれた制止の声を完全に無視した。
私は冷え切った病院の廊下を、狂ったように走り続けた。
消毒液の香りが、今は窒息しそうなほどに胸を突き刺す。
私は、人気のない廊下の突き当たりにある長いベンチの上に崩れ落ちた。
頭の中が酷く軽かった。まるで、重篤な脳虚血(低酸素症)にでも陥っているかのように。
思考は空白だったが、その中に、鋭利な刃物のような記憶の断片が突き刺さっていた。
心血管系(循環器)のすべてを支配しようとした、あの私の傲慢な野心。
心拍出量のサイクルを暗記するために費やした、あ無数の夜。
卒業式の夜、月明かりの下で二人が交わした、あのすべての約束……。
そのすべてが、木端微塵に砕け散った。
私は激しく震える自らの両手を見つめた。
私は、失敗したのだ。
超自然的なあの「心タンポナーデ(怪異)」に対し、私の持てる医学知識は何の役にも立たなかった。
それどころか、私はメスで彼女の胸を切り開き、あの「何か」が彼女の命をより容易く奪い去る手助けをしてしまったのだ。
底知れぬ後悔が巨大な津波となって押し寄せ、私を深い水底へと沈めていく。
私は自らの髪をかきむしり、両目を強く閉じた。
いっそ、このまま自分の命も終わってしまえばいいのにと願った。
葵を飲み込んだ、あの暗黒の底へと、自分も消え去ってしまいたかった。
「アスナ?」
朝の風のように優しく、清らかな声が、私の名を呼んだ。
誰よりも、聞き慣れたその声。
私の心臓を動かす、唯一の理由だった声。
私はゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた両目が、必死に焦点を結ぼうと駆動する。
私の目の前に立っていたのは――
葵だった。
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Setelah episode ini, kisah Asuna dan Aoi mengambil giliran yang sama sekali berbeda dari apa yang telah terjadi sejauh ini.
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