表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「毒にも薬にもならない女」と追放された伯爵令嬢は、王宮の毒殺事件を解き明かして、私を捨てた婚約者と義妹に薬指を突きつける  作者: kaka


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/3

第1話 毒にも薬にもならない女

「アーシェラ・ヴィント。貴様との婚約を、破棄する」


シャンデリアの光が、婚約者の唾を照らしていた。


私は、その飛沫の軌道を眺めながら、ぼんやりと思った。


――ああ、やっと。


夜会の広間。三百人はいるだろう貴族たちが、一斉に息を呑む音がした。


第二王子ジェラルド殿下は、私を指差し、勝ち誇ったように叫んだ。


「貴様は魔力ゼロの無能! その上、余を毒殺しようと企んだ罪深き毒婦だ!」


ざわり、と会場が揺れる。


殿下の隣で、義妹のミレーヌが袖で口元を覆っていた。愉悦を隠しきれていない、下手な演技だった。


「証拠は、これだ!」


殿下が高々と掲げたのは、小さなガラス瓶。


透明の液体が、灯りを受けて揺れている。


私は、それを見た。


――《組成視》。


私の視界に、色が滲む。


淡い青。中央に螺旋状の紋様。周囲を、六角形の格子が取り囲む。


ああ。


これは。


「殿下」


私は、静かに口を開いた。


「その瓶、少し見せていただけますか」


「なんだと? 言い訳をするつもりか、この毒婦め」


「いいえ」


私は、微かに首を振る。


「言い訳ではなく、症状の申告です」


「症状……?」


殿下が、眉を寄せる。


私は、掲げられた小瓶を指差した。


「殿下、最近、頭痛がひどくありませんか。特に、朝方」


「なっ……」


「その瓶の中身は、毒ではありません。ネロリ草の根から抽出した、ごく普通の解熱剤です」


会場が、しん、と静まり返った。


「そんな、はず……」


「ヴィント家の私室から見つかったのなら、当然です。ヴィント家は代々、王家の毒見役。私の部屋には、ありとあらゆる薬が保管されています」


私は、一歩、前に出た。


「そして殿下。あなたは半年前から、その解熱剤を、私に無断で服用されていますね


殿下の顔が、みるみるうちに青ざめていく。


図星、なのだろう。


私の《組成視》は、ガラス瓶の内壁に付着した"減り"を見ていた。液面の位置、蒸発の痕跡、蓋の螺子の摩耗――全ての組成が、"半年間、繰り返し開閉された痕跡"を語っていた。


「毒殺の証拠、と仰るなら」


私は、続けた。


「その瓶を、王宮の薬師団に鑑定させてください。ネロリ草の解熱剤だと、五分で結論が出ます」


「――黙れ!」


殿下が、瓶を床に叩きつけた。


パリン、と乾いた音。


液体が、絨毯に染みる。


「言い訳は聞かん! 貴様は追放だ! ヴィント家からも、王都からも! 二度と、余の前に姿を見せるな!」


私は、深く、息を吐いた。


心拍数、上昇。指先、微かに震える。副腎髄質からアドレナリンが分泌されている。


……ああ。私、少し、嬉しいんですね。


「かしこまりました」


私は、スカートの裾を摘まみ、完璧な淑女の礼をした。


「ですが、殿下。最後にひとつだけ」


「なんだ」


「その解熱剤、飲みすぎると、肝臓を壊します」


「……は?」


「頭痛の原因は、おそらく別にあります。壁紙の顔料か、あるいは――どなたかが、あなたに"何か"を、盛っている」


殿下の目が、大きく見開かれた。


私は、微笑まなかった。


ただ、事実として、告げた。


「ご自愛くださいませ。私はもう、殿下の薬師では、ございませんので」


夜会の広間を、私は一人で歩いた。


三百人の貴族が、私を見ていた。


嘲笑う者。憐れむ者。困惑する者。


そのすべてを、私は組成で視た。


――ああ。この会場、七人が私に毒を盛ろうとしたことがある。三人が今も、私を殺したがっている。


なんて、汚らしい場所だろう。


大扉が、背後で閉まる。


その瞬間、堪えていたものが、崩れた。


膝が、震える。


いいえ、違う。震えているんじゃない。


――笑っている。


「……ふ、ふ」


こぼれた声は、雨音に紛れた。


いつの間にか、夜空は泣いていた。


冷たい雫が、頬を打つ。ドレスが、重くなる。


私は、傘を持っていなかった。


家門からも追放された私には、迎えの馬車も、ない。


それでも、私は、笑っていた。


だって。


――やっと、自由になれた。


石畳を、当てもなく歩いた。


雨は、強くなる一方だった。


魔力ゼロの私は、防水の魔法すら使えない。


濡れた髪が、頬に貼りつく。ドレスは、鉛のように重い。


それでも、構わなかった。


これで、いい。


もう、誰にも、毒にも薬にもならない女と嗤われずに済む。


もう、誰の顔色も、窺わなくていい。


もう、義妹のミレーヌが、私の婚約者の腕に、絡みつく姿を、見なくていい。


――ぽつり。


雨が、止んだ。


いや。


止んだのではない。


私の頭上に、傘が差し出されていた。


深紅の傘。


貴族の女が持つには、少し、悪趣味なほど、鮮やかな色。


「――アーシェラ・ヴィント様、で、よろしくて?」


鈴を転がすような声。


けれど、微かに、震えている。


私は、ゆっくりと、振り返った。


そこに立っていたのは、金色の髪の、美しい女性だった。


雨に濡れることも厭わず、私に傘を差しかけている。


その顔を、私は知っていた。


社交界の誰もが、知っていた。


「……オルスタッド公爵令嬢」


私は、掠れた声で、呟いた。


「リディア、で、結構ですわ」


彼女は、微笑もうとして、失敗した。


代わりに、唇を噛んだ。


「わたくし、あなたに、謝らなければならないことが、あります」


「……」


「そして、頼まなければ、ならないことも」


リディア・オルスタッド。


第二王子ジェラルドの、新しい婚約者。


私を陥れた張本人だと、社交界の誰もが噂している、悪女。


その悪女が。


雨の中、私に、傘を差し出している。


彼女の指先が、震えていた。


私は、《組成視》を、その指に向けた。


爪の内側に、微かな、青い結晶。


――砒素。


しかも、蓄積量から見て、数ヶ月にわたる、慢性投与。


「あなた」


私は、思わず、口を開いていた。


「毒を、盛られていますね」


リディアの、青い瞳が、大きく揺れた。


雨の音が、遠くなった。


彼女は、傘を持つ手に力を込め、震える声で、告げた。


「――だから、助けてくださいませ。アーシェラ様」


「……」


「王宮で、人が、死んでいますの」


彼女の唇が、微かに動く。


私に、届くか届かないかの、囁き。


「次に殺されるのは、たぶん、わたくし。……そして、その次は」


深紅の傘の下で、悪役令嬢は、微笑んだ。


泣きそうな顔で、微笑んだ。


「――あなたを追放した、あの馬鹿な王子ですわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ